始まった戦い

 ヴァチカンの騎士の手から、炎のように立ち上る黒い魔力。

 三銃士のリーダー、リチャードは、パニックになりながらも決して指輪の魔力の源を手放そうとせず、その腕をブンブンと振っている。

「火じゃねーんだから、振っても消えねーぞ」

 そう言いながら、ヴァチカンが持ってきたお土産のバームクーヘンの包装紙をペリペリと剥がす北嶋さん。

「ちょ!何を呑気に包装紙を剥がしてんのよ!?」

「そりゃバームクーヘン食うからに決まっているだろ」

 言いながら、既にナイフで切り分けている。

「それは見れば解るけど!今はそれ所じゃないでしょ!」

 魔力に当てられて、外のグリフォンが暴れ出している。更には、魔力に吸い寄せられるよう、低級悪魔もチラホラと現れているのだ。

「なんかギャーギャーうるせーと思ったら、外の三羽の鳥か?」

 北嶋さんはヤレヤレと言った感じでタマを見る。

「タマ、お前少し黙らせて来い」

 そう言いながら、タマに切り分けたバームクーヘンを一つ与えた。

――モグモグ…何故妾が…

 口に放り込まれたバームクーヘンを食べながら、不満そうに言うタマ。

「落ち着いてバームクーヘン食えねーからな。鳥三羽くらい楽勝だろ?」

「ちょっと!グリフォン三体よ?しかもヴァチカンの制御から外れて凶暴化しているのよ?いくらタマとは言え…」

 そこまで言った私の背中がゾッと冷たくなる。後ろを振り向くと、タマが全身の毛を逆立てて、妖気を放出していた。

――尚美、妾が、たかがグリフォン三体に遅れを取ると言うのか?

 右の手のひらで頭を押さえて、眉根を寄せて後悔した。タマに火を点けてしまったのだ。

――グリフォン等の命は保証できぬぞ?

「構わん。人ん家の庭で暴れる躾のなってない鳥を蹴散らして来い」

 北嶋さんの言葉を聞いたタマは、そのまま外に飛び出した。

「あっ、タマ!!」

 止めようとしても、時既に遅し。

 バタンと玄関扉が閉じ、グリフォン三体の威嚇と、タマの咆哮が聞こえた。

「ちょっと待ってくれ!グリフォンが暴れているのは我々が何とかする!だけど、このまま魔力を放出し続けていたら…」

 レオノアと言う騎士の一人が青ざめながら、両手を頭に付けたり離したり、慌ただしく動いている。

 このまま魔力を放出し続けていたら…

「いずれ上級悪魔もやって来るかもね」

 微笑を浮かべて騎士を見るリリス。いや、それは微笑では無く冷笑か?

「解っているなら君からも北嶋に何とかするよう、頼んでくれ!君も今は戦うつもりは無いのだろう?」

 詰め寄る騎士だが、リリスの前にリリスを守るよう、身体を入れてくるジル・ド・レ。それに反応して少し身体を引いて間合いを確保した。

 やるつもりは無いようだが、いざとなったら躊躇しない。その間合いがそう言っている。

 いやいや、アンタ達、この家じゃ無く、他でやってくんない?近所迷惑もいいところだ。

「君達の希望を叶えてくれたんだろう。これ以上良人の手を煩わせる事は許さないよ…」

 リリスの言葉の語尾に殺気が入っている。このままでは、この家で戦争が起こってしまう。例え双方、一応はやる気が無くてもだ。

 ならば、北嶋さんに騎士の代わりに何とかするよう、頼む事にした。

「北嶋さん、流石に上級悪魔は勘弁だわ!何とかして!」

 お願いする私に返って来た返事は、想像を超えた物だった。

「ん~?俺は別に悪魔は敵だとは思って無いから、特にどうこうしようとは思わないけど?」

 一気に静まる居間の中……

 北嶋さんがバームクーヘンを食べる音だけが聞こえる……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 俺は手の中で、今も魔力を噴火の如く噴き出させている指輪の欠片を持っているのすら忘れて北嶋を見た。

 悪魔は敵とは思っていない…

 それは神の代わりに剣を振るう、俺達ヴァチカンに対しての裏切りにも等しい言葉だ!

