第4章 望まぬ形で目標を達成することが意味するのは

第19話 イブールの過去

  「未開の地」――――――それは、レジェンディラスにおいて、どこの国にも属していない大陸を指す。宗教や貿易、多くの目的を持ってその大陸を目指した旅人は多いが、誰一人として、そこから生きて帰ってきた者はいなかった。それ故に、「未開の地」なのである。

 この“大陸を目指す人々”の中には、ライトリア教を広めたライトリア教団の姿もある。

 そして、彼らにとって「未開の地」とは、多くの資源や繁栄を導く“希望の大陸”であると解釈しているのであった。

 

  竜騎士ウォトレストの力を借りて、アレン達は宗教自治区ルーメニシェアに到達していた。都市の入り口付近にある森で竜から降り、その後は徒歩で向かった。ルーメニシェアの中へ入ると、そこは多くの巡礼者が行き交っていたのである。

  ライトリア教か・・・

 宗教に全く興味のないアレンにとって、一つの教えでこんなに大きな街ができるという事が、不思議でたまらなかった。

 「ところで・・・」

 歩いている途中、最初に口を開いたのはチェスだった。

 「君達は、このライトリア教とかいう宗教の信者なの?」

 「えっ・・・?」

 チェスの問いかけに、全員が目を丸くする。

 「僕も星命学の事は知っているけど…ライトリア教って、あれの模倣パクリみたいなも・・・」

 その先を言おうとした瞬間、イブールが咄嗟にチェスの口を塞いだ。

 「むーっ!!!」

 「イブール・・・?」

 アレンは、不思議そうな表情かおでイブールとチェスを見る。

 そして、イブールは声のトーンを下げてから話し出す。

 「この都市は、ライトリア教の総本山。・・・悪気がなかったとしても、ちょっとでも教団の悪口を言ったら、捕らえられてしまうのよ・・・」

 「成程・・・。道理で、明るい人間と暗い人間の差がはっきりしているわけだ・・・」

 ミュルザは周囲を見渡しながら、小さな声で呟く。

 イブールがチェスの口から手を離すと、彼は咳をしながら話し出す。

 「・・・それだったら、長居は無用だね。早いところ、この都市を通り抜けた方が・・・」

 「ええ。・・・でも、この都市はとても広いし、私達が向かう北側の出入り口まで結構距離があるはずなの。しかも、この自治区では、一定の時間になると出入国できないと聞いたわ。だから・・・」

 「1日はこの都市に滞在しないといけない・・・。そういう事?」

 「ええ・・・」

 真剣な表情かおで話すラスリアに、イブールは頷いた。

 「・・・ならば、俺達が向かう出入り口付近にある宿に泊まればいいんだな?」

 「そうね・・・。あと、教会からは少しでも離れた場所の宿屋にした方が無難かも・・・」

  話のまとまった彼らは、真っ先にその宿屋を探すために歩き出した。

 教会の施設の前はなるべく通らないようにし、少し隠れるようにして進む。アレンやチェスは、イブールより、以前船で出くわした堕天使フリッグスが、ライトリア教団の関係者とつながっている事を聞いていた。故に、教会の施設を避けて進む事に問題なく同意したのである。

  イブールは、「ライトリア教団が古代種キロの生き残りを必死で探している」という事を知っていたようだが・・・。そういえば、あいつは何者なんだ・・・?

 進みながら、アレンは考える。今回、ウォトレストとの一件でいろんな事があったため、すっかり”その事”について訊くのを忘れていた。イブールは何者で、なぜ悪魔であるミュルザと「契約」したのかを―――――――

 

 「誰だ・・・!!?」

 ミュルザが突然、大声で叫ぶ。

 それと同時に、上空を見上げていた。

 「ちょ・・・どうしたのよ、急に!!?」

 いきなり叫びだしたミュルザに驚いたイブールが、困惑しながらミュルザに問いかける。

 「いや・・・。悪ぃ、気のせいみたいだ・・・」

 何を感じ取ったのかはわからなかったが、ミュルザの瞳が、威嚇を示す紅いから元の色に戻る。

 アレン達は、再び宿に向かって歩いていく。しかし、ミュルザの感覚が間違っていたわけではなかった。既に、何者かが彼らを監視していたのだから―――――――

 

