第17話 ”世界の心”を意味する”ガジェイレル”

 アレン達は奥へと進んでいくと、大きな湖のほとりに到着する。たくさんの木々が生い茂り、湖の水はとてもきれいで澄んでいた。

「綺麗…」

ラスリアが、その美しい光景に対し、思わず目を見張っていた。

「…こっち」

すると、彼らを案内する少年―――――――チェスが、湖の近くにある岩を指差した。

アレン達がその場所に到達すると、少年は湖の方角に向けて跪く。

「ウンディエル様。…客人をお連れしました」

チェスの一言の後、湖から眩い光が発生する。

「きゃっ…」

あまりの眩しさに、ラスリアは反射的にを閉じる。

恐る恐る目を開けると、そこには、澄んだ水色の瞳を持ち、白銀色の体毛を持った竜が姿を現していたのである。


「あんたが…水竜…か…?」

少しずつ前に進みながら、アレンが尋ねる。

『…いかにも。私が“ウォトレスト”の長、水竜のウンディエルです』

水竜はアレンに対し、静かに答える。

『チェス、ご苦労でしたね…。後でそなたの兄にも、よろしく言っておいてください』

「承知致しました。…ありがとうございます」

チェスはウンディエルにお辞儀をした後、ゆっくりと後ろの方へと下がっていく。

「ん…?」

この直後、なぜか周囲の空気が変わったような感覚をアレンは感じていた。

『さて…。“ガジェイレル”と、古代種“キロ”の末裔よ。私に訊きたい事が、山ほどあるのではないでしょうか…?』

「…はい」

少し間が空いた後、ウンディエルの台詞ことばに対し、アレンとラスリアは大きく頷いたのである。

 そして、その後から長い話は始まった。

『あなた方が知りたい事をまとめると…「“ガジェイレル”とは何か」、「“イル”とは何か」、「古代種キロについて」…でよろしいですね?』

「ああ」

「はい…お願い致します」

アレンとラスリアは、2人とも真剣な表情で頷いた。

その会話を、イブールとミュルザは後ろで見守る。

『まず、ガジェイレルについては…先に、古代大戦の話からしなくてはならないでしょうね…』

「古代大戦…。それって、文明が滅びるきっかけとなった戦争…?」

『はい。人間達の歴史ではそう語られていますが…本当のきっかけは、別にあります』

「まさか、それって……“8人の異端者”の事か?」

彼らの会話の中に、ミュルザが割り込んでくる。

「ちょっと…!」

いきなり口を開いた悪魔に驚いたチェスが、ミュルザを制止しようとする。

『大丈夫ですよ、チェス。構いません…。それに、今は古き歴史をよく知る悪魔がこの場にいた方が、彼らも話も理解しやすいでしょう…』

水竜は、慌てるチェスを静かに制した。

勝ち誇ったような表情かおをするミュルザに対し、チェスは悔しそうな表情をしながら、そっぽを向いてしまう。

『本題に戻るとしましょう…。彼が言う“8人の異端者”なる者達が、全ての生物に宣戦布告し、大きな戦へと発展した…。戦争は何とか、人間を含む“こちら側”が勝利しましたが、受けた被害の大きさは尋常ではありませんでした』

その台詞ことばを聞いた直後、アレンの心臓の鼓動が強く脈打ち始める。

『大戦が終わって間もない頃…世界の危機を感じた“星の意志”。…すなわち、本来の“創造神”とも言える彼らが、1つの世界を2つに分離した』

「え…!!?」

アレン・ラスリア・イブールの3人は、今の台詞ことばを聞いて目を丸くして驚く。

「ちなみに…俺達悪魔や船で出会った天使とかは、この2つの世界を自由に行き来できるんだ。…わかりきった事だが、元は1つの世界だったんだしな!」

水竜の説明に、ミュルザが静かに補足した。

「じゃあ、俺達が暮らす世界とは別に…もう一つ別の世界がある…という事か…?」

驚きを隠せない表情かおで、アレンは呟く。

『…そして、“星の意志”が世界を二分した時…』

「え…?」

再び話し始めたウンディエルに、全員の視線が集まる。

『世界を2つに分けた時…"星の意志"は同時に、世界を無に還す事のできる最終兵器ファイナルウェポンを創り出した』

最終ファイナル兵器ウェポン…?」

その言葉を聞いた瞬間、アレンの心臓の脈はさらに強くなる。

 “世界を二分”…“最終兵器ファイナルウェポンの創造”…。もしかして、俺は…?

自身の胸に手を当てながら、アレンの頭の中には嫌な予想が浮かんでいた。

「おい…まさか…?」

全員の真剣な表情かおが、水竜の方にしっかり向いていた。

そしてウンディエルは、一度閉じた瞳をゆっくりと開いてから、言葉を紡ぐ。

『“星の意志”がその“最終兵器ファイナルウェポン”を発動するために創った“鍵”となる存在。それが、“世界の心”を意味する“ガジェイレル”。そして、その“ガジェイレル”が、貴方なのですよ。アレン…』

