第33話 世界の変わる様

 “キタモラフ石”―――――それは、古代種“キロ”が創ったとされる水晶のような石。“レジェンディラス”と“アビスウォクテラ”の双方の世界に2つずつ存在していたその石は、“星”と呼ぶこの世界を、他の世界から分離する結界の役割を担っている。

この世に“神”という存在はあるものの、それは「自分が最も至高の存在である」という歪んだ概念を持つ生命体を指す。故に、その“神”や“神”が従えし“天使”なる者達の侵略を避けるため、キロはこの石を創ったのであった。

この石については、どの世界の文献にも載っておらず、知る者もほとんどいない。知っているのは、石を創った古代種“キロ”。そして、キタモラフ石の“守り手”を担ってきた強い魔力を持つ一族――――――“デスティニーレ族”のみである。


「あの石…なんだったのかしら…?」

事の発端は、イブールが呟いた一言だった。

チェスがヴァリモナルザと一騎撃ちをしてイブールを助けた後、アレン達は自分達のいた山を下山し、山の麓で野宿をしていた。

「あの石…って?」

イブールの側で、チェスが尋ねる。

 俺達があの場所に到達するまでの間…イブールは何を見たんだろう?

イブールとチェスを見つめながら、アレンはふと疑問に思う。

「貴方達があの場所にたどり着く前、私はヴァリモナルザと会話をしていたの。…そうしたら、彼女の仲間らしき男が現れて…」

「…その男性ひとは、何をするために…?」

ラスリアがと問いかけると、イブールは首を横に振る。

「…わからない。ただ、私があの塔で見つけた…水色で水晶のような石をヴァリモナルザから受け取り、その場を後にしてしまったかんじなの」

「水晶って…それを連中に奪われたって事か?」

「ええ」

普段は他人ひとの話に関心を持たないミュルザが、珍しく食いついてくる。

「話を聞いている限りだと…」

そこに、アレンが割って入ってくる。

「イブールが見つけ、奪われたその石…。奴らにとって、何か大切な物なのかもな」

「そうね…」

アレンの意見に対し、イブールを始めとする全員が同意した。

 その後、話題は黒竜を見かけた塔のような遺跡へと変わる。

「ところで、イブール。…あの塔で一体、何を調べていたの?」

「ええ…」

相槌を打ったイブールは、1枚の地図を取り出す。

「私の目的はね、あの天高くそびえる塔の屋上から、今の世界を見渡そうということだったの」

「…それで、結果はどうだったの?」

世界地図を物珍しそうに見つめながら、チェスが問いかける。

すると、イブールは一息ついてから口を開く。

「…案の定、すごいことになっていたわ」

「“すごいこと”…?」

「例えば…この地図上にある、砂時計みたいな形をした半島!これは、跡形もなくなっていたし…。あと、地図上だとー…ここね!」

そう言い切ると、イブールは地図上に描かれているルカ諸島を指差す。

「チェスを除く私達は、港町キャップから船に乗ったわよね?…あの港町があった大陸の先端辺りに、地割れが起きていたの…。そこまで見て、確信したわ」

「…だな。姐さんの見たものが本当なら…やはり、2つの世界は1つに戻ったわけだ」

「…地割れや島などの消失…」

イブールやミュルザが話す側で、ラスリアは独りポツリとつぶやく。

「つまり…2つの世界が1つに融合された反動か何かで、地割れやあるはずのない島の出現・消失が起きている…って事?」

「ラスリア…どうかしたか?」

不可思議そうな表情かおで話すラスリアを見たアレンは、不意に尋ねる。

「…わからない。でも、なんだか…その“反動”ともいえる現象を…どこかで見たような気がするんだけど…」

ラスリアが考え込んでいるのを見かねたミュルザが、その心の内を覗いていた。

「…頭の中がこんがらがっているな、ラスリアちゃん」

「ええ…。何か見たような、見てないような…?記憶が曖昧なのよね…」

ラスリアは何かを思い出そうとしていたようだったが、それは無理だと理解したのか、思い出すことをすぐにやめた。

彼女の心の中を何となく読み取っていたミュルザも、視線を元の方向に戻す。

「そういえば…今、俺達のいるこの場所って…世界地図のどの辺りに位置するんだ?」

「え…」

アレンの一言に、全員が言葉を詰まらせる。

「イブールの証言通りだと、例の塔は学術都市アテレステンの近くのようだが…。俺達の場合、ミュルザの魔法でここまで移動してきたから…どうなんだろうか?」

アレンは、思ったことを口に出す。

 …そして、近い内に“向こうの世界”にいた連中と、誰かしら接触する事になりそうだな…

アレンは世界地図を見つめながら、一人考え事をしていた。

「…とりあえず、夜が明けたら動き出そうよ。偵察だったら、僕かミュルザが行けそうだしね!」

