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 王都の広場には見知らぬメンバーたちが、所属ギルドもバラバラに集っていた。いずれも名前を聞いたことのある古参連中で、冬夜とアキラは身を縮めていなければならないような面子だ。二人を呼び出したのは同じギルドの古参、エルフ族のプレイキャラを操るフォードだった。

「解放のスキルを取りに行くにはレベル60が条件だってのは知ってるよな。二人はまだ50そこそこだろ? ギルド戦までに新人の何人かは底上げしちまおうって相談が決まってな、急な話で悪かったな。」

「いえ、呼んで貰えるのは有難いです。けど、俺たちじゃ足手まといにならないですか?」

 集まった全員のレベルを確認して、冬夜は驚いた。自分たち二人を除いた全員が、カンストに近いレベルの猛者ばかりだったからだ。これは相応にハードなフィールドへ連れ出されると予感した。

 二人が取得を勧められているスキルは「解放」と呼ばれているもので、すべてのパラメータを一時的に倍化する。戦闘では格段に有利な状況を作り出せるし、使い方次第で今後のレベルアップ速度まで左右されるという強力な技だった。


「問題ない。攻略メンバーは厳選してきたからな。お前たちは何もしなくていいぞ、一番後ろからのんびり走って来ればいい。で、BOXのハズレに経験値倍化の秘薬があったろ、一つくらいは出たか?」

「ざかざか出ましたよ、」

 軽口で冬夜が応えると、フォードも軽く頷いた。

「30分の効き目だから、そうだな……予備含めて5~6本はあればいいんだが、大丈夫か?」

「あたし、4本しか持ってない、」

「俺のが余るからやるよ、」

 二人の間でアイテムのやり取りが行われ、話が少しだけ中断した。他のメンバーは互いに知り合い同士らしく、それぞれ勝手に挨拶や近況報告に花を咲かせていた。

「終わったか?」

 二人が揃って頷き返すと、この場のリーダーであろうフォードが再び話を始めた。


「これから狭間の島へ行く。」

「狭間の島?」

 フォードの告げた行先を、アキラは知らないようだった。上級に上がれば出現するクエストの一つで、最大16人のパーティで攻略する難易度の高いクエストだ。

「狭間の島って、俺たちじゃ何も出来ないですよ、レベルが違いすぎます。」

「だから裏ワザだって言っただろ。二人はとにかく逃げ回ってくれればいいよ、俺が居るから死んでもどうって事はないが、面倒くさいからな。」

 フォードの狙いが冬夜には解かった。以前、サブマスに連れられて行った周回の大人数版という感じだ。

「上限の16人で攻略する事になってる。2人くらい戦力外でも問題ないメンバーを集めてあるから、一度攻略するだけでレベル60ならすぐのはずだ。」

 二人は学生という事もあり、レベル以前に時間制限が厳しい。その点を考慮して最強メンバーを用意してくれたものらしかった。冬夜の知る限り、目的のダンジョンはかなり広いマップだったはずだ。

 フォードは他にも色々と気を使ってくれた。

「メインストリームの核心話だから、それだけは注意しとく。順番通りに楽しみたいなら、ムービーOFFにしておいてくれ。先に情報を知っても大して影響はないと思うが、謎は謎として楽しみたいとかあるならカットした方がいいからな。ほぼネタバレだし。」

 本来ならレベル200を超えて、メインストーリーの大詰めになってから訪れる事になるはずのダンジョンだった。このダンジョンが一番経験値が多く入るのだ。

「ストーリーは先に公式のホームで読んじゃったから、俺は平気です。」

「あたしも別にいいよ。面倒臭いし。」


 二人が古参のプレイヤーたちと共にフィールドチェンジを終えて出た場所は、それまで見てきたウィルスナの世界観とはかけ離れた風景の土地だった。色鮮やかな鉱石が剥き出しとなった奇岩が連なり、空は紫と黒のマーベリングで星々が煌めく。まるで空気の無い惑星のような景色が広がっていた。

「ここが狭間の島? なんか、いきなり世界観が変わったみたいな……、」

 アキラが周囲を見回すのと同じように、冬夜もこの意表を突く展開に戸惑っていた。下調べで覗いてきた公式サイトの記述は簡単なもので、この景色のような事柄には触れられてはいなかった。

「さぁ、あまり時間が無い、急いで回っちまおう。この先まっすぐに行けば、世捨ての村だ。そこでクエストを貰わないと始まらないからな。村までの道には当然だがエネミーがうろついてるから、こんな所で死なないでくれよ、二人とも。」

 注意もそこそこに、フォードは先に駆け出した古参連中を追いかけて走り出した。二人も後に続く。フィールドをうろつくエネミーは無限沸きするから、構っていたらキリがない。彼らの判断は正しく、二人は彼らに遅れないように急いでモンスターたちの間をすり抜けていった。

 不定形の、形容のしがたいモンスターがすれ違った二人の方へ向き直って追いかけてくる。雑巾のような色合いと容姿をもつそのモンスターは、他のフィールドでは観たこともないものだった。この狭間の島だけの特殊モンスターらしい。冬夜はちらりと視線を向けて、後は一堂に遅れないようにと追跡に集中した。


 樹も草も生えない無機質な土地の一角に、ふいに見慣れた建築群が姿を現わす。このチグハグさはウィルスナのお家芸なのかも知れない。村に入ると突然に惑星的な世界観が消え去った。始まりの町や王都と同じような建物が並ぶ空間が代わりに広がった。

「よし、村に入れば一安心だ。二人ともよくエネミーに手出しせずに堪えたな。下手なちょっかいを掛けるもんだとばかり思ってたけど。」

 フォードが笑いながら近寄ってきた。どうやらこの村の中は安全地帯らしい。

「初めて見るヤツばっかりだから、よほど突いてやろうかと思ったけどね。なんかコワイから止めといた。」

 アキラはフォードが相手でもやはりタメ口で答えていた。

「正解だ、あいつらは一応ここじゃ雑魚敵だけど、表のフィールドの雑魚とは比べ物にならないからな。」

「手出ししなくて良かった……、推奨レベルは200超えてますよね、ここ。ほんとに俺達、場違いだ。」

「来年の今頃はカモにしてるさ、」

 軽く答えたフォードの言葉は、図らずも二人の希望に火を燈した。ここ最近は何かと自信喪失気味だったところへ、明るい展望が見えた気がした。こんな風に連れ回してもらう機会がある限り、格差を埋めることは不可能ではないと思える。

「さぁ、村長の話を聞いてクエストを受けてくれ。ネタバレが嫌なら音声をOFFにな。」

 促されて向かった先、始まりの町の時と同じ位置関係で村長の家が丘の上に見えていた。役場の代わりにある巨大な石碑だけが、二つの村の違いといってよかった。石碑の横から伸びる階段を登れば、裏道の坂に通じて丘の頂へと向かうことが出来る。丘の上には村長の家が一軒だけぽつんと建ち、大木が一本きり生えている。写し絵のように同じ風景で、けれど村人役のNPCはこちらの村には一人も居なかった。


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