第45話 イブールの復讐と契約した理由

「貴様…なぜ、ここに…!!?」

驚きと戸惑いの表情かおをしながら、アレンが声を張り上げる。

“古代種の都跡”に到達したアレン達は、そこにいるはずのない人物―――――ライトリア教の僧長・モーゼと対峙していた。

「誰かと思えば…。一体ここで、何をしているのですかな?」

冷や汗をかいていたモーゼは、咳払いをして取り繕った後に口を開く。

 …こいつに本当の事なんて、言えるはずないし…

アレンはどう切り返せばいいかわからず、一瞬考え込む。その時、ミュルザが彼の前に出てくる。

「なーる…。だから連中が、普通に現れたわけだ…」

「ミュルザ…?」

ミュルザの呟きに対し、全員の視線が彼に集まる。

「どうして奴らが、メッカルにすんなり現れたのかが、わからなかったんだ。いくら奴ら“8人の異端者”でも、古代種の娘1人の正確な居場所を突き止めるのは困難なはずだし…」

「…おい、悪魔。それは一体、どういう事だ…!?」

“古代種の娘”という言葉に対し、ラゼが反応する。

そんなラゼに、ミュルザは目線だけ向けて話す。

「…要するに、この野郎が“8人の異端者”共と通じていた。そして、どこで知ったかは知らねぇが…俺達の居場所を、連中に教えたという事だ」

「なっ…!!」

ミュルザの台詞ことばを聞いた事で、全員の表情が変わる。

 何故、俺達の居場所がすぐにわかったのかと思えば…。そういうことだったのか…

アレンは“8人の異端者”達が襲撃してきた際、なぜすぐに自分達の居場所がわかったのかを疑問に思っていた。しかし、今の台詞ことばによって、思いのほか冷静に納得する事ができた。

「…ラゼ」

「なんだい?」

その直後、イブールの低い声が聞こえる。

「私とミュルザは後から行く…。だから、アレンとチェスを連れて、先に行ってもらえるかしら?」

「……仕方ないな」

イブールはこちらに振り返らないまま、ラゼとの会話を進める。

「言っておくけど…ここ周辺には、古代種キロの知恵がたくさん詰められている。だから、僕らを見つけるのは一苦労するかもだけど、いいのかい?」

「…心配しなさんな。お前ら3人とも変わった野郎だし、俺様にかかればすぐに合流できるぜ!」

ラゼの問いかけに対して、ミュルザが自信満々の表情かおで答える。

「…そんな簡単なモノではないと思うけど…。まぁ、いいや。行くよ…!」

ラゼがその場でボソボソ呟いた後…アレンとチェスを連れて、その場を後にしようとする。

 俺達の前にいるから、表情がわからない…。否、見ない方がいいのかもしれないな…

アレンはイブールやミュルザの背中を見つめながら、その場を後にした。


          ※


「さて…ご命令とあれば動くが…どうする?」

ミュルザが、意地悪そうな笑みを浮かべながら、イブールに問いかける。

アレン達を先に行かせ、その場に残ったのはイブールとミュルザ。そして、モーゼの3人だけだった。

 やっと…やっと、この時が…!!!

イブールは、ミュルザと出逢うまでの事を思い出す一方、今にもはち切れそうな怒りを抑えている。

一方で、身体の奥底から妙な力が湧いてくるのを感じていた。

「…ミュルザにらせたら…こいつに最高の快楽を与えてしまう…。だから、あんたは手を出さないで…」

「…了解!」

イブールは、鋭い視線で悪魔を睨みつけながら呟く。

手出しを禁じられたミュルザは、邪魔にならなそうな位置へと飛び去っていく。

「そなたのような阿婆擦れが…このわたしを殺すだと…?」

正面を向くと、いやみったらしい口調でモーゼが口を開いていた。

「フフ…」

そんな口調のモーゼなど全く気にせずに、イブールはクスクスと笑う。

「殺す…ですって?…そう簡単には殺さないわ。何故かは…解るわよね?」

「…なんのことかね?」

二人が語る中、イブールとモーゼとの間で緊迫とした空気が流れる。

「…まぁ、いいわ。あんたが私の両親を殺害した…結果的には、指示したって所かしら?…積年の恨み、今ここで晴らさせてもらうわ…!」

そう言い放ったイブールの周囲から炎が現れ、モーゼに向かって放たれていく。

「ふん!!!」

魔法に気がついたモーゼは、両腕を前に出し、結界魔法を唱える。

そして、イブールが放った炎を横へ逸らすことで、避けたのだ。

「ふん、小娘が!この私が、これしきの魔術でやられるとも…」

モーゼは、勝ち誇ったかのような口調で声を張り上げる。

「…甘いわね」

「なに…?」

イブールが、低い声で呟く。

それが聞き取れなかったモーゼは、しかめっ面をしながら彼女を睨む。

「なんだこれは…!!?」

すると突然、モーゼの足元に茨のような物がみるみると伸びて行く。

「ぐっ…!!!」

地面から伸びた茨の蔦は、あっという間にモーゼの身体を拘束する。

数秒後には、磔の状態となっていた。

「最初の炎は…囮!!?」

「…ええ。あれだけの炎を出せば、あんたは絶対に結界魔法を使うと思っていた。…結界魔法は身を守るのには最適だけど、地面にはかからないという弱点がある。言っておくけど、魔術を学ぶ上では、基本中の基本の事なんだけどね」

