第5話 一風変わった二人組<前編>

 ラプンツェル山の麓で一夜を明かしたアレンとラスリアは、翌日になり、陽が出てきてから山を登り始める。

 「それにしても、今日が快晴で良かったよね!雨だったら、足元滑るだろうし…」

 傾斜の激しい山道を通りながら、ラスリアは言う。

  …そう言っている割には、スイスイ進むな…

 アレン自身も体力にはいくらか自信があったが、ラスリアが意外と持久力を持っている事に対し、彼は驚いていた。

 「オーブル遺跡…もうそろそろ見えるかな…?」

 「ああ。おそらく…」

 「こんなに高さのある場所に…どうして、遺跡を造ったのかしら…?」

 ラスリアは、歩きながらポツリと呟く。

 「…さぁな。ただ、人間は神に近づきたい余りに、神の世界に最も近い場所…要は高さのある場所に作りたがるという話なら、どこかで聞いた事がある…」

 「ふぅーん…」

 ラスリアが頷いていると、後ろから聞こえてくる歩く音が消えた。

 「……っ!!?」

 「…アレン…!?」

 その場に立ち止まったアレンは、眩暈を感じたかのように頭を抱える。

 『そう。人は神に近づけば近づく程、後にその翼をもがれる。それがどれだけ愚かな事か身を持って教えてやるのが、お前の役目…』

 アレンの頭の中に響いてきた声は、そのように述べる。

  「翼をもがれる」…「身を持って教えてやる」…。一体、どういう事なんだ…?

 頭がスッと軽くなったアレンは、声の主が述べた言葉に疑問を持ち始める。しかし、なぜか「それ」を否定する気持ちにはなれなかったのだった。

 

 「アレン!!…大丈夫?」

 隣では、ラスリアが心配そうな表情かおで彼の顔を覗き込んでいた。

 「…大丈夫だ」

 ラスリアの肩に一瞬だけ寄りかかった後、アレンはすぐにその手を離した。

 いつもの表情に戻ったアレンは、進行方向に身体をむきなおす。

 「…オーブル遺跡に、そろそろ到着しそうだな」

 

 

  山の中にあるオーブル遺跡の中は、土煙が立ちこみ、あまり空気のきれいな場所とはいえなかった。至る所に、不思議な紋様の描かれた壁画が存在する。魔物の気配は感じられなかったが、逆に静かすぎて怖い雰囲気も醸し出していた。

 

 「魔物の姿がこれだけないというのも、不思議なモノだな…」

 「確かに…。当然、この遺跡は国の管理下に入っていないから誰かが魔物退治に来ているとは思えないし…変なの」

 辺りを見回しながら、2人は魔物に全く遭遇しない事を不思議に感じていた。

 「…そういえば、ずっと気になっていたんだけど…」

 「どうした」

 アレンがラスリアの方を振り向くと、彼女はお茶を濁したような表情かおをする。

 「…なんだ。早く答えろ」

 「う…うん…」

 ツバをゴクリと飲み込んだラスリアは、その口を開く。

 「あなたの左目の下…というより、目元にある痣…。それ、どうしたの…?」

 「痣…?」

 その言葉を聞いたアレンは、初めてその名を聞いたかのような表情かおをしていた。

 「痣…あったのか?俺に」

 「ええ…。もしかして、鏡とかで見たことないの…?」

 ラスリアの何気ない問いに対し、アレンは考える。

  そういえば、自分の顔を鏡で見たことはないな…

 自我がはっきりしてから今まで、アレンは自分の姿をまじまじと見たことがなかった。

 そのため、顔に痣があろうとも、何も気に留めてはいなかったのである。

 「ほら…これ!」

 ラスリアは、自分が持っている手鏡をアレンに手渡す。

 「…本当に、左目の下にある…」

 手鏡を覗いたアレンは、左目の下に不自然な形をした痣を自分が持っている事を知る。

 