 異教徒の、しかもカトリックを否定しているような北嶋とその仲間に対して、紳士的に接してきた俺達を嘲笑っている…

 俺は血が沸騰するような感覚を覚えた!!

「それはどういう事だい…?」

 俺達の中でも一番冷静なレオノアも、感情を押し殺すのが精一杯の様子…握った拳が微かに震えている。

「向かって来たり、依頼だったりなら別だが、奴等も無駄に殺戮をしないだろ。よく聞く願いを叶える代わりに魂を、ってのも術者との間で交わされた契約、言わば対価だしな」

 俺達がわざわざ持って来てやったバームクーヘンを頬張る事をやめずに、恐ろしい事を平然と言う北嶋。

「成程、対価か。だが、古来、悪魔は人間を襲っている。その事実はどうかな?」

 レオノアが諭すよう質問をする。俺はもういいと、口を開きそうになった。

「そりゃ狩りだろ。奴等も喰わなきゃならないだろうし。喰われたくなきゃ全力で逃げるか迎え撃てばいい。俺達人間が糧を得る為に狩りするのと一緒だ」

「人間が餌になればいいと言っているのか!!」

 思わず口を挟んだ。異教徒の戯言など、大人しく聞いてやる義理など無い。

「だから、お前等キリスト教が言う知恵の実を食ったのは人間だってば!力で対抗出来ないなら知恵で対抗せいっつー事じゃねーの?」

 相変わらずバームクーヘンを食べる事をやめずに返す。

 こいつに説法は無意味だ。基本的に考え方が違う!

「ふむ、確かに野生の生き物も、ただで捕まっている訳じゃない。反撃したり、時には大きな力に守られたり、だな」

「何を感心しているんだレオノア!!そう言えばお前は犬を食べる韓国人や、鯨を捕る日本人を、文化の違いだと言って深刻に受け止めていなかったな!!」

 レオノアに叫んだ。わざわざ国際的に嫌われ者になってまで、文化だと言って賢い動物を食べる事をやめようとしない蛮族を擁護するとは、なかなか慈悲深い所があるとは言え、それがレオノアの甘さだ。

 だから実力も申し分ない筈なのに、騎士の小隊のリーダーにもなれない。

 俺は苛つき、唾を床に吐き捨てた。


 ガタン!!


 いきなり北嶋が立ち上がり、俺に向かって歩いて来た。

「なんだ蛮族!何か言いたい事でもあるのか!」

「ま、待て北嶋!!リチャードの事は謝る!!」

 北嶋を睨み付ける俺に対して、慌ててレオノアが間に入ろうとする。

 謝る?俺が一体何をしたと言うんだ!!

 そう口を開こうとした矢先!!

「人ん家の中で唾を吐くな馬鹿野郎!!」

 俺の頬に鈍い痛みが走ったと同時に、俺は床に転がった。

「バカチンコラ!!どんだけ偉いんだテメー!!ふざけやがって!!」

 北嶋が更に一歩踏み出した。俺は怒りに任せて命令を出す。

「アーサー!!この愚か者を抹殺しろぉ!!!」

 命令と同時に素早く北嶋に接近するアーサー。

 しかし、剣を抜く動作の最中、アーサーが横にくの字になり、吹っ飛んだ。

 アーサーを吹っ飛ばしたのは、北嶋の仲間、葛西 亨の蹴り!

