第22話 悔しさを胸に秘めて

 「放せっ…!!!」

イブールは、自分を押さえつけている堕天使・フリッグスをどかそうと暴れる。

「やっと…やっと見つけたというのに…!!」

そう叫ぶイブールの表情は、物凄く必死だった。

 悪魔ミュルザと契約を交わした時から、目的を果たすためだけに生きてきた…。今、こうして目の前に敵がいるのに、手も足も出ないなんて…!!!

心の中で叫びながら、イブールは自身の拳を強く握り締める。

「…僧長!」

声の聴こえた方に振り向いてみると、一人の兵士がモーゼに近づいてきていた。

「どうしたのかね?」

「実は…」

その後、兵士から耳打ちをされて何の報告を受けたのか、表情が上機嫌になる。

「ラスリア様。こちらの準備がととのいましたので、早速出発しようといたしましょうか…」

「…“嫌”と言っても、それは無理なお願いのようですね」

深刻な表情かおをしながら、ラスリアは答える。

そんな彼女を見たモーゼは、満足そうな表情かおで話す。

「…娘とあの小僧を連れて行け」

モーゼは、低い声で兵士に命じる。

そうして、アレンとラスリアの2人だけがモーゼによって“未開の地”に行く事になる。

「…」

礼拝堂を去る時、アレンがイブールの方を一瞬だけ見つめる。

 え…?

アレンはイブールに向かって、口パクで何かを伝えようとしていた。イブールはその言った言葉が何を意味しているのかと考えていると、アレンはラスリアと共に連れて行かれてしまう。

彼らが去った後、礼拝堂の中にはモーゼとフリッグス。そして、イブール・ミュルザ・チェスが残っていた。

「さて…お前達の処遇だが…」

「…ラスリアがあんた達に従う以上、僕らに手出しはできないはずだよ!!?」

チェスが、威嚇するような表情かおでモーゼに対して言い放つ。

すると、一瞬の内に周囲の空気が変わる。そして、モーゼは、ラスリア達の目の前で取っていた態度とは全く違う態度に変わる。

「確かに、手出しせんよ。…あの娘が、自身の役目を終えるまでは…だけどな」

そう呟くモーゼの表情かおは、狂気に満ちていた。

その会話を客観的な視点で聴いていたフリッグスは、呆れているような表情かおをしていたのである。

「我が主、モーゼ様…。一つ忠告致しますが、あまりこやつらを挑発すると、私ですら抑えられなくなってしまいますが…」

フリッグスは圧倒的な力でイブールをおさえつけているが、彼女自身はまだ逆らおうという気持ちが消えていなかった。

「…ラスリアが役目を終えて帰ってくる事で、私達が用なしになったとしても…例え死んだとしても、お前を必ず………殺す…!!!」

身体を震わせながら、イブールは、今にも殺さんと言わんばかりの表情で、モーゼを睨みつける。

「ふ…私の“神”を奪った阿婆擦れが…」

モーゼは、イブールを見下しながらポツリと呟いた。

「…こやつらは、私が戻るまで、牢に閉じ込めておけ…!!!」

そう叫んだモーゼに応じた兵士達は、彼らを縛り上げて連れて行く。

興奮していたイブールも、フリッグスから一般兵士に預けられ、その口に猿轡をつけさせられた。そうして、イブールから順番に、礼拝堂を後にしていく。

「おい…そこの変態僧侶…!」

最後に連れて行かれるミュルザは、振り返ってからモーゼに声をかける。

「…我の“神”…!」

モーゼは、他の兵士には聞こえないくらいの小さな声で呟く。

その表情は目が見開いていて、まるで、すがっているような雰囲気であった。

「底なしの強欲野郎も悪くはねぇが…。どんなに悪魔おれらを崇拝しようとも、あんたみたいな野郎は、雌の悪魔やつすら呼び出せねぇよ…!」

そう吐き捨てた後、ミュルザは去っていった。

礼拝堂の中は、モーゼがただ独りとなる。モーゼは、表向きにはライトリア教の僧をまとめる人間であったが、本当に崇拝している対象は“悪魔”―――――いわゆる、“悪魔信仰”だったのだ。

自分が崇拝している“神”を生贄として捧げた女に奪われ、その”神”にはっきりと言い捨てられたモーゼは、悔しさの余りに強く拳を握り締めていたのである。


          ※


「ここは…」

兵士によって連れて行かれたアレンとラスリアは、それから馬車に押し込まれ、とある場所に連れてかれていた。

「ここが…ドワーフの里…」

辺りを見回しながら、ラスリアは呟く。

そこにいたのは―――――成人した男性ですら、馬車の車輪くらいの身長しかないドワーフだった。しかも、彼らは教団の人間やラスリアを見ながら、怯えた表情かおをしている。

 それにしても…イブールに伝えたあの言葉…ちゃんと理解できたのだろうか…?

アレンは、ゆっくりと歩きながら考える。

礼拝堂の中で、モーゼとのやり取りをしていた際…最近はほとんどなかった“映像ビジョン”が、アレンの脳裏をよぎったのだ。しかも、今までと比べるととても鮮明で、故にそこで口走っていた言葉も記憶する事ができたのである。

 俺が見た映像ビジョン…イブールが、ミュルザに“あの言葉”を唱える事で、奴にはめられた首輪が外れるというモノだった。なんだって、“星の意志”とやらは、この事を俺に教えたんだ…?

