第十九話

 4月11日 PM1:30


『香坂元気、鈴木美紀は互いの名前を紙に書け。書かれたプレイヤーは脱落とする。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『遠藤勉、鈴村俊のいずれかは自殺をしろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』


 これが牧野に聞かされた中継中の2室のミッション内容だった。真子はその場に膝をつき、顔を手で覆って泣き出した。牧野も言い終えると目頭を押さえ鼻をすすり始めた。俺は力が抜けてしまい立っているのがやっとだ。いや、座ろう。

 確実に2人が死ぬ。元気と鈴木は先に名前を書かれた方が死ぬ。遠藤と鈴村はどちらが自殺をしなくてはいけない。そんなことって……牧野が泣きながら続けた。


「香坂君と美紀ちゃん、さっきまで毛布被って裸で抱き合って横になってたの」

「え? なんで?」

「わからない。毛布は使ってたけど、瑞希ちゃんと橋本君より先に2人のミッション内容を始めて。終わるとずっとその状態だった。真子ちゃんと波多野君がこの部屋に入って来たのは、2人が起き上がって服を着てから少ししてよ」


 元気と鈴木がセックスをした? なんでだ?


「遠藤君と鈴村君は、ミッション発令直後は長いこと話したり、様子からして怒鳴り合ったり、掴みあったりしてた。ミッションを押し付けようと揉めてたんだと思う。自殺が条件だから、殺し合うこともできないし。

 けどそれも小一時間ほどで終って、それからずっとあの状態よ」


 遠藤と鈴村は東西の壁際に分かれて、壁に背を預け床に座っている。2人とも俯いているようだ。

 一方、元気と鈴木は2人でマットに肩を並べて座っている。手を繋いでいるようだ。


 デジャブ……


 なんだこれは。どこかで似たような光景を見た気がする。まだつい最近のことのような気がするのだが、思い出せない。


 俺は2つのモニター画面から目が離せないでいた。すると最初に動きがあったのは元気と鈴木の部屋だった。2人四つん這いの格好でマットに並び、ノートを開いている。そして筆記を始めた。まさか……

 肩の力が抜けない。元気と鈴木のモニター画面から目が離せない。真子は俺の横に並び、俺の腕を力いっぱい抱きかかえている。


 筆記が終わると画面の中の2人は立ち上がった。警報音は鳴らない。名前は書いていないのか? 2人揃って名前を書かれたプレイヤーが脱落のミッションの時は、お互いの名前を書くという抜け道があった。

 しかし、今回はお互いの名前を書き、書かれた方が脱落。逃げ道がない。


 すると2人は並んでカメラの前に立った。目線はカメラだ。そして2人して勢いよくノートを開いた。その瞬間、俺に絶望と言う名の衝撃が走った。いや、この部屋中に。いや、このモニターを見ているのであろう全プレイヤーに走ったはずだ。


『私達2人はここに来て初めてお互いを認識した。少ない日数の中、しかし6ターンという実に48時間近い時間の中、狭い密室で同じ時を過ごした。連続でこれだけ過ごせばお互いに情も湧く。今では私達2人は愛し合っている。だからできるだけ心残りを無くしたく、中継を承知の上で体も結ばれた。生きているうちにしかできないから』


 2人がサインペンで2冊のノートの見開き一杯に書いたメッセージ。「心残り」とは何だ?「生きているうち」とは何を意味する? 考えなくてもわかる。けど考えたくない。

 元気が鈴木の次のフロアに付いて行くと言った意味はこういうことだったのか。2人の心は結ばれていた。だから交わったのか。涙が止まらない。真子と牧野の嗚咽が聞こえる。2人のメッセージはまだ続く。


『愛し合う2人に相手を死に追いやることはできない。だから2人の命はこの腐ったゲームにくれてやる。けど命果てても私達の心までは死なない。ざまーみろ。クラスメイトのみんな、生きて。元気、美紀。キキ、クソ食らえ』


 お互いの名前を書かないように、自署にしてやがる。何だよ、それ。何だよ、その遺書みたいなメッセージ。全然嬉しくないよ。2人とも自殺志願者ではないプレイヤーだろ?


 鈴木は今まであまり面識がなかった。まともに話したのも2年になってから。このゲームからだ。接していて気が強いところがある女子だとはわかった。けど話をしているとすごく気が楽でいい奴だ。俺だってお前とは15分ずつだが5ターン顔を合わせた。情がある。立派な友情を感じている。

 元気。1年の頃から同じサッカー部で一緒にしごかれた。お互いのことは中学の時から知っている。試合で何度も対戦した。ライバルからチームメイトに変わって、クラスメイトにもなった。まだまだこれからなのに。それなのに……


『ジリリリリッ』

『失格者確認』


 警報音とアナウンスに真子が反応し、モニターに向かって絶叫した。


「いやー! やめてー! 2人を殺さないでー! 美紀ちゃんと香坂君と約束したの。1Fで会うって約束したの。お願い、殺さないでー!」


 キキ、聞いているか? 真子の声を。頼む、真子の言うことを聞いてくれ。

 画面の中の2人はノートを床に落とすと抱き合った。そしてそのまま膝をついた。そこに割り込むテロップ。


『香坂元気、鈴木美紀、コミュニケーション違反のため失格』


 抱き合う2人の左腕が大きく震える。針が刺さったのか? やめてくれ。刺さないでくれ。2人はより強く抱き合い、マットに向かって倒れた。0距離の2人。本当に幸せなのだろうか。これが本当に幸せの形なのか? 心が通じたばかりじゃないか。

