第3章 水竜に会うために

第14話 船に乗って

 「ドラゴン」―――――それは、“魔物”と称される生物たちの中で、最も力や知能が発達した生き物を指す。レジェンディラスにおける“竜”は基本的に皆、背中に翼を持っているのが普通とされている。

そして、彼らには2つの特徴がある。それは、“慎重な竜”と“好戦的な竜”だ。前者の場合は“竜騎士”を背に乗せる竜が多く、高いプライドを持つ。そして、正当な理由がない限り、他の生き物を襲う事はないのだ。しかし、その一方、後者の“好戦的な竜”は、前者と違って非常に好戦的だ。また、人間を含む生き物の血肉を食らう事を好む。その上、人語が通じないため、“好戦的な竜”に遭遇した者たちは皆、倒すか食われるかの選択を迫られる―――――それだけ、凶暴なドラゴンなのである。


周囲より、海水による波の音が響いている。

道中に立ち寄った休憩所を後にした後、アレン達は港町シャップに到着していた。

このシャップから出ている船は、彼らの目的地であるルカ諸島やその先にあるウォルガネラタド大陸に近いため、いろんな目的地行きの船が出ていた。

「ここも、すごい人…!」

ラスリアは、行き交う人々を観察するように見つめながら、3人に対して言う。

「港町だものね!商売人はもちろんの事、私達のような旅人も多く訪れるんで、毎日活気に溢れているわ…!」

「ふーん…。まぁ、俺としては人間なんかよりも、この町で食える海鮮料理とかが楽しみだけどな!」

イブールとミュルザの会話を、横で聞き耳立てているアレンとラスリア。

 海鮮料理かぁ…。そういえば、ずっと山暮らしだったから、魚介類をほとんど食べていないなぁ…

ラスリアはそんな事を考えながら、辺りを見回す。

「あら…?」

人ゴミの中でラスリアは、とある人物が視界に入ってくる。

 水色の髪…澄んだ海水のように、綺麗な女性ひとだなぁ…

ラスリアは、視線の先にいた水色の髪の女性に対して、釘付けとなっていた。

「あ…」

その女性がこちらを向いた時、急に恥ずかしくなってきたラスリアは、すぐさま俯く。

 私ってば、女性を見つめるなんて…

そう思いながら顔をゆっくりと上げると、もうそこに女性はいなかった。

「…っ…!!?」

ラスリアが改めて前を向くと、いきなり誰かとぶつかったのである。

「きゃぁっ…ごめんなさい…!」

「…よそ見すんじゃねぇよ!!」

見上げると、自分よりも背が高く、体格の良さそうな男の人だった。

「す…すみません…」

その鬼気迫るような表情かおに圧倒されたラスリアは、その場でお辞儀した後、そそくさと仲間達の下へ走っていった。

「ラスリア、どうしたの?」

「うん…。あ、ちょっと考え事していたら、人とぶつかってしまったみたい…」

港町ここは、いろんな人間がいるからな…。気をつけろよ、ラスリア」

「…ありがとう、アレン」

イブールとラスリアとアレンの3人は、歩きながら話す。

 アレン…なんだか、最初に出会ったときよりも、穏やかになっている…。気のせいかな…?

自分に対する接し方が変わってきたように感じていたラスリアは、内心とても嬉しく感じていた。

「…ミュルザ?」

気がつくと、ミュルザは後ろで深刻な表情かおをしていた。

「どうしたの…?」

「ん…?」

ぼんやりしていたのか、ラスリアの声を聞いた瞬間、ミュルザは我に返った。

「…アホみたいに深刻な表情かおだったが、どうかしたのか?」

「アホって、お前なぁ…」

「まぁまぁ…」

互いに睨み合っていたアレンとミュルザを見かねたイブールが、2人の間に入る。

「まぁ、それでも、あんたが深刻な表情かおをするのは珍しいわよねぇ…。どうしたの?」

「…いや、大したことではないから、気にしなさんな!」

ミュルザは、そう言って前へと歩き始める。

 …本当に、どうしたんだろう?

ラスリアは内心で気になりつつも、アレン達と共に船乗り場へ向かう。


          ※


 それにしても…ミュルザは野郎のくせに、情けないな…

アレンは遠くの景色を眺めながら、一人考え事をしていた。

あれから、目的地であるルカ諸島行きの船に乗った。そして、どういう訳なのか、自分達の中で一番最も丈夫タフそうなミュルザが、船酔いで体調を崩してしまう。「側についているのは女共でいいだろう」と考えたアレンは、一人テラスの方にいた。

「それにしても…」

アレンは、昨晩見た夢の事を思い出していた。

 水晶でできた洞窟のような場所―――――――見たことも行ったこともないような場所に、アレンは一人ただずんでいた。歩いていくと、その先には銀髪で赤紫色の瞳をした女性がいる。しかし、驚くべきは瞳の色と性別以外、自分と瓜二つの姿をしているのだ。

 こいつは、一体…?

