第二章 オフ会をしよう 五



 そんなわけで全員の自己紹介が終了した。そこからは打ち解けて自然と会話が弾むようになった。それに比例して自然と食も進み、なんだかんだでデザートにまで手を伸ばし始めた頃、『こめっと』が改めて全員のことを見渡し、そして言った。

「今回のオフ会なんだけど、チームの親睦を深める以外に、実はもう一つ目的があったんだ」

 その発言を受け、全員の手が一瞬だけ止まった。そして、そんな『こめっと』の言葉に対して、最初に言葉で応じたのは『ヒメ』だった。

「怪しい勧誘とかじゃないでしょうね?」

 口調では冗談めかしているが、その目には僅かに警戒の色が浮かんでいた。

 だが『こめっと』は、今までと変わらない口調で答えた。

「違う違う、そういう話じゃないよ。『スペース・フロンティア』がらみで、みんなに話さなきゃいけないことがあったんだ。ちょっとしたサプライズみたいなものだよ」

 サプライズ? 一体何なのだろうか。悪い話というわけでもなさそうだが、それにしたって、直接会って話したいとなるとそれなりに重要なことなのだろう。

 『くま』には何か心当たりがあるらしい。

「……ちょっとしたサプライズ、この時期に、……おい、まさか『あれ』なのか!?」

 『あれ』……? 一体なんだろうか。

「『くま』、いったい『あれ』って何ですか?」

「……イベント開始の少し前に話題になったやつだ。……『こめっと』、まさか当たったのか?」

 『当たった』……、まさか。

 他のみんなも気がついたらしい。

 それを見渡した『こめっと』が満足げな顔で言った。

「随分と察しがいいね。そう、当たったんだよ。今噂の、新惑星の先行開拓権の抽選にね」


×××


 新惑星の先行開拓。

 それは『スペース・フロンティア』プレイヤーにとっての夢の一つだ。

 文字通り、新しい惑星へと先行して赴き開拓する権利である。当然いくつもの莫大なリスクを背負うことになる。だが、そのリスクの大きさに釣り合うだけの見返りが期待できる。

 『スペース・フロンティア』の舞台となっている惑星は、かつての大戦争以前から資源採掘用の惑星として扱われていた。その頃の資源採掘は国の主導で行われており、多くの国がこぞって宇宙を目指してロケットを打ち上げていた。その後に起こったあの戦争が、採掘権を巡る国家間の対立と無関係ではなかったことは紛れもない事実だ。

 戦争を経て国というモノの力が弱体化した。さらには、国が前面に出ることによって生じる、国家間の対立を避けようという動きが加速していった。その結果、資源採掘用惑星での採掘は民間企業へと主役の座を譲り、国家はあくまでもサポートに徹するという形になった。

 『スペース・フロンティア』を開始するために運営側が惑星の使用権を買い取った時点で、元の持ち主によって既に使用されていた。それ故に惑星の大まかな情報を事前に入手することができるわけだが、すぐに見つかるところにある資源は、既に掘り尽くされている可能性がある。そうでなかったとしても、惑星内の資源の埋蔵量が有限である以上、時間が経てば経つほど採掘は難しくなっていく。

 そうなると運営側が手に入れることの出来る売却用の資源が減少してしまい、『スペース・フロンティア』というゲームを継続して運営すること自体が難しくなってしまう。なので、ある一定の時間が経過すれば、別の惑星の使用権を買い取り、そこが『フィールド』として『解放』される。

 新惑星の解放という大イベントの存在は、『スペース・フロンティア』のサービス開始時点で明言されていたわけではない。しかし、そうしたことが起こるということは皆、薄々察知していた。

 実を言うと今主な舞台となっている場所は、二つ目の惑星だ。

 最初の惑星は特殊なイベントを行うときなどに使用されることが多く、少なくとも、ユーザーによる採掘は行われていない。


×××


 『こめっと』が新惑星の先行開拓権を当てた。

 そのことを聞いた俺達は、少しの間の沈黙を余儀なくされた。そして、その沈黙を最初に破ったのは『ヒメ』の興奮気味な声だった。

「さすがリーダー、凄い強運ね。あれって、とんでもなく低い確率だって噂じゃない!」

「ボクだって当たるとは思ってなかったよ。正直に言うとかなり驚いているんだ」

「それにしても、一体全体いつ応募したのかしら。私、そんな話聞いてなかったけど?」

 そう言いながら『ヒメ』は皆の方を見渡す。俺を含めた全員が、それに対して首を横に振ることで応じる。その様子を見た『こめっと』は少し自慢げな口調で答えた。

「皆を驚かせようと思って、応募したことは黙っていたんだ。結果として、こういう報告ができて嬉しいよ」

 新惑星の先行開拓か。余りにも急なことだったので、まだ実感がわいていない。でも、『こめっと』が自慢げに見せてくれた当選通知のメールによって、徐々にこれが現実だということを脳が認め始めた。

