第23話 悲願が成就する瞬間

 “星の意志”の力によって、アレン達は最初いた位置とは別の場所に転送されたのである。そして、辿り着いた先で始めに目にしたものは、辺り一面にある水晶のような鉱石の壁であった。

「ここは…」

アレンを始め、ラスリアやモーゼ達も目を見張っていた。

 もしや…ここは、夢に出てきた場所…か…?

アレンは、この水晶のような壁を見渡しながら、以前に夢の中で見た風景を思い出していた。

「…っ!!?」

すると、アレンの胸に鋭い痛みが走る。

 一瞬だけだったが…この痛みは、一体…?

左手で自分の胸を押さえながら、アレンは前を見据える。その先には、更に奥へと続く道が存在していた。

「素晴らしい!!この水晶のような鉱石は、滅多に見れないものだ!」

後ろでは、モーゼが何やら感激していた。

しかし、今のアレンは、彼の事など全く眼中にない。

「アレン…。おそらく、この先に…」

「…ああ」

後ろから聴こえるラスリアの言葉を聞いて、アレンは首を縦に頷く。

 おそらく、この先に…“イル”が…!

アレンは、胸に当てた左手で服の裾を強く掴む。一連の様子を見ていたフリッグスが、モーゼに声をかける。

「…モーゼ様。“星の意志”とやらがあの娘に、あの奥へ行くよう促しているようですが…」

「…おお、そうかそうか。…では、ラスリア様。その奥の方へ行ってみるとしましょうか」

一人夢中になっていたモーゼは、フリッグスの声かけによって我に返り、足早に洞窟の奥深くへと進み始める。

「早く歩け」

兵士に囲まれているアレンとラスリアは、彼らの命に従いながら歩き出す。

そして、堕天使フリッグスは、その一番後ろから歩き出していた。一方で、フリッグスは、歩いていくアレン達を見つめながら、不気味にほくそ笑んでいたのである。


 奥へ奥へと進んでいくと、天井が高く、中庭のように広い空間へと出る。壁は先程のような鉱石ではなく、草木と水が混じった物質モノが凝固した、特殊な壁だった。

そして、同じ素材で出来た天井からは、陽の光が差しこんでいる。

「綺麗…」

この別世界のような景色に、ラスリアは見惚れていた。

地面の至るところに草が生え、その地面をアレンは踏み出す。

「ついに…辿り着いたんだな…」

自分が何者かわからず、空っぽだったアレンの心にあったのは、ただ“イルを探せ”という概念のみだった。

ラスリアを狙っていた連中の手によって到達したのは不快ではあるが、とにかく「目的地に到達できた」という達成感が、アレンの胸の中にこみ上げてくる。

「…っ…!!?」

物思いにふけていたアレンだったが、突如、彼の頭の中に耳鳴りのような音が響く。

すると、少しずつアレンの視界が真っ白になっていく。

 これは…!!?

