聖と魔

 北嶋さんからソロモンの指輪を贈られて、非常に非常に困っている状態だった。証拠に溜息しか出て来ない。

「……はぁ~…」

 ほら、まだ出た。何回目の溜息だろうか。30を超えたあたりから記憶がない。

 少し考えさせて?と、その場しのぎの返事を返して丸一日が経過したが、その間、ずーとため息ばかりついている。

 昨晩なんか、こんなに頭を悩ませている私に対して「神崎、晩飯は?」と言う能天気な要求をするし。

 葛西は葛西で「テメェも大変だが、北嶋をぶん殴れるのは、何故かテメェだけだ。これも運命じゃねぇか?」と、全く責任感の無い発言をして、更に頭を悩ませるし。

 ってか、いくら考えても答えなんか出る訳が無い。

 生乃は勿論、梓にも相談できない。結奈には以前背中を押されたようなものだし…

「身内と修羅場か、敵味方関係無く修羅場か…」

 昨日から、その考えが堂々巡りだ。そりゃ溜め息しか出なくなるってものだ。

 テーブルに肘を付き、顔を手のひらで覆いながら項垂れている。昨日から、この姿勢のような気がする。


 ガチャリ!!!


 玄関のドアが乱暴に開いた。

「北嶋さん?水道通し終わったの?」

 北嶋さんは葛西とタマを連れて裏山に水道を通す作業をしている。神様の御神体をお掃除するのに、いちいちバケツで水を運ぶのは不便だからだ。

 因みに葛西はその為に引き止めたようなものだ。


 ドカドカドカドカ!!


 ん?靴も脱がずに入って来ている?泥棒?

 居間から飛び出す。

「何か御用!?」

 身構える私の前に、白人の男性が四人。

 白い革のロングジャケットを羽織り、白い革のパンツを履いて、安全靴みたいな靴を履いている。

 太いベルトの後ろには、マシンガン?そして、大きめのロザリオを首に掛けている。

「……ヴァチカンの騎士!?」

 4人の先頭にいた白人男性が敵意を以て私を睨み付ける。

「北嶋 勇はどこだ?話がしたい!!」

 話がしたいと言う態度には全く見えない。高圧的で傲慢で、礼儀など感じない。まるで自分達がこの世で一番偉いと言う態度だ。

「以前師匠から訊いた通りね」

 ヴァチカンの騎士は、世界を厄から守っている、即ち人類を悪魔から守って『やって』いる、と傲慢にも思っていると。

 確かに対悪魔戦にはかなりの戦果を上げているが、ワシゃ好かん連中だと言っていた。

 現教皇のネロとは浅からぬ縁らしいので、表立って抗議をしていないだけだと。

「私も師匠に同感だわ」

 怒りを通り越して呆れる。神の名を使ってやりたい放題か。

「北嶋 勇はどこだと聞いているんだ!!」

 乱暴に私の肩に手を掛ける。目を細めて、その手を払い退けた。

「ヴァチカンが北嶋さんに何の御用だと聞いているのよ」

「質問しているのは此方だ!!」

 4人の騎士は、既に臨戦態勢だ。北嶋さんと戦うつもりらしい。

 心当たりは…

「ソロモンの指輪か」

 一言漏らした私に鋭い視線を投げつける騎士達。

「そうだ。それを回収する為に、我々が話し合いに来たのだ」

「話し合い?奪い取るの間違いじゃなくて?来た?来てやったと言いたいのでしょう?」

 4人の騎士の眉間にシワが刻まれる。どうやら図星をついたようだ。

 と、言うか北嶋さんと戦おうと考えるなんて…何と言うか、気の毒だ。あらゆる意味で。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 水道を通す作業の手伝いに駆り出された俺と九尾狐は、昼休憩の為に北嶋の家に向かおうと、池の前から動き出した。

「あ~…腹減ったなぁ~…」

――何故妾が穴掘りの手伝いなどをせねばならぬのだ…

 前脚に沢山泥を付けてブツブツ零す九尾狐。北嶋の命令で前脚で溝を掘り進めたのだ。

 池から機械で遊歩道に溝を掘り進める北嶋に対して、九尾狐は俺と共に死と再生の神の社と地の王の社へ繋がる溝を人力で掘ったのだ。

 北嶋が掘り進めた溝に、社から掘った溝を繋げ、水道管を入れて再び埋め戻す。

 結構な重労働にクタクタになった俺と九尾狐は、早く昼飯を食いたくて急いで家に向かう。

「おいタマ、お前ちゃんと泥を洗い流せよ」

――それ以前に小動物の妾を手伝わせるなど、考えられぬ!!動物虐待で訴えてやるぞ!!

