第7話 学術都市・アテレステンに到着して

 古代種族「キロ」――――――――彼らは星と対話する能力と、高い知識を持つ一族。星から星へ旅を続け、生活を営む。その能力ちからによって多くの星を切り開き、生き物が住める世界へと変化させる事を可能にした。しかし、今でいう“人間”が増え始めた時期からその数が次第に減り始め、“8人の異端者”なる者が現れて起こった世界大戦によって、絶滅寸前に追い込まれる。このレジェンディラスでの歴史において、彼らは絶滅したと思われていたが―――――


「“星の意思”と関係があるからだ」

自分の連れであるミュルザが言っていた台詞ことばの意味を、イブールは考えていた。

彼女と共に旅をするミュルザは、一見は口数の多い軽薄な雰囲気の男だが、その正体は強大な力を持つ悪魔だ。オーブル遺跡にて、銀髪の青年・アレンと、黒髪の女性・ラスリアに、二人は出逢う。しかし、不死者アンデッドとの戦いで、イブールが「命令」をしてしまったため、彼らにミュルザの悪魔としての力を見られてしまった。

その後、悪魔ミュルザは2人の記憶を消そうと試みたが、消す事ができなかった…のである。イブールが思い出しているのは、その直後の台詞だった。

 悪魔あいつの力で記憶の消せない人間がいるなんて、思いもしなかったな…。でも、あのアレンって子はともかく、ラスリアは普通の女の子に見えるのだけど…一体、何者なのかしら…?

不思議そうな表情かおをしながら、イブールは考え事をする。

「俺様だって、完璧ではないんだぜ?ご主人様よ…!」

すると、ミュルザが彼女の耳元で囁いた。

 人間の心を読めるミュルザの前では、あまり考え事できないな…

イブールは、大きなため息をその場でつく。

 ラプンツェル山脈を降りたアレン・ラスリア・イブール・ミュルザの4人は、定期的に出ている馬車に乗って、学術都市アテレステンを目指していた。アテレステンが“学術都市”と謳われる事もあり、都市へ向かう馬車の乗客には、学者や宗教家の風貌をした者達が多い。


「ねぇ、イブール…」

ふと顔を上げると、ラスリアがイブールに声をかけてきていた。

「なぁに?ラスリア…」

彼女は、ラスリアの顔を真正面から見る。

 黒髪と黒い瞳―――――東方にあるシモクニ人に似た顔立ちだけれど、言葉の訛りからして、シモクニ人とは思えないわね…

イブールは、ラスリアの顔を見つめながら考え事をしていた。

「…イブール?」

「あ…ごめんなさい!…何だったっけ?」

ラスリアの台詞ことばで我に返ったイブールは、再び話を聞く体勢に戻る。

「えっと、大したことではないのだけれど…」

「だけど…?」

イブールは笑顔で首をかしげると、ラスリアは自分の首筋を押さえながら口を開く。

「貴女の首に巻いているスカーフ…。首元が、暑くはないの…?」

「…っ…!!」

ラスリアの台詞ことばを聞いた直後、イブールの表情が凍りつく。

もちろん、こんな暑そうな状況でスカーフを外さないのにはちゃんとした理由わけがある。それは、決して他人ひとには知られたくない「モノ」が、スカーフの下に隠れているからだ。

 …一緒に旅をする事になったとはいえ、まだこの子達には…

この時、イブールの脳裏には、今から8年前―――――――彼女が16歳の時に起きた惨劇が浮かんでいた。

方々に飛び散る血や、穢された肉体…そして、自身の目の前に現れる悪魔。その出来事は、彼女にとって絶対に思い出したくない、忌まわしき過去でもある。

ましてや、出会って間もないアレンやラスリアに話すことなど、到底できるはずがない。

「…首元にこのスカーフを巻いていないと、落ち着かないのよ!」

イブールは、普段の笑顔に戻って答える。

その表情かおを見た時、最初は驚いていたラスリアも、安堵したのか穏やかな表情に変わったのだった。


「…おい。そろそろ、アテレステンに馬車が着くぞ」

外の風景を眺めていたアレンが、イブールとラスリアの横で呟く。

「あら、本当?…じゃあ、降りる準備をしなくてはね…!」

彼の台詞ことばを聞いたイブールは、おもむろに周囲を見渡しながら手を動かし始める。

 アレン…ちょうど良いタイミングで、助かったわ…!

