第20話 吸血鬼

   入浴や睡眠・・・人間の習慣にほとんど興味を持ったことはなかったが、案外悪くはないな・・・

 イブールとアレンが二人で会話をしていた頃、ミュルザは一人で宿にある温泉に入っていた。

 悪魔であるミュルザにとって、入浴といった人間の習慣は、あまり実行し慣れないモノだ。「なぜこんな事をするのか」と考えていたが、イブールと一緒にいる内に、人間の生活に溶け込み始めたのかもしれない。

 「・・・さて、そろそろあいつらの所に戻るか」

 そう呟いた後、温泉から出ようとした時だった。

 「・・・っ…!!?」

 瞬時に何かを感じ取ったのか、ミュルザは、タオルを巻いていない状態で、その場で立ち上がる。

  イブールと一緒に感じる気配は…!!?

 この時、ミュルザは昼間の移動中に、背後から感じたモノと同じ気配を感じ取っていた。

 「マジかよ・・・!!!」

 小さく舌打ちしたミュルザは、猛スピードでイブール達のいる客室へ向かい始める。

 

 「イブール・・・・!!!」

 ミュルザは、速攻で着替えを済まし、部屋に戻った。

 その視線の先にいたのは、茶色い髪の男に捕らえられたイブールの姿だったのである。

 「ミュルザ・・・!」

 今にも泣きそうな表情で、ラスリアがミュルザの元へ近づいてきた。

 周囲を見ると、アレンとチェスがそれぞれ剣と槍を構えている。ミュルザは、イブールを拘束している男の表情かおを見る。

  血のように赤い瞳に色白の肌・・・・。やっぱり、こいつは・・・

 「・・・まさか、人間界レジェンディラスで、てめぇみたいな奴に会えるとはな・・・!」

 ミュルザは、殺意のこもった紅の目で、男を睨みつける。

 「おい・・・。お前、こいつが何者かを知っているのか?」

 横で、アレンがミュルザに問いかける。

  なるほど・・・流石にアレンは、連中の事知らねぇよな・・・

 内心でそう思いながら、ミュルザは口を開く。

 「どうして、うちのご主人様を人質にしてるかはわからねぇが・・・こいつは、人の生き血を啜る吸血鬼ヴァンパイアだ」

 「なっ・・・・!!!」

 ミュルザの台詞ことばを聞いて、彼以外の4人は驚く。

 「・・・道理で、あんたからは血の臭いがするのね・・・・」

 吸血鬼の腕の中にいたイブールが、ボソッと呟く。

  しっかし・・・こいつは少し厄介だな・・・

 悪魔であるミュルザにとって吸血鬼ヴァンパイアは、過去に何度か見かけた事があったので、本来はその心を読む事ができるはずであった。しかしどういう訳か、自分の目の前にいる茶髪の吸血鬼ヴァンパイアの心だけは読めない。その事に対して、ミュルザは不思議でたまらなかったのだ。

 「そこの悪魔・・・。きっと、僕が何のためにこのを捕らえてるのか、わからなくて苛立っているんじゃない・・・?」

 「・・・てめぇは一体・・・?」

 ミュルザの場合、今まで身体から発する邪気や殺気は、他の生物に負けた事がないくらい強いモノを持っていた。

 しかし、目の前に感じる男の気は、殺気ではないが吐き気のするような感覚が強くて、悪魔であるミュルザでさえも不快に感じてしまうようだ。

 「・・・まぁ、僕の事は置いといて・・・。それより・・・」

 不気味な笑みを浮かべながら話す男は、右手を伸ばしてラスリアを指す。

 「君・・・“彼ら”からお呼び出しがかかっているよ・・・」

 「“彼ら”・・・?」

 男の台詞に、チェスが首をかしげる。

 そんな彼に男は、一瞬だけ視線を移した。

 「悪魔に竜騎士ウォトレストに“ガジェイレル”・・・。僕が言うのもなんだけど、変わった連中のたまり場なんだね、ここは・・・」

 「何・・・!!?」

 “ガジェイレル”の言葉に、アレンが反応する。

 その後、数秒間だけ沈黙が続く。彼らの間に流れる空気は、とても緊迫したものとなっていた。

 「この自治区に入ってきたという事は・・・知っているんでしょ?“彼ら”というのが、ライトリア教団を指している事も・・・!!」

 アレン達が深刻な表情かおで身構えている中、吸血鬼はイブールの首に巻かれているスカーフを外し始める。

 「・・・っ…!!」

 その行動に気がついたイブールの表情が、変わる。

 「とにかく、君達がおとなしくしてくれないと・・・」

 イブールのスカーフを少しずつ外していく男を、ミュルザはジッと観察していた。

  ・・・一層、“契約書あれ”を見てしまえば・・・

 悪魔にとって、“契約書”は、そので見たらその分だけ強い力を発揮できる、力の媒介みたいなモノだ。当然、“契約書”をさらけ出さなくても命令に従うが、肉眼で見る方が遥かに良い。

 「この・・・食べちゃうよ・・・?」

 「んなっ・・・!!?」

 その台詞ことばを聴いた瞬間、ミュルザの背筋に悪寒が走る。

 吸血鬼ヴァイパイアの男は、スカーフを外したイブールの首筋に舌を這わせていたのだ。しかも、舌は隠れていた“契約書”にも触れている。

 「・・・この野郎・・・!!」

 ミュルザは、悔しそうな表情をしながら、拳を強く握り締める。

  イブールの奴は・・・…駄目か・・・!