沈黙が続く中、最初に言葉を発したのはチェスだった。

「あん?俺様はともかく、ガキんちょに偵察なんてできるのか?…まだ、竜を持っていないのに…」

途中言いかけていたミュルザに、イブールが彼の足を思いっきり踏んづける。

「痛ってぇ!!!イブール姐さん、何するんだよ…!?」

「…空気を読みなさいっての!」

イブールは、痛がるミュルザの耳元で囁く。

無意識の内に、アレンとラスリアの視線は、チェスに向いていた。

 …ったく、ミュルザの阿呆が…

「竜を持っていない」――――――――ヴァリモナルザとの決闘を終えたチェスにとって、この言葉は禁句の他ならない。竜騎士は相棒とも言える竜を得る事で一人前となるわけで、ただ槍が使えるだけではまだ半人前。それは、アレンですらわかる事だったのだ。

ミュルザの何気ない一言に、複雑そうな表情かおをするものの…チェスはすぐに笑顔に戻って言う。

「動物に意識を移す術を使えば…僕だって、偵察くらいお手の物だもんね!」

軽く威張っているような口調で言うチェスの表情かおは、少し無理をしているようにも見える。

「…そうね!とにかく、明日に備えて今日は寝ましょう!私達はともかく…チェスやイブールは疲れているでしょうし…!」

状況を察したのか、ラスリアは宥めるようにして皆に声をかけていた。

「…そうだな。俺が火の番をするから…お前ら、早く寝ろ」

アレンも、チェス達にそう告げる。


 そして、翌朝―――――――――

チェスは戦いで疲れているため、ミュルザを偵察に行かせた。

「…それにしても、ラスリアがミュルザと一時的な契約を結んでいたとはねぇ…」

話は、イブールを助けに行く前、ラスリアがミュルザと交わした一時的な“契約”の内容になっていた。

「なんか、手間かけさせちゃってごめんなさいね…。ミュルザに何かされなかった…?」

「いや…特に大したことは…」

疑問をぶつけられたラスリアは、ミュルザとのキスした事を思い出していたのか、頬を赤らめていた。

「ふーん…」

「え…?」

すると、イブールは訊き出すのを諦めたのか、違う方向を向いてしまう。

それが予想外だったのか、ラスリア呆気に取られたような表情をしていた。

「まぁ、あんたのその表情かおを見れば、何となく想像がつくわね…」

「…」

そう呟くイブールの側で、アレンとチェスは、複雑な表情をしながら見つめていた。

「おーーい!!!」

すると、頭上からミュルザの声が聞こえる。

空から偵察をしていたミュルザが地上に降り立ち、黒い翼を魔術でしまいこんだ。

「で?どうだった…?」

イブールが彼に声をかけると、ミュルザは不意にラスリアの方を見つめる。

「ラスリアちゃん…何で顔真っ赤にしているんだい?」

そう尋ねるミュルザは、意地悪そうな笑みを浮かべている。

当然のように、ラスリアは黙り続ける。

 …この野郎、わかっていて訊きやがったな…

相手の心を読めるミュルザは、やはり根っからの悪魔だなとアレンは感じていた。

「そうそう!この先に、村があったぜ!!そこにいる人間はー…どうやら、レジェンディラスの人間共みたいだな!」

「成程…。じゃあ、僕達が怪しまれる心配は少なそう…か」

「因みに…その村、何て名前なの?」

ラスリアの問いかけにより、全員の視線が彼女に移る。

ラスリアは、未だ頬を赤らめつつも、何かを感じたのかそう口にしたようだった。

「確か…村人が、“スト”とかいう名前を口走っていたな」

「え…」

その名前を聞いたアレンとラスリアは、表情を一変させる。

しかし、何の事だかわからないイブールとチェスは彼らを見つめていた。

 ここが、あの“スト”の周辺…

「…まさか、またあの村の近くを訪れるようになるとはな…」

アレンは、その場でポツリと呟く。

ストという村が何かをミュルザは察したのか、黙ったままだった。

「アレン…その村に、何かあるの?それとも、一度行った事のある場所…?」

疑問を感じたイブールが、アレンに対して問いかける。

「俺が旅の途中で立ち寄った村だ。…そして、ラスリアが育った故郷でもある…」

「そう…」

ストという村がどんな村で、アレンはそこで“星降り”を初めて目にした事をイブールやチェスに話す。

すると、ラスリアが足早に歩き始めた。

「ラスリア…?」

「…ここが、あの村の近くなら、大体わかるかも…!」

「ラスリア!!?」

ラスリアが何かを呟いたかと思うと、突然走り出したのだ。

そんな彼女を、彼らは追いかける。


          ※


「はぁ…はぁ…はぁ…」

ラスリアは、全速力で走る。

それを、アレン達は追いかけていた。

 何だろう…さっきから、ひどい胸騒ぎがする…!!!

