第8章 打開策を求めて

第43話 黒い瞳が映し出すもの

  肋骨にひびが入った箇所…。少し痛むな…

アレンは塔の中を進みさ中、怪我をした箇所を右手で押さえながら考える。

ラスリアと同じ古代種キロの末裔に会うため、アレン達はとある場所を訪れていた。結界が解けていたとはいえ、広い塔の中を探し回るのは流石に骨が折れる作業だ。探索を始めてから2時間ほど経過した後、やっとの思いでその場所に到達できたのである。


「これは…!?」

先行していたチェスらウォトレストの竜騎士達が、目を丸くして驚く。

大きな扉の中へ入ると―――――――――中は荒れており、たくさんの本が床に散らばっている。そして、書類や机も落ちていたり、壊れていたりという惨状になっていた。

「誰かと…争っていたのか?これは…」

「…そのようね…」

辺りを見回しながら、アレンとイブールが各々の感想を述べる。

 紙が、焦げている…?

アレンは、散り散りになっている本や書類の内、炎であぶったかのように焦げている部分を発見する。火事が起きた訳でもないのに何故、このような事になっていたかを考えていた。

「あ…あれ…!!!」

何かに気がついたチェスが、部屋の奥の方を指差す。

「ラゼ殿…!!!」

その存在に気がついたビジョップが、床に倒れている人物――――――――ラゼの近くへ走って行った。

アレン達も近くに行って見ると、紺色の長い髪を持つ青年が、全身に傷を負って倒れていたのである。

「…ウォトレストか…」

だるそうな表情をしているラゼというやつは、瞳を閉じていたにも関わらずビジョップやチェスがウォトレストである事を言い当てる。

 …古代種というのも、伊達ではないようだな…

彼の側に寄るチェス達を見ながら、アレンは不意にそう思った。

その後、倒れていたラゼをベッドに運んでから座らせたのである。

「…数年ぶりですね、ラゼ殿…。急な用件があった故、突然の来訪をお許し願いたい」

「…いいよ。最も、“奴”のせいで関係ない奴まで入り込んじゃったみたいだけど…」

傷を見つめながら話す男は、皮肉を込めた口調で呟く。

その後、彼の黒い瞳は、真っ直ぐにアレンの方を見た。

「…“君”と会うのは、初めてのようだね」

「…どういう意味だ?」

ラゼの台詞ことばに対し、アレンが反応する。

「…そのままの意味だよ。僕は、もう一人の“君”と一度会ったことがあるからね…」

「お前は一体…?」

意味深な台詞ことばを述べるラゼに対して、アレンは動揺を隠す事ができなかった。

周囲が微妙な雰囲気に包まれる中、ベッドから上半身だけ起き上がったラゼに対し、ビジョプが声をかける。

「…一体、我々が来るまでに何があったんですか?」

その台詞ことばを聞いたラゼは、数秒だけ黙ってから口を開く。

「見ての通りさ!…その様子だと、“あの男”の存在は知らないみたいだね」

「“あの男”…?」

ラゼの台詞ことばに、今度はチェスが反応する。

「…僕の家を荒らして行った男の名前は、アギト。フルネームが“アギラストリュエ・ゴナセイル”」

「まさか…貴方と同じ、“キロ”…!!?でも…その名前は…」

「?そいつは一体、何者だ…?」

アレンは、驚くビジョップ・チェス兄弟を見ながら首を傾げる。

「…おそらく、そいつが“8人の異端者”共のリーダー…だな…」

「なっ…!!?」

自分の背後で呟くミュルザの台詞ことばを聞いたアレンは、表情を一変させる。

「…ミュルザ。あんた、そんな事をいつの間に知っていたの…?」

「まぁ、俺様が“それ”を知ったのは、つい最近だけどな。でも、確かな筋から手に入れた情報だから、嘘はついてねぇぜ!イブール姐さん!」

不審そうな表情かおで見つめるイブールに対し、ミュルザは飄々とした態度で答える。

「まぁ、いいわ。…本題に戻るけど…一体何が目的で…?」

「…」

腕を組みながら呟くイブールに対し、黙り込むラゼ。

しかし、大きく息をはいた後に、再び話し始める。

「それは、さておき…。今日はどういった用件で来たんだい?…“ガジェイレル”やら悪魔やらまでおしかけて…」

本題を切り出したラゼの表情かおは、心を読ませないポーカーフェイスのような表情になっていた。

 訊くなら今…か?

