第15話 爆発

 祖母が退院した週の次の日曜日。千春は起きてから祖母が玄関でなにやら片付けているのを見つけた。

 いつもなら別に片付けるようなものはない。家族全員分の靴がでているが、散らかっているわけではない。一体何をしているというのだ。

「ばあちゃん、何してるの?」

 腰を曲げ靴を片付けていた祖母は顔をあげた。

「美咲が靴を散らかしたようでね。靴のファッションショーでもしてたんだろうか」

 玄関には姉の美咲の靴がたくさん出ていた。狭い玄関ではなく、昔の古い家であるため、玄関も広い。しかし、そこに美咲の靴がやたら多く出ている。

「ほんとだ......でもなんでばあちゃんが片付けてるのさ?」

 昨日寝るまでは散らかっておらず、いつもどおりであった。起きてみたら散らかっているのだから、原因は泥棒か千春が寝てから帰宅した美咲のせいであろう。いつも夜は施錠をしっかりしているし、金品がとられたわけではないので、前者はあり得ない。ほかの部屋は散らかっていない。よって原因は泥棒ではなく、姉の美咲となる。

「誰か来たときにこんな散らかってたら恥ずかしいべ。だーから、片付けてんだ」

 祖母は再び靴を片付ける。腰を曲げ、膝を曲げ、そして立ち上がる。こんなのを繰り返ししていれば体に負担がかかってしまうだろう。体を壊してまた入院となっては大変だ。

「ばあちゃんがやる必要ないんじゃない?散らかした本人がやれば……」

「起きてこねぇんじゃやれねえべ」

「そりゃそうだけど……」

 祖母は片付けを続ける。

 千春は大変そうな祖母を見て、いてもたってもいられず手伝うことにした。

「あんれ。手伝ってくれんのかい」

「だってばあちゃんだけじゃ大変っしょ」

「千春はよく手伝ってくれるねえ。ばあちゃんはお駄賃はでないよ?」

「このくらいでお駄賃もらってたら、ばあちゃんの財布がカラカラになっちゃうよ」

「それもそうだねえ」

 祖母と話ながら、散らかった美咲の靴をもとあった戸棚にしまっていく。すっきり片付いたついでに、箒で掃除もした。

「終わった終わった。うん、これでキレイ」

「ピカピカだーね。じゃあ、ばあちゃんはこれから畑行ってくるから、留守番頼んだよい」

「はいはーい。行ってらっしゃいー」

 祖母はそのまま玄関をでて、畑へ向かった。

 残された千春は美咲に腹を立てていた。

(なんでばあちゃんにやらせるのか)

 いつも美咲は散らかしてはそのまま放置する。母がそれを片づけているのを見るが、散らかした本人に何かを言っているわけではないようで、しょっちゅうものが散乱している。たとえ片づけるように言ったとしても、ちゃんと片づけるようになるとは思えない。大学生にもなって片づけをしないのはどうなのだろうか。

 美咲の部屋も片付けない。タンスは開けっ放し、もはや引き出しが階段のようになっている。そこへさらに選択し終えた服を積んでいく。タンスの引き出しがきちんとしまることはない。

 要するにだらしない生活を送っているのだ。

 そんな姉の姿を見ている千春は姉のようになりたくないと掃除はこまめに行う。おかげで自分の部屋は清潔を保っている。

 千春は家族に迷惑ばかりかけている美咲に腹が立ってきた。

 祖母を見送ったまま玄関に座って飼っている金魚を見ながらイライラしていると、タイミング悪く、美咲が起床しリビングへ向かおうと玄関の方へやってきた。リビングへ行くには玄関を通らないといけない。

「あれ? 靴ないや」

 玄関を見た美咲はやはり昨日の夜に靴をたくさん出していた犯人であったようで、ぼそっと言った。そんな美咲に背を向けたまま千春は答える。

「ばあちゃんと一緒に片づけたさ」

「まじで。ラッキー」

 片づけてもらえてラッキーと言っているのか。この言葉に千春の怒りは爆発した。

「ふざけんじゃないよ! なんでいつもいつも片づけないわけ!? 自分の家だから何をしてもいいとでも思ってんの!? ふざけるなよ! いったいなんなの? 何様だと思ってんだよ! 家族はお前の召使じゃねえんだよ!」