 「…っ…!!!」

 その直後、アレンは瞬時に辺りを見回す。

 「ア…アレン!?」

 いきなり動き始めた事に驚いたラスリアは、目を丸くして驚く。

 「…誰か来る…」

 アレンがそう呟いてから1秒経過したぐらいに、遠くから足音が聴こえる。

 気がつくと、自分の服の裾をラスリアが掴んでいた。

 「…どうした」

 彼女の方を向くと、全身に鳥肌を立てて震えていたのである。

 「ごめん…。でも、何か得体の知れない存在モノの気配を感じるから…どうすればいいかわからないの…」

 ラスリアは、怯えた表情をしながら呟く。

 それに少し意識をしながらも、アレンは足音の聴こえる方角に剣を向ける。

 「…っ…!!!」

 足音が響いた後に柱の影から誰かが現れたため、アレンは瞬時に踏み込む。

 その直後、彼の剣が何かとぶつかって弾かれたような音が周囲に響く。

 「…あっぶねぇなぁー…!!」

 気がつくと、目の前にはアレンと同じくらいの背丈で濃い紫色の髪をした男が立っていた。その左腕で、アレンの剣を受け止めている。

 「アレン!!?」

 彼の元へ追いついたラスリアが、2人の姿を見つける。

 「…ってあれ?」

 「…どうやら、魔物ではなさそうだな…」

 剣を鞘に戻しながら、アレンはこの紫色の髪をした男を睨みつける。

  片腕で俺の剣を受け止めたのに、かすり傷一つすらついていなかった…。こいつは一体…?

 アレンは、突然現れた男に不信感を抱いていた。

 

 「ミュルザ!!どこーー??」

 遠くから、少し甲高い声が聴こえてくる。

 その声を聴いた瞬間にアレンは身構えたが、それとほぼ同時に男は彼を睨みつける。

 「…あ、いたいた!!全く、一人で勝手に進まないでくれる?」

 そう呟きながら出てきたのは、金髪碧眼で髪が肩につくか否かぐらいの長さを持つ女性だった。

 「あれ?あんたたち…」

 呆然としていたアレンとラスリアだったが、すぐに我に返る。

 「あ…ごめんなさい!もしかして…この男性ひとの連れの方…ですか?」

 「…ええ。そうよ」

 ラスリアの問いに、この女性は笑顔で答えた。

 「ちょっと、ミュルザ!!また、あんたから喧嘩しかけたんでしょ!?」

 そう声を張り上げた直後、このミュルザという男の背中を思いっきり叩く。

 「痛ってぇ…!!何するんだよ、イブール姐さん!!!」

 背中を叩かれて、痛がる男を見たラスリアが慌てる。

 「いえ!!先に手を出したのは、アレンの方です!!…多分」

 その台詞ことばを聞いたアレンは、少しだけ苛立ちを覚えた。

 「…多分とはなんだ。多分とは…」

 「あ…いや…。なんていうか、2人とも動きが早すぎたから…どちらが悪いかっていうのはわからなくて…」

 そんな2人のやり取りを、イブールとミュルザは眺めていたのである。

 

           ※

 

 「なんにせよ、先ほどはごめんなさいね!!私はイブール・エンヴィ。遺跡発掘が好きな、トレジャーハンターと言った所かしら?」

 「あ…。私はラスリア・ユンドラフです…。それと…」

 気まずそうな表情をしながら、ラスリアはアレンの方を向く。

 「…アレン・カグジェリカだ」

 アレンは、不機嫌そうな表情かおで名を名乗る。

  うう…やっぱり怒っているのかな…。今後、あまり中途半端な言い方は辞めるようにしなきゃ…

 ラスリアがその場で考え事をしていると、前方から視線を感じる。

 俯いた顔をあげると、ラスリアの目の前には紫色の髪をした男―――ミュルザがいた。

 「きゃっ…」

 その顔面がかなり近かったので、ラスリアは思わず後ずさりをする。

 「かわいいちゃん。…俺の話、聞いてた…?」

 そう訊かれた時、彼がラスリア達に自己紹介をしてくれていたのを聞き逃していた事に気がつく。

 「ご、ごめんなさい…」

 「まぁ、いいって事よ!!」

 明るそうな笑顔でそう言ってくれたミュルザを見て、ラスリアは安堵した。

 「じゃあ、嬢ちゃんのためにもう1度!…俺の名前はミュルザ・プライドル。一応格闘家で、このイブール姐さんに雇われた傭兵ってかんじさ!よろしく!!」

 「はぁ…」

 元気に自己紹介をしたミュルザは、ラスリアと握手したかと思うと、その腕を勢いよく振っていた。

 「おい…気安く触るな」

 「…あぁ!!?」

 その直後、アレンがラスリアとミュルザの間に入り、彼の腕を掴み上げる。

  アレン…・?

 その険しい表情を見たラスリアは、違和感を覚える。

  確かにアレンは、普段から無愛想な態度を取ったりするけど…この何かを警戒しているような眼差しは一体…?

