第二章 オフ会をしよう 四
四
待ち合わせ場所から少し歩き、飲食店の数が多くなってきたあたりで『こめっと』が足を止め、そして言った。
「さあ、ついた。ここだ」
彼に案内されてやってきたのは、駅から少し離れたところにあるチェーン店の焼き肉屋だった。『食べ放題! 予約承ります!』と書かれた看板が掛かっている。
「質より量、って言い方はいろんな方面に対して失礼かもしれないけど、それなりの人数が集まって、しゃべりながら食事が出来る店ならここだと思ってね。おっと、別に味が悪いとか言ってる訳じゃないよ」
「……良いじゃないか。嫌いじゃない」
正直ほっとしていた。もし何かの間違いで高級レストランにでも連れて行かれたらどうしよう、とか頭の片隅で考えていたからだ。そんなことをすれば今月のお小遣いが早々に消滅する可能性すらある。
俺がそんなことを考えていると、不意に夢宮さんがポツリと呟いた。
「タツヤ。今、ものすごくどうでも良いこと考えていたでしょ」
「何故わかったし」
「大体わかるのよ。悔しいけど、どうせ似たもの同士なんだし」
なるほど。確かにそうかもしれないが「くやしいけど」は余計だ。
さて、店内の方だが、流石に休日の昼時と言うだけのことはあって、それなりに人が入っている。『こめっと』は俺達のことを引き連れて店へと入り言った。
「十二時から五人で予約していたホシノだが」
ちゃんと予約を取っておくとは気が利いている。いや、それよりもホシノって、それが『こめっと』の本名なのか?
そのことを深く考えるよりも先に、店員さんに俺達一同は席へと案内された。店の奥のほうにある六人がけのテーブルだった。
全員が順々に席へとついたところで『こめっと』が言った。
「ボクはとりあえず肉を取りに行ってくるけど、誰か一緒にくるかい?」
その問いかけに応じたのは『ヒメ』だった。
「あ、私も行ってこようかな。なんか面白そうな物が沢山あったし」
「……デザート類は満腹信号を誘発するための店の罠だぞ」
「大丈夫だって。若い子が二人もいるんだし」
「……だ、そうだが?」
「元が取れるくらいには頑張ります」
俺がそう応じたのに続けて、夢宮さんが言った。
「私はそんなに食べる方じゃないんだけど」
「いや、そういうアピールはいらない」
「アピールじゃないよ。多分平均的な女子高生レベルだってことを言ってるんだよ」
それに対して楽しそうな表情を崩すことなく『ヒメ』が言った。
「うん、わかったわ。適当に沢山持ってくるね」
×××
食欲を誘う匂いと煙が充満する中、肉と野菜の焼ける音が響く。要するにそれくらい静かに、ほとんど会話も無いまま、俺達はひたすらに食べていた。
話したいことや聞いてみたいことが無い訳じゃない。だけど、どうにも話しかけるタイミングというか、きっかけというか、とにかくそういったモノがつかめなかった。俺以外の人も、多分そんな感じなんだろう。ゲーム内で何度も話しているとはいえ、実際に顔を合わせたのは今日が初めてという人ばかりなのだ。無理もない。
そんな中で話を切りだしたのは『ヒメ』だった。
「そういえば『こめっと』が来る前に話していたことについてだけど」
「ボクが来る前に?」
「……こいつの本名が何かって話だ。ヒントは『ヒメ』が本名を基にした実際のあだ名だということ」
「あー、なるほどね。全然わからないや」
そう即答する『こめっと』に夢宮さんが続く。
「私も色々考えてみたけどわかりませんでした」
確かに難しい。何しろヒントが少なすぎるのだ。だが、少しぐらいは推測出来る。
「名前で直接『ヒメ』って読み方を使うのは少ないと思うんで、そうなると、名前のどこかに漢字で『姫』っていうのが入るんじゃないかな、とかは考えましたけど、それ以上はわからないですね」
俺のそんな解答を聞いた『ヒメ』は、少し驚いたような表情を浮かべながら言った。
「お、随分といい感じだね。『タツヤ』くんの考えは正しいよ。でも、確かにこのヒントだけじゃわかるわけもないよね。と、いうわけで答えをいっちゃうよ」
そう言うと『ヒメ』はいい感じに焼けていた肉を取って、一息置いてから続けた。
「私の本名は
なるほど。だから『ヒメ』か。理由を聞けば納得できるけど、それをあの情報だけで当てるのは流石に無理だ。少なくとも俺には出来ない。
「そういえば『ヒメ』、実際にそのあだ名で呼ばれてたみたいなこと言ってましたけど、それって」
