第13話 自分とは異なる意志

「断崖絶壁の所にある滝“ヒエロパニコン”に、竜騎士“ウォトレスト”…。そんな貴重な情報、よく聞き出せたわねぇ…」

イブールが、ラスリアを見ながら感心する。

 …俺やミュルザが宿屋で一休みしている間に、何があったのだろう…?

アレンは、複雑そうな表情かおをしているラスリアの事を気にしていた。

「“ヒエロパニコン”という名前の滝があるのは知っていたが、“ウォトレスト”については、俺様も初耳だな…。ラスリアちゃんにその情報を教えてくれた野郎は、どんな奴だったんだろうなぁ…?」

「…多分、学者か魔術師とかなんじゃないかしら」

「…なーる…」

ラスリアはミュルザの方を一瞬だけ見て答えた後、ミュルザは半分納得したような表情かおを見せる。

「“ヒエロパニコン”って…確か、ルカ諸島を越えた先にある滝…だよな?」

アレンはそう言いながら、イブールの方を見る。

「そう…みたいね。今、私達がいる旅人の休憩所が大体ここだから…。ここから東へ行った先に港町があるから、そこから出ている船に乗れば、ルカ諸島を通るはず…ね!」

イブールは世界地図を広げ、現在位置から指でなぞりながら、今後の進行方向について話す。

「竜騎士かぁ…。場合によっては、竜の背に乗せてもらう事ってできないのかしら…?」

「残念だが、それは無理らしいぜ!…ドラゴンは、相当プライドが高い種族だ。何せ、下等生物である人間を背に乗せるくらいだったら、死を選ぶくらいらしいぜ?」

世界地図を眺めながら呟くラスリアに、ミュルザは返答する。

人間を小馬鹿にするような言い方に対し、アレンは少し不愉快な気分であったが、自分も“人ならざる者”である可能性が高いため、ミュルザを責める事はできなかった。

「とりあえず…ここを出たら、港町まで休憩できる場所はしばらくないと思うの。だから、今日はゆっくり身体を休めてから出発しましょう!」

「俺様は別に、このまま出発してもいいけどな?」

「…あんたは良くても、私達は休息を取らないと充分に力を発揮できないの!!」

イブールの話にミュルザが割り込むが、すぐに一喝されてしまう。


 アレン達は、休憩所にある宿屋にて1泊してから出発する事にした。

こういった旅人用の施設は、きちんと道の整った街道にしか存在せず、旅人はこれを目印に旅路を決めているのだ。

その後、辺りは暗くなり月が夜空を照らし始める。

皆が寝ている中で独り眠れなかったアレンは、ゆっくりと外へ歩いて行く。

「…眠れないのか?」

彼の視界に入ってきたのは、ベンチに腰掛けているラスリアの姿だった。

「アレン…」

ラスリアが彼の方に振り向いた後、アレンは彼女の隣に座る。

その後、アレンは訊くべきかどうか迷ったが、とりあえず訊いて見る事にした。

「あの結界の先で…一体、何があった…?」

「いつもお前は明るくて元気なのに…」とも言おうと思ったが、アレンは何があったかまでに留めた。

その後、2人の間に短い沈黙が訪れる。

しかし、自分からあまり話しかけないアレンにとって沈黙とは、特に気になる事でもなかった。そうして少し考えたのか、ラスリアの重たい口が開く。

「私に竜騎士の情報を教えてくれた男性ひとね…実は、アレンが持っている痣の事も知っていたの…」

「なっ…!!」

その台詞ことばを聞いた途端、アレンの表情が強張る。

「そいつは…他には、何か言ってなかったか!!?」

アレンはラスリアの肩を掴み、すがるような表情かおで詰め寄る。

 この痣の事を知っていたのならば…俺が何者だって事も知っているのでは…!?

