第27話 アレンを保護するために<後編>

また、この目で見るとは、思いもしなかった…

ラスリアの頭の中には、そんな考えがよぎる。

彼女は、虚ろな表情のままで車椅子に座っているアレンの傍で天窓の向こうを見つめていた。ラスリア達が滞在しているこの村に、かつて船の上でも遭遇した黒い竜が襲い掛かってきたのだ。そして、以前にイブールが「彼らは好戦的で人間の肉を好んで食らう」ドラゴンであるいう話を聞いていたラスリアは、すぐに避難をする事に決める。

「…ってあれ?フラメンさん!!?」

気がつくと、アレンを保護してくれたフラメンという女性の姿がない。

それもそのはず、魔物の襲撃によって危機感を感じたのか、真っ先に逃げ出していたようだ。

「アレン…!!!」

ラスリアは、アレンと一緒に避難しようとする。

「これ…このまま、動かせるみたいね…!」

車椅子が、アレンを座らせたまま動かせる物だと知ったラスリアは、すぐに民宿から外に出る。

 外に出ると、そこは悲惨な光景へと変化していた。フラメンが言うには、この村に住んでいる男達や年頃の女性は皆、遠くへ出稼ぎに行っている。そのため、村には高齢者や子供といった、戦いの経験のない者達しかいないのだ。故に…人々は皆、混乱に陥っているのである。

「何だ、あの生物は…!!?」

ドラゴンは、大昔の生物だと聞かされていたのに…!!」

周囲には、黒竜を知らないかのようにして叫びながら、逃げまとう村人の姿が目立つ。

そして、そんな彼らを追い立てるものや、既に手中に収めた獲物を食らっているものもいた。

「…っ…!!!」

ラスリアは、黒竜の鋭い牙によって噛み砕かれていく村民を見た途端、表情かおが真っ青になる。

 早く…逃げなきゃ…!!!

このまま同じ場所にいたら、すぐに竜の餌となってしまう。村周辺の地理は全くわからないが、ラスリアはアレンと共に村の裏手にある森へと走り出すのであった。


          ※


「ラスリアー!!!どこーーーー!!?」

村に引き返してきたチェスは、ラスリアの名前を呼びながら彼女を探す。

村民達は、魔物の襲来によって慌てふためいていた。

 でも、いくら普通の人間だからって…魔物に対してここまで混乱するものなのかなぁ?

チェスは、逃げまとう村民達を客観的に見つめながら、そんな事を考える。

そして、走り回っていると、周囲には竜の爪で引き裂かれた人間。そして、捕らえられ餌のように食われていく人間の姿が、あちこちで見られる。

 全く…竜族の恥さらしが…!!

人間がどうなろうと知った事ではないが、本能の赴くまま殺戮を続ける黒い竜達に対し、チェスはウォトレストの一人として憤りを感じていた。

「えっ…!?」

何かに感づいたチェスは、その場に立ち止まる。

「誰かに見られていたような…?」

低い声で呟きながら、チェスは周囲を見渡す。

すると、民家の柱の側で、布で顔を隠している女性らしき人影が見える。

「ん…?」

何かと思ったチェスは、その一点を見つめていると―――――女性はフッと哂った後に、その場から姿を消してしまう。

「ちょ…!!?」

チェスは、突然消えた女性のいた場所まで走りだす。

しかし、その場所には既に、女性の姿はなかった。

 …なんだったんだ、今のは…?

殺気ではなかったものの、変わった“気”を感じていたチェスは、その場で考え込む。そして、普通の人間のモノとは思えない気に対し、違和感を覚えていた。

「…あっ!!!」

チェスは突然、思い出したかのように声を張り上げる。

「早く…ラスリアとアレンを見つけなきゃ…!!!」

チェスは、黒い竜と対峙しないように気配を消しながら、村の中を走っていく。


          ※


「はぁ…はぁ…」

車椅子に乗ったアレンを連れたラスリアは、村の裏にある森の中を走り出す。

後ろで人々の悲鳴や竜の咆哮が聞こえようとも、全く振り返らずに走り続ける。

「あっ…!!」

車椅子の車輪が、木の根っこに引っかかった途端、ラスリアはその場に立ち止まる。

車椅子を引きながら走っていたので、顔や背中に汗をかいていた。

「ここまで来れば…少しは…大丈夫…かな…」

後ろから魔物が追ってこない事を確認したラスリアは、一旦この場所で休憩をする事にした。

民宿を出る時は頭の中が多少混乱していたが、こうして落ち着くと、少しずつ脳みそが冴えてくる。

そして、頭が冴えてきたのと同時に、村で黒竜に食い殺される村民の姿が再び頭の中によぎる。

「…っ…!!!」

ラスリアは拳を強く握り締め、村人達を救えなかった事に対して、後悔していた。

「何が”古代種”よ…。結局私は…治癒能力なんて持っていたって、あの村の人たちすら守る事ができない…!!」

ラスリアは、無力な自分が嫌でたまらなかった。

「強く…ならなきゃ…!」

ラスリアは俯きながら、低い声で呟く。

そんな彼女の瞳は、後悔と自責の念でいっぱいであった。

涙で濡れたラスリアの視線は―――――何も受け答えをしない、アレンに向く。

「そうだよね…」

空ろな表情のまま、自分で歩く事すらできないアレンに対し、ラスリアは独り呟く。

 アレンがこんな状態である今…私がしっかりしなくちゃ…!!

