第14話 ひと段落からのひと段落?

 入院するときに聞いていた通り、祖母はきっちりかっちり1週間で退院となった。

「ばあちゃん、おかえりー!」

「はいはい、ただいま」

 いつも祖母が寝ている部屋でお茶を飲んでいた。そこへ千春は真っ先に向かって言った。母の迎えで祖母は昼過ぎには退院していた。夕方、千春は学校から帰宅したところで、本来ならば千春がただいまと言うべきであろう。しかし、祖母はただいまではなくおかえりと言いながら帰宅した千春に、ただいまと答えた。

「ばあちゃん、ピンピンしてるねー」

「もう元気いっぱいよう。さっそく野菜のお世話したわい。膝が痛いって言ったら、一緒に直してもらったのよ」

 稲刈り後の疲れもすっかりとれ、もともと痛かった膝についても治療をしてもらい、かなりよくなったようだ。顔色もよくニコニコしている。

「ほんっとよかったよー。すぐに退院できて。もー心配したんだから」

「そーかい。こりゃ迷惑かけたねい」

 ずっとニコニコして答える祖母に、千春が気になっていたことを聞いてみた。

「姉さんには会った?」

「いんや。しばらく見てないね。今日も学校に行ってるんかい?いっつも見ないから、いるのかいないのかもわかんないやい」

「そう、だよねー……私も何してるのかさっぱりわかんないよ。私もここ最近会ってない気がする」

「一体何してるんかねい……」

 祖母は少し寂しそうな顔をした。同じ家に住んでいるのに、孫の顔を見ない。お見舞いにもこない。だから寂しそうであった。

 またしても姉は祖母に会っていないということを知って、不満が募っていく。千春の顔も曇っていった。

「やーね! 千春が気にすることでもないだろうに! 千春が見れて、ばあちゃんは嬉しかったよ?」

 千春の暗い雰囲気に気づいたのか、祖母は明るく話す。

「そうだよね。姉さんのことは何も考えないことにするよ。考えたところで意味もないし。何か言っても殴られるだけだし」

 ずっと昔のことを思い出す。何もしなくても姉の美咲に千春はたたかれたり蹴られたりしていた。千春が中学3年生になったときにはめったにそんなことはなかったが、年に1~2回が蹴られたりしていた。

「そうそう。美咲に何もしないのが1番よ。ほっときなさい。でも、ばあちゃんは、千春と美咲には仲良くしてもらいたいねえ」

 祖母は苦笑いした。美咲の言動にあきれているようだ。

 親は子供の教育をしなくてはならないが、孫の教育に口をだすべきではないだろう。だから祖母は美咲が何をしていようが何も言わない。

 祖母の前で千春と美咲が仲良くしているところはない。2人がもめているところしか見たことがないだろう。たった2人の姉妹だ。仲良くしてほしいのは本心であろう。

 千春も何度も姉の美咲と仲良くなろうと試みることもあった。しかし全く仲良くできない。すぐにうるさいなど怒鳴られては追い出される。そんなことを繰り返すうちに、美咲と一線を引くようになっていった。