「ヴァチカン最強なんだってなテメェ?テメェの相手は俺がしてやるぜ!良いだろう北嶋!」

 葛西 亨は笑いながらもアーサーから目を離さずに北嶋に聞いていた。

「良いも何も、もう蹴っているだろうが暑苦しい葛西。主役の俺と戦えないのは、あの無表情の印象が薄くなるって事だぞ」

 北嶋が訳の解らない事をほざく。

「あ~っ!もうっ!」

 神崎が何か術を唱えると、キィンと言う音と共に、部屋全体が違和感で溢れた。

「結局こうなるのよね。庭から家まで亜空間に転移させたわ。ここならどんなに破壊しても構わないから」

「有り難ぇ。あの馬鹿の物を壊すと弁償弁償うるせぇからな」

 葛西 亨が笑みを絶やさずに、やはりアーサーを見ている。そして、アーサーはゆっくり立ち上がり、葛西 亨に向かって言った。

「お前は命令に入っていない。だが、邪魔をするなら排除する」

 腰から両刃の剣を抜き、構える。

「馬鹿な!アーサーやめろ!葛西、君も退いてくれ!」

 レオノアが二人の間に割って入ろうと一歩踏み出したその時、今までリリスの前に立っていたジル・ド・レが剣を抜き、レオノアに襲い掛かった。

「危ないレオノア!!」

「はっ!?」

 レオノアは腰に下げていたマシンガンを抜き、ジル・ド・レに銃口を向ける。

「ち、隙を突けるかと思ったんだがな」

「何を考えているんだ!我々は戦ってはいけない!承知の筈だろう!」

 ジル・ド・レは剣を肩に担ぎながらレオノアを見て笑う。

「最早手遅れ。貴様等ヴァチカンが北嶋を訪ねて来た時から、戦争は始まったんだ」

「馬鹿な!まだ始まってはいない!俺はまだ諦めないぞ!」

「なら銃を下げて、黙って俺に斬られるんだな」

 レオノアの意志はどうあれ、相手は戦う気だ。

「悪魔崇拝者に話など無駄だレオノア!!」

 叫ぶ俺だが、途中、右手に違和感を覚え、そっと見る。

 指輪の魔力が炎のように立ち上がっていた筈の右手…その魔力が無くなっていた!!

「な、何故…?」

 呆ける俺に、リリスに従っている日本人が嫌らしい笑みを此方に向けながら言う。

「魔力を持て余していたんだろう?俺がヴァチカンの本部に運んでやったぜ」

 言われて右手をそっと開く…

「指輪の欠片が…無い!!」

「瞬間移動だ。なに、礼には及ばない。もっとも本部はパニックになっているかもしれないがな」

 高笑いする日本人!!

「黙れ!!」

 マシンガンを抜く。日本人は口元を歪めながら、目を細めて俺を見る。

 そして腰に下げていた刀を抜き、切っ先を俺に向けた。

「松山 主水…参る!」

「名乗る事を許した覚えは無い!!貴様の名など聞きたくも無い!!」

 俺は迷わずに引き金を弾いた!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「始まったね」

 私は微笑を浮かべで周りを見る。

 そして私の真正面で、バームクーヘンを食べている愛しい人に目を向けた。

「どちらが勝つと思いますか良人?」

「んー?強い方だろ」

 シンプルな答えを返しながらもバームクーヘンを頬張る良人。

 少しは私の方を向いてくれても良さそうなのだが、今は良い。

 私は左薬指にはめた、鉄と真鍮の指輪をウットリと眺める。

「悪魔は敵とは思わない。神も味方だとは思っていない。そうですよね?」

「ってかよー。別にキリスト教も否定している訳じゃねーんだから勘違いするなよ?」

 先程までしなやかだった左薬指がキュッと固まる。

「…どう言う事ですか?」

 改めて聞き直す…

「別にキリスト教に限らず、殆どの宗教は、時の権利者に都合良く教えをねじ曲げられているって事だ。戦争が起こったら、神の名を勝手に使われて大量虐殺したり…ふざけんな!って絶対思っているぞ神様は。対して悪い事が起これば、悪魔や妖怪の仕業にされたり、濡れ衣もいいとこだ!と悪魔も絶対思っているぞ」

 良人は全ての責任は人間に有る、と言っているのだろうか?