俺はそう言いながら『くま』の方へと視線を移した。『ヒメ』はその意図に気がついたらしく、ニヤリと笑いながら答えた。
「そう、昔からのあだ名なの。ね、『くま』」
「……おまえだって『くま』だろうが。一時期使ってた『てっちゃん』の方がーー」
「違うね。それは違う。違うんだよ。何かしっくりこないもん。見た目からして『くま』だもん」
『くま』は何かを言い返そうとしていたが、途中でそれをやめた。多分、今までに何度もこんなやりとりをしてきたんだろう。
「……まあ、そんなわけで。改めて自己紹介といこう。
『くま』か。失礼は承知の上なので口には出さないし、そもそも、このことを考えるのだって何回目のことかという感じだが、例えそうだったとしても思わざるを得ない。似合っている、と。『くま』というあだ名が余りにも似合っていると。
俺がそんなことを考えていると、夢宮さんが箸の動きを止め、そして言った。
「じゃあ、次は私かな」
「……別に強要するつもりはない」
「いえ、大丈夫です。みなさんに自分の本名を知られたからってどうなるわけでもないですし」
と言う割には、ゲーム内での会話がテキストウインドウだったし、学校では徹底的に隠そうとしていた。こうして顔を合わせてしまってる以上、その手の隠し事には大した意味がないという判断なのだろうか。あるいはこのメンバーのことを信頼しているか。
「私の名前は夢宮翼。ゲーム内では『ムウ』と名乗ってます」
『ムウ』の自己紹介に対して、最初に応じたのは『ヒメ』だった。
「へー、翼ちゃんか。ちなみにゲームでの名前の由来は何なの?」
「『夢宮』の『夢』と、『翼』の『羽』の音読みで『ムウ』っていうただそれだけのことです」
「なるほど。よく考えたね」
「そういうのを考えるの、けっこう好きなので。せっかく名前が付けられるならこだわりたいですから。少なくとも、どこかの誰かみたいに何も考えないのはちょっと、ね」
夢宮さんは俺の方を見ながらそう言った。
「何も考えてなくて悪かったな」
「別に竜也のことだなんて一言も言ってないけど?」
暗に言ってるんだよ。何も考えてないのは事実だし。
さて、次は俺の番だな。
「と、いうわけで。改めて、天城竜也です。よろしくお願いします」
そのまんまなんだから、みんなみたいに説明をする必要が無いというのは、楽と言えば楽だった。
そんな中、『くま』が一つの問いを投げかけた。
「……『タツヤ』、実は前から一度聞こうと思ってたことがあるんだ」
「何でしょう?」
「……君の機体、『ミラージュF』についてだ。あれは一体どうやって手に入れたんだ?」
「初めたばっかりの、まだソロでやってた頃に手に入れたんです。イベントの報酬で」
「……やはりそうだったか。全く見かけない上に珍しいコンセプトの機体なものでな」
「実際使いにくい機体だってことは否定しませんよ。倉庫が圧迫されるのを嫌って、目玉であるマルチバレットガンを取ってから売った人の方が多いと思います」
俺がそう答えると、『ヒメ』が『くま』の方を向きながら言った。
「『くま』、ミラージュって何だっけ? どっかで聞いた気がするんだけど」
『くま』はそれに対して答える。
「……昔の大戦争の時に作られたストライクギアの名前だ。とんでもなく優秀な機体だったらしいが、ろくに資料が残ってないんで本当のことはよくわからないな。作られた数もかなり少ないらしい」
そんな『くま』の説明を引き継ぎ補足したのは『こめっと』だった。
「正式記録では総生産数三十七機。様々な戦局をたった一機で打破することを目指して開発された幻のストライクギアだよ。攻撃能力、防御能力、機動性、索敵能力、戦闘継続力、あらゆる点が優れているらしい。最強のストライクギアとは何か、っていう議論の時には必ずと言っていいほど名前の挙がる機体だね。大戦争のストライクギアについて詳しく調べようとしたときに真っ先に出てくる、ちょっとマニアックな人気の機体ってところかな」
『こめっと』の説明は的確だった。よくこれだけのことがすらすら言えると感心する。
「ボクの知識だとミラージュについて言えることはこのくらいが限度かな。マニアって言えるほどの人間じゃないからね。で、『タツヤ』の機体の場合、そのミラージュを断片的な情報から疑似的に再現した機体。で、合ってるかな? 『タツヤ』」
「大正解です」