イブールは、茨に拘束されたモーゼの近くへ少しずつ歩み寄る。

「あんたをいたぶる方法は、いろいろ考えていた。ジワジワと追い詰めて行くやり方とか…ね。でも、いろんな意味で“これ”が最も罰にふさわしいと思ったわけ」

イブールは、遊びを楽しみにしている子供のような口調で話す。

しかし、その表情が狂気に満ちているのは言うまでもない。

「…ミュルザ!こっちへ来て…!!」

「あん?…俺様の力は借りないんじゃなかったのか…?」

イブールは、遺跡の小高い場所にいるミュルザに声をかける。

当の本人は、何故かと首を傾げながら答えた。

「“あれ”を使いたいの!!そう言えば、わかるわよね…?」

「……了解」

イブールの台詞ことばを聞いて、自分に何をやらせようとしているか気がついたミュルザは、その場から一瞬で地上に降り立つ。

…今思えば、ミュルザが私の元に現れたのって…“これ”を所持していたからでしょうね…

この瞬間、イブールはそんな事を思っていた。

「さて、イブール姐さん…」

気がつくと、イブールの背後にはミュルザが存在し、耳元で囁く。

黙ってはいたものの、イブールは自分の耳元に囁かれたため、一瞬だけ心臓の鼓動が跳ねる。

「…自力では、取り出せないしね…。やってちょうだい」

「…じゃあ、を閉じてもらおうか」

そう囁いたミュルザは、左腕でイブールの身体を抱き寄せる。

その後―――――――――ミュルザが右手を使いながら、イブールの首に巻かれているスカーフを外し始めたのである。


          ※


さて…やっと“これ”を拝める瞬間ときがやってきたな…

イブールの首に巻きついているスカーフの結び目をほどきながら、ミュルザは考えていた。

そして、彼女の首筋に奇妙な形をした紋章――――――――人間の間では“契約書”とも呼ばれる痣がはっきりと見えてくる。

「な…なにを…!!?」

これから何が起こるのか全く想像できないモーゼは、困惑した表情で彼らを見下ろしていた。

モーゼの台詞ことばを全く聞いてないミュルザは、自分の牙で指に軽い傷をつける。そして、血のついた指を“契約書”に近づけた。

「…っ…!!!」

瞳を閉じたイブールの口から、苦悶の声が聞こえる。

彼女の首元は紅い光が出現し、その首からは鋭利な「何か」が現れ始める。

光を発しているため、魔法で取り出しているようにも見えるが―――――イブールの口から出る苦痛に耐える声は、身体の内部から直接取り出しているように聞こえる。

「そ…それは、まさか…!!?」

イブールから現れた“それ”を見たモーゼの表情が、見る見ると青ざめていく。

数秒後、彼女から現れてミュルザがしっかりと握り締めていた物―――――――それは、血のように赤い刃を持つ、巨大な鎌だった。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

自分の身体から取り出されたモノを見つめながら、イブールは息切れをしている。

 俺様がこの女と“契約”した理由――――――無論、人間共に召喚されたのもあるが…イブールの魂が、この“嘆きの鎌”の思念とくっついていたからってのが一番だしな…

ミュルザは、この初めて見る“嘆きの鎌”を見つめながら、自分が契約した理由について考えていた。

「悪魔信仰のてめぇなら、この鎌が何かは知っているんじゃねぇか…?」

「そんな、馬鹿な…!!どうして、こんな小娘がこれを…!!?」

満足そうな笑みを浮かべながら話すミュルザに対し、動揺を隠せないモーゼ。

「そう…これは、“嘆きの鎌”。人間だろうが何だろうが…悪魔を除く生き物なら、何でも斬れる」

ミュルザの手から鎌を取ったイブールは、ボソボソと呟きながら茨で拘束されているモーゼの下へ歩き出す。

「そして、この鎌に引き裂かれたものの魂は…」

「や…やめろ…!!!」

イブールは、ゆっくりと罪人に向かって近づいていく。

一方で、モーゼは鎌を見つめながらひどく怯える。彼らの周囲では、イブールの足音だけが響いていた。

「ゆ…許してくれ…!!!金でも地位でも何でも…望むものなら、何でも差し出す…!!!だから、命だけは…!!!」

「…地獄にて塵になるまで魂をすり潰され、引き裂かれ、焼かれる…。それは、魂だけの存在であろうとも、最大級の苦痛を伴う…。それが、永遠と繰り返される場所に堕ちるのだ…」

狂気の表情かおで語りながら、イブールは“嘆きの鎌”を振り上げる。

 イブールの魂と同化している以上、今は使えないが…。この戦いとやらが終われば、俺様の物…だな…!

ミュルザは遠目で観察しながら、イブールの魂を手に入れる瞬間の事を考えていた。悪魔である彼に、“情”などない。彼がイブールに力を貸すのも、全ては彼女が目的を果たした後…イブールの魂と同化した“嘆きの鎌”を手に入れるためだったのだ。

 だが、あの鎌の思念は、俺ら悪魔並みに邪気が強い…。人間ごときの魂じゃ、思念に押しつぶされてしまう…。が、イブールは押しつぶされなかった。という事は…

ミュルザは、何故人間であるイブールが“嘆きの鎌”を扱えるのかを考えながら、成り行きを見守っていた。


「これは、あんたに課せられた罰…。その地獄とやらで…私の両親を殺害し、私自身を闇に葬り去ろうとした事を、悔いるがいいわ…!!!」

 …稀に見る、“悪魔になり得る資質を持つ人間”って訳か…!

イブールが鎌を振り下ろそうとした瞬間、彼女は正気の状態で言葉を口走り…ミュルザは視線を落としながらふとそんな事を考える。

「うふふふふ…・あはははははははっ!!!」

しかし、鎌を振り落とした後―――――イブールは狂気の笑みを浮かべ、笑いながら自分の敵を切り刻む。

こうして、ミュルザが見守る中、イブールは復讐を遂げるのであった。

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