 当然の抗議をする九尾狐だが、北嶋は今、鏡を掛けていない。九尾狐の抗議など、北嶋には届いていないのだ。

「テメェがちゃんと洗い流してやれよ…飼い主だろうが…」

「ちっ、面倒臭ぇなぁ」

 北嶋はヤレヤレと言った感じで、九尾狐の前脚をバケツに突っ込み、乱暴にゴシゴシと洗い流した。

――貴様!もっと優しく洗わぬか!!!

 しかし北嶋の耳には届かない。クワークワーと騒いでいる程度にしか捉えていないだろう。

「おし、キレイになったぜ」

 満足そうに胸を張りながら笑う北嶋だが、九尾狐の前脚はビショビショだった。

「テメェ、ちゃんと拭いてやれよ…」

「ちっ、面倒臭ぇなぁ」

 またまた乱暴に九尾狐の前脚をタオルでゴシゴシと拭く北嶋。

――だから優しく拭かぬか!!!

 憤る九尾狐だが、やはり北嶋にはクワークワーとしか届いていない。

「もういいだろ。早く昼飯にしようぜ…」

「おし、家に行くぞ」

 俺達をほっといてズンズン歩き出す北嶋。つい九尾狐を哀れみの目で見てしまう。

「テメェ、よくあんなのに従っているな…」

――妾もたまに不思議で不思議で堪らなくなるわ…

 項垂れながら北嶋の後に続く九尾狐。本人(?)も解らねえのなら仕方ねぇ。

 きっと理屈じゃない、何かがあるんだろうと、無理やり思う事にした。

 北嶋の家の前に着いた俺の目に飛び込んできたのは、ロールスロイスだ。

「おい、何だあの車は?」

「神崎が新しく買ったのかなぁ?」

 物珍しそうに、ロールスロイスに群がる北嶋。コンコンとボディを叩いたりしていた。

「普通の車より硬い気がするな」

 言われて俺もロールスロイスに近寄る。

「…防弾装備車か?」

 神崎が防弾カーを購入するとは思えないが…あいつのキャラならスポーツカーだろ。

――誰か来ているな。4人か…

 九尾狐の耳がピクピクと動いている。

「客が来ているらしいぜ北嶋」

 ロールスロイスは客の物のようだ。防弾カーならば大臣か何かか?

 たまに大臣が依頼をしにやって来るらしいから納得だ。

――客だが、招かれざる客のようだな!!

 九尾狐が牙を剥く。

「北嶋!敵らしいぜ!行くぞ!」

「敵?わざわざ倒されにやって来るとは、難儀な奴だなぁ」

 北嶋はヤレヤレと言った感じだったが、俺はワクワクしていた。

 何より、水道を通す仕事に比べたら、ずっと面白ぇ。

 家の中に入った俺達の目に飛び込んで来たのは、この暑い中に白い革のロングジャケットを羽織った4人組の外国人。神崎を囲んで何か怒鳴っていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「おらあああ!!俺の女に何しやがる!!」