この時、彼の頭にはそんな考えがよぎっていたのだ。

「その後は、なんだか考え込んでしまったから、それ以上は聞き出せなかったの…」

「そう…か…」

納得したアレンは、ラスリアの肩から自分の両手を離す。

「ごめんなさい…」

「え…?」

「私だけがあの塔に入れたのに…貴方の役に立てるような事、何一つできなかった…」

ラスリアは、せつなそうな表情かおをしながら俯いていた。

今にも泣き出しそうな表情かおに対し、アレンは戸惑う。

「…えっと…」

アレンは彼女に何て言葉をかければいいか、わからなくなっていた。

とりあえず、最初に思った事を口に出してみる。

「俺の方こそ…すまない…。なんか…自分の事で精一杯で…相手おまえの事なんざ、全然考えてなかった…かもしれない…」

アレンは、しどろもどろになりながらも、自分が思っている事を伝える。

 この胸が石のように重くなるような感覚は一体…?

今まで感じた事のない気持ちになったアレンは、どうすればいいのかわからず、動揺を隠しきれなかったのである。その様子を見ていたラスリアは、小さな声で笑う。

「…今、俺の事笑った…?」

「うん…」

ラスリアは笑いをこらえながら、小さく頷く。

「だって…いつもは涼しそうな表情かおしているアレンが、いじけた子供みたいだたんだもの…!」

「…・調子に乗るな」

ラスリアの台詞ことばに対して頬を赤らめたアレンは、彼女の額に軽くデコピンする。

「痛っ…」

「人の事笑った仕返しだ」

言葉とは裏腹に、ラスリアが自分に言ってくれた一言がすごく嬉しいと感じていたアレンであった。

 

その後、いつもの状態に戻った彼らは、話を再開する。

「あ…そうそう!!」

「…どうした?」

「今思い出したんだけど…“星の意思”って何だと思う…?」

ラスリアは首をかしげながら、アレンに問いかける。

「“星の意思”…」

アレンは、ラスリアが言った言葉を口にする。

すると―――――――

「っ…!!?」

突然、彼の頭から耳鳴りを感じる。

 これは…以前にも、こんな事があったような…?

内心そう思っていると、閉じていた口が勝手に開き、思いもよらぬ台詞ことばを発する。

「“星の意思”とは…この世界を創造して見守る“星”が、特定の生き物にだけ発する言葉。現在いま、その言葉を正確に理解できるのは、この青年を含む2人だけ…」

アレンの口から、思いもよらぬ説明が成されたのである。

この台詞は、ラスリアから見ればアレンの口から発したように見えるが、当の本人は自分の意志で言った言葉ではないのである。

 この台詞…俺じゃない“誰か”が発している…!!?

頭の片隅で、アレンが戸惑っていた。

「アレン…アレン!!」

すると、頭上からラスリアの声が響く。

「ラスリア…俺は…?」

「…虚ろな表情のまま、“星の意思”について述べていたの。…でも、それってどういう事なの…?」

「俺が…“星の意思”の事を…」

自分の意思で言った言葉ではないので、アレンは呆気に取られていた。



 月の光が彼らを照らす中、アレンとラスリアは他愛のない会話を繰り返していた。しかし、時間もかなり経過し、疲れたラスリアはその場に眠りについてしまう。しかも、寝相の悪い彼女は、アレンの肩に寄りかかるだけかと思いきや、そのまま膝まくらの上で眠っていた。そのため、アレンは動きたくても身動きが取れない。

 …全く、あんなにしゃべりすぎるからだろ…

自分の膝の上で気持ち良さそうに眠るラスリアを見て、アレンはそう思った。しかし、時間が経つにつれて、こうしているのが苦にならなくなった。

「…子供ガキみたいだと思ったが、ちゃんとした女なんだな…」

アレンはフッと嗤いながら、彼女の頭を優しく撫でた。

「それにしても…」

アレンは自分とは違う意思が口にしていた台詞を、思い返していた。

 先程出て着た中で、“この青年”が俺だとしたら、“星の意思”を理解できるのが、もう1人いるって事だよな…。…自分みたいな存在が、もう1人いるという事なのか…?

 その後、ベンチの上でうたた寝をした後、アレンはぐっすり寝ているラスリアを抱きかかえて寝室に戻った。そして、翌日の事を考えながら、アレンも床につく。

これまで見た事のない、不思議な夢を見ながら―――――――――



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