第8話 教授との会話の中で

「すごい…まるで、宮殿みたいだわ…!」

感激の余り、声が出ないような表情かおでラスリアは辺りを見回す。 

学術都市・アテレステンに存在するコミューニ大学。都市の中で一番大規模と言われているだけあって、外から見ると本当に宮殿のような規模を持つ建造物だった。城壁を思わせるような門や、学生達の話す声。校舎内でも、とても開放的な雰囲気を持っていたのである。


「そういえば…イブール姐さんは、この大学での現役の学生だっけか?」

ミュルザは、何かを思い出したかのように尋ねてくる。

「んー…1年だけダブってはいるけれど、大学院に入っているから…現役って所ね」

「専攻は、考古学…といった所か?」

普段は他人ひとの会話を静かに聞く事の多いアレンが、珍しく会話に入ってくる。

 大学院の学生…か。イブールからだったら、マトモな情報が得られるかもしれないな…

アレンは、イブールの回答を待ちながら、そんな事を考えていたのである。

最も、彼が会話に入って来たのは、あくまで “イル”の事が知りたいだけであった。

「アレンだったらおそらく、図書館に行けば色々とわかるかもしれないけど…その前に、私の用事を先に済ませてもいいかしら?」

「構わないが…なぜだ?」

イブールがアレンに視線を向けながら尋ねると、アレンは更に理由を問いかける。

「図書館はいつでも行けるし、閲覧だったら大学の人間じゃなくても可能だしね。ただ、私の用事の方は…教授が帰る前に行かないと、済ます事ができないから…」

最初は普通に話していたイブールも、後半の方では少し気まずそうな表情かおをしていたのである。

 本当は一刻も早く図書館で調べ物をしたいが…それなら、仕方ないか…

自分の用事を優先させたかったが、そう思う事で、アレンは一歩留まる事にしたのである。横からラスリアの視線を感じたが、あまり気にしていなかった。



「おや!ご苦労だったね、イブール君」

“イブールの用事”を済ませるために、アレン達は彼女の師であるロレリア・ハノバンド教授の研究室を訪れていた。

「お待たせしました、ロレリア教授。…これが、今回の遺跡探索に関するレポートです」

そう話を切り出したイブールは、荷物の中から取り出した封筒を教授に渡す。

ロレリア教授は、机の側に置いてあった眼鏡を装着した後、イブールのレポートに目を通す。そして、紙を何枚かめくった後に口を開いた。

「これは、なかなか見ごたえがありそうだ…。後ほど、じっくり読ませてもらうよ…」

「ありがとうございます、教授。よろしくお願い致します」

そう言って頭を下げるイブールを見た教授は、せつなそうな表情で呟く。

「…“あんな事”さえなければ、君はわたしの助手になっていたのかもしれないのにな…」

「??」

その台詞ことばを聞いたアレンとラスリアは、きょとんとした顔で教授を見る。

周囲に沈黙が走り、気まずい雰囲気に変わる。

 “あんな事“…

この時、アレンは以前も思い浮かんだ“イブールの暗い過去”という言葉を思い出す。それについて教授は何かを知っているのかと疑い始めた矢先の事だった。


「ロレリア教授!!」

イブールによる大きな声が、研究室中に響く。

彼女が突然声を張り上げたので、その場にいた全員が驚いていた。

「一つ、お伺いしたいのですが…」

「ん…ああ。何かね?」

呆気に撮られていた教授は、すぐに我に返ってイブールの方に向き直す。

「教授は…古代種“キロ”について…どう思われますか?」

「…!!」

イブールの質問を聞いた教授の表情が、一瞬だけ強張る。

また、この時にアレンは気がついていなかったが――――――“キロ”の言葉にラスリアがわずかに反応をしていたのである。

「キロか…」

ロレリア教授は、そう呟きながら考え事をする。

 なぜ今、古代種の話を…・?

アレンが不思議に思っていると、考え事をしていた教授の口が開く。

「“素晴らしい”…の一言に尽きるかな。考古学者達の間でも知られているように、星と対話できる能力や、魔術を作り出したその知識…。“古代大戦”さえなければ、彼らは今の世界をより良いモノに創り上げていただろうに…」

「古代大戦…?」

その場にいた全員が、教授の話に釘付けになる。

「古代大戦とは、このレジェンディラスの文明が滅びる原因となった戦いの事を指す。多くの学者がそれについて調べ、様々な説が飛び交っておる…」

「…私が大学に入学した頃にも、学内の討論大会で討議されていましたね…」

教授の話を聞いていたイブールが、腕を組みながら話に同調する。

「あの時は、多くの説で学者達は激しい討論を交わしていた。文明が滅びたのは“自然災害が原因”であったり、“魔物との戦い”が原因であったり…」

「教授さんよ…。あんたは、古代大戦に対してどう思っているんだ…?」

“魔物との戦い”に反応したのか、ミュルザが会話に入ってくる。

 永い時を生きるミュルザの事だ…。何か思うところでもあるのか…?

