第二十話

 4月11日 PM2:30


『ジリリリリッ』

『同室2室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


「私達とあいちゃん達だけだね」

「そうだな。さすがにみんなミッションは避けたみたいだな」

「このフロアの南西の外周側3室にはかなり人数がいたから、ミッションを避けることは絶対できないもんね」


 そっか、確かにそうだ……


「とは言え私は何があってもいっくんに付いて行くから。このフロアまでしか一緒にいられないし」

「うん。俺も真子を放すつもりはない」


 俺たちは真剣な表情でモニターに顔を上げた。テロップはすぐに表示された。


『瀬古大輝、木部あいは自分たちが付き合っているのかどうかを紙に書いてカメラに映せ。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『波多野郁斗、太田真子はカメラの前に立ち、口移しで水を飲ませ合え。制限時間は次の移動ターン開始まで』


 それを見て真子が言った。


「今回は余裕だね。あいちゃん達もそんなに難しくないし」

「あぁ、キキもネタが尽きたかな」

「キキに見せつけてやろ。私達も美紀ちゃん達に負けず劣らずラブラブだって」

「そうだな」


 強気な発言だが、真子の顔は笑っていない。一気に4人が死んだのはまだ堪えているのだろう。もちろん俺も堪えている。そんなすぐに切り替えられるわけがない。


 俺たちはすぐにミッションに取り掛かった。そして今回のミッションはすぐに終わった。ミッション発令から5分と掛からず俺たちの部屋は暗転した。その後、すぐに大輝達の部屋のモニターも暗転した。ちなみ大輝達の結果は「付き合っていない」だった。

 まぁ、予想通りだ。木部には相手がいるし、大輝はそもそも女を突き放すような性格。むしろずっと木部と一緒にいることが意外なくらいだ。B3フロアでは向かう方向が同じだったと考えても、このフロアに上がってまで行動を共にするとは。牧野が言っていたように木部が大輝を放したくないのだろう。


「また忘れた頃に危険なミッションが出るのかな……」


 真子が不安そうに言った。確かにその可能性はある。今回はミッションがやけに易しい。ミッションを通して俺と真子がカップルになったことは周知の事実。性行為までモニター中継でやらされた。今さらまったくと言っていいほど抵抗がないミッションだ。キキは緩急を使っているように思う。


「さっきのミッションは5室もあったし内容が濃すぎたから様子を見てるのかな」

「そうだな。あそこまで濃いミッションが何室もあると視線は分散する。それにキキはキキでどの画面からも目が離せない。黒子もいるくらいだから分担してミッションは確認しているだろうけど。……そうか」

「どうしたの?」

「キキはこのターンはゆっくりプレイヤーの動向を確認したいんだ。恐らくどの部屋も会話は筒抜け。ゲームマスターには映像も常に筒抜け。今までそうして動向をチェックしていたんだ。扉が開いている15分は各フロアの作戦も聞けるし。そうして先を読んでゲームを楽しんでいるんだ」

「何それ、本当性格悪いよね。嘘も吐けないじゃん」


 真子のその言葉を聞いて俺はハッとした。もしかして大輝達の今のミッションは物凄く危険だったのではないか。事実は「付き合っている」と「付き合っていない」の2択がある。そして大輝達が示す回答にも「付き合っている」と「付き合っていない」の2択がある。回答は合計で4種類。もし嘘を吐いた場合……

 どのパターンにせよ嘘を吐くことに大輝達に何のメリットがあるのかはわからない。もちろん事実を示すことにミッションクリア以外のメリットがあるわけでもないが。ただずっと会話を聞いてきたキキになら本当のことがわかる。つまり嘘は通用しないと釘を刺されたのでは?


 そう考えると辻褄の合うことがある。それは性行為のミッションだ。最初の2室はみんな服を着たまま、しかも俺たちは毛布も使っての行為だった。つまり隠していた。ただそれだとそのうち挿入を偽るプレイヤーが出て来てもおかしくない。恐らくキキは室内の会話や声から判断した。

 ではなぜ陽平と本田に対するミッションでは隠すことを許さなかった? それは恐らく陽平は園部との行為の時、挿入を誤魔化そうとした。陽平と園部のミッションは夜中だったため俺は見ていない。自然に考えると誤魔化そうとしたのは園部の懇願だろうが、陽平は後々の報復の可能性を恐れて従った。

 しかし、いつまで経ってもモニターが暗転しない。だから結局行為をした。そしてミッションをクリアした。


 園部と陽平のうち、次に男女でのミッションになったのは陽平。だからキキは園部の時と同じ内容のミッションを発令した。条件を更に厳しくして。キキの命令は絶対だ、逃げることは許さない、というメッセージなのだ。


「たぶんそうだね」


 俺の考えを聞いて真子は納得したように答えた。キキはどうやらプレイヤーの逃げ道をことごとく潰しているようだ。

 そうすると元気と鈴木に課されたミッションは残酷過ぎる。キキは2人が恋仲になったことを知っていた。そしてあんなミッションを発令したのだ。鬼や悪魔と言っても生ぬるいくらいだ。