「ただ、もちろん新惑星の先行開拓にはリスクが伴う。まず、今使ってる拠点は放棄しなくちゃいけない」

 これは『一チームが拠点として申請できるのは一カ所だけ』というルールによるモノだ。使い慣れた今の拠点を手放すことは、新たな採掘拠点を手に入れるための絶対条件だ。

「第二に、次に拠点とした場所が今よりも好条件の場所だっていう保証はない」

 拠点の変更をする時、必然的に発生するリスクだ。それ故に拠点の変更には慎重にならざるを得ない。

「第三に、まるで勝手の分からない惑星だから、今使っている採掘道具が使えるかわからないし、重力や大気成分の違いが機体の動作に影響を与えるせいで、今までみたいに動ける保証はない」

 一応、かつて資源採掘用惑星として使われていた以上、ストライクギアがまともに動かないような場所ではないと思うが、それでも、確実に違いはあるだろう。

「さらに言うなら、この権利をオークションにかければ、かなりの金額を今すぐにでも手に入れることが出来るだろうね。たとえば……そう、こんな感じにね」

 『こめっと』がケータイで見せてくれたのは、どこかのネット掲示板のまとめだろうか、あるチームが新惑星の先行開拓権を落札したというモノだった。そこに記されている金額は、現代の拠点を強化して攻略不能な鉄壁の要塞を造ってもお釣りが来るほどのモノだった。

 確かに魅力的な金額だ。

 だけど、俺達の心は決まっていた。

 それだけの金額で落札されるということは、裏を返せばそれだけの、いや、それ以上の価値がこの権利には存在するということに他ならない。

 俺達は一度だけ視線を交わし会った。

 誰一人として、未知なる惑星への期待と高揚感を隠そうとする者はいなかった。

 そして、全員が一斉に言った。

「行こう、新天地へ!」


×××


 新惑星の先行開拓権が当たったという『こめっと』の衝撃的な報告のあったオフ会は、無事終了となった。そして各々が帰路に就き、俺と夢宮さんも来た時と同じように、一緒の電車へと乗っていた。そんな時俺はふと、以前から質問しようと思っていたことがあるのを思い出した。

「そういえばさ。ツバサはどうして『スペース・フロンティア』を始めたんだ?」

 以前夢宮さん自身が言っていた通り、『スペース・フロンティア』の女性プレイヤーの比率は極端に少ない。

 だからこそ、夢宮さんがどんなきっかけで『スペース・フロンティア』を始めたのかということについては、少々興味があった。

「たいした理由があった訳じゃないわ」

 夢宮さんはそう前置きし話し始めた。

「私が『スペース・フロンティア』を知ったのは、ただの偶然だったからね。ゲーム雑誌を立ち読みしてたときに、たまたま特集記事が目に留まった、それがきっかけだったかな」

「ツバサは、普段どんなゲームやるんだ?」

「うーん、何だろう? RPGとかかな? 特にどういう系統のをやるって訳じゃないけど。あ、ホラー系はちょっと苦手かな。まあ、基本的には一人でやるようなタイプのやつばっかりよ」

「その割に『スペース・フロンティア』というバリバリのオンラインゲームをやってる訳だけど?」

「アイテムとかアバターの交換程度ならともかく、本格的なオンラインゲームをやるのはこれが初めてだったからね」

 まあ確かに、今時オンライン要素のないゲームを探す方が難しいだろう。それこそ、あの戦争よりも昔に作られたようなレトロゲームですら、今その性能が発揮されるかどうかは別にして、オンライン要素を持ったゲームがほとんどなのだから。

 そんなことを考えていると今度は逆に、夢宮さんの方から質問された。

「そういうタツヤはどうなのよ」

「俺の場合、元々アクションゲームが好きだったからさ。対戦ってことになると最終的には対人になるわけで、あんまり所謂オンラインゲームにも抵抗がなかったな」

「へー、そうなんだ。NPCの動きだって随分とバカに出来ないのに。まあ私の場合は、アクション系ばっかりやってたとかじゃないから、詳しいことは言えないんだけど」

「いや、確かにそうだと思うよ。それこそ、本物の人間よりも操作は正確だし、何より疲労の概念がない。本気で勝ちを目指すように作られたNPCに対して人間が勝のは、かなり厳しいんじゃないかな」

「『スペース・フロンティア』のNPCは意図的に倒しやすいような調整がされてるけどね」

「まあ、ゲームだからな。ある程度のバランスは考えるだろうさ」

「じゃあ、やっぱりタツヤは人間と戦うよりもNPCと戦う方が楽しい?」

「難しい質問だな。確かにNPCの方が強いかもしれないけど、俺が対戦ゲームに求めてる物はそれだけじゃないからさ」

「と、言うと?」

 そう質問する夢宮さんだったが、その口調からも、表情からも、俺の答えは既にわかっているようだった。

 そう。それはたぶん、電源系、非電源系を問わずに、『対戦ゲーム』と呼ばれる物をある程度やりこんだ人間ならば、きっと、誰もが到達すると思う答えだからだ。

「対戦ゲームはコミュニケーションツールみたいなものだからな。ゲームっていう『共通言語』を使って、『対戦』っていう『会話』を行う。そこで勝ちを目指そうとするならーー」

 その先の言葉を口にしたのは夢宮さんだった。

「ーー攻撃という『自分の思い』を相手に届けなくちゃいけないし、相手が何を考えているのかしっかりと見極めなきゃいけない、かな?」

「よくわかったな」

「前にも言ったでしょ。多分同類なのよ、私とタツヤは」

 そう言った夢宮さんは、なぜかとても楽しそうだった。

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