誰かのための嘘


ある日の夜、職場の後輩に呼び出された彼は、公園に向かった。


話を聞くと、1人の少女を保護したとこのとだった。


そのまま、近くの所轄に連れていけば済むことくらい、刑事である自分達なら知っていること。



それを、保護した少女が拒んでいるというのだから、何か理由があるのかもしれないと踏んでいた。



公園につくと、二人ならんでベンチに座っているのが見える。




その空気を見て、全てを察した。



「あぁ……、そういうことか……」



彼女が出している雰囲気は、刑事として培ってきた目をもってすれば、一目瞭然だった。


「あっ、先輩! こっちです!」


「はは、お疲れさん。この女性か……?」


「どうやら、記憶が欠けているようで……」



暁斗の言葉に、悩んだ振りをして彼女の前に屈む。

身元を特定するために必要だから、と顔写真をスマホで撮り、こっそり署にいる同僚に送り、捜索願いが出されていないか確認をとった。


鞄からぶら下がっている、公共交通機関で使用できるICカードに記載された名前も、同時に送り、照合を依頼。



他愛もない会話をしている中で、後輩に向けられた彼女の好意は、純粋でまっすぐなものだと悟った。


(俺に向ける顔と、暁斗に向ける顔があからさまに違いすぎる)


若干心の中で苦笑いしながら、同僚から帰ってきた返事に、更に納得した。


彼女は、お見合い中に逃げ出し、そのまま行方不明になっている、有名なレストランのお嬢様だった。

恐らく政略結婚とかで、受け入れられなかったのだろう。



そして、暁斗に保護された。



ただ、それ以上の気持ちを、彼女は寄せている。



人が恋に落ちると、表情が変わるというのは本当のようだ。


終始、暁斗を見つめては、問われた質問に目が泳いでいる。


スカートを握りしめながら、必死に言い訳を探していた。


「やっぱり、署に連れていった方がいいですよね?」


暁斗の言葉に、泣きそうな顔をするお嬢様。


天然で鈍い男は、罪なものだと痛感した。



「いや、今は最近発生した殺人事件の本部が立ち上がっているから、正直保護しておくのは厳しい。関係者も出入りするし、危険人物も入りかねないからな……」


「えっ、でも……じゃぁ、どうしたら……」



困る暁斗に、何かを言いたそうなお嬢様は、口を開くものの言葉を発せずにいた。



(無理をしなくてもいいと思う。自分が望んだ道を進むのが、結果的に幸せなんだ)



「暫く、暁斗の家で預かってくれ。課長には伝えておくし、刑事の家ならこの子も安心だろう」



「そんな話聞いたことないっすよ?!」



「例外ってもんがあるんだよ。うだうだ言ってないで、早く連れて帰れ。事件の犯人がうろついている危険性もあるんだからな?」



「わ、……分かりました……。必ず報告しておいてくださいよ?!」



動揺した様子で、お嬢様を連れて帰る後輩を見送る。



その背中が消えてから、天を仰いだ。



目に写るのは、街灯でぼやけた星空。



「いやぁ……青春だねぇ……」







それから数日後、お嬢様の身元を知った暁斗が、その事実を彼女に言えずにいると明かされた。



その理由は、恐らく……暁斗の中で、お嬢様の存在が大きくなりかけているからだろう。




ーーーーー全く、手がかかる。



後は、二人に任せるよ。



舞台は揃えたのだからーーーーー




知っていて知らない振りをする、二人の嘘を……



見て見ぬふりをする自分もまた、共犯なのだろう。



END





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ずるくても傍に 天乃ゆうり @amano_yuuri

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