第34話 ラスリアと瓜二つの女性

 「いらっしゃい!」

ラスリアの実家に到着して最初に迎えてくれたのは、彼女の姉の夫・グスタフだった。

「久しぶりね、グスタフ!」

「もしかして…ラスリアか!?」

果物屋の店番をしていたグスタフは、義妹いもうとの帰還に驚きつつも、嬉しさを滲ませた表情かおをする。

「あ…君は、あの時の…?」

グスタフは、ラスリアの後ろにいたアレンに気がついたようだが、アレン自身は何も口に出さず黙っていた。

 アレン…グスタフみたいなタイプの男性ひと、苦手なんだろうなぁ…

ラスリアは、内心でそう考えていた。

「はじめまして!私はこの子と旅をしている、イブール・エンヴィという者です」

「僕は、チェス・アングル・ウォトレスト」

「ミュルザ・プライドルだ!」

ラスリアが紹介するまでもなく、仲間達は自己紹介を始めた。

彼らの自己紹介を聞いていたグスタフは、物珍しいような表情かおをする。

「結構、面白そうな人達と旅をしているんだなぁ…。あ!そういえば、今日はどういった用件で来たんだい?」

「あ…」

その台詞ことばを聞いたラスリアは、気まずそうな表情かおをする。

グスタフによって周囲の空気が変わったが、当の本人は全く気がついていない。

「あの…さ、グスタフ…。シシュ姉さん、いる…?」

そう尋ねるが、どんな返答が来るのかは、ラスリアもアレン達もわかっていた。

「もちろん、いるよ!ただ…」

姉の所在を訊かれたグフタフは、少し話しづらそうな表情を浮かべながら、彼らに話すのであった。


「ラスリア…本当に、あなたなの…?」

「久しぶりね…シシュ姉さん…!!」

久しぶりの再会に、ラスリアは姉に抱きつく。

 久々の、この暖かくて心地よい感覚…。「帰ってきた」って実感するなぁ…

姉の胸の中で、ラスリアはそんな事を考えていた。

「あら!アレンさん…だったかしら?…いつも、妹がお世話になっています」

「あ…ああ…」

アレンの存在に気がついたシシュは、満面の笑みで彼に挨拶をする。

しかし、アレンは先ほどのグスタフの時とは打って変わって、少し呆気に取られたような表情かおで受け答えしていた。

 …会うのは久しぶりだし、いろいろ話したい事もあるけど…。やっぱり、先に本題を話した方がいいかな…

実の姉妹ではないとはいえ、旅に出てから全く会っていなかった家族に、ラスリアは話したい事は積もるようにある。しかし、自分だけならまだしも、アレンやイブール達もいるという事実が、ラスリアを現実に引き戻す。

つばをゴクリと飲み込んだ後、ラスリアは口を開く。

「姉さん…。アミおばさんから聞いたんだけど…」

途中まで言いかけたラスリアの表情を見たシシュは、妹が何を言いたいのかすぐに察したのか、閉じていた口を開く。

「…ごめんね、ラスリア。あのは…貴方が以前使っていた部屋にいるわ」

シシュは少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら、アレン達をラスリアが使っていた部屋へと案内する事になる。


          ※


 その後、アレン達はラスリアの部屋の前に立つ。そして、シシュが部屋のドアを開けた。

「…入るわ」

そう呟いた後、ラスリアの部屋のドアが開かれる。

「…!!」

部屋の中に入った直後、アレン達の表情が一変する。

小さな部屋の隅にあるベッドの中、上半身だけ起き上がっていたのは――――黒髪・黒い瞳の女性だった。そして、身に着けている服が違うというだけで、本当にラスリアそっくりの顔立ちをしている。