 怒鳴る俺。振り向く外国人達。

 一番偉そうな外人にズカズカと近付く俺。

「北嶋 勇か!ごおっっ!?」

 俺に偉そうな視線をぶつける一番偉そうな外人の顔面を思いっ切りぶん殴った。

 外人は派手に壁に激突した。バキンと壁が破壊される。

「あああああ!?壁に穴開けやがったな!もう許さん!!」

 寝っ転がっている偉そうな外人のテンプルに踵を落とす。

「ごあっっっ!!」

 偉そうな外人は白眼を向いて動かなくなった。

「貴様!!」

 残り3人の外人が腰から銃を抜く。つかこれマシンガンじゃねーか。

「殺す覚悟があるなら、死ぬ覚悟もあるんだろうな!!」

 踊り掛かろうとした俺の肩を掴んで止める葛西。

「北嶋!!こいつ等ヴァチカンだ!!」

「バカチンなら尚更だろ!!」

 相手がバカチンなら 話なんか通じる訳がない。葛西の手を払い退け、一番近い外人にローをぶち込んだ。

「ぐあっ!!」

 床に膝を付く外人。

「いい高さだバカチン!!」

 髪を掴み、そのまま顔面に膝を入れた。

「ぷああああっっっ!!」

 鼻血を流して仰向けにぶっ倒れる。そして残りの2人を睨み付けた。

 またまた葛西が肩を掴んで止めた。

「何だよっ!?」

「テメェだけズルいだろ!!ヴァチカンとやれるなんて、滅多に無いんだぜ!!代わりやがれ!!」

 強引に俺を引っ張って、残り2人の前に立つ葛西。

「ヴァチカンが北嶋に用事とはな。ソロモンの指輪か?いきなり魔力が出現した形になったんだ。マークしていたテメェ等なら直ぐに気付いただろうな」

「おい暑苦しい葛西!!バカチンに話は無駄だ!!」

「バカチンはテメェだろ!!こいつ等はヴァチカン、カトリックだよ」

 葛西にマシンガンを向けていた残り2人は、安堵した表情になり、マシンガンを下ろす。

「何を戦意喪失してやがるんだテメェ等?」

 驚きの顔に変わる2人。

「話を聞くんじゃないのか!?」

「神崎のツラを見れば解るさ。指輪を渡すのを拒否されたんだろ。力付くで奪おうとした矢先に俺達が現れた。違うかよ?」

 図星を付かれてギクッとする2人。

 神崎に力付くだ?俺の怒りはマックスになりそうだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋さんに殴られて気絶したヴァチカン達。残り2人も完全に飲まれている。

 更に喧嘩好きの葛西が加わり、ヴァチカンの騎士の全滅は確定になった。

 倒れている2人に目を向ける。

「良かった、死んではいないようね…」

 北嶋さんに本気で殴られたのだから、確実に骨は折れているだろうが、ちゃんと生きている。無意識に手加減をしたんだ。

――尚美、無事か?

 タマが駆け寄って心配してくれた。

 私は屈んでタマに笑いかけた。

「大丈夫よ。私があの程度の連中にやられる訳無いでしょ?」

――あの程度の連中以上の輩が来る事になったがな

 悪戯な笑みを浮かべるタマ。私達に従っているとはいえ、ヴァチカンは基本的に妖狐のタマの敵なのだ。

「私はあまり揉めたくないんだけどねぇ…」

 溜め息を付くも、諦めてはいる。

 ヴァチカンとの対峙…案外、必然と言えば必然かもしれない。

 彼方側からすれば、私達は異教徒。ヴァチカンが護る対象にはなっていないのだから。

 葛西が騎士の襟首を掴み、自分に引き寄せる。

「ひっ!!」

 騎士が引き攣りながら身体を固くした。

「……ちっ、ビビってしまってやる気が失せた奴と戦っても仕方ねぇ」

 葛西がつまらなそうに騎士の襟を離そうとした瞬間!


 ゾワッ!!


 騎士の後ろ…玄関じゃなく、家の入り口の真逆の方から冷たい気が『現れた』!!

「なんだテメェ等…」

 葛西が現れた気の方向を睨み付ける。先程消えた好戦的な葛西の気が復活した。敵意丸出しの気だ。

 そしてこの冥い気…私は…私は、この気を知っている…

――貴様等…何用で現れた!?

 タマも低く身構えて威嚇する。

 ヴァチカンの騎士達も、その気に反応して其方を見る。

「ひゃあああああ!!」

「き、ききき、貴様等はっ!!」

 ヴァチカンの騎士達は怯えの目を見せた。

「ん~?何で玄関の反対方向から来たんだ?窓かどっかから侵入したのか?」

 呑気な質問をする北嶋さん。いきなり現れた云々は、果てしなくどうでも良い様子だ。相変わらず余裕だなぁ。

「馬鹿だなテメェ!空間移動だろ!」

 掴んでいたヴァチカンを放り投げ、敵意を露わにする葛西。

「お金持ちにしては、礼儀がなってないわね、リリス」

 振り向く私の視線の先に、黒いワンピースを着た銀色の長い髪の女…

 リリスが微笑を零しながら、此方を見ていた。

「久しぶりだね神崎」

 リリスの右隣には、松山 主水…松山の瞬間移動で家に侵入してきたのか…

 左隣に居た白人の男が、私に包装された箱を差し出す。

「?」

 眉根を寄せながら、なんとなくそれを受け取る。

「何、そんなに身構える必要は無いよ。ただのお土産さ。ナポレオンパイだよ」

 クックッと笑うリリス。愉快そうに。美人だから、どんな動作でも絵になる。いや、別に羨ましくなんて無いし。

「土産だ?頭がおかしいのかテメェ?これから…」

「戦う事になるかは、話次第だよ葛西 亨」

 名を言われて驚く葛西。微妙に仰け反っていた。

「テメェ…何故俺の名を…?」

「私は識らなければならないからさ。私の良人の全てをね」

 そう言って、北嶋さんに目を向けるリリス。一気に頬が赤くなり、俯く。美人だけど可愛い面もあるんだなぁ。いや、別に羨ましくないから。ちょっと火照った顔が可愛いだけだし。

「お久しぶりです私の良人。お元気でした…よね」

「良人?元気っちゃ元気だが、土産は有り難く受け取るが、何故玄関から堂々と来なかった?」

 お土産のナポレオンパイの力か、家に不法侵入されたに等しいのに、北嶋さんはあまり怒っていない様子だった。この人は食べ物を貰えれば何でもいいのだろうか?

