第三章 ストライクフォートレス 一


第三章 ストライクフォートレス



 午後三時四十分頃。授業が終わった俺は家へと向けて、少しだけ足早に歩を進めていた。

「しかし、ツバサの家がこっちの方だとは知らなかった。意外と近くだったんだな」

「私は知ってたけどね。帰るときに後ろ姿を見ることは何度かあったし」

「マジかよ」

「マジです」

 いつもなら一人の帰り道だが今日は違った。隣に夢宮さんがいるのだ。

 俺も夢宮さんも部活動には入っていないので、授業が終わったら基本的に真っ直ぐ帰宅する。

「まあ私の場合は、クラス委員の仕事とかで残ったりもたまにあるけどね」

「そいつはご苦労様です」

「凄く大変、ってわけじゃないよ。本音を言うと内申のためってこともあるし」

「そういうモンなのか? 生徒会とかならともかく、クラス委員程度じゃ何か有利になることがあるようには思えないけど」

「逆よ。『どうして部活動に入らなかったのか』って質問に対して、ただの帰宅部よりは、それなりに聞こえのいい解答が用意できるってわけ」

「なるほど。色々と考えてるんだな、ツバサは」

「タツヤが何も考えてないだけだと思うわ」

 そんな取り留めのない、のんびりとした会話をしながらも、それに反して歩く早さはいつもよりも遙かに早い。

「じゃあ、また後でね」

 どこかワクワクしたような口調でそう言って、夢宮さんが足を止めた。

 隣に見える家の表札には、なるほど、確かに『夢宮』の文字が書かれている。夢宮さんの言った通り、本当に近所だった。

「ああ、また後で」

 俺もそう言うと、さっきまでよりもさらに足早で、一直線に自宅を目指した。

 俺たちが何故急いでいるのか、という質問は最早愚問と言ってしまっていいだろう。先日のオフ会で『こめっと』の口から告げられた衝撃的な発表、新惑星の先行開拓権の当選。

 あの日から俺たちは期待を胸に抱いて着実に準備を進めてきた。現拠点の使用権や不要な装備の売却。採掘用機材の点検。各種消耗品の補給。機体が受けたダメージの修復。既に準備は整っていた。

 そして今日、待ちに待った出発の日が来たのだ。


×××


 明日提出しなくちゃいけない課題を終わらせ、夕食を食べ終え、現在の時刻は午後七時三十分。俺は自室へと戻るとパソコンの電源をつけ、いつものように『スペース・フロンティア』へとログインした。

 新惑星への出発の前日までに、用意は全て整えておいた。今までの採掘拠点は手放して競売にかけ、新惑星で使用する採掘道具一式を購入した。

 軌道エレベーター内部の『部屋』はそれぞれが独立した『コンテナ』のようになっている。先行開拓権の当選者の『部屋』は運営側によって前日のメンテナンスの時に移動されており、新しい星の新しく作られたエレベーターの中へと移動されていた。

 ディスプレイ上に表示された『運営からのお知らせ』には新惑星の先行開拓権を手に入れた、全部で二十のチーム名が表示されていた。その中には俺たちのチームの名前、『シューティングスター』もあった。

 画面上には見慣れた『部屋』の中の様子が映し出されているが、その先に広がっているのは未知の領域だ。

 ログインしたことを伝えるメッセージを『ムウ』へと送りつつ画面の下の方へと視線を移す。

 そこには新惑星のマップが表示されていて、集合場所と集合時間が記されていた。これは前日のうちに決めて置いたものだ。

 このマップはかなり昔の、おそらくはかつての大戦争以前に作成された物なので決して過信出来ない。とはいえ、大まかな地形を把握することは出来るので重要な情報だ。このマップの、現在の詳細な情報は俺たち自身の手で書き加え、更新していくしかない。そういった『冒険』と言ってしまってもいいような『調査』も『スペース・フロンティア』の醍醐味の一つと言える。