そう思い立ったラスリアは、涙を腕で拭き、歩き出そうと立ち上がった時だった。


「…来る」

アレンの口から突然、低い声の呟きが聞こえる。

「え…?」

意表を突かれたような表情かおで、ラスリアは後ろからアレンを見つめる。

そして、顔を前に上げると―――――そこには、見慣れない男性の姿があった。

背も高く筋肉質な体型に、濃い茶髪と白銀色の瞳を持つその男性ひとは、背中には身の丈並の大きさはある大剣を担いでいた。

「誰…?」

目の前にいる相手に対して、ラスリアは不信感を覚える。

 どう見ても村の人ではないし…。耳が尖っているけど、竜騎士…の風貌でもない。…何者なの…?

ラスリアは、男を睨み付けるように見上げながら、相手が何者かを考える。

「おお、ご苦労さん!」

「え…?」

ラスリアは、外見に反する軽い口調に驚く。

しかし、笑みを浮かべているにも関わらず、この男性から感じられる殺気は半端ではなかった。

「ああー…えっと、そのガキをこっちに渡してもらえねぇかな?」

そう語る男は、車椅子に座るアレンを指差す。

この台詞ことばを聞いた瞬間、ラスリアは彼を「味方ではない」と判断した。

「…彼をどうするつもり…?」

「悪ぃが、それは企業機密」

ラスリアは、どういう目的でここに現れたのか聞き出そうとしたが、すぐに却下されてしまう。

 なんだか、この男性ひと

にらみ合っているだけなのに、ラスリアは首を摑まれているような、そんな気分になっていた。

その場で黙り込んでいるラスリアを見た男は、ため息をしてから口を開く。

「あのなぁー…言っておくが、俺は“お願い”でも“交渉”をしに来たわけでもねぇ…」

その後、空気を切る音と共に、ラスリアの首に大剣の矛先が向けられていた。

「これは、“命令”だ」

「…っ…!!」

剣をつきつけられたラスリアは、男の表情を見て全身に鳥肌が立つ。

その瞳は、まるで獲物を見定めた肉食動物のようだった。

しかし、意を決したラスリアは、再び男をにらみ出す。「絶対にアレンを渡さない」という意思を示しているかのように――――

2人の間に、緊迫した空気が流れる。お互いに譲る気配はなく、沈黙が続いた。

「なら…」

大剣を握る男の口から低い声で何か呟かれたが、ラスリアには全く聞こえていなかった。

「力ずくで行くしかねぇようだな…!!!」

そう叫んだ男は、大剣を一振りする。

「きゃぁぁぁぁっ!!!!」

剣から生まれた衝撃波は、華奢なラスリアの身体を軽く吹き飛ばしてしまう。

 ラスリアの体は、大きな音と共に地面に倒れ伏す。その状態を、男は上から見下ろしていた。

「けっ…他愛もねぇ…」

そう呟いた男はゆっくりと歩き出し、アレンに手を伸ばそうとする。

「やめてぇぇっ!!!」

そう叫びながら、ラスリアが男の目の前に立ちはだかる。

衝撃波に飛ばされたその足には、いくつかのかすり傷があった。ラスリアよりも背丈があるこの男は、彼女を見下すような表情かおで見つめていた。

「貴方が何者かは知らないけど…アレンは、私が守る…!!!」

ラスリアは、必死な表情かおで訴えかける。

ただし、剣士でも格闘家でも魔術師でもないラスリアには、彼に対抗するすべはない。

 自分は何もできない…けど、アレンはいつも、私を守ってくれた…!!

ラスリアの頭の中には、これまでアレンと過ごした場面が次々と浮かぶ。「動かない彼のためにも、自分にできる事をしたい」という考えが、ラスリアの脳内を占めていた。

すると、鈍い音が周囲に響く。

ラスリアの腹部に、一発の拳が入ったのだった。

「うっ…!!」

殴られた痛みと共に、ラスリアの視界が次第にぼやけていく。

「アレ…ン…」

意識が遠のく中で、ラスリアは相手の腕に寄りかかるようにして倒れる。

そして、誰かに触れられた感触を感じた後、完全に意識を失ってしまうのであった。



「ラスリア…!!」

気がつくと、頭上にはチェスの姿があった。

「チェス…?」

こんな経験は初めてではなかったので、ラスリアはすぐに起き上がる事ができた。

また、自分が大剣を持った男に腹を殴られて、気絶していた事もすぐに思い出す。

「アレンは…!!?」

ラスリアは、慌てて周囲を見渡す。

「落ち着いて…ラスリア!!」

ラスリアを落ち着かせようと、チェスは彼女の両肩を摑む。

「あ…」

気がつくと、車椅子に座ったアレンの後ろに、ウォトレストの青年が立っていた。

「よかった…」

アレンの無事を確認できたラスリアは、安心したのか、身体をふらつかせる。

「わわわっ!!?」

チェスの膝の上にラスリアは倒れこみ、当の本人は頬を赤らめる。

チェスは、緊張したような面持ちで話し出す。

「ここで何があったか知らないけど…。とにかく、ここに長居をするわけにはいかないから、まずは移動しよう…!」

そう言った直後、チェスは立ち上がる。

彼と一緒に立ち上がったラスリアは、車椅子に座っているアレンやウォトレストの青年と共に歩き出す。

 そういえば…どうして、あの男性ひとは何故、アレンを連れて行かなかったのかしら…?

虚ろな表情のままであるアレンを見つめながら、ラスリアは考えていた。

しかし、ラスリアはこの時、何も知らなかった。彼女が出会った男が、後に強大な敵となる事を――――――――――


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