 俺が憎しみを込めてモニターを睨みつけていると画面が暗転した。そんな。元気……鈴木……


「うわーん! なんで? なんでよ? なんで2人が死ななきゃいけないのよー!」


 真子の絶叫は止まらない。牧野の嗚咽も続く。


「ひっく、ひっく」


 少し経っても真子の呼吸がまだ整わない。牧野は部屋の隅で膝を抱えている。俺は真子の肩を摩ることしかできない。その時だった。


 4月11日 PM2:00 第14ターン


『ジリリリリッ』

『2時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 え、もうそんな時間? 待て。まだモニターが点いている。遠藤と鈴村はどうなった? 俺たち3人は同時にモニターに顔を上げた。牧野はすぐに目を背けた。真子は俺の胸に顔を埋めてモニターから視線を外した。

 モニターに映る遠藤は頭を抱えて部屋中を歩き回っている。鈴村は座ったまま膝を抱えて震えている。


『ジリリリリッ』

『失格者確認』


「やめろー! もういいだろ。これ以上はもうやめてくれー!」


 俺は立ち上がり絶叫した。しかし現実は悲痛で聞き入れてはもらえない。俺の声をあざ笑うかのように表示されるテロップ。


『遠藤勉、鈴村俊、ミッション不達成のため失格』


 遠藤と鈴村は左腕を押さえて床に転げ始めた。


「やめろ……やめろよ……」


 やがて画面の中の2人は動きが止まった。そして画面が暗転した。


「そんな……」


 俺はがっくりと膝をついた。一気に4人が死んだ。そんなことって。再び聞こえる真子の嗚咽。牧野は膝を抱えたまま。顔は完全に腕で覆ってしまっている。俺はしばらく放心状態だった。


 15分が経過してN扉とE扉が開いた。選択する扉のボタンをタッチするだけでも多大な気力が必要だった。やらなきゃ死んでしまう。だからこの部屋の3人はタッチした。しかしもう心が疲れ切っていた。牧野は壁にもたれて座っている。俺と真子はマットの上で肩を並べて座っている。

 既に14人が死んだ。残りは男子が7人と女子が11人の合計18人だ。もう人が死ぬのは嫌だ。早くこのゲームを終わらせたい。


 開いた先のN扉の向こうから大輝、木部、田中の3人が姿を現した。大輝は便器脇の腰壁にもたれて座っている。木部と田中はマットの上に座っている。3人とも憔悴していた。


「大輝……」


 俺が声を掛けると大輝が振り向いた。


「郁斗。このフロアに来てたのか」

「あぁ。さっき入ったばかりだが、これからの行動とか、話は全部牧野に聞いた」

「そうか。じゃぁ、さっきのターンのミッションの経緯も知ってるんだな?」

「あぁ」


 大輝は視線を正面の斜め下に落とした。


「俺、情報を集めたくて人と会うことを期待して、人が多そうな上層のこのB1に来たんだよ。B2はすでにクリアしてたから。けど人が集まるとミッションの可能性があるから遠藤にはB2に行くように言ったんだよ。俺の期待通り、このフロアのマンションの外で鈴村と会って、鈴村にはB4に行くなって言った」

「あぁ、それも聞いた。大輝の読み通りたぶんB4にはもう勝英しかいない。この次のターンで大輝達にB4クリアの通知が来たらそれが確定だ」


 大輝の左手が見えた。ペンを2本添え木にしてテーピングテープで小指を固く固定している。柔道部の大輝は部活でテーピングテープが必須だから、いつも鞄に入れていると言っていたことがある。


「けどその2人は俺の意見のせいで死んだ」

「大輝のせいじゃない。ゲームのせいだ」

「そんなこと頭ではわかってるよ!

 入り口から移動したばかりの遠藤と鈴村がミッションをした。それは恐らく入り口で3人以上が固まったからだ。そしてそのプレイヤー達は出口までのルートを掴んでいた。それで二手に分かれた。俺がこのフロアの入り口に入った時も4人が固まって同じことをしたから。

 そう、頭ではわかってんだよ。けどもう心は付いてこねーよ」

「大輝……」


 すると木部が大輝の腕を掴み立つことを促した。


「瀬古君、移動しよう」


 そう言うと木部は俺を見た。


「波多野君、瀬古君のことは任せて。瀬古君には今まで散々助けてもらったから、今度は私が支える」

「あぁ、頼むよ」


 木部に促されていた大輝は立ち上がった。そして2人は東の部屋に消えた。田中は北に進むようだ。それを確認して牧野が、大輝達がいた北隣の部屋に入った。


「いっくん、私たちも移動しよう」

「あぁ」


 真子にそう答えて立ち上がると陽平の姿を捉えた。陽平は既にこちらの部屋に入室していた。それなりに付き合いのある間柄だが、お互いに沈んだ表情で一度目を合わせると、言葉を交わさず視線を外した。


 俺と真子は東の22番の部屋に移動した。

 更に奥の東の部屋には本田瑞希の姿が見える。マットの上で膝を抱えて座っていた。陽平、田中、木部とこの本田はこのゲームで初めて直接見る。モニターで見たとは言え、ここまでクラスメイトを目にすると本当にクラス全員がここに送られているのだと絶望的な実感が湧く。


 そして15分が経過し扉が閉まった。

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