第51話 怒りや憎しみを抱えながらも

 彼が、あの女性ひとの…

そう考えるラスリアの表情は、どこか曇っていた。

休憩を終えたラスリア達は、歩き出していた。彼女にとっては同胞である“キロ”達の魂が眠る場所―――――――――この古代種の都跡を進んでいた。彼らが進むべき道は一つだ。それは、“8人の異端者”のリーダー・アギトがいるであろう、“もう一人のガジェイレル”がいる場所である。

「自国の偵察隊も、“その入口と思われる場所”までしか、進むことはできませんデシタ。“その場所”には、何人たりとも寄せ付けない結界のようなモノが張られていたのデ…」

先へ進むさ中、クウラが歩きながら語る。

海岸近くの森で“堕天使”ミトセと遭遇した際、ラスリアは“一時的に忘れていた記憶”を思い出したのだ。それはナチ・フラトネスという、アビスウォクテラの青年。普通の軍人である彼は最初、世界統合直後に、彼女を見つけてくれた人物だ。しかし、共に向かったゲヘナという町にて、レジェンディラスとアビスウォクテラ――――――――二つの世界の人々が言い争っている場面に遭遇し、彼らの仲裁に入って解決する。しかし、ミトセやコルテラの襲撃後、ラスリアは“彼ら”に遭遇した事も含めた記憶を消されていたのだ。

そして、その青年こそ――――――――アギトに連れられた際に訪れた“あの場所”…これから自分達が向かう場所で眠りにつく“もう一人のガジェイレル”と親しい間柄の青年だったと、クウラは言う。

 そして、クウラさんは彼の親友だった…故に、あの時はそう告げていた…

『皆さんと会う…少し前…自分の親友が、奴らに殺されたんデス…。遺体からは、ナイフにしては細い斬り傷があっ…タ…。だから、奴が敵なのニ…!!』

この時ラスリアは、ガシエルアカデミーに滞在していた際、クウラが口にしていた台詞ことばを思い出す。

 彼らだけではない…。“8人の異端者”達によって、多くの人々が深い悲しみを負ったわ。…もう、こんな負の連鎖は断ち切らなくては…!!

愛する人を失った“もう一人のガジェイレル”の事も含め、ラスリアは“全てを終わらせなくては”という強い決意を胸に抱いていたのである。


「現れたな」

「クウラさ…!!」

すると突然、クウラの殺気にも似た声を聞いて、ラスリアは我に返る。

気が付くと、自分の前後にいたアレンやチェスも、それぞれ武器を構えていた。

「お姫様とお宝を携えた騎士ナイトが二人…といった所かな」

「ハデュス。貴方は、比喩がお好きですねぇー…」

視線を上げると、そこには二人の人影がある。

血のように紅い髪を持つ“野獣”ハデユスと、“血に飢えた吸血鬼”ジェルムだ。

「どうやら、“その先は行かせたくない”って事だな?」

「やぁ、ガジェイレル」

剣を構えたアレンが低い声で問いかけると、ハデユスは彼に視線を向ける。

また、敵の後ろには私達の目的地である“あの場所”へ繋がる道が続いていた。

「少なくとも、君とお姫様は通すつもりでいるよ?何せ、“彼”が君達に会いたがっている」

「…っ…!!」

そう語るハデユスの視線が私に向いた途端、ラスリアは背筋に寒気が走る。

「ところで、ハデユス。…あそこにいる人間が、貴方の事を睨み付けていますが…お知り合いとかですか?」

「人間…?さぁ…単なる逆恨みとかじゃない…?」

「ふざけるナ…!!!」

ジェルムとハデュスが語り合っていると、そこでクウラさんが突然声を張り上げる。

アレンとチェスは驚いていたが、ラスリアには彼が何故怒っているのかを、その殺気の強さで悟る。

「クウラさン…もしや、ハデュスが…?」

ラスリアは、ギルガメシュ連邦の言語ことばで問いかける。

対するクウラは、その問いかけに対し、何も答えなかった。そんな私達を見つめる、アレンとチェス。ごく僅かな沈黙ではあるが―――――――――最初に沈黙を破ったのは、チェスだった。

「アレン。それに、ラスリア」

「チェス…?」

アレンが首を傾げていると、チェスは槍を構えながらクウラの横に立つ。

「僕は、彼と共にここに残って戦う。だから…君達は、先へ進んで」

「…っ…!!」

その台詞ことばを聞いた途端、ラスリアは動揺する。

 作戦会議の段階でこうなる事は予想していたけど、本当に…!!

