6.「マネーゲームと僕」

キリキリと胃袋が痛むような空気を蹴破ったのはモモコだった。 


 ——約束は、ちゃんと覚えてますッ。けど、やっぱり好きでもない人とは結婚できませんッ。もし、許して頂けないないなら、この家を出ますッ


 ——それなら、四年間の学費とアパート代、それと生活費も。それ全部返済してから出ていって頂戴っ

 ——充子っ!、なにも、そこまで言わなくとも


 おとうさまが割って入るけど、おかあさまも譲らない


 ——あなたは、桃子さんに甘いんですよ。約束は約束ですから、ね。この縁談は桐島家の一員なら嫌とは言えないはずですよっ!


 僕は、粉砕されたまま再生できないでいた。ロープ際でモモコがタッチしてくれるのを待っているみたいで、自分のひ弱さに呆れていた。

 で、ちょっとの間、また重い空気が大っきな応接間に漂ってたんだけど、やがておとうさまが口を開いて、とんでもないことを言い出したんだ。


 ——じゃぁ、こうしよう。北川くん、わたしとゲームをしようじゃないか


 ——……、は、へっ?


 僕は、思わずオネーみたいな声になっちゃって


 ——ゲームをして、君が勝ったら、許そうじゃないか

 ——ゲーム……で、すか?

 ——ちょ、っとっ、あなた!


 おかあさまの反応も声が裏返ってた。


 僕は、思わずモモコの顔を盗み見たら、モモコも顔を引攣らせてたんで、これは冗談ではないことだけはわかったんだ。


 ——で、どんな……、ゲームで、すか?

 ——簡単だ、すごろくゲームみたいなもんだ

 ——すごろくぅ?


 天下のメガバンク「三友銀行」の頭取ともあろぉーお方の言葉とも思えない。


 娘のケッコンを、だっ、サイコロで左右するという、この暴挙っ!!

 ろくすっぽ、審議もしないで強行裁決っ!、みたいな——この提案。


 ってな感じで、僕はあっけにとられて、おとうさまのニヤニヤ顔を見つめてるのが精一杯だった。


 ——モモコ、彼に三十万円貸してあげなさい。もちろん年利三%の金利付きでな。

 ——な、なんのために

 ——ゲームの元金だよ。

 ——なにも、金利まで……

 ——バンカーにとって、金利は命じゃないかっ!、違うか!?

 ——くっ……っ


 (なんなのこの親娘の会話)


 ——その三十万円を百万円にしたら、「上がり」だ。

 【振りだし】は、江ノ電の「藤沢駅」だ。で、【上がり】の駅は「鎌倉駅」。

 題して、【江ノ電でゴー!】だ。どうっ!、面白いだろっ!!


(どう?、ってどうよ?)


 ——で、まさかサイコロじゃないでしょ? 代わりは、なに?

 ——FXだ


 モモコは、俯いて肩をプルプル震わせている。


 ——FXって、なに?

 ——為替取引だッ…… (*1)


 僕は「すごろくゲーム」に為替取引がどう関係するのか全く想像もつかなかったんだけど、いつもは白いモモコの頬が真っ赤に紅潮しているのをみて、相当ヤバイはなしなんだってことは、わかった。


 ——君もバンカーの端くれだ、この先、本店のディーリング部に配属もあるかもしれんしな。勉強がてら、やってみなさい

 僕は、「バンカーの端くれ」という言葉に簡単に動かされちゃって、後先考えずに、返事しちゃったんだ


 ——わかりました。やりますっ!

 ——そうか。よしよしっ。詳しいルールは後でメールするよ、ただ、期間だけは区切らせてもらう。スタートは来週月曜日、そして期限は今年いっぱいだ。


 ——約、半年ですね。半年あれば……

 ——ふふ、まぁー頑張りたまえっ


 その時、あれだけ反対していたおかあさまが何も言わなくなって、美味しそうにケーキを食べているのを見て、なんかオカシイなとは思ったんだけど、とにかくあの場はその提案を飲まざるを得なかったんだ。


 帰りの、江ノ電のなかで、モモコが言った。


 ——オヤジは筋金入りのゲーマーなんだよッ。手ごわいぞッ、テツヤ

 ——そんなにゲーム好きだったの?


 モモコはちょっと重い息を吐いて僕を咎めるような目で言った。


 ゲームはゲームでも………マネーゲームだよッ!———。






*———————————*


脚注(*1);詳しくは、「外国為替証拠金取引」のことで、Foreign Exchangeの略。

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