 姉の話で暗くなってしまったことに気が付いた千春は空気を換えようとした。

「あ、ばあちゃんが退院したから、今日はごちそうだよ!」

 前々から退院した日にはいいものを作ると母が言っていた。それを思い出した千春はイキイキとして言った。

「あんれまあ。楽しみにしてるわね」

「うん! ご飯になったら呼びにくるね! んじゃ!」

 千春は祖母の部屋を出た。そして夕食の支度をしている母の元へ向かう。

「ママ、夜ご飯なに?」

 いいものとは言っていたが、具体的に何なのかは聞いていなかった。夕食までそんなに時間はないが、気になったので聞きに来た。それに、母に聞きたいこともあった。

「ふふん! お刺身よ! 高いのを買ってきたのよ~」

「それって作ってないよね、買ってきたやつ並べるだけだよね?」

 自信満々に買ってきた刺身を見せてきた母に千春は言い切った。

「そりゃそうだけど? でもちゃんと味噌汁も作るし、サラダも作るわよ」

「たいした手間かかってないじゃんか」

「なら美咲が作りなさいよー」

「あ、宿題やらなきゃー」

 夕食の準備を手伝いたくもないので、千春は逃げようと自分の部屋に行こうとした。しかし母に聞きたいことがあったのを思い出した。

「あ、姉さん、なんでお見舞いも行かなかったの?」

「知るわけないでしょう!? ママもわかんないんだから。学校が忙しいんじゃないの? 何してるか知らないけど」

「ママも知らないの? 姉さんいっつも帰るの遅いし、ばあちゃんに全然会ってないみたいよ?」

「生活リズムが違うんでしょ。こんなの話してないで、千春は勉強しなさい! はいはい、行った行った!」

 追い出されるようにして千春は自室へ向かった。

 部屋につくなり制服から着替える。勉強をしなければならないのはわかっているが、姉のことが不満で不満でたまらない。

(ママも姉さんのことを何も知らないし、何も言ってくれない……)

 千春は姉の美咲が好きではないし、できる限り会うのを避ける。しかし、母は学校へ送り出したりするし、親である以上美咲のことは知っていると思っていた。それなのに母は何も知らないという。これで本当に家族と言えるのだろうか。家族の心配もしない、何も言わない、そんなのが家族なのだろうか。

(家族なんじゃないの? 姉妹なんじゃないの? なんなんだよ……)

 机に向かって座り、千春は悩んだ。

 姉への不満から嫌悪、そして家族の在り方について考える。そんなものを考えて明確な答えが出る分けがない。でも頭の中をぐるぐると考えてしまう。

(勉強も集中できな……)

 今日は宿題がない。予習はしなくても大丈夫だ。勉強のやる気も出ないので机に向かったままスマートフォンをいじりだした。

 姉のことで頭がいっぱいであるため、姉が通っている大学を調べる。大学は広く知れ渡っている私立大学であり、それなりの偏差値がないと入れないようなところだ。しかし、美咲は私立の高校から推薦で入学している。入学試験は面接のみだった気がする。なので大学内では、一般の入試で入った人よりも頭はよくない。しかし、馬鹿ではないはずだ。特にサークルに入ったということも母からは聞いていないし、まず学部すら知らない。理系のような気がしたが、それ以外の情報は何もわからず、手詰まりであった。

 大学生だからと浮かれて毎日遊んでいるのだろうかとも考えたが、そんなにお金があるとも思えない。ならば勉強に忙しいのか、そう聞かれると、家で姉を見かけないものだから何もわからない。結局は何もわからないのだ。

 それでもひたすら調べ無駄に時間を費やしていると、父の車の音がした。どうやら会社から帰ってきたようだ。父が帰れば夕食となる。スマートフォンをいじるのをやめてリビングへ向かった。


「パパも帰ってきたし、ご飯にするわよ。ばあちゃん、呼んできてちょうだい」

「はいはいはいはい」

 言われるとわかっていたが、言われてから呼びに行く。とは言っても祖母の部屋の方へ向かって大声でご飯だよって叫ぶ。大声だして近所に迷惑かと思うかもしれないが、そこは田舎であり、農家である。敷地が広く、隣の家までまあまあ距離があるため、騒音については何も問題ない。深夜にピアノを弾いてもご近所迷惑になることはない。家族は迷惑だろうが。

 祖母もお腹が減ってたようですぐにやってきた。

 父もそろい、夕食の刺身を食べる。父、母、祖母、千春の4人でだ。

 祖母が退院した日、姉の美咲はいつも通り同じ食卓にいなかった。

 退院を祝うべき日なのに早めに帰ってこない姉に、千春はどんどん不満を募らせる。そしてその不満が爆発する日は、すぐにやってきたのであった。

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