           ※

 

 「うーん・・・人間達が利用するっていうこの“宿屋”・・・悪くないかも・・・」

 ふかふかのベッドに寝転びながら、チェスは満足そうな表情かおで呟く。

  あれから、アレン達は、彼らが向かう出入り口付近にある宿屋に到着した。ライトリア教団の総本山なだけあって、ルーメニシェアはとても広く、流石に1日では通り抜けられなかったのだ。辺りはすっかりと暗くなり、月の光が街を照らしていた。

  それにしても・・・こんなにあっさりたどり着けたのは、意外だったな・・・

 イブールは宿屋のバルコニーで、夜風に当たりながら考える。ミュルザの言っていた堕天使がラスリアを捕らえるために直接現れたのだから、また同じような出来事があるのではないかと、イブールは警戒していた。

 

 「イブール」

 「あら・・・」

 後ろを振り返ると、自分の目の前にいたのはアレンだった。

 「・・・どうしたの?」

 「お前にちょっと、話が・・・」

 イブールの問いに静かに答えたアレンは、辺りを見回す。

  アレンから私に話・・・って、めずらしいわね・・・

 内心でそう思いながら、イブールはアレンを見つめる。

 「・・・で、話って何・・・?」

 「・・・単刀直入に訊くが・・・」

 そう切り出したアレンは、一瞬だけ黙り込んだ後、再び話し出す。

 「お前は何者で・・・どうして、悪魔ミュルザと“契約”をしたんだ・・・?」

 「…っ…!!」

 アレンの台詞ことばを訊いた瞬間、イブールの表情が一変する。

  ・・・あまり触れてほしくなかったのに・・・

 内心ではそう思ったものの、アレンの真っ直ぐな眼差しを見ていると、とてもごまかせそうにもない。この時、イブールの視界に、一瞬だけラスリアの姿が入ってくる。

  ・・・純真無垢なラスリアにはとても話せないし、話したくないけど・・・。アレンだったら・・・

 アレンとイブールの間で沈黙が続く中、イブールはどう答えようか考えていた。

 「自分の事を知った俺としては・・・お前が何者であっても、別に驚きはしない・・・。それでも駄目か・・・?」

 そう言われたとたん、イブールは、余計に断れないような心境に陥る。

 そして、意を決したイブールは、重たくなった口を開く。

 「いいわ・・・。貴方にだけ・・・話してあげる・・・」

 

  その後、イブールは自分の出生について話し出す。

 「私の家は、ライトリア教団と結びつきの強い貴族だったの。古くから教会に資金援助をしていた関係で、一般の信者では知りえないような、多くの情報を知ることができたのよ」