“星の意志”がアレンに対して“映像ビジョン”を何度か見せてはきたが、「今回は今までとは違う気がする」という考えが、アレンの頭の中を占めていた。


「では、長老よ…。通路は完成した…ようですね?」

モーゼが、ドワーフ族の長老と話をしていた。

「…本当に、古代種“キロ”の末裔はおるのですな…?」

「ええ…。あちらに…」

そう言って、モーゼはラスリアを自分の側に連れてくる。

アレンは、その様子を後ろから眺めていた。

「…嘘偽りでなかったのなら、ここまでする必要はなかったのでは…?」

長老は、モーゼを鋭い眼差しで睨みつけながら話す。

彼の周囲では、傷だらけで寝込んでいる者や、死者に布をかぶせて泣いているドワーフの姿がある。

「それは、貴方達ドワーフが…我々ライトリア教団に逆らう事の無意味さを、ご享受戴く為にしただけでございます」

「ふん…綺麗な言葉で飾りおって…」

舌打ちをした長老は、若いドワーフに声をかけ、モーゼ達を案内させるよう伝える。

 ドワーフを殺す事で、逆らわないようにする見せしめか…。大儀を掲げて殺しを正当化させるなんて、馬鹿馬鹿しい…!

アレンは彼らのやり取りを見ながら、内心でそう思っていた。モーゼは案内役のドワーフの下へ歩いていくと、アレン達も一緒に歩かされる。

「ごめん…なさい…」

兵士の中から、ラスリアの声が聴こえる。

後姿だったので表情はわからなかったが、その声が酷く震えていた。

 くそ…仲間達あいつらが人質にさえなっていなければ…兵士達を倒して、この場から去れるのに…!!!

今回の件で、皮肉にもアレンは自分の旅の目的地へたどり着く事ができる。しかし、自らの手ではなく、こんな形で到達するという事に対して、不安と憤りがこみあげて来るアレンだった。


          ※


「ごめん…なさい…」

負傷したドワーフに向かってこの台詞ことばを発した時―――――ラスリアは、自分が産まれた事に後悔した。

 私はなんで…産まれてきてしまったのだろう…?

ドワーフが作った地下通路を歩きながら、ラスリアはずっとそんな事を考えていた。

ラスリアが姉と共に孤児院へいた頃、「自分はどうして産まれたのか」と、問答した事があった。

『私達は、いろんな人達に愛されて、祝福されて生まれて来るんだ…って、院長先生が言っていたわ』

その時、姉が言っていた言葉が、再びラスリアの頭の中によぎる。

「本当に…祝福されているのかしら…?」

歩きながら、ラスリアは低い声で呟く。

しかし、今は自分のせいで皆が危険な目に遭い、自分も逆らえない状態にある。…こんな自分が、本当に愛されて生まれた存在なのだろうか。本当ならば、生まれてはいけない異質な存在ものだったのでではないだろうか…?

ラスリアは、自分の中で自問自答を繰り返していた。

 

そうしてラスリア達の一行は、無事に地下通路を通り抜け、念願の“未開の地”に到達する。

「ここが…」

ラスリアを含め、その場にいた全員が目を見張る。

彼らの先に見える風景は、多くの森林と巨大な山が存在し、水の澄んだ湖が存在する―――――本当の“自然界”だった。

「ここが、”未開の地”…!!」

モーゼと共に同行していた堕天使フリッグスが、感激したような表情かおで辺りを見回す。

 ここに、アレンが探しているという“イル”が…

草木を見つめながら、ラスリアがそう考えていた。

『そうだ』

「っ…!!?」

ラスリアの頭の中に突然、謎の声が響く。

「ラスリア様…!!?」

「今…頭の中に、声が…!」

ラスリアは頭を抱えながら、呟く。

「今、私に語り返してくれたこの声…もしかして…」

ラスリアは、驚くモーゼには目もくれずに、周囲を見回す。

『そう…我こそが、そなた達が言う“星の意志”…。よくぞ、ここまで来たな…キロの娘…』

頭の中に響いてくる言葉を聞いたラスリアは、これこそが自分が産まれ持った能力ちからである事を実感する。

「…私達には聞こえないその声…“星の意志”ね…?」

深刻な表情かおで尋ねてくるフリッグスに、ラスリアは黙って頷いた。

「なっ…!!」

ラスリアとフリッグス以外の人間は、この頷きを見て驚く。

しかし、そんな彼らを気にしないかのように、ラスリアは語りかける。

「私達は…この土地の事…そして、貴方の事が知りたいのです…!教えて戴けないでしょうか…?」

ラスリアの台詞ことばに対し、“星の意志”は少しの間だけ黙り込む。

『…よかろう。では、ラストイルレリンドリア・ユンドラフよ。…そなた達を“あそこ”へ導こう…』

その台詞ことばの後、ラスリア達の立っている地面が光りだす。

「これは…!?」

「この地面に描かれている文字…おそらく、古代文字だ…!!」

モーゼや他の兵士達が慌てる中、アレンは地面に浮かび上がった魔法陣の文様を見つめていた。

「ラスリア様…これは…!?」

「おそらく…”星の意志”は、私達をある場所に転送して、そこで話がしたいとの事かと…」

ラスリアは、魔法陣を見つめながら考える。

 一目見ただけで、私の本名を言い当てた…。もしかして、私が本当に望んでいる事も、わかっているのかな…?

ラスリアは、表向きにはモーゼに従っているが、本当に望んでいる事はアレンが無事捜し求めていた“イル”を見つける事だ。それを、“星の意志”は理解してくれたのかと、一瞬考えていたのである。

そして、発動した魔法陣は、ラスリア達をその“イル”が存在する場所へと転送するのであった――――――――――――

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