第15話 倒すか食われるかの戦い

「ギャォォォォォォォッ!!!!」

船上に現れた竜の叫び声が、船を揺らす。

 あれこそ、人間を好んで食らう竜…。でも、彼らは海水を嫌っているはずなのに、何故…?

イブールは、何故あの竜達がこの船上にいるのかが不思議で仕方なかった。

「くそ…船の上で暴れられちゃあ、沈んじまうじゃねーか!!!」

そう叫んだ後、何人かの旅人達が武器を構えて竜に立ち向かう。

地面に降り立っていた1匹のドラゴンは、翼を羽ばたかせて物凄い強風を発生させる。

「きゃぁあぁぁぁっ!!!」

「くっ…・!」

その強風に、イブールとアレンは飛ばされないようにと、船の手すりに掴んで何とか凌ぐ。

周囲にいた旅人達も何人かこらえていたが、飛ばされた人間も数人いた。強風が止んだ後、目にも止まらぬ速さで飛び始めた竜は、あっという間に1人の人間を自身の牙で捕らえる。

「ぎゃぁぁぁぁっ!!!」

生きたまま捕らえられた男は、その鋭い牙によってゆっくりと噛み砕かれ、息絶えて行くのであった。

地面には男の血が飛び散り、その場にいた全員の表情かおが真っ青に変貌する。

 これが…「人間を食べる」という事…なのね…!

恐ろしい光景を目の前で見せられたイブールは、恐怖で顔が真っ青になっていた。それは、普段は無表情である事が多いアレンでさえも、「恐ろしい」と感じていたであろう。

 その後、牙を血で紅く染めた竜は、獲物を定めるかのような目つきで辺りを見回す。船の上にいるのは1匹だけだが、まだ空中には3匹の竜が飛んでいる。そして、乗客達は全員、2つの行動を取るようになる。一つは、ただ恐怖の余りに身体が動かず、呆然としている者。そして、あまりの恐ろしさに、船から脱出を図ろうとする者達だ。


「イブール!!」

この時、アレンが彼女の側に寄ってくる。

「あの竜…何とか倒せないだろうか?」

「え…!?」

思いにもよらないアレンの言葉に対し、イブールは驚く。

ただし、ここは海の上だ。しかも、周囲には混乱パニックになっている乗客がいる。

「…ここが陸上ならば、可能性はあるでしょうけど…。船の上は戦いに不向きだし、何より1匹倒してもまだ3匹残っているから、難しいわね…」

「そうか…」

何ともはがゆいような表情かおで、アレンは周囲を見渡す。

 …こんなに一般人がいる中では、ミュルザの力は使えないし…

そう思いながら、竜達が飛んでいる上空を見上げる。

「…え…!?」

すると、上空から何か“声”みたいなモノが聞こえてくる。

『逃げまとう人間ほど、面白いモノはねぇな…!』

『…しかし、これだけ上質な餌が揃っていると…食うのが楽しみだな!!』

ドラゴンの…言葉…?」

「イブール…?」

上空を見上げたまま突っ立っているイブールに、アレンは首をかしげる。

 でも…なんだって、あいつらの声を、私だけが聞き取れているの…!!?