アレンは、首をかしげながら考え込む。女性は口を動かしてはいたが、何を話しているのか全く聞こえなかった。夢自体はそこで終わってしまったが…右目下にあった痣が、自分が持っているモノと同じだという事だけは、鮮明に覚えていた。

 言葉は聞き取れなかったが…この“初対面じゃないような感覚”…。こんな事って、あるものなのか…?

考えれば考えるほど答えが見つからず、アレンの頭はこんがらがってきていた。

 とにかく、“ウォトレスト”やらに会えば…何かわかるはず…だな

そう自分を奮い立たせたアレンは、ひとまず仲間たちがいる船室へ戻ろうと歩き始めたのである。


「黒髪の女!?」

突然、どこからか聞こえてきた台詞ことばに対し、アレンは反応する。

何かと気になったアレンが振り向くと、2・3人くらいの若い男が何かを話しこんでいた。

「おい!声がでかいっての!!」

もう一人の男が、他の2人を静かにさせる。

「あ…えっと…さっきの港町で、一人のガキとぶつかったんですよ」

「それが…俺達の標的ターゲットである、黒髪の女…?」

「おい…。そのガキの風貌…どんなかんじだったんだ?」

3人の男達は、小声で話しこんでいる。

アレンは物陰に隠れて話を盗み聞きしていたが、聞いていく内に嫌な予感がしてくる。

 ラスリアが、“誰かとぶつかった”とか言っていたが…まさか!?

アレンの心臓が、強く脈打っているのを自身で感じていた。

「風貌…とはいっても、これといった特徴はねぇですが…」

「じゃあ、連れとかはいたか?…流石に、女一人で旅はしないだろう…」

その台詞ことばを聞いた男は、数秒だけ考え込む。

「一瞬だけしか見なかったんで顔はわかりませんでしたが…。確か、銀髪の野郎と、紫の髪をした野郎…。あと、金髪の姉ちゃんかな?そいつらの方へ歩いていっていましたね…!」

「…じゃあ、決まりだな」

「え…じゃあ…」

「ああ…その小娘で間違いない。依頼人からの情報によると、連れの一人は紫色の髪をした野郎だって話だからな…!」

「…!?」

その時、何かの物音が聞こえる。

「誰だ…!!?」

物音に反応した男は、刃物を構えながら近づく。

「なっ…!!?」

気がつくと、そこには誰もいなかった。

「…くそっ!!!」

刃物を持った男は、悔しそうな表情かおで、床にあった箱を蹴飛ばす。

「どうしましょう、兄貴…。今の話を、聞かれたんじゃあ…」

「…まぁ、どこのどいつが盗み聞きしていたにしろ、ここは海の上だ。連中だって、簡単には動けねぇだろうさ…」

「…それじゃあ…」

「…船が港に到着したら、実行だな…!」



何とか盗み聞きしていた事を気づかれなかったアレンは、まっすぐ仲間たちが待っている船室へ向かっていた。

「あら、アレン!おかえり…」

イブールがアレンを迎えたが、彼の深刻な表情かおに気がつく。

「どうしたの、アレン…?そんな怖い顔して…」

「ラスリア…いるか…!!?」

「…ここにいるけど?」

険しい表情をしたアレンとは裏腹に、きょとんとした表情かおで応えるラスリア。

安堵したのか、アレンはその場でため息をつく。

その側では、船酔いで体調を崩しているために話す余裕はなかったが、ミュルザは1人考え事をしていた。


「ま…魔物だぁーーーーーーー!!!」

「えっ!!?」

船の操縦室の方から声が聞こえた途端、4人の表情が一変する。

「海上で魔物…!?」

「…なんだって、こんな時に…」

ミュルザが頭を抱えたまま、起き上がろうとする。

「ミュルザ!!あんたは船に弱いんだから、ここはおとなしくしときな…!ラスリア…悪いけど、こいつの事頼むわ…」

「うん…!」

「おい。いくぞ…!」

ミュルザをラスリアに任せ、アレンとイブールは叫び声の聴こえた方へと走り出す。

「…あれは…!!?」

「…こんな場所で、ヤバイのに出会ってしまったわね…!」

現れた敵に対し、二人は驚きを隠せない。

 彼らが船上で見たのは、数匹の黒い竜―――――――しかも、生き物の血肉を好む“好戦的な竜”であった。

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