「さてと。じゃあ、行くとするか」

 そう呟きながら機体の操作を開始する。

 コントローラーを握る手に、いつも以上に力が入る。緊張している、のは間違いないだろう。だけど、それ以上にワクワクしていた。この星に最初に足跡を残す二十組の中の一人になれる。それは夢にまで見た瞬間だった。

 ハッチを開く。

 モニター上には見慣れない道の惑星が映し出される。電磁カタパルトに俺の愛機『ミラージュF』の両足が固定される。降下予定地点を再確認。大気や重力の条件が今までの星とは違うので、今までの条件で設定してある自動操縦は全く当てにならない。つまり、全て自力で操縦して、その感覚をしっかりと覚えなければならない。

「ーーよし」

 気合いを入れ、電磁カタパルトを起動させる。

 電磁加速の高速で機体が打ち出され、次の瞬間には新惑星の上空を滑空していた。

 ふと隣を見ると、見慣れた機体がほぼ同じタイミングで降下を開始していた。赤を基調としたカラーリングのストライクギア、『ムウ』の『ドリーム・フェザー』だ。

 それが視界に入るのとほぼ同時に、『ムウ』の楽しそうな声が聞こえてきた。

「私、今すごくワクワクしてる。この日を待っていた」

「ああ、俺もだ」


×××


 俺と『ムウ』は予定していた地点へと降下し、周辺の散策を開始した。

「ちょっとフワフワするな。馴れれば問題なさそうだけど」

「確かに。事前情報の通り少しだけ重力が弱い」

「その代わり飛ぶのは随分と楽になったな」

「装備も一回り重いのが持っていけそう。『こめっと』は喜ぶんじゃないかな」

「そうだな。重力と大気成分の関係で、ビーム兵器はかなり有利になりそうだ」

 まあ、その分機動性が上がり回避が簡単になるから、一方的にビームが有利ということもないだろう。ともかく、環境という戦闘の前提条件が変化すれば常識や流行というものも、それに伴って変化する。そういったものに早く触れ、順応することが出来るというのも先行開拓権のアドバンテージの一つとだ。

「それにしても奇妙な風景だな。地球じゃ絶対に見られない景色だ」

「地質、重力、大気成分。あらゆる要素が地球と違う。だからこそ、地球にはほとんど存在しないようなレアメタルなんかが、比較的簡単に手に入ったりする訳なんだけどね」

「確かにその通りだな」

 だからこそ、宇宙開発はビッグビジネスになり得るのだ。たとえ多額の初期投資が必要だったとしても、それ以上の見返りを得ることは十分に可能なのだ。

「ん? あれは……、昔使ってた採掘拠点の跡か?」

「みたいだね」

 資源採掘用惑星として現在使われている惑星は、大昔、それこそ大戦争の前から使われていた。そのころは有人採掘も行われていたらしいけど、現在有人採掘は自粛されている。理由は、純粋に危険だからだ。

 ただし、その危険というのが、人間にとっての生存環境では無い場所での作業のリスクによる物かというと、確かにそういった側面は存在するが、それだけではない。宇宙服の性能の進歩は目覚ましい物があり、大戦以前の時点で、地球外での死亡事故の割合は、地球内のそれよりも遙かに少なかった。

 しかし、あの大戦が宇宙空間での有人作業のリスクを格段に引き上げてしまった。その原因は、大戦末期に大量に投入された無人兵器にある。

 任務遂行の途中で不測の事態によって休眠状態に入ってしまった物や、未だにターゲットを求めてさまよっている物など、大戦の『亡霊』とでも呼ぶべき物が、数多く存在していることは確かな事実だ。この資源採掘用惑星は大戦時代に戦場となった場所だそうだが、運営側が事前に調査を行っているはずなので、そういった『亡霊』との遭遇は、まあ、ほとんどあり得ないだろう。

「そういえば突然話は変わるけど、前から気になってたことがあってさ」

「何?」

「『ムウ』は、どうして眼鏡なんだ?」

「本当に突然ね」

 今時眼鏡というのも珍しい。ファッションとしてや、小型のディスプレイとしての眼鏡には、確かに一定の需要がある。だが、純粋な視力矯正として眼鏡を使うというのは、比較的少数派だ。

