5.「セレブとショミン」

 凶悪なタッグコンビに睨まれた駆け出しのレスラーよろしく、僕は固まっていた。そこに助け舟を出してくれたのは、あの、おとうさまだった。


 ——北川くんの実家は、大阪だったね。ご両親はご健在なのかな?

 ——はい。私の実家は、ご存知かどうかですけど、「ロケットの町」ってキャッチフレーズのある、東大阪市です。東京で言うなら、大田区でしょうか。中小企業の集まる町です。両親はそこで鉄工所を経営しています。お陰様で、両親とも健在です。


 ——ほぉー、あの東大阪市ですか。日本の製造業を縁の下で支える技術集団がたくさんあると聞いている。

 ——はい、規模こそ小さくとも、世界に通用する技術を持った会社がゴロゴロあります。今は、兄が社長になって引き継いでますが、父も会長職で未だ現役で機械を触ってます。

 ——そうか、そうか。


 モモコが膝の辺りで指でオッケーマークを作って、僕を応援している。


 ——そうそう、君は、我が行の行員らしいね。今はどこに居るのかな?

 ——はい。研修を終えまして、「藤沢支店」に配属を受けました。

 ——そうか。で、なぜ、うちの銀行を志望したのかね


 僕は、一瞬その問いに答えることを躊躇した。しかし、嘘を言っても仕方ないと、ありのまま言うことにした。


 ——実は、実家の鉄工所も、あの「リーマンショック」の時は倒産の危機に瀕していました。私も時々、機械を操作しては手伝ってましたので、工場の中に一つの仕事もない日が何日も続いていたのを覚えています。


 ——ああ、あの時は酷かったな。銀行とて同じだったよ


 ——父親は、運転資金の調達に駆けずり回ってましたけど、どこの銀行さんからも追加融資を受けることができなかったようで、いよいよ家族会議で会社を潰そうかと決めた時に、毎月少額ですけど積み立て定期をしていた「三友銀行」さんが、うちの技術力を買って頂いて、新規で二千万円の融資をしてくださったのです。


 ——ほぉー、あの当時で……失礼ながら、あの時中小さんに融資する勇気を持っていた支店長というのは、そうそう居なかったはずだよ。よほど、君のご実家の会社には有望な技術があったんだろうね


 ——はい、まさにその通りです。樋口支店長さん直々に工場見学して頂き、父親の説明する精密加工技術に、熱心に耳を傾けて下さいました。その結果、支店長さん決済で融資が下りたようなんです。


 ——それは、北川くん、違うぞ。あの当時、支店長決裁で融資できる金額は一千万までだったはずだ。きっと彼は、本店決済を取っているはずだよ。


 ——そうだったんですか……。私は、樋口支店長さんの姿勢に感動して、必ず自分もこんな銀行マンになりたいって思ったのです。できれば、「三友銀行」の。その為に、関西では一番採用の多い大学を選んで必死で受験勉強しました。二年浪人して、やっと入れました。


 ——ふふ、二年も浪人したのか。ご両親には苦労かけたね。出身大学はどこかね?


 ——京都大学の経済学部です。 浪人するにあたって、両親には条件を付けられました。受けるのは京大だけ。そして、朝の八時から夕方四時までは工場を手伝う事——、それが条件でした。


 ——ほぉー、厳しいがよく出来た親御さんじゃないか。私も、京大だ、法学部だけどね。そうか、後輩か……


 僕は、話の雰囲気からして、おとうさまには少しは気に入ってもらえたんじゃないか、って甘いことを考え始めた時だった。あのおかあさまが、してきたんだ。


 ——桃子さん?、素敵なボーイフレンドを見つけたわねー

 ——はい……

 ——けどね、桃子さん、忘れてもらっては困りますよ? 四年前の約束を

 ——あっ、それは……はい……

 ——北川さん?、桃子さんはね、京都の大学に行くことを許してもらうために

 私たちに約束をしたんですのよ。卒業したら、「三友化成」社長の次男さんとの縁談を受け入れる、っていう約束をね。そうでしょ? 桃子さん


 ——(……)


 モモコが返事できないで居るので、その話は本当だったのだろうけど、僕はここで引き下がっちゃ後で何発タイキック食らうかって恐怖もあったんで、きっぱり二人に宣言したんだ。


 ——おとうさん、おかあさん……、モモコさんと結婚を前提としたお付き合いを、どうか認めて頂けませんでしょうか、お願いしますっ!


 おとうさまは、ビミョーに困り顔をされてたんだけど、おかあさまの一言は僕を再起不能なくらい叩きのめしてくれた。


 ——北川さんね、回りくどいことはいいませんわ。はっきり言いますけど、が違います。貴方も社会人ならわかるでしょ? 失礼だけどね、これはどうしようもないのよ。釣り合いが取れないのは、お互い不幸の元なのよ。だから、諦めてくださいな


 声音は柔らかだったが、有無を言わせぬ凄みがあって、僕は下を向かずにはいられなかった。

 わかってはいたつもりだったけど、こうもはっきり言われると、正直堪えた。


 僕は、奥歯が砕けるんじゃないかって思うほど歯を食いしばって、なんとかその場を耐えたんだ——。

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