そう思いながら走り続けるラスリアの心臓の鼓動は、どんどん激しくなっている。

山を降りたとはいえ、地面は草木で覆われた森。足場も決して良いものではなく、何も考えずに走るラスリアのバランスを何度か崩しかけた。

「あ…!」

森の中を走って行く内に、見覚えのある景色にたどり着く。

ラスリアの目に入ってきたのは…少し前まで、自分が暮らしていた故郷―――――ストの村の概観だった。

「ラスリアちゃん!」

気がつくと、彼女の後ろにはミュルザがいた。

そして、その後を続くようにアレン・イブール・チェスの3人が追いつく。

「ラスリア…突然走り出して、一体どうしたんだ?」

息切れをしながら、アレンが彼女に問いかける。

「何か…嫌な胸騒ぎがしたの」

「でも、魔物の襲撃を受けたかんじでもなさそうだし…至って普通の村っぽいよ?」

「でも…」

その先を口にしようとしたラスリアは、黙り込む。

 …なんだろう…この、言葉で言い表せないような感覚…

ラスリアは、チェスの発言を返す事ができなかった。

少しの間だけ、彼らの間で沈黙が続く。

「…おそらく、“キロ”としての第六感が何かかもしれないわね。…念のため、用心しながら村へ入りましょう!」

「え…入るのか!?」

イブールの提案に対して、ミュルザが驚く。

「…?どうかした?」

「いや…そうだな。まずは村人共から情報を集めるのが先決…って事だろ?」

「そういう事!それに…」

気まずそうな表情かおをしているミュルザの事はお構いなしに、イブールはラスリアを見つめる。

「久しぶりの故郷なんでしょ?…せっかくだから、家族とかに挨拶でもしたら?」

「イブール…」

ミュルザが何故驚いていたのかはわからなかったが、ラスリアはイブールの気遣いにいくらか安堵した。

「じゃあ、早速行ってみよう!…運良ければ、ラスリアの家で泊まれるかもしれないしね!」

チェスは、上機嫌になりながら歩き始める。

 久々の故郷…か

ラスリアは懐かしく思う一方で、胸騒ぎが止まらない自分がいる事に、まだ不安を覚えていた。


「…ラスリアちゃん!!?」

山間にある村・ストを訪れたラスリア達が最初に会ったのは――――何度か世話になっていたアミおばさんだった。

「お久しぶりです!アミおばさん!!」

まるでわが子が帰ってきたような表情で、ラスリアを抱きしめるアミ。

その後、彼女はアレン達を見つめる。

「この方々は…?」

「ええ。今、私と一緒に旅をしている仲間たちです!」

「あらあら…こんな美女・美男子の皆さんとねぇー…」

「あら!お世辞が上手なんですねー」

ラスリアとアミの会話に、イブールがニコニコしながらしゃしゃり出てくる。

 …イブールって、こんなおばさんみたいな態度も取るんだ…

アミと和気藹々に話すイブールを見て、ラスリアは内心思った。

「と、ところで…」

背後から殺気のようなものを感じ取っていたラスリアは、焦り顔で話を切り出す。

「シシュ姉さんは…今、家にいるかなぁ?」

「えっ!!?」

ラスリアの台詞ことばを聞いたアミは、身体を硬直させる。

「アミおばさん…?」

ラスリアは、黙り込んでしまうアミの顔を覗き込む。

すると、我に返ったアミは、ラスリアの方を見て口を開く。

「実は…」



 アミおばさんと別れたアレン達は、ラスリアの姉シシュが住む家に向かう。

「ラスリアにそっくりな少女…かぁ」

歩きながら、チェスがポツリと呟く。

アミおばさんの話だと、シシュも夫のグスタフも、変わらず元気との事だった。ただしつい先日、シシュがラスリアにそっくりな少女が行き倒れている所を保護したらしい。最初はラスリアだと勘違いして介抱をしていたが、その少女は明らかにラスリアではなく――――しかも聞いたことのない言語ことばを話すため、会話もなかなかできなくて困惑している…との事だった。

「ねぇ、ミュルザ」

「ん…?」

ラスリアは下を向いたまま、ミュルザに話しかける。

「貴方がストに入りたがらなかったのって…こういう事?」

「まぁ…な。おそらく、お前の姉ちゃんの所にいる小娘っていうのは…“向こうの世界”の奴だろうな。“言葉が通じない”とか言っていたし…」

「シシュ姉さん…大丈夫かな?」

 おそらく、私そっくりの少女を見つけた時…物凄い不安な想いをしたんだろうな…。いくら偶然とはいえ、何だか申し訳ない気分…

ラスリアは、歩きながら先ほど感じた“胸騒ぎ”の正体が“これ”だったのではと思い始める。

そして、ラスリアの姉シシュが経営する果物屋へと近づいていくアレン達であった。


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