「神も悪魔も、人間にはあまり用事は無いんじゃねーの?地球規模で考えりゃ、人間は居ない方がいいだろうし。なら、バカチンが言う、人類を滅ぼす悪魔ってのは、地球にとっては神に等しいのかもなー」

 意外と深い事を言う良人だが、バームクーヘンを食べる手を休めようとはしない。

 話を聞く限りでは、思った通りと言うべきか、私と敵対する事は無さそうだが…

 まぁ、私は良人の身体には拘ってはいない。

 欲しいのは気持ち…魂なのだから。良人と永遠に共に居られるのが私の望みなのだから…

 再び左薬指の指輪を見る。

 やはり私の敵は神崎一人なのか。

「つかお前、そんなオモチャ大事そうにしなくてもよー。お嬢様なんだろ?もっと良い物持っているだろうに」

「これは貴方が私に贈ったかけがえの無い指輪…エンゲージリングですから」

 私の頬が熱くなる。思わず顔を伏せてしまう…

「エンゲージリング?それはただのオモチャの指輪だぞ?」

「これは確かに高価では無い、古ぼけた指輪ですが、エンゲージリング…」

 私は顔を上げて良人を見る。

「エンゲージリングでは無い!?」

 私の言葉に呼応するように、良人はウンウンと頷いた。

 良人の言葉を思い出す…

「ほら銀髪。パイの礼だ。ただの鉄と真鍮の指輪だぞ」

『ただの』鉄と真鍮の指輪だと言っていた!!

「私の想いを受け止めてくれた訳では無いのですね!!」

 バンとテーブルを両手で叩きながら立ち上がる!!

「フゥ~ッ……想いも何も…フゥ~ッ……婚約指輪は神崎にやるっつっただろーが…フゥ~ッ……」

 バームクーヘンを全て食べ終えてお腹をさする良人…挙げ句…

「パイとバームクーヘンをほぼ一人で食ったから腹一杯だぁ~。少し横になるから騒がしくすんなと手下達に言っとけ」

 そう言って神崎の膝にゴロンと頭を預けてソファーに横になった!!

「何してんのよっっっ!!」

 神崎が良人のこめかみに肘を落とす。

「ぐあっっ!!」

 良人はこめかみを押さえながら、ソファーから転がり落ちた。途中、テーブルに頭をぶつけてダメージを広げている。

「痛ててて…」

 大事には至っていないようだが、良人はテーブルの下から出て来ない。

「北嶋さん、早く席に戻ったら?」

「………」

 神崎に促されながらも、テーブルの下から出て来ない良人。

「もしや、酷いダメージを負ったのでは!!神崎!!良人にもしもの事があったら、君は殺すからね!!」

 心から心配した。良人に裏切られた形となったのだが、私は良人を憎む事が出来ないようだ。

 遥か昔に似たような事をされた私だが、転生した今でも、やはり私は…

「もしもの事?リリス、あなたは北嶋さんをずっと追っていた筈よね。それなのに、まだ北嶋さんを理解していないの?」

 そう言ってテーブルの下に居る良人を蹴る神崎。

「ぐあっ!!」

「神崎っ!!」

 怒りで頭が真っ白になる。

 その時、良人がテーブルの下から『渋々と』出て来た。

「で?何色だったの?」

 良人に訳の解らない質問をする神崎。

「多分黒…」

 ?何が黒なのか、さっぱり解らない!

「黒いストッキングを履いているから、よく解らなかった訳ね」

 神崎はソファーに深く腰を沈ませて私を見た。

 黒いストッキング…

 黒………

 ハッとして一気に頬が熱くなった!

「私の下着を見ていたのですか!?」

 あの時、テーブルの下に転がり落ちた良人は、短いスカートから覗く私の下着を凝視していたのだ。

 私は黒いストッキングを履いていたから、下着の色をなかなか特定できなかったのか!!

