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 パソコンのモニターには、トウヤとアキラが映っていた。愉しげに談笑する二人を見ている自身は、何を考えているのだろうか。智之は鬱々とした気持ちの分析も出来ないまま、睨むような目をモニターに向けていた。真っ暗な部屋で、とうに日は沈んだというのに電燈も付けずに作業机に向き合っている。晶には内緒でこっそりと仕掛けておいた録画機能だ。プレイログの記憶媒体は最大容量を使い、晶のINした時間の全てを記録した。そうした事実がまた、智之をどうしようもなく惨めな気持ちへと追い込んだ。

 録画画面の中、トウヤがようやく頭に載せた海藻を取り払う。彼は三枚目を演じていても、ちっとも卑屈そうには見えなかった。晶の熱っぽい瞳がトウヤへと向けられるたびに、智之は焼けつくような胸の痛みを覚えていた。トウヤは何処に居ようと主役を演じられる人材で、晶は紛れもなくヒロインだ。

 アキラは智之が作った理想の女神だった。それが今、別の誰かに盗られようとしている。唇を強く噛んでもバーチャルの過剰演出は起きず、リアルでは血の滲むよりも先に痛みが来て口を開ける。薄皮一枚噛み切る勇気もない、根性なし。自身の身の上に起きるあらゆる物事が、智之を情けない端役だと嘲笑っているようだった。


 承認欲求は、世の中の全員が平等に満たせるものじゃない。ゲームの世界でもリアルの世界でも。名を挙げようと思えば、下に踏みつける何万という無名の、名を挙げられない人々が必要だ。誰もが皆平等に努力を認められるものじゃない。ゲームじゃなくても。

 仕事でも、勉強でも、スポーツでも。ほんの一握りのスターを引き立てるためだけに、その他の人間は存在する。名も無い、その他大勢というキャスト。努力すれば報われるなんて言葉は、誰かの吐いた嘘っぱちだ。

 勉強も頑張ったし、趣味に没頭したこともある。けれど、いつでも智之は認められる上位数パーセントを拍手するだけの役柄しか貰えない。端役にしかなれない。

『僕は拍手されたことがない。羨ましがりながら拍手する側なんだ、いつでも。』


 システムを作り上げた者だけが、勝ち組になれる。勝ち組が吐く、誰もが主役になれるという言葉は大嘘だ。宣伝される事柄はすべて、その宣伝をした者が吸い上げる為の宣伝だ。主役は一人しか要らない。


 焦燥が思いがけない行動を引き起こす。無意識に振り上げた両手が、パソコンのキーボードに叩きつけられた。モニターに走るノイズが不平を零すように一瞬だけ画面を歪め、また何事もなかったように主役たちを映し出した。智之は頭を抱え、うめき声を上げていた。幾つかのキーが外れて飛び散り、そこへ涙の雫がぽたぽたと落ちた。獣の呻きは嗚咽に変わった。

「ボクがトウヤだったら良かったのに。ボクがトウヤだったら、あそこに居るのはボクだったのに……!」

 笑いあう二人が、まるで自身を嘲笑しているかのように感じられた。

 キモオタがトウヤの皮を被っていたって、晶はトウヤと同じには思ってくれない。解かっていた。


 なぜこんな事になったのだろう。アキラを作ったせいなのかと、智之は自問する。親元を離れた遠い土地で、親しい友達などリアルでは作れなかった。この醜い容姿を嗤わずに見てくれる者など誰も居なかった。バーチャルの中で、作り物の仮面を付けていないと話も出来ない。作り物の世界で付き合う友人など、誰も本音で話していないに違いない。ニセモノの自分が闊歩するニセモノの世界に、ホンモノなんてない。

 ニセモノの世界のニセモノのトウヤに晶はホンモノの恋をしている。アキラを作らなかったなら、晶はトウヤと出会わなかっただろうに。

「そうだ、時間を切り上げちゃおう。もうじき夏休みだし、トウヤたんのIN時間からわざとズラした時間しか貸してあげない事にしたらいいんだ。」

 トウヤが夜しかINしないなら、昼間だけを。昼間もINするのなら、彼が今まで絶対にINしなかった夕飯時を。けれど、思い付きは即座に打ち消した。逢えないとなって、もしトウヤのリアルの連絡先を晶が聞きだしたら、それでおしまいだ。リアルの二人の行動をこんな風に録画するわけにもいかないだろう。二人が何をしているかも知ることが出来ないなんて、それは地獄だと智之には思えた。


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