自分に何が起きているのかわからないアレンは、両手で頭を抱える。

『よくぞ、ここまで辿り着いた。こうして、お前は“彼女”と一つに…』

アレンの脳裏では、謎の声が響く。

 ラス…リア…

僅かに見えていた彼女を見上げたアレンは、ラスリアの名前を呼ぼうとしたが…声が出ず、ついに、アレンの視界は真っ暗となってしまう―――――――


          ※


「アレン…!!?」

ラスリアは、アレンに異変が起きた事を感じ取っていた。

ここは、“星の意志”に導かれて到達したこの場所。不思議な空気を感じ、最初はこの景色に見惚れていたが――――――異変は、すぐに起こった。

気がつくと、アレンの身体から蒼い光が発していて、彼自身は頭を抱えている。

「こ…これは…!!?」

「…始まったか…」

横でモーゼやフリッグスが呟いていたが、ラスリアには全く聞こえていなかった。

頭を抱えていたアレンがこちらを振り返った時、彼の苦しそうな表情かおが見える。

「わた…し…?」

声こそは出ていなかったものの、アレンが唇を動かして何かを呟いていたのだ。

その唇の動かし方から、アレンが自分の名前を呼んでいた事に気がつく。

「アレ…」

ラスリアも、彼の名前を口にしようとした時だった。

アレンから発していた蒼い光が大きくなり、その場にいたラスリア達は目をつぶる。


 数秒後、ラスリア達は恐る恐る瞼を開く。目の前にいたアレンから、蒼い光は消えていた。

「アレン…大丈夫…?」

目をこすっている兵士をよそ目に、ラスリアは俯いているアレンに一歩ずつ近寄る。

「…ご苦労だったな…“キロ”の娘…」

「えっ…!?」

アレンの口から“キロ”という言葉を聞いた瞬間、ラスリアは体が硬直する。

「アレ…ン…?」

顔を上げ、ゆっくりとアレンは立ち上がる。

「アレン…ではない…の…?」

アレンの顔をしっかり見た時、ラスリアは気がついた。

彼の瞳が、本来のライトグリーン色ではなく―――――血のように紅い瞳に変わっていたのだ。

 ラスリアは、縋るようにして右腕を前に出していた。しかし、アレンはそんな彼女を一瞥もせずに、前へとゆっくり歩き出す。

「一体…どういう…事…?」

アレンに何が起きたのかわからず、ラスリアは呆然としていた。

「我は、お前達が言う“星の意志”そのもの…。我がこの“鍵”と一つになり、“イル”と交わる事で…世界は本来の姿を取り戻す…」

「なっ…!!?」

アレンの中にいる“何か”が自らを“星の意思”と名乗る事で、その場にいる全員が驚く。

「そんな…」

思いもよらぬ台詞ことばで足の力が抜けたラスリアは、その場に座り込む。

「ああ…。やっと…やっと…辿り着いた…」

気がつくと、アレンの体が宙に浮き、蔦に絡まった“何か”に向かって両腕を上げていた。

「な…なんだ、あれは!!?」

上を見上げた兵士が、驚きの余り声を張り上げる。

宙に浮いたアレンが見つめていたなにか――――――それは、物凄い音をたてながら動く、巨大な心臓のような赤い肉の塊であった。

そして、その塊らしき物の周囲には、透明な膜のような物が張り巡らされている。それを見つめるアレンの瞳は、狂気に満ちていたのである。

「一つに……なるのだ…!!!」

狂気に満ちた笑みで一言叫んだアレンは、その膜のようなモノに、自分の両手をのめり込む。


気がつくと、周囲が激しく揺れ始め、壁から何かが壊れるような音が響き始める。

「な…なんだ…!?」

「まさか…崩れる…!!?」

ラスリアの周囲にいた兵士達が、慌て始める。

「フフフフフ…」

「フリッグス…何を笑っておるのだ!?」

俯いたまま笑っているフリッグスに対し、モーゼは慌てた表情かおで怒鳴る。

「フフフフ…アハハハハハハッ!!!!」

フリッグスは急に立ち上がり、甲高い声で笑っていた。

その狂気に満ちた笑いに、ラスリアは全身に鳥肌が立つ。

「これで…とうとう…!我々の悲願が…あの方が…!!!ミトセ様が…復活なさる…!!!」

「ミトセ…ですって…!?」

「あのお方を呼び捨てにするなっ…!!!」

ラスリアが驚いた表情でフリッグスを見ると、堕天使は物凄い形相で彼女を睨んだ。

「フフフ…ご苦労だったわ、古代種。あんたやあの坊やのおかげで、ミトセ様を含む“8人の異端者”と呼ばれた方々が復活できるのだから…!!!」

「え…・!!?」

フリッグスの思いがけない台詞ことばに、ラスリアは身体を硬直させる。

 “8人の異端者”の復活…ですって…!!?

今起きている事も把握できていないラスリアの頭は、余計に混乱をしていた。

「フリッグス…貴様、裏切るつもりか!!?」

「…ふん。裏切るも何も…私は、既に復活していたジェルム様の命でお前に近づいただけだ。故に、始めから貴様のような下等生物に忠誠など誓ってなどいない!!」

フリッグスは、鋭い眼差しでモーゼを睨みつける。

その後、堕天使は、一瞬だけラスリアの方を見てから口を開く。

「…本来ならば、貴様のような穢れきった人間は今すぐ浄化したい所だが…“お前を殺したがっている人間”もいる事だし、あえて見逃してやろう…!」

「ひ…ひぃぃぃぃぃ…」

顔が真っ青になり、恐怖で鳥肌が立っているモーゼは、震える声で兵士達に命令する。

「ひ…ひとまず、退却だ!!!お…お前らは…私を守れ…!!あと、娘も連れてくるのだ…!!」

そう言い放った後、一目散に入り口の方へと走っていく。

「来い!!!」

「きゃっ…」

兵士が突然、ラスリアの腕を掴む。

「ちょっと待って!!…アレンが…!!!」

「馬鹿言うな!!!早く脱出しないと、生き埋めになるぞ!!!」

兵士はラスリアの腕を掴み、無理やりその場から連れ出そうとする。

「アレン…アレーーーーーーーーーーーーン!!!」

彼らがいた場所がどんどん崩れていく中、ラスリアはアレンの名前を叫ぶ。

アレンは全く動こうとせず、そのまま宙で立ち尽くしていたのである。


「ひぃぃぃっ!!!」

モーゼは、物凄く焦った表情かおで逃げる。

その後ろから、ラスリアと一緒に同行していた兵士達が走る。彼らの後ろは、追いかけるようにして足場が崩れ始めていた。

何とか地上に到達し、あとは目の前に見える丸太の橋を渡るだけとなっていた。橋の下には、水が物凄い勢いで流れている。

当のラスリアは、一歩も止まらず走らされていたので、息があがっていた。一般の兵士と比べると、彼女の体力はあまりない方にあたる。

「早く来い…崩れるぞ…!!!」

ラスリアの視線の先には、既に橋を渡りきったモーゼの姿が見える。

ラスリアは、足場が激しく揺れる橋を渡り始める。しかしラスリアは、兵士に掴まれた腕が痛くてたまらなかった。

「放し…て!!!」

腕を力いっぱい振り回して、兵士の腕を振り切る。

「あ…!」

しかし、足場の悪い橋で腕を振り切ったため、その直後に、ラスリアは身体のバランスを崩す。

その勢いに乗ってか、彼女達が走ってきた側にある橋を支える縄が切れる。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

“イル”が存在している洞窟の崩壊と共に、ラスリアの身体も激しい水流の中に飲み込まれていくのであった――――――――

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