「だから生脚の方がいいんだよなぁ」

 ブツブツと不満そうに呟く良人。

「リリス、あなたに北嶋さんは無理よ。そして北嶋さんはあなたの捜している人じゃない。もうやめましょう?」

 神崎が、哀れみを持った瞳を私に向けながら、諭すように言う…!!

「…なんだいその目は…何故君が私の想いを否定するんだ!!」

「勘違いは誰にでもあるわリリス。あなたは色々と思い込んでいるだけなのよ」

「やはり君が一番気に入らないよ神崎!ヴァチカンよりも、誰よりもね!!」

 私は勢いよく立ち上がる。憎悪を以て神崎を睨み付けながら…!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 神崎を睨み付ける銀髪。

 うわ~…めっさ怖ぇ~…

 軽く引いた俺は、銀髪から視線を外して周りの様子を見る。

 迂闊に目が合ったら、何かとばっちりを喰らうかもしれんからだ。

 最初に目に入ったのは、バカチンリーダーが銀髪の日本人手下にマシンガンを乱射していた所だ。

「魔を滅す銀の弾丸だ!貴様に相応しいだろう!」

 日本人は先読みしている感じで、弾を避けていた。

 銀髪にとばっちりが行かないように、此方に身体を向けないようにしている所が忠実ぶりをアピールしているようで気に入らないが、結果、俺や神崎にも弾が向かって来ないと言う事で良しとしてやろう。

「いくら銀の弾丸とは言え、当たらなければ意味がないな」

 日本人は隙を付き、一気に間合いを詰めて斬り付ける。

「ぐっ!」

 ギリギリ躱したバカチンリーダーだが、白い革のコートがばっさりと斬り裂かれた。

「意外とやる…」

 日本人はあれで決めようとしていたらしい。躱された事に結構驚いていた。

 まぁ、俺なら瞬殺している。

 つまり日本人もバカチンリーダーも、俺より弱いのは確定だと言う事だ。

 俺はつまらん見せ物から目を逸らして、もう一人のバカチンに目を向ける事にした。

「まだ間に合う!退け!」

「この期に及んで、何と軟弱な」

 マシンガンで剣を受けているもう一人のバカチン。鍔迫り合いの状態になっている。

「くっ!」

 ドカンと腹に蹴りを入れて銀髪の白人手下を退けるバカチン。瞬時に銃口をチャッと向ける。

「剣を捨てて手を上げて貰おう」

 バカチンは殺すつもりは無いようだ。どうにか丸く収めようと言う気持ちがあるみたいだな。

「ふん、殺すつもりが無いのなら、戦場に来るなよ」

 そう言いながらも立ち上がろうとはしない白人。

 迂闊に動けば引き金を弾かれる。

 殺すつもりは無いのだが、やる時はやるタイプのようだな。それを感じて動かないのだろう。

 まぁ、殺気ばっかの白人手下も俺の敵では無いが、いちいち忠告するもう一人のバカチンも、甘くて俺の敵にはなれんな。

 またまたつまらん見せ物から目を離し、今度は暑苦しい葛西と無表情のバカチンに目をやる俺。

 暑苦しい葛西は喧嘩好きだから、激しい戦闘をしている事だろう。

「んんん?」

 激しい戦闘を予想していた俺だが、暑苦しい葛西と無表情は一定の間合いを保ちながらピクリとも動いていなかった。

「おい暑苦しい葛西、何ボケーっとしてんだよ?」

「…馬鹿野郎テメェ…こいつの剣を見てから物を言え!」

 暑苦しい葛西が苦笑いをしながら汗を流していた。

 暑苦しい分際で何を慎重になっているんだ?

 そう思いながらも、無表情に目を向ける。

 確かに、無表情は剣を抜き、それを構えて暑苦しい葛西から目を離さないようにしているが…

「刃物にビビってんのか暑苦しい葛西?」

「まさかこの目で見る事になるとはな…王の剣、エクスカリバーを…」

 エクスカリバー?あの剣の名前か?