 美咲の方へ顔を向け、勢いのまま怒鳴りつけた。

 美咲は動じることもなく、冷たい視線を向けてくる。

「てめえに関係ねえだろうが、ブス。黙ってろや」

 汚い言葉を言いながら千春を蹴る。決して強い蹴りではないものの、『関係ない』、『ブス』という言葉で千春は泣き出した。

 小さいころからブスと言われ続けてきた千春は傷ついて、言われるたびに泣いていた。そのように言われたこともあって、学校には行くが、ほかに外出もあまりしない。確かにかわいいとは言えないがいたって標準的な顔ではあるが、ブスと言われ続けているので、ブスは他人に見せるものではないと思っていた。

「いつもいつもそうやって言葉も汚いし、すぐに足がでる……ああそうか、言葉が汚いから部屋も汚いんですね! 心も汚いんですね! お前自体きたねえんだよ!」

 いつもなら美咲の言動で千春が泣きだし、そこでけんかは終了する。しかし、今日の千春は違った。泣いても逃げずに美咲に言い返す。そんな千春を見て、美咲は少し動揺しているようにも見えた。

「なんだよ、今日は逃げないんかよ。ま、泣き虫ブスは何しても変わんないけど」

「言葉が汚いですね! 口と同時に足が出るなんて、脳みそ空っぽじゃん! 汚いくせに脳なし空っぽ馬鹿なんですね!」

「お前より頭いいし。馬鹿はお前だろ」

 高校生と大学生では頭のよさを比べたら大学生の方が上だろう。しかし、美咲の高校生のときの模試の結果と、今高校生の千春の模試の結果を比べれば、わずかではあるが、千春の方が成績がよかった。

「模試は私の方が上です! 馬鹿はそっちでしょ! なんで片づけた人に対してお礼もないの!? やっぱり馬鹿じゃん!」

 互いに馬鹿だと言いあう。

「お礼はお前じゃなくて、ばあちゃんに言うわ。何があってもお前にいわねえよ。ってか、いちいちめんどくさい。とっととどっかいけよ」

 美咲はそういうとリビングへ向かって歩こうとする。それを千春は許さなかった。

「逃げてんじゃないわよ! いつも学校だーバイトだーって家のことを何一つ手伝わない! あんた免許だってとってたくせに! わかってんの? うちは米農家なの! ばあちゃんだって歳だ、大変なの知ってるの!? それなのにあんたの片づけまでして! パパもママも何も言わないかもしれないけど、それは何を言ってもあんたが何も変えようともしないから! 言ったところで何一つ変えないから!」

 怒りのまま怒鳴りつける。美咲はその勢いに立ち止まった。千春はどんどん続ける。

「もう大学生だし、やりたいこともあるだろうよ! でも、家の手伝いをするのは普通のあたりまえのことなんじゃないの? ずっと前から手伝ってるのなんて見たことない。帰ってくるのは遅いし、休みの日にも家にいない。ずーっと遊んでばっかり!」

「お前と違って忙しいだよ」

 美咲は言い返すものの、千春の勢いに負けている。

「忙しい? 小学生のころから忙しいのか? 忙しいっていいながら遊んでんじゃないの!? じいちゃんの葬式のときも遊んでたんだろうね!」

 きっぱり言いきった。美咲は祖父のお通夜には出たが、次の日の葬儀には学校が忙しいと言って出なかった。それは千春が一番引っかかっていたところでもあった。

 美咲は祖父の話を出されて目に涙が浮かんだ。そして美咲は言い返す。

「こっちだって忙しいんだよ! お前に何がわかるっていうんだ! お前と違って大学生なの! 提出するものも多いし、実験だってある! 休めないときだってある! じいちゃんのときは……忙しかったんだよ」

 祖父を思い出して美咲は泣き出した。本当に学校の関係で式にでれなかったのかもしれない。それが悔しくて泣いているのかはわからないが。

「ふざけるんじゃないわよ! 引きこもりになんて何もわからない!」

 美咲が激怒した。そして千春の胸倉をつかみ引き倒す。千春は倒れこんだ。

「いてえんだよ!」

 千春と美咲で殴る蹴るの喧嘩が始まった。頭を床に打ち付けたり、蹴り飛ばしたりなんでもありだ。玄関先で大声を出して口喧嘩し、その後もドタバタ喧嘩してるため、玄関から離れた部屋にいた父が何事かと思い、玄関へ来て驚いた。