彼の台詞ことばを聞いた時、アレンは内心でそう思っていた。

「…討論大会では少数派な意見だったが、私は古代大戦についてはこう思う。“8人の異端者”と、彼らを生み出してしまった人間の弱さが原因だと…」

「“8人の異端者”…」

それを聞いたアレンの心臓が、強く脈打ち始める。

「それは…どんな人達なんですか…?」

真剣な表情で話を聞いていたラスリアが、教授に問いかける。

「…わからん。彼らについてはどの文献にも載っていないし、何かを発見した学者はいないからな…。唯一わかる事は、“8人の異端者”は、それぞれ違う民族の出身だったという事だけじゃ…」

「そう…ですか…」

ラスリアは、残念そうな表情かおをしながら俯いてしまう。

「これ以上、重い話をしていても仕方ない」と考えたのか、ロレリア教授が立ち上がろうとすると――――――

「ぐっ…・・!!!」

アレンが突然、頭を抱えて苦しみ始める。

「アレン…!!?」

「おい…君!!!」

全身に汗をかき苦しむアレンを見たラスリア・イブール・ロレリア教授が、彼の元に近寄る。

その後ろでは、ミュルザが深刻な表情で彼らを見つめていた。

 頭が…熱い……!!!

一方、当のアレンは炎で燃え盛るような強い頭痛に襲われていたのである。

「ガァァァッ…!!!」

アレンは、痛みの余り苦悶の声を出す。

「アレン…!!?」

うめくような叫び声を上げたアレンはその直後、地面に倒れて気を失ってしまう。

アレンは、次第に遠のいてくる意識の中で、また一つの“ビジョン”を見ていたのである。


          ※


 アレン…大丈夫かな?

自分たちがロレリア教授と会話している途中、苦しみだしたかと思うと意識を失ってしまったアレン。側で眠りについているアレンを見ながら、ラスリアは考える。

 あれからイブールは、ロレリア教授と話がしたいというのもあって、大学内にある学生食堂へ食事をしに行った。ミュルザも、「目の届く範囲にいる」と言って研究室を出て行ってしまったのである。

 教授から留守番を頼まれて引き受けたけど…もしかしたら、気を使ってくれたのかな…

ロレリア教授の研究室でアレンと一緒に残ったラスリアは、辺りを見回しながら思う。

「やっぱり、私は…」

ラスリアは、思っていた事を何となく呟いた。

「私は…古代種“キロ”なのかも…」

彼女は、小さな声で呟く。

室内は静かで、廊下から生徒の声すらも聞こえない状況だった。

そう考えれば、自分が生まれつき持つ能力にも説明がつく。もちろん、今までも「そうではないか?」とは考えていたものの、今回みたいに他人の見解がなかったため、絶対とは思えなかった。しかし、ロレリア教授との会話で、自分が古代種の末裔である事を改めて認識する事になる。


「う…」

気がつくと、アレンがゆっくりと瞼を開いていた。

「アレン…大丈夫?」

意識の戻った彼を見て、ラスリアは優しく声をかける。

「ああ…。それより、一体何が…?」

「あ…あのね…」

目が覚めたばかりで意識が朦朧としているアレンを見て、ラスリアは頬を少し赤らめる。

その後、アレンが倒れる直前の出来事を彼に話した。

「あの時は自分の事で精一杯だったが…そんな事になっていたとは…」

少し落ち着いてきたのか、アレンは上半身だけ起こして呟く。

「ここだけの話だが…」

「ん…?」

アレンが意識を取り戻したのでミュルザ辺りでも呼びに行こうかと考えた矢先、彼が口を開く。

「俺は…あの教授が言っていた“8人の異端者”…の説が、“古代大戦が起きた原因”として一番有力なのでは…と思っている」

「…それって、何か根拠でもあるの?」

きょとんとしたラスリアは、首をかしげながら彼を見る。

「…いや。単なる直感と言った所か…」

「プッ」

その台詞ことばを聞いた途端、ラスリアが思わず笑う。

「…お前…今、笑ったな…!!?」

笑われた事を不快に感じたアレンは、物凄い形相でラスリアを睨む。

それに対してラスリアは、笑いを必死でこらえながら口を開く。

「いや…だってさ、そんな真顔で“直感だ”なんて言うから…!」

「…悪いか」

「ううん…。ただ、貴方は“冷静に現実を見る人”ってイメージが強かったから…」

ラスリアの台詞ことばを聞いたアレンは、不満そうな表情かおで首をかしげていた。

普段あまり見せないアレンの態度に、ラスリアは新鮮さを感じていたのである。



「キャァァァァァァァァッ!!!!!」

突然、扉の向こうで物凄い悲鳴が聞こえる。

「えっ…!!?」

何が起きたのかと、ラスリアは研究室の扉を開ける。

すると、廊下では何かに動揺して、慌てふためく生徒や教師がいた。

「アレン…私、何が起きたのか見てくるわ…!!」

「あ、ああ…」

研究室にアレンを一人残したラスリアは、悲鳴の聞こえた方へと走り出す。

向かった先では、何か恐ろしい存在モノを見たような表情で、逃げ回る学生達。

「何があったんですか…!!?」

偶然すれ違った男子生徒に、ラスリアは何が起きたのかを尋ねる。

「こ…校舎内に…突然、魔物が現れたんだ…!!!」

怯えた表情で答えた生徒は、ラスリアを振り切って走り去ってしまう。

 一体なぜ、大学構内に魔物が…!!?

突然の出来事に、ラスリア自身も少し混乱してくるのであった。


「あれは…!!?」

向かった先にある中庭には、校舎の天井を破りそうなくらい巨大で、右手にこん棒を持つ魔物――――――――“トロル”が動き回っていたのである。

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