「それが何だ?」

 暑苦しい葛西は舌打ちをした。

「本当にテメェは物を知らねぇな!王権を象徴する剣、妖精の加護によって王を守る剣…伝説の聖剣、エクスカリバーだ、あれは!!」

 俺は一応返事を返してやった。

「ふーん」

「ふーんてテメェ!!ちゃんと説明するから耳かっぽじって、よく聞きやがれ!!」

 暑苦しい葛西は、頼んでもいないのに、説明をし出した。

 俺は全く興味が無いが、一応聞いてやる事にした。密かに『何て心が広いんだ俺は!』と一人で思いながら。

「5、6世紀、ヨーロッパの辺境のとある教会に『選定の剣』なる物が置かれていた。岩に深々と突き刺さったこの剣を抜ける者は、ブリテンの王になると言うが、誰も引き抜く事ができなかった。だが、やがてこの剣をいとも簡単に引き抜いた者が現れた。時のイングランドを治めるケルト族のウーサー・ペンドラゴン王の王子だ」

 恭しく説明をする暑苦しい葛西は、それでも無表情から視線を離していない。

 無表情は俺と暑苦しい葛西を視野に入れて、隙を窺っている最中だ。

「この選定の剣はカルブリヌスと呼ばれていたが、王子は戦いの最中、この剣を破損しちまう」

「伝説の聖剣もぶっ壊れんのかよ」

 なんだ、別に大した剣じゃねーじゃん。

 しかし優しい俺は、直ぐ様フォローしてやった。

「まぁ、ゴールドクロスもぶっ壊れるんだから問題はないのか」

「ちゃんと聞け馬鹿野郎!!訳の解らない事言ってんじゃねぇ!!」

 暑苦しい葛西に怒られた。俺の優しさが完全に裏目に出た形となった。まぁ、人生は儘なら無いから、致し方ない事だが。

「育ての親、魔術師マーリンの助言に従い、剣の破片を湖に投げ入れると、『湖の乙女』と呼ばれる妖精が現れ、エクスカリバーを授けた。エクスカリバーは『カルブリヌスから作り直された物』を意味する」

 俺を叱って普通に続きを話す暑苦しい葛西の人の、心を全く無視する蛮行に多少腹を立てながらも、エクスカリバーって剣の事は何となく解った。

「使う者を選定して妖精にチューニングされた剣なんだな。解った。じゃ、さっさとやれ」

 俺は暑苦しい葛西の背中をドンと押す。

「テメェ何しやがる!!」

 暑苦しい葛西が此方を振り向いた。刹那!無表情が一気に間合いを詰めて来たではないか!

「うおおっ!」

 横に転がって避ける暑苦しい葛西。

 しかし、無表情は暑苦しい葛西に目もくれずに俺に向かった。

「あれ?」

 俺の脳天に狙いを定めて軽く振り被る無表情。

「おいっ!あっちだろ敵はっ!」

 俺は前蹴りを無表情の胸に当てた。

 トン、と触れたか触れないかの感覚だったが、無表情は後ろに飛び跳ねて俺から間合いを取った。

「……」

 無表情は瞬時に切っ先を向ける。

「やい無表情、お前は暑苦しい葛西とやるんじゃないのかよ?」

「命令されたのはお前の命だ。あっちの男は命令に入っていない」

 む~ん…なんか面倒臭い奴だな…

 俺は暑苦しい葛西に目を向ける。

「暑苦しい葛西君。どうやら君の事はアウト・オブ・眼中のようだよ」

 挑発するよう、ヘラヘラと笑いながら言う。肩を竦める事も忘れずに。

「この俺が眼中に無いだと!舐めやがって……!!」

 暑苦しい葛西が怒りを露わにして無表情を睨み付ける。

「お前も単純な奴だな…」

「うるせぇ!!テメェはいちいち出て来るな!野郎は俺がぶっ叩く!!!」

 暑苦しい葛西の背中から鬼がヌ~ンと姿を現す。

「羅刹!!あの野郎をぶっ壊せ!!」

 鬼が無表情に向かって腕を伸ばした。

 無表情は剣で鬼の腕を斬り落とそうと振り被る。

「させねぇよ!!」

 鬼の腕を引っ込めて、暑苦しいが無表情の懐に飛び込んだ。

 振り下ろす剣より早く、暑苦しい葛西の蹴りが剣を握っている手にヒットする。

 剣を握った手がそのまま跳ね上がる。と思いきや!!

