第26話 アレンを保護するために<前編>

 「人ならぬ人」――――――それは、人間以外の人類の事を指す。レジェンディラスでその名に当てはまる種族は、古代種“キロ”とウォトレストを含む竜騎士のみである。しかし、古代大戦が起きる以前には、魔術を操る一族や獣人。他にも、多様な能力を持つ「人ならぬ人」が存在していたのである。


「わ…!!」

アレンを保護するために仲間の竜に乗せてもらったチェスとラスリアは、遥か上空を飛んでいた。

「“世界が一つになった”なんて、最初は信じられなかったけど…これを見れば、納得だよね…!」

「ああ、そうだな…」

上空から地上を見つめながら、チェスと兄のビジョップは話す。

彼らの目に映っていたのは、世界統合によって変形した大地だった。レジェンディラスの世界地図では海しかなかった場所にもいつの間にか島が出現していたり、大地と大地が不釣り合いな形でぶつかり合ったのか、人間達の集落が崩壊した様が、上空からでもよくわかる。

「兄さん…!あれ、なんだろう?」

チェスは、海岸沿いにある船のような物体ものを指差す。

「船…か?だが、あんな鋼鉄でできた船なんて見た事ないが…」

ビジョップは、その鋼鉄の船を上から眺めながら首を傾げる。

「…もしかしたら、もう一つの世界の乗り物かなぁ…?」

「…かもしれないな」

ビジョップが弟の方を横目で見た後、すぐに進行方向に向き直る。

「お!見えた!!…そろそろ到着するぞ!!」

目的地が見えてきたのか、彼ら兄弟を乗せた竜は、一気に地上へと下降する。

 僕も早く…兄さんみたいに、こうやって空を駆け巡りたいな…!

竜と心を通わし、自在に操っている兄を見て、チェスはそんな想いを抱いていた。


          ※


村の近くにある平原にて、2頭の竜が地面に降り立つ。その際には、翼が羽ばたく音が優位に響いていた。竜から降りたチェスとラスリアの視線の先には、偵察に出て後、この場所で待機をしていたウォトレストの青年が待ち構えていた。

「この平原の先にある村で先日、銀髪の青年が発見されたそうです」

「そっか…。ありがとうございます!」

チェスは、その青年に礼を述べる。

 アレン…大丈夫かしら…?

ラスリアが平原を見つめていると、不意にウォトレストの青年が不意に呟く。

「ただ…一応、気をつけてください。あの村は世界統合によって出現した村。…どんな人間が待ち構えているのか、わかったものではないですから…」

その台詞ことばを聞いた途端、心臓の鼓動が跳ねるように鳴った。

古代種わたしの事…知っているのかな?」

「…どうだろう?少なくとも、得体の知れないアレンを保護してくれたとなると、そんなに悪い連中ではないはず…」

ラスリアが呟きながらチェスに視線を落とすと、彼も小さな声で呟く。



 こうしてラスリアとチェスは、平原を真っ直ぐ歩き、初めて訪れる村の中へと足を踏み入れた。

「結構、のどかな村だね…」

チェスが、率直な感想を述べる。

彼らが訪れた村は、小さいながらも都会の喧騒がなく、のんびりとした時間が流れているような村だった。

「あの…いいですか?」

ラスリアは、通りがかりの人に声をかける。

声をかけられた中年女性は、最初は体を震わせて驚いていたが、すぐに口を開く。

「な…何か用??」

中年女性の声を聞いた途端、ラスリアは違和感を覚える。

 あれ…?

女性が口にした言葉は、普段自分達が話している言語とは、明らかに違っていた。

「…何て言っているのかな?」

言葉の意味がわからないチェスは、首を傾げる。

しかし、ラスリアはなぜか、この聞き慣れない言葉の意味をすぐに理解できた。

「えっト…。最近、この周辺で銀髪の青年が発見サレタと聞いたんですガ…」

ラスリアが使い慣れない言葉で話を切り出すと…その女性は、言葉を濁す。

「…あんた達、まさか…そいつの連れ…?」

気まずそうな表情かおで話す中年女性に、ラスリアとチェスは瞳を数回瞬きしていた。

 その後、声をかけた中年女性が、とある場所に案内してくれたのである。

「…民宿…?」

ラスリアは、民家の扉の上に掲げられている看板の文字を読む。

「ラスリア…君、よくこの言葉わかるね!…もしかして、古代語とか?」

不思議そうな表情かおをしながら、チェスがラスリアを見上げていた。

「…多分、古代語ではないと思う。ただ…何故か、頭の中に言葉の意味が流れてくるような…」

「だとすると…」

複雑な表情かおをするラスリアに、チェスは言葉を言いかける。

「もしかしたら、それも”キロ”が持ちうる特殊能力なのかもね!」

チェスは、無邪気な笑顔でそう述べる。

 そう…なのかな…?

