第6話 一風変わった二人組<後編>

 「そいつを倒しなさい!!!」

 不死者アンデッドに襲われているラスリアを助けようと走りだそうとしたアレンの背後で、その叫び声は聞こえたのである。

 その直後は、本当に一瞬の出来事だった。瞬きをした頃にはラスリアの目の前にミュルザが立ち塞がり、彼から黒い光を発したかと思うと、掴みあげた不死者アンデッドを粉々に砕いてしまったのだ。

 「…大丈夫?」

 突然の出来事で身体が硬直しているラスリアに、イブールが手を差し延べる。

 「ありがとう…」

 その手を取ってラスリアは立ち上がるが、その表情かおは驚きと戸惑いで溢れていた。

 なんなんだ、こいつらは…!?

 アレンも、事態が把握できず、戸惑いを隠せずにいたのである。

 「さて…」

 ミュルザが低い声で呟いたかと思うと、ラスリアの腕を掴みあげる。

 「痛っ…!!」

 「貴様…!!」

 アレンはすぐに身構えたが、ミュルザはそんな彼を睨みつける。

 「…っ…!!?」

 最初は黒色だったミュルザの瞳が、血のように真っ赤だった。

 身体が…石のように重い…!

 その赤い瞳に睨まれた事で、アレンは自身の身体が動けなくなっている事を悟る。

 「ミュルザ!」

 「仕方ないだろう、イブール。見られちまったものは…」

 ミュルザの横で、イブールが険しい表情をしている。

 「貴様…やはり…!」

 アレンが動けない身体を動かそうと足掻きながら、ミュルザ達を睨みつける。

 当のミュルザは、怯えるラスリアと立ちすくむアレンを見て口を開く。

 「…察しの通り、俺はこの女…イブールに付き従う悪魔だ」

 「悪…魔…?」

 ラスリアは、驚きの余り声を失う。

 すると、ミュルザの大きな手が、彼女の頬に触れる。

 「何…ちょっと頭の中をいじるだけさ。すぐに終わるぜ…」

 「…止めなさい、ミュルザ!!」

 ラスリアの記憶を消そうとしたミュルザを、イブールが止める。

 「わざわざ記憶を消さなくていいわ」

 「…じゃあ、どうするんだ?」

 「そうね…」

 イブールは腕を組んで考えながら、アレンの方を横目で見る。

 その後、彼らの間で沈黙が続く。互いが色々な考えをめぐらせた後、最初に沈黙を破ったのは、イブールだった。

 「…じゃあ、私達の旅に同行してもらおうかしら?」

 「なっ…!!?」

 「私ね…旅をしながら、ある人物を探しているの」

 「…!?」

 イブールが低い声で呟いた直後、アレンは殺気を感じ取る。

 人とは思えない殺気…。だが、この女は普通の人間だ…。一体、どういう事だ…?

 アレンが考え事をしていると、石のように重かった身体が急に軽くなる。

 「まぁ…てめぇやこのお嬢ちゃんの“探しているモノ”も、ついでに探す手伝いをしてくみたいだぜ?」

 ミュルザは、話しながらラスリアの腕を放す。

 「もしかして…貴方は、人間の心が読めるの…?」

 「…まぁな」

 「…・ちょっと!!」

 ミュルザとラスリアの会話に、イブールが割り込んでくる。

 イブールは、彼の耳元でコソコソと話し出す。

 「ちょっと!!”探す手伝い”だなんて、私は考えていないわよ!!」

 「まぁまぁ…。それより、あの銀髪野郎と黒髪の嬢ちゃん。…いずれにせよ、この2人の記憶は消せなそうだ…」

 「…どうして?」

 「それは…」

 その後、こちらには聞こえないくらいの声で、ミュルザとイブールが話し込んでいた。

  …何を話しているのだろうか?

 2人でコソコソしているのを見て、アレンやラスリアは不思議そうな表情かおで首をかしげていたのである。

 

 「でも、“悪魔”だなんて聞いて、ビックリ!!…という事は、人間が持ち得ないような特殊能力を持っているというところかしら?」

 魔物との戦いから数時間が経過し、すっかりいつもの調子に戻ったラスリア。

 記憶を消されそうになった事なんて、当に忘れていたというような雰囲気だった。

  悪魔…か。人に化けれる奴は、相当魔力の高い連中だと聞いた事があるが…

 アレンは、悪魔について考える。

 それは闇に生き、人間の恐怖・絶望・狂気・欲望など、あらゆる負の想念を好む。そして、狙いを定めた獲物に対して契約するように迫るが、主の死後は、肉体から魂まで全てを糧にしてしまう生物―――――――――

