第44話 忌むべき相手

「話が違うではないか…!!」

ラスリア達が最初にいた部屋を出ると、聞き覚えのある叫び声が聞こえる。

「あの男性ひと…!!!」

赤茶色の髪の男の後ろから見たラスリアは、視線の先にいる人物を見て驚く。

そこにいたのは、世界が統合する前に宗教自治区ルーメニシェアで会い、古代種であるラスリアを狙っていたライトリア教の僧長・モーゼだった。

「アギト様…」

モーゼと一緒にいた白い翼を持つ男性が、こちらを向いて名を呼び、会釈をする。

 …金髪金眼の天使…。彼が“8人の異端者”の一人、“堕天使”ミトセ?という事は、この赤茶色の男性が、アギトっていう男性ひと

ラスリアは彼らの顔を横目で見ながら、どの“敵”に当たるかを観察していた。

「アギト!!!貴様らに“ガジェイレル”一行の居場所を教えれば、古代種をこのわたしに譲るとの約束だったではないか…!!」

モーゼはラスリアが目に入っていないのか、食い入るようにアギトという男を睨みつける。

しかし、服の裾をつかまれても、アギトは眉一つすら動かさない。それはまるで、彼など眼中にないような雰囲気だった。

「貴方が、私達の居場所を彼らに教えたというの…!?」

憤りを感じていたラスリアは、必死のモーゼを睨みつける。

一方で、何故彼らがメッカルへ簡単に来ることができたのかを、納得することができた。

「これはこれは…こちらにいらしたのですね。ラスリア殿…」

「貴方なんかに、名前を呼ばれたくない!!!」

ラスリアはこの時、自身の過去について語ってくれたイブールを思い出す。

モーゼは、大事な仲間であるイブールが復讐をしたい相手だ。それはすなわち、ラスリアにとっても“敵”と同じような存在になる。

「…近づくな」

「…!!?」

モーゼがラスリアに近づこうとした瞬間―――――――――アギトが、二人の間に立ち塞がる。

 …すごい殺気…。この男性ひとは一体…?

自分に背を向けていたので表情まではわからなかったが、ラスリアはこのアギトという男性ひとから凄まじい殺気を感じた。感じた瞬間、全身に鳥肌が立つ。

「…そいつの処分は、お前達に任せる」

「はっ」

気がつくと、アギトはラスリアの腕を掴んで歩き始めていた。

そして、ミトセとすれ違った際に、低い声で命令を口走る。ラスリアは、ミトセやモーゼの方を振り返りながら、アギトに連れられて再び歩き出す。


 …モーゼが、“8人の異端者”達と手を組んでいたなんてね…

ラスリアは、歩きながらふとそんな事を考えていた。

「そういえば…私に見せたいものって、一体…?」

ラスリアは、恐る恐る尋ねる。

アギトは一瞬だけ黙った後、口を開く。

「この辺りだったら…君も以前、訪れたことがあるのでは…?」

「えっ…?」

アギトの台詞ことばを聞いた途端、二人はその場で立ち止まる。

アギトの黒い瞳が、ラスリアを捉えながら告げる。彼女は相手に言われて、周囲を見渡す。狭い廊下に、水晶のような鉱石でできた壁。「見覚えがあるかも」と考え事をした後、やっとこの場所がどこかを思い出す。

「“未開の地”…!!?」

今いる場所が何処かを悟ったラスリアは、目を丸くして驚く。

そんな彼女を見つめながら、男も周囲を見渡す。

「レジェンディラスの人間共は、そう呼んでいたか…。しかし、我々にとっては懐かしき故郷へ続く道…」

「え…?」

アギトは、ボソボソと呟く。

しかし、ラスリアは最後の方だけ聞き取ることができなかった。

「ここ…」

鉱石でできた廊下を抜けると、ラスリアの目には以前に訪れた風景。そして、そこには未だ見たことのない「もの」が存在していた。

 …この場所に来て、アレンはおかしくなった…。忘れもしないわ…

ラスリアとアギトが次にたどり着いた場所は、レジェンディラスで“イル”を目撃した場所だった。

その場に立ち尽くしているラスリアに構うことなく、アギトは“イル”のあった広間の中央へと歩いていく。

「君に見せたかったモノの一つが、これだよ…」

「なっ…!!?」

アギトがラスリアの方を振り向き、「それ」を見せた。

彼が言うモノを見たラスリアの表情が、一変する。

「これ…は…?」

ラスリアは、緊張と恐怖の入り混じった声で問いかける。

その視線の先にあったのは――――――赤い肉塊のような物体もの。そして、その異質な物体ものに絡み付いていた人間だった。しかも、ラスリアが何よりも驚いたのは、その人間が、アレンと同じ顔をしていたという事であった。

「人間名“セリエル”…。しかし、それは仮の名前に過ぎない。その本名は…」

「“ガジェイレル”…?」

ラスリアの口から、自然とその名前が紡ぎだされる。

その肉塊と彼女達の間には硝子のような壁が存在し、直接触れることはできない。ラスリアは、壁のようなモノに触れながら“それ”を見つめていた。

 右目の下にある痣…あれは、アレンが持っている痣と同じ形をしている…。しかも…女性…?

学者にしてみれば、今見える光景は神秘的な光景モノかもしれないが、ラスリアにとっては、このアレンと瓜二つの顔を持ち、眠りについている女性は異様な存在ものとしか映らない。すると、ラスリアは直感的な“何か”を感じ始める。

「っ…!!!」

ラスリアは、相手の隙をついて、その場から逃げ出す。

「はぁっ…はぁっ…」

ラスリアは、周囲など気にせず、全力疾走する。

 アレン…この場所に…この場所に来ては駄目……!!!