 俺はE扉に背中を預け、タイルの床に座った。その様子を見た真子が言った。


「マットに来ないの? お尻冷たいでしょ?」

「あぁ。真子少し寝なよ。疲れてるだろ?」

「なんか怖い夢でも見そうで……」


 夢? そう言えば俺は休憩室で、真子の膝枕で眠った時に夢を見ていたような気がする。一気に鼓動が激しくなった。どんな夢だったか……


「そんな言わずにちゃんと休めよ。真子を疲れさせたの俺だから責任感じる」


 俺は考えることを止め、努めて明るく真子に言った。


「まぁ、そうだねぇぇぇ。じゃぁ、お言葉に甘えて」


 真子も努めて明るく言った。お互いに笑顔を交わしたが、無理して作った笑顔だ。4人の死はまだ尾を引いていて心の底から笑うことはできない。

 真子はすぐに毛布を被り俺に向いて横になった。目を閉じた真子の顔を見て思う。この先何があっても絶対にこの子だけは守らなくては。


「ねぇ、いっくん」


 真子が再び目を開けて言った。


「ん?」

「すぐには眠れそうにないからお話して。そのままでいいから」


 真子の不安な様子が見て取れる。眠ることへの不安。しかし今後どんなミッションが来るかわからないから体力は回復させなくてはならない。今は少しでも安心がほしいのだろう。


「いいよ。何話そうか?」

「明るい話題がいい」

「そうだな。何があるかな」


 このゲームのことを話題にしてもどんどん暗くなる。暗くなれば気が滅入る。他の話題を提供したい。俺がそんなことを考えていると真子が質問を入れてきた。


「いっくんは私のどんなところが好きなの?」

「可愛いところ」


 俺は即答した。俺にとっては真子以上に可愛いと思える人はいない。お世辞でも何でもなく事実だ。


「私のどんなところが可愛いと思ってるの?」

「顔もそうだし、明るい性格も可愛いと思ってる。あと、スタイルや声なんかは綺麗だなって思うよ」

「なんかまじまじと言われると照れるね」

「聞いといてか?」

「へへ」


 二人して笑った。今の笑顔は俺も真子もほんの少しだけ本物だったと思う。


「と言っても私そんなにスタイルには自信持ってないよ? 胸だって大きくないし。背だって高くないし」

「胸が大きい人って俺は苦手だから。それに真子って全体的に細いじゃん? 身長が低くて華奢な女の子は俺の中でポイント高いから」

「そっか、そっか」


 真子が満足そうな顔を見せる。横になっている時の真子の笑顔には心惹かれる。


「なら私はいっくん好みなの?」

「もちろん」

「へへ、嬉しい。いっくんも中学の最初の頃は小さかったよね?」

「そう、あれ本当コンプレックスだったんだよ」


 確かに中学校入学当初、俺は低身長だった。それで結構バカにもされたものだ。


「けど、中3で同じクラスになった頃には私より随分身長あったよね」

「成長期だったからね。ちゃんと伸びてくれて良かったよ」

「可愛らしい顔立ちは残したまま凛々しさが増しちゃって」

「容姿を褒められるのは照れるな。あんま言われたことないし、そんなに自信ある方じゃないから」


 これは謙遜でも何でもなく本音だ。容姿を褒められたことは記憶の限りない。真子や高校に入ってから告白してくれた女子生徒は、容姿以外の何かに魅力を感じてくれたのだろうか?


「へぇ、自覚ないんだ」

「自覚?」

「ううん。何でもない」


 真子は満足そうに目を閉じた。眠るのだろうか。


「いっくん好き」


 真子は目を閉じたまま言った。


「初めて気持ちを伝えてから、1年以上言いたくても言えなかった。言いたかった『好き』が1年分溜まってる」


 俺だってそうだ。言いたくても言えなかった『好き』が溜まっている。真子を傷つけたのだと自分を責めていた一年がある。


「真子……。俺も好きだよ。この1年でまとめて2年分言わなきゃだな」

「その倍は言ってやる」

「ははは。他の会話もしなきゃ」

「それだってする。イチャイチャもする。デートもする。勉強だってまた教えてあげる。そう言えば、いっくん今成績どのくらいなの?」

「学年上位クラス」

「うそ?」


 真子が閉じていた目を見開いた。


「貼り出されたテスト結果でいっくんの名前見たことないよ?」


 桜学園の定期テストは学年毎に全教科合計の上位50人の名前が廊下の掲示板に貼り出される。ちなみに真子は30位前後で毎回名前が載っている。


「上位なのは物理だけ」

「……」

「……」

「また一緒にお勉強しようね」


 真子が有無を言わせない空気を作る。真子先生はスパルタだ。高校受験のために大層お世話になったが、きつかった思い出しかない。


「俺はイチャイチャしたい」

「サル」

「デートもしたい」

「勉強頑張ったらね」

「そんな……」

「私だってデートしたいんだよ。けどそれでいっくんの成績が上がりませんでしたじゃシャレにならないじゃん」


 『成績が落ちました』ではなくて『上がりませんでした』と表現されるのか。確かに物理以外これ以上落とし所がないような場所に俺はいるのだが。


「ちゃんと成績が安定したらデートしよ? その時はエッチもたくさんさせてあげるから。それまでお預け」

「……」


 安定だけを求めるのなら下の方で安定しているのだが。もちろんこんなことは口に出しては言えないが。


 この後も俺と真子は会話を続けた。次第に真子の口数が減ってきた。口元は少し動いているが、声が出ていない。今度こそ眠るようだ。俺は少しずれた毛布を真子に掛け直してあげた。

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