 そう考えると同時に、ミュルザを従えているイブールは、相当な暗い過去があるのではと考えていた。

 「ラスリア…だっけ。あんた、見た目と違って図太い神経しているなぁ…」

 平常心に返っているラスリアを見て、ミュルザはため息をつく。

 「…とりあえず、本来の目的を達成しましょう!おそらく、もう少しで遺跡の中心部に到着するはずだから…」

 「…“遺跡発掘”という目的は、どうやら本当のようだな」

 「…ええ」

 アレンの呟きに、イブールは静かに答える。

 「考古学にもいろいろな種類があるけど…私が一番興味あるのは古代種“キロ”と、彼らが作り上げた文化…。星と対話する能力を持つ彼らは、いくら調べても尽きないくらい奥が深いのよ…!」

 「“古代種”ねぇ…」

 「“星と対話する能力ちから”…」

 イブールの話に、ミュルザとラスリアは不意に呟く。

 

 「…どうやら、ここがこの遺跡の中心地みたいだな…」

 そう呟きながら、アレンは辺りを見回す。

  彼らが通ってきた通路に描かれていた壁画は、どうやらこの場所の壁画への伏線だったと思われる。

 「廊下に描かれていた壁画は、星を旅するキロ達の道のり…。そして、遺跡の中心地であるここに描かれている壁画は…この世界・レジェンディラスを見つけ、星と語りながらその地に住む生き物を探し出す…。それを意味しているのかしら…?」

 この空間に描かれている巨大な壁画にソッと触れながら、イブールは感激していた。

 そんな彼女を、ミュルザはその隣でやる気なさそうな表情かおで見守っていたのである。

 「…どうした…?」

 アレンは壁画を触り、瞳を閉じて黙り込んでいるラスリアを目撃する。

 「……」

 彼の呼びかけに対し、ラスリアは何も答えなかった。

 何をしているのかと気になりながらも、アレンはとりあえず、黙って見守る事にした。そして、1分程経過したくらいに、ラスリアの瞳が開く。

 「古代種…彼らは、永い旅路を経て、このレジェンディラスにたどりついたんだな…って考えていたの」

 「…そう考えさせるモノが、壁画これにあったのか…?」

 アレンがラスリアに問いかけると、せつなそうな表情かおをしていた彼女が、我に返る。

 「なんとなく…かな?それより、イブール!!」

 「何?ラスリア?」

 首をかしげるアレンに対し、あたふたし始めたラスリアは、少し離れた位置にいたイブールを呼ぶ。

 彼女に呼ばれたイブールは、その両手に何かを握り締めていた。

 「何か、収穫になる物とかあった?」

 「ええ!…まぁ、大した物ではないけど…」

 そう呟いたイブールは、握り締めていた物をアレン達に見せる。

 「石の…かけら?」

 イブールの掌にあった物は、淡い水色をした石のかけらだった。

 「これが“収穫”になるのか…?」

 「絶対とは言えないけど…。でもね、今さっき調べたら、この石は遺跡を形作る物質とは全く異なるみたいなの。…“未知の物質”といった所かしら?」

 そう語るイブールのは、子供のように輝いていた。

  “遺跡発掘”とは、ここまで調べ上げるモノなのか―――――――?

 考古学に対して知識も興味もないアレンにとって、熱心に遺跡を調べるイブールが不思議であり、逆に新鮮な感覚を持っていたのである。

 

 

 「とりあえず、今回の調査はここまでね!」

 「…もういいのか…?」

 「だって、この遺跡を隅から隅まで調べていたら、一生を終えちゃいそうなくらい時間がかかりそうですもの…」

 そう語りながら、イブールはフッと嗤う。

 「イブール姐さん!学術都市アテレステンに…一旦戻るのか?」

 ミュルザはそう問いかけながら、チラッとラスリアの方を向く。

  どうやら、ミュルザは相手の心を読めるのだろうな…。だが、なぜラスリアの方を向くんだ…?

 アレンは、ミュルザを観察しながら、考え事をしていた。

 「まぁ、結構動いた事だし…アテレステンでメシでも食べるかね!アレン君」

 大きな声で話しながら、ミュルザがアレンの肩に腕を置く。

 「…おい…!」

 アレンは、その腕を振り払おうとするとする。しかし――――

 「あの嬢ちゃんは、他人ひとに知られたくない事があるらしい…。今は、詮索しない事をお勧めするぜ…」

 耳元でそう囁いたミュルザは、その後にアレンの肩から腕をどかす。

 彼の思いがけない台詞ことばを聞いたアレンは、その場で少しの間だけ固まっていた。

  

 その後、彼ら4人はオーブル遺跡を出て、ラプンツェル山脈を下山していく。次の目的地は学術都市アテレステン――――一風変わった2人組であるイブールとミュルザと共に旅をする事になったアレン達。彼はオーブル遺跡で“イル”の手がかりがあまりなかったのに対して残念な気持ちはあったが…それよりも、ミュルザが言っていたラスリアが抱える“他人に知られたくない事”の方が気になって仕方ない状態になっていたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る