 その理由の一つは視力矯正手術の存在だろう。昔と違い、視力矯正手術の値段は格段に安くなり、そのリスクも大幅に低下している。

「視力矯正手術は随分と安くなったよ。それでもやっぱり眼鏡とかコンタクトよりは高いし。じゃあ何でコンタクトにしないのかというと」

「いうと?」

「ほら、メガネっ子って真面目キャラっぽく見えるじゃん」

「……それだけ?」

「それだけ」

「いや、しかし」

 『ムウ』から告げられたのは、余りにも予想外な理由だった。最初は何かの冗談なのかと思ったが、『ムウ』の口調は、あくまでも真面目そのものだった。どうやら本気のようだ。

「外見っていうのは結構重要なのよ。大体の場合はそれが第一印象になるからね」

 確かにそれは一理ある。俺が自分の容姿に気を使うようなタイプの人間じゃないから説得力が無いけど、そんなことは俺だってわかっている。だが、重要なのはそこじゃない。

「それくらいのことはわかっている。でも『ムウ』、一つだけ言わせてくれ」

「何かしら?」

「眼鏡イコール真面目キャラなんて、もう死語みたいなもんだぞ」 

 俺たちは少しの間無言で進み続けた。新惑星の見慣れない風景に心を奪われていたからではない。『ムウ』からの反応が返ってくるまでに、少々時間がかかったからだ。そして、絞り出すような言葉が返ってきた。

「え、いや、でも」

 少し焦っているような雰囲気があった。まるで俺の指摘が予想外の言葉だったかのような。

「冷静になって考えるんだ。そんなキャラ付けが成立するのは大昔のアニメくらいだし、さらに言うと、大昔ですらそのキャラ付けは絶対的なものじゃない」

 先日話題に挙げた猫型ロボットの話とかな。

「絶対的じゃないのは男キャラの場合だよ」

「確かにそうかもしれないけど、そもそもメガネっ子のキャラ付けの意味を理解できる人間の方が少ないんじゃないのか?」

 ビジュアル的な特徴というものが伝わりにくい文字媒体で、眼鏡をかけているということがキャラ付けの一つということにはなりにくいだろう。そういった、強烈な外見的特徴が用いられるのはアニメやマンガ等のビジュアル的要素が強く反映されやすい作品だ。ドラマに関しては、そこで演じられるキャラクターのビジュアルというものが、極めて現実的な物になるので、尚更眼鏡という要素は出てきづらくなる。

 つまり、『眼鏡っ子イコール真面目』というキャラ付けは、普段からアニメやマンガに多く触れている人間でないと成立しない。そして前述の通り、そのキャラ付けですら絶対的なものではないのだ。

「いや、そんなことは、……うん、そうかもしれない」

 どうやら納得してもらえたらしい。

「まあ、そんなに気にするなよ。別に似合わない訳じゃないんだし」

「どうもありがとう。『タツヤ』が人の容姿のことを褒め馴れてないことがよくわかった。気持ちだけは受け取っておくけど」

「そりゃどーも。ついでにもう一つだけ質問良いか?」

「どーぞ、ご自由に」

「結局テキストチャットはやめたんだな」

 余りにも自然に会話していたのですっかり忘れていた。

「オフ会までやっちゃったからね。『ムウ』が『夢宮翼』であることを隠す意味もほとんどなくなっちゃったし」

 確かにその通りだ。

「正直に言うと最初は、気まずさとか気恥ずかしさもあったんだけどさ、なんだかんだで慣れちゃったからね。結局、どっかの誰かさんに対する擬装以上の意味が無くなって、今となってはそれも必要なくなって、そうなってくると、わざわざテキスト変換するメリットもあんまり無いわけだからね」

 そう話す夢宮さんの声は、いつもよりも楽しそうだった。

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