 今の行為によって、周囲が険悪なムードになりつつある。それを察したイブールが口を開く。

 「こ…ここで出会ったのも何かの縁だし…良かったら、皆で一緒に遺跡探索しない?」

 「そ…そうですね!そうしますか!」

 その一言に助けられたと思ったラスリアは、険悪なムードになっているアレンとミュルザを宥めたのである。

 

  この風変わりな2人組みと出会ったアレンとラスリアは、オーブル遺跡の中を進んで行く。

 「それにしても、この辺り一面にある壁画…何を意味するのかねぇー…」

 ミュルザは、上を見上げながら呟く。

 「はるか昔、様々な星を旅していた一族…今で言う古代種ね。彼らがこの地を見つけた時に建てた神殿の一つが、ここだと云われているわ…」

 「…イブールさん。それは…?」

 本を読みながら話す彼女に、ラスリアが横から話しかける。

 「…ああ、これ?これは、遺跡とかいろんな事を事前に調べてまとめた私のメモ帳。…分厚い本を、遺跡ここに持ってくるわけにはいかないしね!」

 「…かなり書き込んでいるようだな」

 先程からずっと黙り込んでいたアレンが、珍しく口を開く。

 「まー、それはどうも♪」

 アレンが会話に入ってきて驚いていたイブールだったが、すぐに笑顔で返す。

  イブールさん…こうやって会話していると普通の女性ひとに見えるけど、何か不思議な感覚がするのは…何故だろう?

 ラスリアは、イブールの様子を観察しながら、考え事をしていた。

 「どうした?」

 「わっ…!」

 すると突然、ラスリアの耳元でミュルザが囁く。

 「いえ…別に…」

 いきなり耳元で囁かれたため、驚いたラスリアの心臓は強く脈打っていた。

 

 「…おい」

 アレンの図太い声が聞こえた直後、辺りを見回すと、そこには異形の者達が複数現れていた。

 「あれが、不死者アンデッド…」

 皮膚が焼けただれ、白目を向いているバケモノが、彼らの周囲を囲んでいた。

 「ラスリア…お前は下がっていろ」

 「う…うん…」

 ラスリアが頷いた直後、アレンは剣を構えて不死者に立ち向かっていく。

 「…サポートするわ…!ミュルザ!!」

 そう叫んだイブールは、ラスリアの側にいたミュルザに合図する。

 「…了解♪」

  ウィンクしてから走り出したミュルザは敵の骨が砕けるくらいの勢いで蹴り飛ばし、イブールは呪文の詠唱を始めた。

 その詠唱しているイブールをサポートするように、アレンが剣で敵を斬る。ラスリアは剣士も魔術師も格闘家も、戦っている姿をほとんど見た事がなかったため、戦闘中にも関わらず少し嬉しそうにしていた。

 「きゃぁっ!!!」

 「ラスリアちゃん!!?」

 数分後―――――敵をほとんど片付けたと全員が思い込んでいたため、ラスリアの背後に近寄っていた不死者アンデッドの存在に、気がついていなかったようだ。

 敵は、背後からラスリアにしがみついていたのである。

 「いや…放して…!!」

 振り払おうにも、しがみついてきた不死者アンデッドは成人男性くらいの大きさはあったため、簡単には振り払えなかった。

 「…っ…!!」

 ラスリアから少し離れた場所にいたアレンは、すぐさま走り出す。

 「あー……」

 理性を失い、うなだれたような声を出す不死者アンデットは、ラスリアの首筋に今にも噛みつきそうな目つきだ。

  嫌…怖い…!!!

 首筋に噛み付かれると思ったラスリアは、恐怖の余り、その場で瞳を閉じる。

 その直後、鈍い音が聞こえるが、彼女の首筋には噛み疲れていた痕はなかった。

 「ミュルザ…さん…?」

 後ろを振り向くと、そこには不死者アンデッドの顔面を右手でわしづかみをし、持ち上げているミュルザの姿があった。

 「…ったくよー。いくら美味そうな人間だからって、がっつく事はないだろうに…」

 「え…!!?」

 その台詞ことばを聞いたラスリアは、驚きの余り、その場でかたまってしまう。

  “美味そうな人間”…!!?

 不可思議な台詞ことばに対し、ラスリアは動揺を隠せなかった。

 すると、ミュルザはまるで、彼女の考えを読んだような口調で告げる。

 「安心しな。捕って喰ったりはしねぇよ。…今の俺は、“首輪付き”だからな…」

 そう呟いたミュルザから、黒い光が現れるのであった。

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