第18話 それぞれが抱える想い

   ウォトレストの長である水竜・ウンディエルと対面を終えたアレン達は、

 彼女(=雌?)の厚意で、一晩だけ村で泊めてもらう事になった。村のあちこちにはテントのようなモノが立ち並び、彼らは村のはずれにある建物で、一夜を過ごさせてもらう事になる。

  人間わたし悪魔ミュルザに対する扱いは、変わっていないのね・・・

 イブールは、寝袋の中でうずくまりながら、考え事をしていた。

 竜騎士は警戒心が強く、本来なら自分達のような存在は、その場で殺されてもおかしくない状態だった。しかし、今回はウォトレスト達にとっても非常に重要な存在であるアレンやラスリアのおかげで、今ここにいる―――――――

 イブールは、普通に生活していたら、まず竜騎士かれらと対面する機会などなかったのだと実感する。そろそろ、自身の瞳を閉じて眠りにつこうとした瞬間ときだった。

 「・・・ちょっといいか?」

 建物の外から、声が聞こえる。

 「・・・どうぞ」

 イブールがそう言って起き上がると、目の前にはチェスが立っていた。

 「貴方は、昼間に私達を案内してくれた・・・」

 「チェス・・・」

 「そう!君、チェスっていうのね・・・」

 イブールはそう答えながら、自分より背の低いチェスを見つめる。

 「・・・こんな時間に、どうしたの?“ただの人間”である私なんかに」

 「“ただの”…ではないよね?」

 チェスがそう切り替えした瞬間、一瞬だけイブールはその場で固まる。

 「・・・用件は何なの?」

 あまり触れられたくない事を指摘されたかのように、深刻な表情かおをするイブール。

 その後、チェスは近くに腰掛けてから話し始める。

 「“契約”・・・って、どんなモノなの?」

 「え・・・?」

 チェスの口から紡ぎだされた問いに対し、イブールは目を丸くする。

  なぜ、竜騎士であるこの子が、悪魔との契約の事を・・・?

 イブールはそんな事を考えていると、チェスは話を続ける。

 「翌朝、ちゃんとしたお達しがあるんだけど・・・。実は僕、お前達の旅へ同行する事になるんだ」

 「・・・はい!!?」

 その台詞ことばを聞いたイブールは、驚きの余り声を張り上げてしまう。

 チェスはウォトレストの一人とはいえ、外見ではまだ12・13歳くらいにしか見えない子供だ。こんなに幼いのに、旅などできるのかという考えが、彼女の頭によぎる。しかし、イブールは肝心な事を聞いていないのに気がつく。

 「あれ・・・?じゃあ、なんで私の“契約”について訊くの・・・?」

 それを聞いたチェスは一瞬言葉をつむぐが、またすぐに話し始めた。

 「・・・実は僕、まだ相方となるドラゴンがいないんだ」

 「え・・・?」

 「・・・正確に言うと、まだドラゴンの背に乗って飛べる年齢としじゃないんだって」

 「年齢とし・・・?」

 竜騎士として竜にまたがる事と年齢に、どう関連性があるのかとイブールは首をかしげる。

 「僕は今、人間年齢で言うと、12歳くらい。・・・実際はもっと長く生きているけれど、ドラゴンの背に乗れるのは、人間の年齢で18歳くらいなんだって」

 「ふーん・・・」

 竜について語るチェスに対し、イブールは興味津々な表情かおで話を聴いていた。

 「だから・・・見ず知らずの悪魔と契りを交わす、“契約”が気になっていた・・・そういう事?」

 イブールは、チェスを横目で見ると、彼は黙って頷いた。

  ・・・竜騎士はどいつもこいつも、警戒心の強い故に頭硬い連中ばっかりと思っていたけど・・・。この子の場合・・・

 異民族である自分に対して遠慮せずに興味関心をむき出すチェスに、イブールは少し感心していた。

 「・・・他の皆は、どう受け止めるかはわからないけど・・・。よろしくね、チェス」

 「う、うん・・・」

 イブールは「なぜ、自分達の旅に同行する事になったのか」と考えたが、そこはあえて訊かなかった。というのも、彼女はそれがウンディエルの命令である事をある程度理解していたからである。

 