これ以上、スカーフ事を触れてほしくなかったため、この時出たアレンの台詞ことばに対し、イブールは救われたような感覚を持ったのである。



 アテレステンに到着した彼らは、町の入り口で白い装束を渡される。

「なんだこりゃ…?」

「今日はライトリア教の祝典…。故に、この街を通る全ての人間が、象徴的な色である白い装束を身につけなければならないのだ」

出入り口にいた役人は、彼らに対してそう告げていた。

「…ったく、なんで俺まで…」

ミュルザは、文句を呟きつつも、渋々と白装束を身につける。

確かに、悪魔であるミュルザにとって宗教的な行事モノは、堅苦しい以外の何者でもない。しかし、派手に目立たないためにも、本人には我慢してもらう他なかったのだ。

「白装束があって良かった…」

「え…?」

ラスリアが小さな声で呟いていた台詞ことばを、イブールはたまたま聞いていた。

イブールは、彼女を横目で見ると、ラスリアの表情かおがそわそわしていて、周囲を気にしているように見える。そんな彼女達の様子を横目で見ていたミュルザは、ふと変わった人間の気配を感じていた。


          ※


 学術都市アテレステンに到着してからというもの、アレンは周囲の空気が微妙な雰囲気になっているのを感じ取っていた。

 ラスリアはなぜかソワソワし始めているし、イブールとミュルザも何か深刻そうな表情かおをしている…。一体、どうなっているのだか…

アレンは、考え事をしながら、大きくため息をつく。


「ところで…この都市で、学者連中が集まる場所はどこだ…?」

黙っていても仕方ないため、アレンは他の3人に向かって声をかける。

他の人間がどんな事を考えていようと、俺はただひたすら“イル”を探し出さなくてはならない…。探さなくてはならない理由が自分でも理解できていないが、“本能的に”求めている…というべきなのだろうか…

ラスリア達を見回しながら、アレンは考える。

「そう…ね。じゃあ、私の知り合いがいるコミューニ大学にでも行ってみましょうか…!」

「コミューニ大学…?」

イブールは提案を持ちかけると、ラスリアが首をかしげながら、何の事かという表情かおをしている。

「コミューニ大学は、この学術都市アテレステンで一番大きな大学なの。施設や学科の豊富さはもちろん、あの大学の図書館に眠る文献の数も半端じゃないのよ…!」

「…成程。そこへ行けば、何かわかる…という事か?」

「…まぁ、一応ね!」

白装束を身に着けたアレン達は、町の表通りを通り抜けながら歩く。

行き行く人全てが白装束を身にまとっているため、アレンにとっては少し不快に感じる光景だった。


「きゃぁっ!」

何かとぶつかる音と共に、ラスリアの悲鳴が響く。

「痛たたたた…」

ぶつかった拍子に地面へ座り込んでしまったラスリアは、痛そうな声を出しながら、お尻を押さえている。

「君!…大丈夫かい?」

彼女に手を差し伸べたのは、白い甲冑を身にまとう一人の騎士だった。

「あ、はい。大丈夫です…」

この騎士の手を取って立ち上がった時、兜から見える金色の瞳に対し、ラスリアの心臓の鼓動が大きく鳴る。

「よかった…。すまなかったね。わたしがちゃんと前を見ていなかったから…」

「いえ!私こそ…周りばっかり見ていたから、気がつかなくて…」

頬が赤い状態で会話をするラスリアを見て、アレンはなぜか複雑な気分になっていた。

「それでは、お嬢さん。わたしは職務がございますので、これにて失礼します!」

ラスリアに対して正面から敬礼をした後、甲冑を身にまとった騎士は、アレン達が来た方向へ歩いて行ったのである。

「彼、きっと仕事のできる男…ってかんじがするわね!」

「そうかぁ?なんだか、いい所のお坊ちゃんって風貌かんじにも見えたが…」

アレンの横では、イブールとミュルザが会話をしていた。

「…っ…!!?」

突然何かを感じ取ったアレンは、その方向を鋭い眼差しで睨みつける。

「ニャアーー…」

振り向くと、アレンの目の前にいたのは1匹の黒猫だった。

 …誰かの視線を感じたような気がしたが…

走り去って行く猫を見つめながら、アレンは“誰かに見られていたような感覚”を感じ取っていたのである。

「アレン…どうしたの?」

ラスリアの声が聴こえたと同時に、アレンは我に返る。

「…何もない。俺たちも行こう」

進行方向に向きなおしたアレンは、イブール達の元へ戻って行く。

 しかし、この通りにある建物の奥では――――――

「シャム。…ご苦労だった」

路地裏に立っていた人物は、先程アレンが見かけていた黒猫を抱き上げ、頭を撫でていた。

「…確かめる価値がありそうだな…」

猫を通じてアレン達を監視していた男は、不適な笑みを浮かべながら、その場を去っていくのであった。

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