 「・・・それで、教会の内部事情を知っていた・・・ということか?」

 「ええ」

 イブールは首を縦に頷いた後、話を続ける。

 「・・・貴族といっても、他の家々と比べるとそんなに有名でもなかった。それでも、私は幸せだったけど・・・」

 「・・・“だった”?」

 過去形な言い回しを聞いたアレンの表情が、少し険しくなり始める。

 「・・・私が15歳の時に・・・両親が殺された・・・・!!」

 「なっ・・・!!」

 その台詞ことばを聞いたアレンは、目を丸くして驚く。

 一方でイブールは、拳を強く握り締めながら、その瞳に憎悪が宿り始めていた。

 「あの惨劇が起きた日・・・私は外出をしていて、自宅に帰ってきた時の事だった」

 イブールは、自身の胸に手を当てながら話を続ける。

 「家の中は静かで・・・所々で使用人が全て殺されていた。そして・・・リビングでは、無残な姿で床に倒れていた父と母がいた・・・」

 イブールの話を聴きながら、アレンは深刻そうな表情をしていた。

 「でも・・・悪夢は、これで終わりではなかった・・・」

 「その後・・・お前の身に、何があったんだ・・・?」

 アレンはつばをゴクリと飲み込んだ後に、その台詞ことばを口にした。

 イブールの表情が、より一層深刻な表情モノへと変化していく。

 「両親の無残な姿を見た後、自分に何が起きたのかはわからない。ただ・・・目を覚ました時には、鎖で拘束され、檻の中に閉じ込められていた」

 「檻・・・だと?でも・・・何のために・・・・」

 「さぁ・・・?一つ覚えている事は、仮面をしている男女が時折、布か何かで覆い隠されていた私を、家畜のように見下していたくらいかしら・・・」

 この時、イブールの脳裏には、当時の出来事が、まるでつい先ほど起きた事のように甦る。

 「でも・・・そんな扱いを受けたショックなのか、なぜ両親が殺されて、自分がこんな目に遭う羽目になったのかを思い出せたの・・・」

 「そうか…」

 「・・・何を思い出したのか・・・訊かないの?」

 自分が言った台詞によってアレンが質問してくるかと考えていたイブールだったが、何も訊かずに相打ちをしただけのアレンを、イブールは不思議そうに見つめた。

 「俺はただ、イブールが話せる範囲での事を聞きたいだけだ。・・・お前がどうしても口に出しずらそうと感じたら、余計な口出しはしない」

 少しぶっきらぼうな言い方ではあったが、冷静にそう言ってくれるアレンに、イブールは少しだけ安堵していたのである。

 しかし、だからといって自分の中に眠る憎悪が消えたわけではない。

 「・・・もう生きる気力を失い、何もかもがどうでもよくなってきた頃・・・。私は、とある会場に運び出された」

 イブールは再び話し始め、アレンはそれを黙って聴く体勢に戻る。

 「そこでは、魔法陣の描かれた台の上に放り出された。もちろん、四肢を鎖でつながれた状態で・・・」

 「もしや、その時・・・?」

 「そう・・・。“奴ら”は私を贄として、悪魔を呼び出したの。それが、今のミュルザよ・・・」

 そう呟いた後、イブールは首に巻いていたスカーフを取り始める。

 「それ・・・は・・・?」

 イブールの首筋を見つめるアレン。

 そこには、異様な文様などが描かれた紋章のようなモノが、掘り込まれていた。

 「これこそが、悪魔と契約した時に浮かび上がる“契約書”・・・。これを手に入れた私は、ミュルザを操る主となった・・・そんな所よ・・・」

 そう言って、イブールは外したスカーフを再び首に巻き始める。

 「という事は、もしかして・・・。お前は、両親を殺した連中を探すために、旅をしている・・・という事か・・・?」

 その台詞ことばを聞いた途端、イブールの心臓が強く脈打つ。

  本当にアレンは・・・直球で訊いてくるんだから・・・

 内心でそう思いながらも、イブールはすぐに答える。

 「ええ・・・。私の記憶を頼りにすると、私の両親を殺した奴と、私を生贄にしようとした連中には共通点が多いの。だから、”奴”を見つけたその時は・・・!!!」

 そう言い放つイブールの頭の中には、悪魔が呼び出される前後の記憶が浮かんでいた。

 『イブール・・・。お前はこれから、悪魔の元へ嫁ぐ事となる・・・。我々、悪魔信仰の人間では不可能であり、これはとても名誉な事なのだよ・・・?』

 手に刃物を握りしめながら語っていた男の声は、今でもすぐに思い出せる。それくらい、強烈なものだったのだった。

 

 「・・・私については、以上よ。他に何か訊きたい事は・・・?」

 「いや・・・もう大丈夫だ」

 「そう・・・」

 イブールがその場で大きくため息をつくと、アレンはバルコニーから部屋の中へ戻ろうと足を動かし始める。

 「話してくれて・・・」

 「ん・・・?」

 「話してくれて、ありがとうな・・・」

 「・・・ん…」

 イブールは、複雑そうな表情かおをしながら、部屋へ戻るアレンを見送っていた。

  その後、イブールは再び外の景色を眺めていた。

 夜空に浮かぶ星を見つめながら、イブールはふと考え事をする。

  ・・・こんな風にして、“あの時”の出来事を話せるようになるとはね・・・

 今も当然、両親を殺した奴は憎いけれど、思い出したくない過去について語れるようになった自分を見て、「少しは強くなれたのかな」と考えていたのである。

 「さて・・・と。私も、中に入って寝ようかしら・・・」

 ボソッと独り言を呟いた後、イブールは自分も中に戻ろうと足を動かし始めようとした所だった。

 「え・・・?」

 イブールが視線を下に向けると、地面に黒い影が見えていたのである。

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