イブールは、戸惑いながらも、ドラゴン達の会話に耳を傾ける。

『さて、俺も狩りをしにいくか!』

『おい…言っておくが、あの銀髪で痣のある男と、悪魔に寄り添っている黒髪の娘は食うなよ?』

『ああ…。あの堕天使の命令だったっけか…』

「なっ…!!?」

ドラゴンの会話に耳を澄ませる一方で、思わぬ言葉に対し、イブールは目を丸くして驚く。

  “銀髪の男”に、“悪魔に寄り添っている黒髪の娘”って…

イブールは、その台詞ことばを聞いた事で、すぐに何を意味するのか理解できた。しかも、それだけではない。

「“堕天使”って…まさか…」

この時、イブールの頭の中には、コミューニ大学で話していたミュルザとの会話だった。

 ミュルザが遭遇した天使ってのも、もしかして…

そう考えている余裕はあまりなく、すぐにアレンの声が聴こえる。

「…とにかく、ラスリアやミュルザと合流するぞ…!!!」

そう叫んだアレンは、イブールの腕を掴んで走り出す。


 船室の方へ向かうと、逃げまとう人々で混乱していた。人ごみの中で、イブールとアレンは、一番目につきやすいミュルザの姿を探す。

「アレン!あそこ…!!」

イブールが指さした先には、ラスリアの肩を借りながら歩くミュルザの姿があった。

「アレン!!」

「ラスリア…!」

彼らの存在に気がついたラスリアが、2人の方へ歩いてくる。

「よう、お二人さん…。ドラゴンが出現したようだな?」

顔に汗を滲ませながら、ミュルザが呟く。

「ミュルザ…。あんた、船酔い大丈夫なの?」

「まだ万全じゃねぇが…相手が相手だけに、ぶっ殺さないと気が済まなくてね…」

「ん…?」

「…いや、こっちの話」

その直後、ミュルザはそっぽを向いてしまう。

 相変わらず、何を考えているのか掴めないわ…

イブールは、内心でそう考えていた。

「だが、ミュルザ。…奴らを倒すつもりか?」

「…何?アレンくんは竜が怖いのかなぁー?」

ラスリアの肩から腕を離したミュルザは、意地悪そうな表情かおでアレンを見る。

「そういうわけではない!…ただ、今は乗客がたくさんいるから、こんな場所で戦っては海の藻くずになるだけだと言いたいだけだ」

「…でも確かに、今の状況では戦えないわよね…」

隣で、イブールは呟く。

その直後、イブールはドラゴン達がしていた会話を思い出す。

「あるいは…」

「イブール、どうしたの?」

ボソッと呟いたイブールに対し、ラスリアが尋ねる。

 一か八か…。でも、やってみる価値はあるかもしれない…

その場で何かを思いついたイブールは、重たくなった口を開く。

「このままだと、全員の本領が発揮できないから…。乗客を全員避難させた後、奴らを迎え撃ちましょう…!」

「えっ…!?」

イブールの提案に対し、3人はその場で驚きを隠せずにいたのである。


          ※


 …全く、俺のご主人はとんでもない事を考えやがる…

乗客が避難していくのを見届けながら、ミュルザはふと思う。

 まぁ、俺様の予感が的中しているのがわかったのはイブールのおかげだから良しとしてやるか…

この時、ミュルザは横目でイブールの方を見ていた。

 この船に乗ってから船酔いで倒れていたため、ミュルザは悪魔としての感覚が鈍っていた。しかし、今こうして逃げまとう人間たちを見て、ある男達3人に対して感じ覚えのある感覚ものに気がついていた。それは、以前に出会った“堕天使”と同じ――――――――――


「…あんたが言っていた“あれ”の存在…。本当にいるのね…」

今から数分前、イブールはミュルザにだけこの一言を発していた。

何のことかと思ったが、彼女の心を読んだ直後、すぐに状況を理解したのである。そして、すぐに「堕天使の仕業」と断定したのだ。

 しかし、イブールがドラゴンの言葉を聞き取れたとはな…

何年か一緒に旅をしていたものの、ミュルザは、今回それを初めて知った。竜の言葉を聞き取れるのは、当然“ウォトレスト”のような竜騎士は含まれる。しかし、普通の人間で竜の言葉を聞き取れる者というのは、永きに渡って生きていたミュルザですら、見かけたことがないのだ。

「おい、ミュルザ!…そろそろ全部の乗客が避難し終わるから、操縦室の方へ行くぞ!」

「…へいへい」

アレンに促されたミュルザは、すぐにイブール達のいる方向へ向かう。


 テラスの方へ向かうと、2・3匹の竜が逃げ遅れた乗客を丸々食らっていた。本来、その行為に恐れおののくのが普通だが、悪魔であるミュルザにとっては取るに足らない出来事だ。

「…ったく、お前らドラゴンは、丸かじりが好きだねぇ…」

ミュルザは、大きなため息をつきながら呟く。

「…冗談はそこまでにして。…ミュルザ、“命令”だからね」

そう言い放つイブールの表情かおは、いつもに増して真剣だった。

「…了解」

そう呟いた後、ミュルザは自身が持つ漆黒の翼を出現させる。


          ※


 イブールに返事をしたミュルザは、目にも止まらぬ速さでドラゴンに立ち向かっていく。

「よし、俺も行こう。船上にいれば、攻撃は届くしな…。イブール、援護を頼む」

「…ええ」

そう告げたアレンは、剣を鞘から取り出し魔物へと走り出す。

 しかし、本当にミュルザのスピードは、速くて目に負えねぇ…

走りながら、アレンはミュルザのスピードに対して圧倒されていた。

「はっ!!!」

1匹の竜に対し、アレンは剣を振り落とす。

それを見た竜が目を大きく見開いた状態で、こちらを睨む。素早いが故に避けられてしまったが、今の避け方に対してアレンは違和感を覚えていた。

 動揺…でもしているのか…?