 本当に、瓜二つだなぁ…

チェスは、内心でそう考えていた。

チェスだけでなく、アレンやラスリア達も、感心しているような表情でこの女性を見つめていた。

しかし、当の本人は何が起きているのかわからず、不安そうな表情かおでチェス達を見つめる。

「WHO…?」

自分たちを見たこの少女が、何かを呟いた。

「この嬢ちゃん…何か呟いたみたいだが、どうやら俺達見て、不安になってるみたいだぜ?」

その呟きに気がついたのは、ミュルザだった。

しかし、心の中を読めても、この女性が口にした言葉の意味を理解できないミュルザは、上っ面でしか心情を読み取る事ができないようだ。

「ラスリア…この女性ひと、何て言っているかわかる…?」

チェスは、自分の隣にいたラスリアに問いかける。

その直後、自分たちに「誰?」と問いかけていると、ラスリアは説明してくれた。しかし、アレンやイブール、そしてシシュはこの状況に驚いていたのである。

「ラスリア…お前、この女の言っている言葉がわかるのか…?」

「…それに、チェス。貴方、ラスリアが今の言葉を理解できるって知っていたの?」

アレンの問いに対し、ラスリアは複雑そうな表情かおをしながら、首を縦に頷く。

そして、チェスも黙ったまま頷いた後、口を開いた。

「…イブールと合流する前、僕とラスリアは世界統合によって現れた村に立ち寄った際、ちょっとね…」

「…成程。アビスウォクテラの人間に会ったって事か…」

チェスの答えを壁際で聞いていたミュルザは、納得したような表情かおでベッドにいる女性を見つめていた。

 “アレンを保護するために訪れた”…という言葉までは、言わなくてもいいかな…

実際、“もう1つの世界”の人間と会ったのは、アレンを保護するために向かった村での出来事。しかし、あえてその言葉を本人の前で言わないようにしようと考えていたチェスであった。

「U…」

ラスリアが聞き慣れない言語ことばを使い、自分と瓜二つの女性に話しかけ始める。

その話し方は、聞いているこちらが気が付くくらいにたどたどしい発音ではあったものの、この“もう一つの世界の住人”の表情を見るからに、ちゃんと理解してもらっているようだった。

ラスリアとその女性の声が、部屋の中で続く。チェス達は、その様子を黙って見守っていたのである。


 それから数分後―――――――聞いた話を頭の中で整理し終えたラスリアが、仲間達の方を向いて話し出す。

「聞いた話をまとめると…。この子、シアっていうの。彼女は世界が統合するまで、ギルガメシュ連邦…とかいう国で、歌を歌う仕事をしていたんですって。それで、いろいろあって…今は“キタモラフ石”という石を探しているんだとか」

「“キタモラフ石”…!?」

シアが口にしていた石の名前を聞き、それに反応したのはイブールだった。

すると、ラスリアは何かを尋ねるような口調で、シアに話しかける。

 それにしても、このシアって子…。声までもがラスリアそっくりだから、何だか双子のようにも見えるな…

チェスはこの2人のやり取りを見ていて、内心でそんな事を考えていた。

「えっと…なんでも、その石は彼女の先祖が代々“守護”していたとかいう石ですって」

「その石の形状…例えば、色とかは!!?」

ラスリアが同時通訳した言葉に対し、イブールがかなり食いついていた。

 イブール…もしかして…?

チェスがイブールを見つめていると、その後ろでミュルザが「俺も同じこと考えていた」と言いそうな表情をしていた。

そして、同時通訳をするラスリアの視線は、いつの間にかイブールに向いている。

「淡い水色で…水晶みたいな形をした石…だそうよ」

「なっ…!!?」

石の特徴を聞いた事で、その場にいる全員の表情が一変する。

 でも…イブールがその石の形状を知りたがった時点で、皆気がついていたのかも…?

チェスは、全員の反応を見ながら、そんな事を考えていた。

このシアの話によって、イブールが塔のような遺跡で発見し、後に奪われた石が、その“キタモラフ石”だと判明したのであった。

「それにしても…その石の守護って事は…“守り人”をやっていたんだよね?普通の人間にできる事ではなさそうな気が…」

「…確かに。色々と話してくれるのはいいが…お前、何者だ…?」

チェスが呟き、アレンがシアの顔を上から見下ろしながら尋ねる。

最初は怯えているような表情を見せていたシアだったが―――――アレンに見つめられた途端、食い入るように、彼を見つめ返す。

「ん…?」

上目使いで長時間見上げられて、アレンは変な気分になっていた。

すると、不思議に感じたラスリアが「どうしたの?」と問いかけているような口調で、彼女に尋ねる。しかし、当の本人は黙り込んでしまった。

深いため息をついたラスリアは、皆の方を向いて話し出す。

「これ以上訊くと…逆に、警戒心を強めてしまうかもしれないわ。その石の事…私から彼女に、もう少し訊いて見る事にする。だから…」

口を動かしながら、ラスリアは姉の方を見る。

「あら!もちろん、ここは貴女の家でもあるし…ちょっと狭いけど、皆で泊まる分には全然大歓迎よ!」

「ありがとう、姉さん…」

ウィンクしながら答えるシシュに、ラスリアは安堵の表情かおを見せる。

 そして、アレン達はラスリアの家で1泊する事となる。ラスリアが自分達の事を話したせいか…シアも疑いの目をあまり向けなり、穏やかになっていた。

その後、ラスリアはシアから少しずつ話を聞き、それをアレン達に伝える事で次の目的地が、“キタモラフ石”があるとされる渓谷と決まったのであった。

 それにしても…シアは、アレンを見つめていた…。あれって、何を意味するのかなぁ…?

チェスは、夜空に輝く星を見ながらボンヤリ考え事をする。

こうして、チェスはシアが何者で…何故、ストの村の近くで行き倒れていたのかを考えながら、静かに瞳を閉じたのであった。


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