『スペース・フロンティア』で使われているのは、基本的に実際の兵器として開発されたストライクギアだ。だが例外も存在する。俺の使用する『ミラージュF』もそんな例外の内の一つだ。
残されている僅かな資料から、最低限外見だけでも伝説のストライクギアを再現しようとした機体。再現できない装備に関しては、似たような性質の物で代用し、どうにか外見だけでも再現した、兵器としての必然性を持たない機体。本当の戦場ではなく、あくまでもゲームという娯楽の中だからこそ存在し得る例外的な異端児。それが俺の『ミラージュF』なのだ。
「……と、なると、『F』というのは、フェイクの『F』かな?」
「ええ、所詮は再現された模造品。でもまあ、堂々と『フェイク』って名乗るのもちょっと可哀想な気がしたんで、濁す感じで『ミラージュF』っていう名前で登録したんです」
それに対し夢宮さんは、どこか感心したような声を上げた。
「竜也にしては珍しくそれなりに考えたんだ」
何ですかその言い方は。確かにその通りだけど。
それはともかく、これで四人の自己紹介が終了した。それに伴い全員の視線は自然と最後の一人、リーダーである『こめっと』へと注がれた。
「なるほど、ボクが最後ってわけだ。名前は
「それは別に構わないですけど、その、本当に『こめっと』なんですか?」
「うん、そうだよ。驚いてくれて嬉しいな。とはいえ、『タツヤ』以外はあんまり驚かなかったみたいだけどね。参考までにその理由を聞かせてもらえるかな?」
最初に答えたのは『ヒメ』だった。
「具体的な理由が合った訳じゃないわ。だけど、何となく引っかかってたんだ。『ムウ』のことを女の子じゃないかなって思ったのと同じようにね」
続いて『くま』が言った。
「……俺の場合は、たまたまそいう道具を知っていたのが大きいな。……有名声優の声を再現するボイスチェンジャー、だろ?」
「大正解だよ。よく知っていたね」
「……昔雑誌で見た気がしてな。ここまで精度が高いとは思わなかった」
なるほど。言われてみればどこかで見た気がする。結構な値段の品だったような気がするけど、そう考えると随分と手が込んでいる。
そして最後に夢宮さんが口を開く。
「私が言おうと思ったことは全部『ヒメ』と『くま』が言ってくれたから、私が言うのは一つだけ。よくそんな昔のアニメ知ってますね」
夢宮さんの言葉を聞いた『こめっと』は、今までにないくらい嬉しそうな顔をして言った。
「知っているのかい!?」
「『魔法少女マジカルこめっと』ですよね? 一応知ってますよ」
俺は聞いたことがないぞ、そんなタイトル。『こめっと』のそれが、ある種のコスプレ的な物だということは何となくわかっていたが、その元ネタについては全く心当たりが無かった。ここ数年のアニメは一応一通りタイトルと概要くらいは知っているつもりだったのだが。
『くま』と『ヒメ』の方へと視線を送ってみたが、二人とも首を横に振った。
そんな中、『こめっと』本人による解説が始まった。
「古いアニメだからね、知らないのも無理はないと思うよ。むしろ『ムウ』が知っていたということに驚きだ。何しろ放送されたのが百年以上も前の、あの戦争よりも遙かに昔のことなのだから。話の筋としては主人公である平凡な少女が偶然魔法の力を手に入れ、戦いへと身を投じていくという物で、友情や家族愛という物を全面に押し出した作品なんだよ。この作品ならではの見所の一つが大迫力の戦闘シーンで、所謂魔法少女物を『大きいお友達』向けに再構成した作品でありながら、その方向性はある意味では少年漫画的で、『萌え』でありながらその奥底から感じる物は間違いなく『燃え』という……、いや、失礼。少々熱くなりすぎた」
「いや、はい。よく分かりました」
なんというか、とてつもない熱意だけは理解できました。
『こめっと』の熱意あふれる解説を夢宮さんが補足する。
「その主人公の戦闘スタイルが射撃特化型だから、この人の機体はそれを再現しようとしたんだと思うよ」
『こめっと』は夢宮さんの補足説明に対して大きく首を縦に振ることで肯定した。そんな理由があったのか。
しかし、ここで一つ、夢宮さんに尋ねたいことがあった。
「なんでそんな昔の作品を知っているんだ?」
「ああ、そのこと? 私の場合、ただの趣味よ。著作権が切れた大昔の作品を見るのが好きなの。色々と面白い発見があるのよ」
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