ラスリアは心の中で自問しながら、民家の戸を叩く。

「はーーい!!」

ノックの音に気がついたのか、自分と年齢としが近そうな女性の声が聞こえてくる。

扉の開く音と共に、ラスリアとチェスの目の前に一人の女性が現れる。

「すいません。ここ2・3日休業をしていまして…」

そう話す女性は、2人の身なりを見て、驚いた表情かおをする。

「あの…」

ラスリアが声をかけると、女性は我に返る。

「先日、こちらの家の方ガ、銀髪の青年を発見シタって聞いたのでスガ…」

たどたどしい口調で話すラスリアに、女性はきょとんとしていた。

「貴方達…あの男性の友達?」

「ええ…まぁ…」

ラスリアは緊張した面持ちのまま、その場で頷く。

すると、女性はため息交じりで話し出す。

「確かに、私が彼を保護しましたが…」

「…何か問題でもあるの?」

意味はわからずとも、会話を聞いていたチェスが、彼女達の会話に入ってくる。

すると、女性はラスリア達を招き入れるような仕草をする。

「着いてきてください…。彼は、奥の部屋にいます」


 女性に案内されて、ラスリアとチェスは民宿の中にある部屋に入らせてもらった。

「…アレン!!!」

中に入ったラスリアは、椅子に座っているアレンらしき男性を見つける。

肩近くまで伸びた銀髪、左目下にある痣――――その姿は、確実にラスリアのよく知るアレンの姿だった。

「アレン…無事でよかった…!!」

ラスリアは、椅子に座ったままの彼に抱きつく。

“未開の地”であんな出来事が起きたにも関わらず、無傷で助かったなんて奇跡としかいいようがない。ラスリアの顔は、うれし涙で濡れていた。しかし――――

「…あれ?」

チェスが突然、不思議そうな表情かおをする。

「チェス…?」

「なんか…アレンの様子がおかしい。見て…!」

チェスは、アレンの顔を指差す。

その表情はとても虚ろで、生気を感じられない。しかも、突然抱きついたにも関わらず、全く反応を示さないのだ。そして、ただ茫然としたままである。

「これは…一体…?」

アレンの異変に気がついたラスリアは、一歩ずつ後ろに下がる。

「彼…目を覚まして以来、ずっとその調子なんです」

後ろから聞こえた声に、ラスリアとチェスは振り返る。

そこには先程、自分達を案内してくれた女性が立っていた。

「えっと…」

ラスリアは、上目遣いでその女性を見つめる。

それを見た女性は、ラスリアが何を言いたいのかに気がつく。

「ああ…ごめんなさい。私、この民宿を経営する女将の娘であるフラメンと申します」

「あ…。私は、ラスリアと申しまス」

「僕はチェス」

フラメンが自己紹介をしたのをきっかけに、ラスリア達も自分の名前を名乗り始めた。

「えっと…フラメンさん…。ソノ…“目が覚めて以来この調子”とハ…?」

名前を教えてもらったラスリアは、先程の台詞ことばについて尋ねる。

「…発見当初は意識を失っていたのですが…目が覚めても全く話そうともせず、虚ろな表情のまま…。しかも、自分で動く事もできない状態なんです…」

そう話すフラメンは、アレンの足元を見て話し出す。

「幸い、この車椅子のおかげで彼を移動させるくらいはできます。ただ…どこの人間かもわからない上に、今は司令部とも連絡取れないから…」

フラメンが“車椅子”や“司令部”といった聞き慣れない言葉を口にしていたが、今のラスリアにはその意味を確かめようとする気力がなかった。

 せっかく、無事だとわかったのに…。どうしてこんな…!!!

その場に座り込んでしまったラスリアは、心の中で叫んでいた。目の前にいるアレンは、何を口にする事もなく、ただ虚ろな表情でラスリアを見つめていた。


          ※


 今は…一人にしておいた方がいいかもな…

そう考えたチェスは、フラメンという女性の民宿を出て、村を散歩していた。

「そういえば…」

先程降り立った場所に、チェスは仲間を一人残してきた事を思い出す。

 …あんな状態ではあるけど、とりあえずアレンを見つけたから報告に行かなくちゃ…!

そう思い立ったチェスは、小走りで村の外へと走り抜けていく。

村の敷地を離れ、草原の中を走っていた時だった。

「ギャオオォォォォォォォォッ!!!」

上空から、何かの鳴き声が響いてくる。

「あれは…!!」

チェスの真上を、数匹の黒竜が横切る。

そして、竜達ドラゴンたちが向かっている方向は、まさにチェスが来た村の方向だった。

「まさか…あの村を襲う気!!?」

好戦的で、人間や他の生き物を好んで食する彼らの凶暴性は、チェスもよく知っていた。

チェスは、全身が震えながらも、引き返そうとする。

黒い竜は元々、絶滅されたと言われている漆黒の竜騎士“ダークイブナーレ”を背に乗せていたドラゴンだった。しかし、乗り手の竜騎士は古代より邪悪な神と契約していた黒い竜が長だったため、他の竜騎士の手によって滅ぼされたのだ。

乗り手は倒されたものの、優れた戦闘能力を持っていた黒い竜は、何とか繁殖を繰り返す事で生き残る事ができたとされている。

「チェス!!!!」

チェスの背後から、聞き慣れた声が聞こえてくる。

彼の後ろにいたのは、草原に残してきていたウォトレストの青年だった。

「おい…見たか?あの黒竜達を…!!」

そう叫ぶ仲間の表情が、物凄く深刻だった。

「うん…!」

手に汗水を握りながら、チェスはその場で頷く。

「応援を呼びたい所だが…村にいる仲間達も今、手が放せないらしい…」

「そんな…!じゃあ、どうすれば…!?」

“増援は来れない”事を知ったチェスは、困惑し始める。

「落ち着け、チェス!!槍や魔法が優れていても、相手はあの黒竜。お前一人じゃ、太刀打ちはできねぇ…!だから、何が何でもラスリア殿と、アレンとかいう青年を避難させるんだ…!わかるな!?」

「…うん!!」

“無理に戦おうとせず、彼らを避難させる事を優先せよ”と厳命されたチェスは、急いで村の方へと戻り始める。

「アレンとラスリア…無事でいてよ…!!!」

チェスは祈るような想いで呟きながら、全速力で村の方へと走っていく。

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