ラスリアは、強く思いながら、走る。

そして、先程見た“ガジェイレル”もあって、自分が何故彼らに捕らえられたのかを、唐突に理解した。

「…なんとか、自力で抜け出さなきゃ…!!」

ラスリアは、自分がアレン達をおびき出すための餌だという事実を考えないようにしながら走る。

 目標に逃げられたアギトは、特に動揺するわけでもなく、その場に立ち尽くしていた。

「…追わなくてよろしいんですか?」

そう口にしながら現れたのが、“血に飢えた吸血鬼”ジェルムだった。

「…問題はない」

「でも、“あそこ”は、今走っていった方向ではないよね…?」

首を傾げながら、ジェルムはアギトに尋ねる。

「…あの道は、あの娘にしか効かない魔術が施されている」

「へぇ…?」

ジェルムは、肩を上げながら話を聞いていた。

その後、アギトはラスリアが走っていった方向へと歩き始める。

「どの道、あの娘はわたしが連れて行こうとしていた場所にたどり着く…。故に、無理に追いかける必要はない」

そう呟きながら、アギトはジェルムを見据える。

「…なんだ」

この時、アギトは部下であるジェルムが、まだ自分に用事があるのだと思い、今の言葉を投げかけていた。

「あぁ、言い忘れるところだった!…この島の端っこの方に、珍しい魔力を感じたんです。それを伝えに来たつもりですが…どうします?」

ジェルムは、相手の顔色を伺うような口調で話す。

それを聞いて、アギトは黙り込むが…視線だけジェルムの方に向けて口を開く。

「…“奴”以外は好きにしろ」

「…了解!」

低い声で答えた後、ジェルムはその場から姿を消すのであった。


          ※


“8人の異端者”達の根城アジトであり、かつてレジェンディラスでは“未開の地”と呼ばれていた島の海岸に、眩い光が現れる。そこから現れたのは――――――アレン・イブール・チェス・ミュルザの4人と、古代種“キロ”の末裔である青年・ラゼの5人だった。

「ここが以前、“未開の地”と呼ばれていた場所…」

辺りを見回しながら、チェスは思ったことを口にする。

 それにしても…この人数を一瞬で運べるだなんて、流石は古代種キロといったところかな?

チェスは、ラゼを見上げながら考え事をする。

交換条件として「敵の根城アジトへ連れて行け」とラゼは言ったものの、結局は彼が瞬間移動でアレン達を連れてきたのだった。瞬間移動は魔術の中でもレベルの高い術で、並の魔術師では容易に会得できないと云われている。そのため、この人数をいとも簡単に連れてくる事ができたラゼの魔力がどのくらいなのかと、チェスは興味津々でもあった。

「おい、ガキんちょ!アレンの野郎が“早くしろ”って言いたげなで睨んでるぞ?」

「あ…ごめん」

ミュルザに急かされたチェスは、彼らと一緒に歩き出す。


「ここは…!」

「すごい…圧巻ね…!!」

海岸から一時間ほど歩くと、彼らの視線の先には古代種の都跡が見えてくる。

文献でしか見られないような建築様式である建物や、見たことのない機械の残骸――――――全ては崩れ果ててはいたが、まさに“古代種の都”そのものの風景が広がっていた。

「遺跡についてはよくわからないが…ここが“古代種の都跡”で間違いないんだな?」

「…そうだよ」

真剣な表情で問いかけるアレンに対し、ラゼは静かに頷いた。

「でもさー…そのアギトって奴は、どうしてこの場所を引っ張り出したのかな?…古代種とはいえ、これだけ大きな場所を引っ張り出すのは、かなり大変そうだけど…」

「…私も、その辺が気になっていた。実際のところはどうなの?」

イブールが考えていたことをチェスが口にし、彼女も口を動かしながらラゼの方向を見る。

「…“彼”のような存在があるならば、当然“心臓”だってある」

「どういう意味だ?」

アレンを見ながら話すラゼに、全員が首を傾げる。

「…“星の意思”が発せられている場所が、この都の跡地の奥にある…とでも言えば、君らでもわかるかな」

「……」

ラゼの話に、全員が黙って聞いていた。

「いや…むしろ僕達は、“星の意思”をじかに読み取れる場所に都を造った。そして…」

ラゼの声が、次第に小さな呟きのようになっていく。

「!!!」

「ミュルザ…?」

何かに反応したのか、ミュルザが瞬時に前方を睨む。

それを不思議に感じたイブールは、彼に問いかける。

「誰かが来る…!だが、この感覚は…」

ミュルザが、しかめっ面をしながら答える。

 ミュルザがこんな表情かおをするという事は…堕天使ミトセとか…!!?

チェスはそう考えながら、だんだん大きくなる足音に耳を澄ます。そして、その両手には槍が強く握られていた。

「くそ…どうなっているのだ、ここは…!!!」

すると、そこには聞き覚えのある声が響いてくる。

 あの人間ひとは、確か…

彼らの目の前に現れたのは、ライトリア教団の服装をした中年男性だ。どこかで見たことあるような感覚で考えたが、チェスはすぐその正体に気がつく。

「あの時の…!!」

チェスは、その男性がラスリアを狙っていた教団の僧長・モーゼであることを思い出す。

「ウォトレストの少年…。あの人間は、何者だ…?」

気がつくと、チェスの真横にラゼが立っていた。

「僕らウォトレストや、貴方達“キロ”にとって、忌むべき相手だよ。そして…」

途中まで言いかけた時、チェスは何かを思い出したかのように後ろを振り返る。

「イブール…!!!」

イブールを見上げた途端、チェスの表情が一変する。

そこに立っているイブールは―――――気さくで優しい普段の彼女ではなく、“復讐にとり憑かれた者”が持つような殺気を放ち、その瞳には憎悪が宿っていた。


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