内心思ったが、今はとりあえず戦闘に集中する事にする。

まずは、ラスリア達には近づけないよう、追い込むように剣を振るうアレン。上空に飛び始めた時は、イブールによる炎の矢が飛ぶ。

「空を飛んでくれれば、こっちのものよ♪」

詠唱をしながら、イブールは得意げに言い放つ。

 流石に相手は竜なので1発とはいかないが、気がつくと、ミュルザが竜を1匹海に沈めていた。そして、こちらもアレンとイブールの連携攻撃の賜物か、竜を1匹倒す事に成功する。あと最後の1匹となった途端、焦りを感じたのか、1匹の竜は再起を図ろうと大空に飛び出す。

「くる…か?」

「いや、あの状態だと…」

空を見上げながら、アレンとミュルザは呟く。

竜は再び襲い掛かってくるかと思いきや、なんとそのまま飛んで逃げていくのだった。その様子を見届けたアレン達は、ほっと一息をつく。

「“出会えば倒すか食われるか”って言われるくらい、凶暴な奴らだからね…。なんとか撃退できて良かったわ」

大きなため息をつきながら、イブールはその場に座る。

「そうだな。少しの間くらい、休憩でも…」

「休憩しよう」と言いかけたミュルザの表情かおが一変する。

「きゃっ!!?」

「ぐあっ!!!」

ラスリアとミュルザの悲鳴がほぼ同時に聞こえた直後、ミュルザの身体は、船体の端っこに吹き飛ばされる。

「なっ…!!?」

気がつくと、ラスリアを背後から拘束し、アレン達の目の前に立ちはだかっている人物がいた。

「…てめぇ…!!!」

「…久しぶりね、悪魔」

ラスリアを拘束した水色の髪の女性は、ミュルザに対して冷たく言い放つ。

そして、女性の背には白い翼が生えていた。

「お前は一体…?ラスリアを…どうするつもりだ…!!?」

アレンは、自身が持つライトグリーンの瞳で相手を射抜くような眼差しで睨み付ける。

その台詞ことばを聞いた女性は、ゆっくりとアレンの方を向く。

「はじめまして、“ガジェイレル”。私の名は、フリッグス。見ての通り、天使よ」

「…そんな事を聞いているんじゃ…!」

そう叫ぶアレンを制止し、イブールが前に出てくる。

「貴女が…さっきのドラゴンを操っていた天使…?」

「…さぁ?まぁ、貴女とも初対面よね。“ご主人様”…」

フリッグスの台詞ことばを聞いたイブールは頬を赤らめ、黙り込んでしまう。

すると、ミュルザが物凄い殺気を出しながら歩いてくる。

「堕天使が…また俺達の邪魔をする気かよ…!」

そう告げるミュルザの表情かおを横目で見たアレンは、一瞬だけこの殺気の強さに恐怖した。

「…まぁ、挨拶はさておき…。せっかくこれから使おうとした“駒”も使えなくなってしまったから、私が直々に来た…というわけ」

「…どうして、私なの?理由わけを教えて…!」

堕天使の腕の中で、ラスリアは相手の目的を聞き出そうとする。

フリッグスは少し考え事をしているようだったが、すぐに口を開く。

「さぁ…どうしてかしらね?私は単に、主の“命”で貴女を連れてこいと言われているだけだし…。人間の戯言に、興味はないわ」

その台詞ことばは、まるで人間を馬鹿にしているようで、何故かアレンにとっても不愉快であった。

「貴様…!」

「一応言っておくけれど…私を殺そうとしたら、このキロの少女の安全は保障できないわ。…それでもいいのかしら?」

アレン達を見ながら、フリッグスは不適に笑う。

「くっ…」

アレンは、やむを得ず剣を鞘に収めた。

 くそ…。この女があの男共の“依頼人”だとしたら…このままだと、ラスリアだけが連れ去られてしまう…!一体、どうすれば…!?

その場にいる全員の間で、緊張感が走る。勝利したような気分になっていたフリッグスは、そのままラスリアを連れて船を離れようとしていた。


『そうはさせぬぞ』

アレン達でも誰でもない、見知らぬ声が響く。

「え…何…!!?」

「!!!?」

「この声質…もしや!!?」

その場にいた全員が、声の聞こえた方角を探し、辺りを見回す。

「皆、あそこ…!!!」

声の正体に気がついたイブールが、上空にいる何かを指差す。

「…竜…!!?」

その正体に気がついた時、アレンは驚きの余りに声を失う。

 彼らの上空に到達していたのは…藍色の翼を持つ竜にまたがる男達――――――竜騎士の姿であった。



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