そう思うラスリアの心臓は強く脈打っていた。

彼女が予期していた事――――それは、仲間をその場に残して先に進むことだった。

悪魔であるミュルザなら、死なない可能性もある程度あるだろう。しかし、イブールを失った今…ラスリアにとって、アレンもチェスも、同じくらい大事な仲間なのだ。不安に感じていたラスリアを横目で見たチェスは、再び口を開く。

「大丈夫、僕を信じて、ラスリア」

横目でこちらを見るチェスは、微笑みですら浮かべていた。

しかしそれは、決して“諦めた表情かお”ではない。“敵を倒して必ず生還する”――――――――そう物語っているような笑顔だった。

「ラスリアさん、アレンさん…いってくださイ」

気が付くと、クウラさんのがラスリアとアレンを捉える。

 憎しみと哀しみ…両方が混ざった眼差しを、彼はしている…

クウラの瞳を見た途端、ラスリアは不意にそんな事を考えていた。

「クウラさん…“憎しみ”だけデ、戦ってはいけなイ。己を…見失わないでくださイネ…」

「ラスリア……いくぞ…!」

クウラに一言告げたラスリアは、アレンと共に走り出す。

そうして敵二人の横を潜り抜けたアレンとラスリアは、奥へと進みだすのであった。途中、後方から激しい斬撃と銃弾の音が響くが、二人は立ち止まらずに走るのであった。



 ついに…“あいつ”のいる場所にたどり着いたんだな…

その場に立った途端、アレンの胸中は複雑な想いに駆られていた。

仲間達を途中残し、ラスリアと共にたどり着いた場所――――――――――そこは世界統合前、求めて止まなかった“イル”の前で自身がおかしくなった広間だった。そしてそこには、夢で逢った“あいつ”と、俺達の最大の敵でもある男が待ち構えていた。

「やぁ…ラスリアもガジェイレルも…よく来たね」

そう告げて俺達を迎えたのは、”8人の異端者“のリーダーにして古代種キロの末裔―――――――アギトだった。

「俺の名前は、アレン・カグジェリカだ。いい加減、その名前で呼ぶのは止めてもらおうか」

俺は、無駄とわかりつつも、そう訂正したいと思う“心”は本物だと思いながら、敵に向かって告げる。

また、アギトの背後には硝子でできていると思われる壁。その壁越しに、赤い肉塊のような物体モノ。そして、その異質な物体ものに絡み付いていた人間が存在していた。

「人間名“セリエル”…と、ラスリアには説明したかな。しかし、彼女を含め…君達は、“星の意志”が創り上げた玩具おもちゃに過ぎない…。そんな玩具おもちゃが、人間の真似事をするだなんて…滑稽だね」

「アギト…!!」

アレンを皮肉るような口調で告げるアギトに対し、ラスリアが奴の名前を呼ぶ。

「確かに、“人間”は償いきれない罪を犯したわ…!!でも…怒りと憎しみに任せて、世界を滅ぼすなんて事は…あってはならないの…!!!」

ラスリアは、思いのたけを叫ぶ。

彼女が一度、やつらに拉致された際に、古代種キロとして暮らしていた己を思い出したのだろう。そのため、誰よりもアギトが”人間を憎んでいる“理由を、彼女は解っているのだろう。

「…っ…!?」

すると突然、アレンの腕に鳥肌が立つ。

周囲の空気が変わった感覚を、彼の肌が感じ取ったのだろう。

「…では何故、“星の意志”は最終兵器ファイナルウェポンを創ったのだと思う?」

「それはっ…」

「愚かな虫けら共を一掃するために、用意した武器に決まっているではないか…!!!」

「くっ…!!!」

そう言い放ったのと同時に、無数のかまいたちが、アレン達を襲う。

こちらに飛んでくるのとほぼ同時に、アレンはラスリアを庇うようにして、地面へ身を投げ出す。

「アレン…!!」

「大丈夫だ、ラスリア。足を少し…掠っただけだ」

地面に転げた後、アレンに庇われるようにして地面に倒れ伏したラスリアは、彼の名前を呼ぶ。

 今は掠っただけで済んだが…次は、こうはいかないだろうな…

アレンはゆっくりと起き上りながら、右足に感じる痛みの事を考える。

「…ふっ…!!」

そうして立ちあがったアレンは、剣を右手で握りながら走り出す。

 たとえ敵わなくても…!!