 なんと!!無表情は構わずに馬力で振り下ろしたではないか!!

「何!?」

 咄嗟に鬼の腕で無表情の左肩に掌をぶち当てる葛西。

 ぶっ飛ばされて体勢なんてメッチャクチャだが、無表情は剣を完全に振り下ろした。


 ガキン!


 無表情のエクスカリバーの切っ先が床に触れ、スッと斬り裂ける。

「おおー!すげー!!」

 思わず拍手する俺。

 暑苦しい蹴りを喰らって、尚且つ鬼にぶっ飛ばされても敵を斬ると言う目的を崩さない。

 驚嘆するわ!!

 あんま意味無いように見えるが、暑苦しい葛西は内心ビビっているだろう。

 自分の身体よりも敵を斬る事を優先させた、特攻に等しい行為だからだ。

「狂ってんのかテメェ…」

 暑苦しい葛西の暑苦しいドレッド頭から、汗が一滴流れ落ちている。

「避けるに値しない攻撃…耐えるだけで充分と判断したまでだ」

 涼しい顔をしながら無表情を貫く。

 暑苦しいキックはともかく、鬼の掌打も耐える方を瞬時に選ぶとは、なかなか肝も太いし洞察力もある。

「手加減していたのを見切った上での行為かよ…」

 鬼の力に馬力勝負は俺くらいしかできない。

 まぁ、自慢だけど。

 手加減したからぶっ飛ばされた程度で済んだ訳だ。

 俺ならカウンター喰らわすけど。

「ヤベーんじゃねーの暑苦しい葛西。力量を見間違うとやられちゃうぞ」

「手加減は無意識に近い。本気の羅刹の掌打を耐えられる馬鹿はテメェくらいだと思っていたからな」

 暑苦しい葛西の口元が上がる。

 笑ってやがるよ、この暑苦しい喧嘩好きは。

 呆れる俺。

 その時、無表情が初めて目を見開いた。

 暑苦しい葛西が振り向く。

「敵から目を離すなよ!!」

 と、言いながら、無表情を見据える俺。

 だが、目を見開いた無表情は、葛西どころか俺も見ていない。

 俺の後ろを見ているような?

 チラッと辺りを見ると、バカチンリーダーも日本人も、バカチン騎士も白人も、何か俺の後ろを見てビビっているような?

 その時、俺の背後から、銀髪の叫ぶ声が聞こえた。

「来たれ!!憤怒を司る魔王!!」

 ここで俺も漸く後ろを振り向いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「神崎、私は良人の肉体には特に拘っていない。私は良人と永遠に共に在る事が望みだ。だから儘ならないのならば、元々の目的通り、良人を亡き者にして魂を貰うまでだよ」

「知っているわ。その為に七王を集めている事もね」

 北嶋さんを手に入れる為、殺す為、リリスは七王を集めていた。北嶋さんが四神を集める前から。

 師匠はそれを知り、四神を集めるよう指示を出したのだ。

 七王の力が無ければ北嶋さんは殺せない。

 それ程に北嶋さんの力が大き過ぎると読んだ。

 だが、七王を集めると言う事は、それに従う悪魔も手中に入れると同じ事。

 ヴァチカンも、他の団体も、脅威と感じるのは必至。対抗する手段を考えたり、それを実行したり。

 結果、リリスと神や仏側の人間と戦争になる。

 転生した有名人を集めているのも、そう言った人間にぶつける為の戦力なのだ。

 リリスはずっと捜していた。

 自分の伴侶を。

 リリスは人類で初めて全てを知った女性。

 愛する喜びも、苦しい嫉妬も、そして、棄てられた憎悪も。

 人類の祖、アダムの最初の妻にして、悪魔に堕ちた人間、リリス。

 リリス・ロックフォードは、リリスが人間に再び転生したものだ!!