  そして、翌朝―――――――

 「・・・お前達が捜し求めている、“イル”のある場所へたどり着くには・・・」

 チェスの兄ビジョップは、イブール達を呼び寄せた後に話を始めていた。

 他のウォトレスト達やチェスが見守る中、ビジョップは世界地図を広げて話を進める。

 「この場所へ到達するには、ドワーフの力が必要だ」

 「ドワーフ・・・?」

 「背が小さくて穴掘りの得意な、地下に住む小人の事さ!」

 説明の中で、初めて訊いた言葉に不思議がるアレン。

 そんな彼に大使、ミュルザが補足をしていた。

 「悪いが、余計な口は挟まないで貰おうか」

 「・・・へいへい」

 ビジョップがミュルザを睨みつけると、彼は機嫌が悪そうな表情で返事をした。

 「その”ドワーフ”に会うためには、どうすればいいんですか?」

 「それは・・・」

 ラスリアからの質問に対し、ビジョップは世界地図のとある場所を指差してから答える。

 「宗教自治区ルーメニシェア・・・。ここを通過した先に、ドワーフの住む村があると云われている」

  宗教自治区ルーメニシェア・・・。あそこって確か・・・

 この時、イブールの視線は、自然とラスリアの方に向いていた。

  このルーメニシェアという都市は、どこの国にも属しておらず、1つの国とも言える都市だ。そして、ライトリア教の総本山でもあり、多くの巡礼者が行きかう事で有名である。

 だが、そんな神聖な雰囲気の都市であっても、危険な場所である事に変わりない。

 「ルーメニシェアへ行ったら、何かしら接触がありそうよね。・・・この間の堕天使とか」

 イブールは、低い声で隣にいたミュルザに耳打ちした。

 何を考えているのかを察したのか、ビジョップはため息をついた後に口を開く。

 「本当は、ドワーフの住む村へ乗せてあげられれば良かったのですが・・・。残念ながら、この宗教自治区には特殊な結界が張り巡らされているので、不可能なのですよ」

 その台詞ことばを聞いた事によって、「気を引き締めていかなくては」とイブールは自然に考えるようになっていた。

 「・・・及ばずながら、あなた方の旅のお供をつけさせて戴きたいと思っています。・・・チェス」

 「はい」

 ビジョップがチェスに呼びかけると、彼は返事をして兄の下へ歩いてくる。

 「・・・ウンディエル様の命令で、このチェスをあなた方の旅に同行させる事になりました。身体は小さいですが、槍の扱いや魔術に関しては他の者に引けを取らない、ちゃんとした実力を兼ね備えています。どうか、旅の中でこやつの力を発揮させてあげてください」

 「・・・ありがとうございます」

 ラスリアはそう言った後、その場でお辞儀をした。

 「改めて、チェス・アングル・ウォトレストです。以後よろしく・・・」

 「イブール・エンヴィです。・・・よろしくね、チェス」

 澄んだ水色の瞳を持つ少年は、ちゃんとした自己紹介を行う。

 そしてアレン達もイブールを筆頭に自己紹介を始めた。そのやり取りがある程度終えた所で、ビジョップが声をかけてくる。

 「それでは・・・崖の上までお送りしよう」

 「あの・・・!!!」

 ビジョップが歩き出そうとした瞬間、ラスリアが彼を呼び止める。

 その声に、全員の視線が彼女に集まった。

 「・・・何か・・・?」

 振り向くビジョップに対し、ラスリアの表情が物凄く不安定に見えた。

 「・・・・・いえ。やっぱり、何もないです・・・」

 ラスリアは何かを言いたそうではあったが、結局何も言わずに黙りこんでしまう。

  どうしたのかしら・・・?

 何を言いたかったのかとイブールは内心気にしていた。

 

           ※

 

  次の行き先が決まったアレン達は、竜騎士ウォトレストドラゴンの力を借りて、宗教自治区ルーメニシェア近くの森まで送ってもらうことになった。

 「よし・・・行くぞ!」

 アレンがラスリア・イブール・ミュルザ・チェスの4人に呼びかけた後、竜はその大きな翼を羽ばたかせる。

  ビジョップさん・・・

 ウォトレストの村が小さくなるのを見届けながら、ラスリアはボンヤリと、昨夜した会話を思い出していた。

 

 「ラゼが・・・私の事を・・・?」

 「・・・はい・・・」

 昨夜、眠れなかったラスリアは、チェスの兄ビジョップと少しだけ対談していた。

 「3年ほど前に、キロの末裔・・・ラゼという青年は、誰に教わったわけでもなく、自らの足でこの里にたどり着きました」

  ・・・それで、「会ったことがある」って言っていたんだ・・・

 この時、ラスリアはラゼがこの地を訪れ、ウォトレストに会っていた事を改めて認識する。

 「当時は、もうキロは絶滅したものかと我々も考えていましたので・・・彼の来訪には、誰もが驚かされました」

 「そっか・・・。だから、私の時はすんなりと迎える事ができたんですね・・・」

 ラスリアがそう呟くと、ビジョップは黙ったまま、首を縦に頷く。

 「彼はウンディエル様と対面し、あの方にこう進言したそうです。”キロの生き残りは自分だけではない”と・・・」

 「じゃあ・・・私と出会う前から、私の存在に気がついていた・・・という事でしょうか?」

 「おそらく・・・」

 

 「・・・ラスリア殿?」

 その場で考え事をしていたラスリアは、目の前に乗っているウォトレストの男の声を聞いて、我に返る。

 「あ・・・ごめんなさい!・・・なんでしたっけ?」

 「全く・・・。この先、風圧がかなり強くなりますので、しっかりと捕まっていてください!と、申し上げていたのです」

 「・・・はい」

 我に返ったラスリアは、前に乗る竜騎士の背中につかまった。

 竜の背に乗せてもらっているとはいえ、竜騎士ウォトレストなしで背に乗る事は決して許されない決まりのため、必ず竜騎士の一人と一緒に乗る事になっている。この不思議な掟に対し、ラスリアは特に違和感を感じていなかった。

  ラゼ・・・。私と同じキロの末裔だという事はわかったけれど・・・彼自身は一体、何者なのかな・・・?

 ラスリアは、出逢う前から自分の事を知っていたラゼの事を思い浮かべながら、青い空を見つめていた。

 そうしてアレン達は色々な想いを抱えながら、宗教自治区ルーメニシェアに向かう。

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