話題を変えたラゼを見て、アレンはふと思った。

「…“古代種の都跡”について、尋ねたい…」

「…っ…!!?」

アレンが口を開くと、ラゼの表情が一変する。

予想以上に動揺した表情かおを見せるラゼに対し、ビジョップ達も戸惑っていた。

「…“あそこ”の場所を聞いて……何がしたいの?」

「連れ去られた仲間を助けるためだ」

疑心暗鬼な表情かおで尋ねるラゼに対し、アレンははっきりと断言する。

そこに、チェスが顔を出して言う。

「えと……僕らが“そこ”に行く事は、敵の思う壷かもしれない。でも、このまま彼女を見殺しにはしたくないんだ…!だから、教えてほしいんです…!!」

チェスは、必死そうな表情かおで訴えかける。

少年らしい不安が、さらけ出されたような声をしていた。

「…例え俺達を信用していなくても、てめぇの頭の中に今、ラスリアちゃんの姿が浮かんでいたのは事実。何も知らないとは言わせねぇぜ…?」

後ろの方で話を聞いていたミュルザが、鋭い視線でラゼを睨む。

「…余計な口出しをするな、悪魔。見ず知らずの人間ならどうでもいいけど…同胞ともあれば、僕とて協力するさ」

ラゼはそう言い放ちながら、ミュルザを睨み返す。

「…じゃあ、“古代種の都市跡”の場所を知っているのね…!!?」

威嚇するような表情かおのラゼに構う事なく、イブールが彼に食いついていく。

それを目の当たりにしたラゼは呆気に取られたようだったが、すぐに元の表情に戻る。

「…まぁね。だけど、教える代わりに条件がある」

「条件…?」

ラゼが真剣な表情で、アレン達を見上げる。

しかし、真剣な表情はラゼだけはなかったのである。

「…僕もその場所に連れて行け。それが、奴らの居場所を教える条件だ」

アレン達が本気でラスリアを助けたいと思っているのを察したラゼは、その台詞ことばを皮切りに、自身も“準備”を始めるのであった。


          ※


 アレン達がラゼに話を聞いていた頃―――――――――当のラスリアは、“8人の異端者”達の根城アジトでもある古代種の都跡付近にいた。

「…何故、あの娘は目覚めない?」

意識が朦朧としている中で、ラスリアの耳に見知らぬ男性の声が聞こえる。

「おかしいなぁ…。浅く噛んだから、致死量には満たないはずだし…。あのは貴方と同じ種族だから、耐性もあるのでは…?」

一方、もう一つの声は“野獣”の二つ名を持つハデュスの声だった。

その直後、頬を弾くような音が聴こえた瞬間に、ラスリアの意識は確かなモノになる。

 ここは…?

ラスリアは、重たくなった瞼を開く。指を動かそうとすると、布団のような手触りを感じる。

「…目覚めたようだね」

気がつくと、頭上に赤茶色の髪を持つ男がいた。

「貴方は…?」

ラスリアは、上半身だけ起き上がりながら、口を開く。

しかし、その長髪の男は特に何も答えなかった。

『今日は、君を迎えに来たんだ。古代種キロのお姫様…』

すると、メッカルで彼女の耳元で囁いたハデュスの声が浮かぶ。

最初、ラスリアはそれが何かとボンヤリ考えていた。

 そうだ…私…!!!

意識がしっかりしてきたラスリアは、自分の身に何があったのかを思い出す。

「…私をどうする気なの…!?」

ラスリアは目の前にいる男を、敵意むき出しの表情かおで睨み付ける。

しかし、相手はそんな表情かおを物ともしないくらい落ち着いていた。そして、何かにとり憑かれたような態度にも見える。

「…ハデュスが、君に手荒なマネをしてしまったようだね」

「…やはり、貴方も彼らの…?」

そう尋ねるラスリアの心臓は、強く脈打っていた。

そして、同時に確信をする。

 やっぱり、私…ハデュスによって、連れ去られたみたい…ね。ここがどこなのかもわからないし…。でも、何故ベッドに寝ていたんだろう…?それに…

ラスリアはいろんな事を考えながら、男を見る。彼女は自分の目の前にいる男に対して、何か懐かしいような感覚を覚えていた。

「さて、行くか…」

「え…?」

突然、男が不意に呟く。

気がつくと、自分に対して手を差し伸べられていた。

「一緒に来てもらうよ。…君に見せたいモノもあるから…」

「…」

穏やかな口調で男は話すが、とても逃げられないような雰囲気をかもし出していた。

 私と同じ、黒い瞳…

ラスリアは、自分と同じ色の瞳を持つ男を見つめながら、その手を取ろうとする。


『ラスリアよ…』

「えっ…!!?」

この瞬間、ラスリアの頭の中に聴いたことのない声が響く。

彼女は辺りを見回すが、この空間にいるのはラスリアと、この赤茶色の髪を持つ男の2人だけだ。そこには、第三者がいる気配は全く見られない。

「…どうかしたのかい?」

ラスリアは、男に声をかけられた事で、心臓の鼓動が一瞬跳ねる。

「いえ、何でも…」

ラスリアは、自分にしか聴こえていない声と悟ったのか、少し緊張した声色で答える。

 今の声…なんだったんだろう…?

男の手を取ったラスリアは、立ち上がりながらそんな事をふと考える。

 …いや、今はそれよりも…。まずは、ここから脱出するすべを考えなきゃ…!

立ち上がったラスリアは、男に右腕を掴まれたままの状態で歩き出すのであった。


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