「北嶋さんはあなたを棄てた男じゃない。何をリサーチしていたの?」

 女性を棄てるなんて、酷い事をできる人じゃない。

 棄てられた事は多々あったようだが。

 以前付き合っていた人はIT企業の社長と結婚するから、と、一方的に別れられたらしいし。

 もっとも、多額の慰謝料を脅しに等しい交渉で勝ち取って、ろくでなし扱いされていたけど。

「年月が経てば変わるものだよ。人間とはそういうものだ」

「ならばあなたも変わりなさい。勘違いを貫き通すと、不幸になるわ」

 本当にリリスの事を思って言ったつもりだ。

 北嶋さんに関わっていては、いつまで経っても幸せになれないような気がする。

 北嶋さんが多少なりとも好意を持っていたなら別だが。

「君は良人を一番理解しているような口振りだが、一体何様のつもりだい?」

 リリスが苛々し出して親指の爪を噛む。

 私に怒りを向けているのが、手に取るように解った。

 ……………

 もう認めよう。

 このままでは、リリスだけじゃない、私の大事な友達も不幸になる。

 北嶋さんと初めて会った時から、こうなる事を何となく感じていたんだから。

 私は一つ深呼吸をし、リリスに言う。

「理解しているとはまた違うわ」

「はっ!お笑いだね神崎!君が一番長く良人の側に居たから、君を一番の敵に決めていたのに、拍子抜けだよ!」

 私が北嶋さんを理解していないと受け取ったのか、北嶋さんを理解し難いと思っていると読んだのか、リリスは勝ち誇ったように薄く笑う。

 余程自分のリサーチと気持ちに自信があるんだろう。

 だが、リリスの気持ちは北嶋さんには絶対に届く事は無い。

 何故ならば…

「あの人は私に惚れている。ただそれだけよ」


 言っちゃった……

 普通の婚約指輪じゃないと受け取らないからね北嶋さん…

 時間が止まった様に固まるリリスに向かって口を開く。

「そして私も北嶋さんを大好きなのよ。リリス、可哀想だけど、あなたの出る幕は無い」

 静止した時間が一気に進んだが如く、リリスの顔が憎悪に歪み、激しくテーブルを叩いて立ち上がる。

「神崎!!今すぐ死ね!!!」

 リリスは悪魔を呼ぶ為の術を繰り出す為に集中する。

「戦争回避は諦めたわ。あなたも、もう後戻りする気は無いでしょう」

 私も集中をする。

「以前会った時、まだ二王しか揃っていない、と言ったね」

 聞かずに集中する私。

「実は、あれから揃えた王は六王!!何故一気に集められたかと言えば、新たに引き入れた彼の力さ!!!」

 三王目に、最強を取り込んだのか?

「煉獄の大三冠を総べる怒りの王よ!!我の敵に王の前で過ちを悔いて朦朦もうもうたる煙の中で祈りを捧げさせよ!!来たれ!!憤怒を司る魔王!!!」

 憤怒を司る魔王!?まさかそれは!!

「氷獄の檻!!」

 私とリリスの間に、氷地獄の檻が現れる。

 だが、これも直ぐに崩壊する事になるだろう。

 リリスが呼んだ憤怒を司る魔王は、冥い地獄の穴の奥に、真っ黒い身体を蛇のようにくねらせ、亜空間結界の狭い居間をただ見るように目だけ覗かせた魔王…

 悪魔王、サタン!!!

「魔王の中でも最強だよ神崎!!亜空間は狭くて顔の一部だけしか出現出来ないようだがね!!」

 結界を張っていなければ、私の創った亜空間なんか瞬時に壊されていただろう。

 それも時間稼ぎにしかならない。氷獄の檻を含めても…

 それ程、圧倒的な力を感じた……!!

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