「なっ…!!?」

衝撃的な事実に、アレン達は皆、言葉を失う。

その様子をチェスは、後ろの方で黙って見つめていた。


「俺は…」

数分が経過し、最初に口を開いたのはアレンだった。

「俺は…この世界を滅ぼすために…生み出されたと…?じゃあ、俺はそのために旅をしているって事になるのか…!!?」

そう叫ぶアレンの表情は、まるで嘆いているかのようだった。

必死の問いかけに水竜は黙ったままだったが、数秒が経過してからすぐに話し始める。

『確かに、貴方は世界を滅ぼすための“鍵”といえる存在です。しかし、今言えるのは、「“鍵”という存在は貴方だけでない事」。そして、「“イル”を求める旅は世界を滅ぼす事とは無関係だという事」です…』

「どういう…意味…?」

ウンディエルの台詞kとおばに疑問に感じたイブールが、首を傾げながら尋ねる。

「まさか、アレンみたいな存在が…もう1人いるって事…!!?」

「…“アビスウォクテラ”」

イブールの台詞の直後、後ろでミュルザがボソッと呟く。

その台詞ことばに反応したアレン達は、一斉にミュルザの方を見る。

「その“アレンと同じような存在”ってのは、“アビスウォクテラ”…。すなわち、もう一つの世界にいるって事なんだろう?水竜様よ…!」

水竜に向かって語るミュルザに、ウンディエルは黙って頷いた。

『…そうです。そして、アレン。貴方が求めている“イル”とは、別世界にいる“彼女”の“心”を意味し、その行為は世界を1つに戻す事に結びついているのです…』

「世界を…元に…」

世界の歴史や、自身の事についてたくさん語られたので、アレンの頭の中は混乱していた。

その後、彼らの間で数分ほど沈黙が続く。古代大戦の真実や、“星の意志”。そして、アレンの正体など、多くの話を聞いて混乱をしていたのは、アレンだけではないようだ。

『…“ガジェイレル”や“イル”についての話は以上です。次は、“古代種キロ”についてですが…』

再び話し始めた水竜の表情かおが優れないような雰囲気に変わる。

『ラスリア。貴女達キロの事は…残念ながら、あまりお話しできる事がないのです…』

「え…?」

『わかっている事は、キロは治癒魔法キュアや蘇生術を得意とし、“星の意志”と対話する能力を持っている事。あとは、多くの星を旅してきた事から、“星を切り開く民”という呼び名がある…それだけです』

最初の話とは違い、古代種の話はすぐに終わってしまう。

あまりに得られた情報が少なく、ラスリアは唖然としていた。その後、疲れきったアレン達の様子を察した水竜が、チェスに声をかける。

『チェス…。本来は許可できない事ですが、今宵だけ…彼らに食や寝どころの世話をお願いします』

その台詞ことばを聞いたチェスは、最初はきょとんとしていたが、すぐに了承したようだった。

「水竜様…」

チェスを筆頭に、湖の間から去ろうとするアレン達。

ミュルザとイブールは先に歩き出したが、アレンとラスリアはまだその場に残っていた。

『アレンにラスリア…。私からお話しできる事は、これで全てです』

「ありがとう…ございました…!」

複雑そうな表情かおで、ラスリアはウンディエルに頭を下げる。

『最後に一つ…』

「え…?」

水竜がポツリと呟いたのに対し、アレン達は反応する。

『ラスリア…。少なくとも貴女という存在は、アレンにとってはなくてはならない存在モノ。彼を“イル”へ導く事は、貴女の使命だと思って全うしてください』

「はい…」

『それから、アレン』

「…なんだ」

神妙な面持ちをしたアレンが、水竜を見上げる

『古代種キロが絶滅寸前なのは、貴方も存じていると思います。故に、邪な者たちは彼女を狙うでしょう。…貴方が持つその剣で、彼女を守ってお挙げなさい…』

水竜は、アレンにだけ小さな声で語りかけた。

 その後、アレンとラスリアもイブール達がいる村の方へと戻っていく。歩いていく彼らの後姿を見つめながら、水竜は独り呟く。

『チェスの報告にあった、黒竜と堕天使の話…。嫌な予感が、的中しなければよいのですが…』

当然、今呟いたウンディエルの台詞ことばを、アレン達が聞く事はなかったのである。



 一方、とある洞窟の奥にて――――――――――――――

「ミトセ様…」

その洞窟には、壁に寄り添って呟く堕天使・フリッグスの姿があった。

その後、奥から誰かの足音が響いてくる。それは、彼女の主である男の姿だった。

「モーゼ様…。古代種捕獲の件…誠に、申し訳ございませんでした」

フリッグスは、モーゼという男の足元で跪く。

しかし、彼女の表情かおはとても謝罪をしているようには見えなかった。

「…構わんよ。まぁ、竜騎士ならば、“奴ら”を悪いようにはせんであろう。それよりも…」

不気味な笑みを浮かべながら、モーゼは話を続ける。

「そなたの報告にあったように、“ガジェイレル”があの娘と一緒にいると言うのならば、“あそこ”を訪れるのは必然…。わたしは、彼らを迎え入れる準備に取り掛かるとするかね…」

フリッグスの深刻そうな表情かおをよそに、男は上機嫌だった。

「それでは、フリッグスよ…。わたしを、あそこまで連れて行っておくれ…」

「…はっ」

欲望に塗れた男の手で自分に触れられる事は、彼女にとって何よりも苦痛な行為だった。

しかし、フリッグスは自分の“本当の主”復活のため、渋々とその命令を実行する。

 ミトセ様…。貴方様を含む他の方々が、なぜ“異端者”などと呼ばれたのか…私には理解できない…!!

そう強く”真の主“を想いながら、フリッグスは自身の白い翼を広げていた。

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