アレンは、強さを推し量れないあいてといえど、退く気持ちは全くない。

「俺は…人間ひととして…生きるんだ…!!」

思いのたけをぶつけながら、アレンは敵に剣を振りかざすのであった。


数分後――――――

「…はぁ…はぁ…はぁ…」

懸命に戦っていたアレンは、息を上げていた。

彼の腕や足には多くのかすり傷や打撲が存在し、息も少し苦しそうだ。しかし、対するアギトは、息一つ乱さずにアレンやラスリアを見据えていたのである。

「…気が済んだか?ガジェイレル…」

アギトは、薄い笑みを浮かべながら、膝をつくアレンを見下ろしていた。

「もう、人間ごっこは終わりにするといい。お前が“片割れ”と一つになれば、全てが無に帰すのだから…」

「まだ…終わりじゃないぜ?」

「なに…?」

息を切らしながらも、笑みを浮かべるアレンに対し、アギトは不審に思う。

「…っ…!!」

「あ…!!!」

すると突然、背後から気配と同時に、二の腕に鈍い痛みを感じる。

背後に気が付いたアギトはすぐに、その気配の正体―――――――――――ラスリアの手首を掴みあげる。

「ラスリア…我が妻にして、“巫女”の宿命さだめを担いし娘よ。何を無駄な事をしようとしている…?」

「…っ…!!」

低めの声で問いかけるアギトは、ラスリアの手首を掴む力を強める。

すると地面には、先端に血がこびりついたナイフが落ちる。それはおそらく、ラスリアが所持していた物だと思われる。

「そんなぬるいやり方で、わたしが殺せるとでも思ったのかね?」

「痛っ…!!」

敵がそう告げると同時に、ラスリアは苦悶の声をあげていた。

 くそ…ラスリア…!

アレンは、悔しそうな表情を浮かべながら、その場で座り込んでいた。

「……まぁ、いい。遊びは終わりだ」

アギトは、目の前にいるラスリアにしか聴こえないくらいの小さな声で呟く。

「ラスリア…!!」

「きゃぁぁぁっ!!!」

アギトが突然、ラスリアの手首を勢いよく引っ張って離したかと思うと――――――――何処からともなく現れた草木の蔦が、彼女の四肢に巻き付く。

アレンが声をあげ、ラスリアが悲鳴をあげた頃には、彼女の四肢は蔦で拘束され、壁に磔の状態にさせられてしまう。

「おろして…よ…!!」

ラスリアは、絡みつく蔦から逃れようと、手足を動かす。

しかし、外見にそぐわぬほど丈夫な蔦は、魔術をもってしてもちぎれないような頑丈な物質もので構成されているようだ。

「さて……アレン」

「…っ…!!」

突然、アギトに名前を呼ばれた事で、アレンの表情かおは動揺の色を見せる。

「君は文字通り…“もう一人の自分”と一つになれ。それが、お前のあるべき姿…だ」

「アレン…駄目…!!」

「…ラスリア。君の出番は、まだ“この後”に待っているのだから、今は大人しくしているがいい」

「ふ…っ…!!」

動揺しているアレンに対してラスリアは声を大にしようとするが、アギトが放った魔術によって、首を絞められてしまう。

 ラスリア…!!

苦しそうな表情かおで息切れをしているラスリアを見たアレンは、苦悶の表情を浮かべる。

「くっ…!!」

そして、思い立ったアレンは――――――その場から立ち上がり、ゆっくりと足を進めていく。

彼らがいる場所は広間のように広い空間のために音は元々広がりやすいが、この時はもうアレンの歩く音しか響いていない。

 俺は…ラスリアを…“大事だ”と思う存在やつらを…失いたくはない…!!俺は…!!

アレンは思う。“心がない”と思っていた自分に対し、信頼してくれた仲間。そして、愛するべき女性ひと――――――――そんな存在を失いたくないと、強く思っていた。

だがしかし、アギトに“名前”を呼ばれたせいかは不明だが、“本来あるべき姿”になるべく、歩みを止めない自分もいたのである。

そうしてアレンが二つの想いに苛まれる中、時間が少しずつ過ぎていくのであった。

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