「ちょちょちょちょ! ストーップ! ストーップ!」

 姉妹の殴り合いの間に割り込んで喧嘩を止める。多少2人に蹴られたが何とか父一人で引き離すことができた。

「なにがあった?」

 父が2人の顔を交互に見て問うが、千春も美咲も目を真っ赤にしながら、離れ、父と顔を合わせない。何も答えなかった。

「美咲もお姉さんなんだし、説明しなさい」

 姉である美咲に何があったのかを聞き出す。

「……そうやってなんでもお姉ちゃんだからって……あいつが悪いんだ! あいつがつっかかってきたんだよ! いつも姉だからってなんで我慢しなきゃならないんだ!」

 千春を指さしながら怒鳴った。

「あんたが悪いんでしょ! いつも我慢してるのはこっちだ! 被害妄想も大概にしろ!」

 千春も言い返す。それを聞いた美咲は父の制止を振り切って千春を蹴りつける。

「美咲! 足をだすんじゃないの! わかったから2人とも部屋に戻れ!」

 これ以上2人を会わせておけば喧嘩が続くと思った父は部屋に戻るよう言った。千春はおとなしく部屋へ戻る。

「うち、今日学校行く」

 同時に美咲はそういって部屋に戻った。

 おとなしく部屋に戻っていった娘たちを見て、父は女の喧嘩の怖さを実感した。男同士で殴り合いならわかるが、まさか娘たちがこんな喧嘩をするなんて。年ごろの娘の気持ちは父にはわからないと思い、とりあえず母に報告しに行った。


 千春は部屋に戻り、ベッドの中で枕に顔をうずめて泣いた。

 姉が泣くのなんて初めて見た。言い過ぎたのかもしれない。だけど言ったことはほとんど事実だ。事実でないにしろ、今までの言動から推測できることを言った。変なことは言っていないが、怒りに身を任せ、言葉が汚くなってしまった気がする。

 だんだん冷静になってくると、自分が恥ずかしくなってきた。いつの間にか涙も渇き、言い過ぎたことを反省した。

 一方姉の美咲は部屋に戻ったのち、30分もしないうちに学校へ向かったようだ。本当に学校へ行ったのか、それとも学校に行くという体でどこか違うところへ行ったのかはわからない。どちらにせよ、喧嘩のあと、顔を合わせることはなかった。


 部屋に戻ってから一時間が経ったころ、千春の部屋の扉をノックする音がした。

「千春、入るわよ」

 ノックした後千春が返事をする前に、母が部屋へ入ってきて、扉を閉めた。

「パパから喧嘩してたって話も、美咲からも聞いたけど、千春の口からも言いなさい。何があったの? 今までこんなことなかったじゃない」

 母は落ち着いた声で千春に聞く。

 千春はベッドで毛布をかぶったままゆっくり答えた。

「姉さんが玄関に靴を散らかしてて、それをばあちゃんと片づけて……」

 何があったのかをよく思い出しながら話していく。

「片づけ終わったのを見た姉さんは、ラッキーって言ったんだ。それにむかついて、今までの文句言ったらあーなった……」

 ざっくり言えばそうであろう。間違っていない。母もそれ以上詳しくは聞かなかった。

「そう。話してくれてよかったわ」

 そう言って母は部屋から去っていった。

 

(悪いことしたよな……学校で忙しいんだろうに)

 だんだん姉への申し訳ない気持ちが出てきた。母に少しでも話したことで落ち着いたからだろうか。自分も悪い。しかし、姉も悪い。お互い謝罪し、今後の行動に気を付ければいいのだろうが、そうもいかないだろう。しかし、家の中をあまり嫌な空気のままにしておきたくない。

 そう思った千春は次に美咲に会った時に言い過ぎたことを謝ろうと決めた。2人っきりだったらまた喧嘩が始まってしまう可能性もあるので、母か父の立ち合いの元に謝ることにした。

 しかし、決意はむなしく、その日は全然来ないのであった。

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