 イブールの方を一瞬だけ見て彼女の心を読むと、憎悪と恐怖の入り混じったものが感じられた。そして、状態からしてとても自分に“命令”できる状態ではなかったのである。

 「・・・くそっ・・・!」

 ミュルザは、悔しさの余り、その場で舌打ちする。

 イブールが人質に取られてさえなければ、あの野郎を八つ裂きにできるのに・・・!!

 悔しそうな表情かおで敵を見る一方、先程の行為で、歯向かう気力をなくした事に、心を読む事で気がつく。

 「・・・わかったわ。あなたの要求を呑むから・・・イブールを放して・・・!!」

 真剣な表情で話すラスリアを見たミュルザは、彼女からあきらめ・・・というより、観念したような心情になっている事を読み取っていた―――――――

 

           ※

 

  まさか、こんな事になってしまうなんて・・・!!

 夜が明けてきた頃、昇ろうとする太陽を見つめながら、チェスは考え事をしていた。

 吸血鬼の襲撃でイブールを人質に取られた事で、アレン達は抵抗の術を失った。「ライトリア教団に見つからないように」と移動してきたのに、全てが水の泡となってしまったのだ。

 あれから、アレン達は教団の兵士達の手で檻のようなモノに閉じ込められ、そのまま馬車に乗せられて移動していた。

 「古代種を守り、“ガジェイレル”の手助けをするように」とウォトレストの長である水竜ウンディエルの命を受けていたチェス。村を出てからあまり時は経っていないとはいえ、自らの使命を全うできない自分に憤りを感じていた。

 「ごめん・・・。僕が、不甲斐ないばっかりに・・・」

 「チェス・・・。貴方は、何も悪くないわ・・・」

 俯いたまま嘆くように話すチェスに、ラスリアは静かに話す。

 「ストの村を出た時から・・・こうなるんじゃないか・・・って気はしていたから・・・」

 その台詞ことばを聴いたアレンは、せつなそうな表情かおをしていた。

 

 「・・・まさか、心の読めない吸血鬼なんてのがいるとはな・・・!」

 「・・・それって、どういう事・・・?」

 不思議に感じたチェスは、ミュルザを見る。

 教団の紋章が描かれた首輪を無理やりつけさせられたミュルザは、少しうなだれているような雰囲気だった。

  ・・・あの首輪が、悪魔の力を押さえ込んでいるのか・・・

 チェスは、まじまじと首輪を見つめていた。

 「・・・その通り・・・。俺が今言った言葉は、そのままの意味だって事だよ・・・」

 表情を変えずに答えたミュルザを見たチェスは、ようやく確信をした。

  こいつ、僕の心が・・・

 チェスは悪魔の能力を把握している訳ではないため、この段階でようやく、ミュルザは相手の心を読む能力ちからがある事を悟ったのである。

 「えっ・・・!!?」

 「きゃぁっ・・・!!」

 チェスとイブールが、ほぼ同時に悲鳴を上げる。

 その直後、ミュルザの表情も少し変わる。

 『なぜ、この悪魔は僕の心を読めなかったんだと思う・・・?』

 「頭の中に響いてくる声・・・これは・・・!」

 苦しそうな表情でチェスは呟くが、アレンとラスリアは何の事か理解できず、きょとんとしていた。

 「・・・・精神感応能力テレパシー・・・か・・・!」

 隣にいるイブールとミュルザの表情を見る限り、あの吸血鬼の精神感応能力テレパシーを感じ取っているのは、僕を含めて3人だけか・・・

 チェスが内心でそう思っていると、茶髪の吸血鬼による話は続く。

 『僕はね・・・。生まれた時から、他の吸血鬼なかまよりも、持ちうる能力が非常に高めだったんだ・・・!』

 声が嬉しそうなかんじの口調だったため、チェスはその辺に違和感を覚えていた。

 『でも・・・ある時を境に、皆から”変な奴”扱いをされ始めた・・・。噂や暴言はどんどんエスカレートし、ついには“吸血鬼族ヴァンパイアを滅ぼそうとする異端者”とまで言われるようになってしまう・・・』

 “異端者”という言葉を聞いた途端、チェスの体が一瞬だけ震える。

 「・・・チェス・・・?」

 不思議そうな表情かおをしながら、ラスリアがチェスを見つめる。

  そういえば・・・以前、ビジョップ兄さんから聞いた事がある。昔、世界を滅ぼそうと戦争を起こした“8人の異端者”とかいう連中の事を…

 「あ・・・」

 チェスの表情が、みるみる硬直していく。

 彼は、異民族で構成された“8人の異端者”達が、それぞれどの種族出身なのかを思い出す。

 「まさ・・・か・・・?」

 チェスは、恐怖の余り身体を震わす。

 それに気がついたのか、吸血鬼はまた精神感応能力テレパシーを利用して、話す。

 『ウォトレストの少年が・・・どうやら、気がついたみたいだね・・・』

 「何・・・だと・・・!!?」

 ミュルザが物凄い形相で茶髪の男を睨んでいたが、本人は全く気になっていない様子だ。

 『そう。僕はね・・・かつて“8人の異端者”と呼ばれて恐れられていた者の一人・・・“血に飢えた吸血鬼ジェルム”なんだよ・・・!』

 狂気にも近い声で語るジェルムの声を聴き、イブール・ミュルザ・チェスの3人は目を丸くして驚くのであった。

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