「それは…貴方に私の存在をはっきりと認識して貰う為。玄関から入った場合、私は貴方の背中越しから現れる事になります。貴方には、私の存在を一番に見付けて欲しいのです」

 もじもじと脚を隠すよう、くねらせるリリス。以前より丈の短いワンピースだ。脚線美が全面に現れる服を着て来たようだ。

 当然のようにジロジロ見る北嶋さん。

「黒いストッキングが邪魔だな。俺は生足がぐぁっ!!」

 最後まで言わせずにボディにパンチを入れた。

「リリス!これは受け取れないわ…って?」

 リリスは凄い悲しそうに俯いていた。

「何なんだテメェ!ヴァチカンもテメェも戦意喪失かよ!」

 葛西の怒号に反応をしないリリス。悲しそうに俯いたままだ。

 お土産を渡した白人が代弁をした。

「お嬢様は北嶋 勇にストッキングが邪魔だと言われて悲しんでいるのだ。奴の為に、普段は着ない、丈の短いワンピースを頑張って着たと言うのに」

 黙る葛西と、緊張が解けるヴァチカンの騎士達。そして、非難をする眼差しを北嶋さんに向けるリリスの側近達。

「なんか…ゴメンな…」

 北嶋さんは、頭をポリポリと掻きながら、謝罪をした。

「は、はっはっは!!これがリリスか!?男の為に着飾り、それが意に反したら傷付き、ただの小娘じゃないか!!」

 リリスの普通の反応に、ヴァチカンの騎士は恐るに足りぬと思ったのか、指を差して笑い者にする。

「雑魚が!調子に乗るなよテメェ!!」

 騎士に手を伸ばす葛西。それを押し退け、お土産を渡した白人が、剣の切っ先を騎士の喉元に当てる。

「他人の心を嘲笑うとは、カトリックは昔から変わらないな」

 力を込めたのだろう。騎士の喉元から一滴の血が流れた。

「ひっ!!」

 怯む騎士だが、白人は力を緩めようとはしない。

「おいお前等。殺し合うのは勝手だが、俺ん家を大惨事にすんな。どこか余所に行ってやれ!」

 怒る北嶋さんだが、元々この家は悪霊によって大惨事になっていた。

 私達が浄化したから、普通の家に戻ったのを、すっかり忘れている様子だ。

「良人の言葉に従え。ジル」

 言われて白人は剣を退く。渋々と言った体で。

「ジル、だと?」

 白人は剣を鞘に納めて葛西をジロッと睨んだ。

「ジル・ド・レ。それが私の名だ」

 名乗ったジルに驚愕するヴァチカンの騎士。

「ジル・ド・レだと!?」

 流石に葛西も驚いた。

 転生した有名人を集めているリリス。

 私も、その事実を知らなかったら、恐らく驚いたに違いない。

 ジル・ド・レとは、15世紀の英仏百年戦争で、ジャンヌ・ダルクと共にフランス軍で戦った英雄の一人だ。

 大領主でもあるジル・ド・レの、その広大な領地と財産は国王にも匹敵する程だったと言われている。

 子供の頃は、ラテン語の読み書きを自由にこなす頭脳を見せたが、11歳の時に両親を亡くしてからは、すっかり我が儘放題の生活になってしまったという。

 20歳で国王シャルル7世に仕え、25歳で将軍に任ぜられて、百年戦争時には元帥の称号が与えられたという、常識を凌駕したスピード出世を成した。

 ところが、自身が聖女と崇めたジャンヌ・ダルクが英国軍に囚われ、フランス王の裏切りにあって処刑されたことを発端に、精神が歪んでいった。

 百年戦争の休戦後には、自らの領地と城に籠もり、夜な夜な錬金術と黒魔術に没頭する事になり、その一方で、巨大な大聖堂を建築、領地の内外から美少年を集めて聖歌隊を結成して聖歌を歌わせ続けた。

 大聖堂の建築と美麗な騎士団の創設と大がかりな黒魔術は、巨大な財産を食い潰す事になる。

 お金が無くなったジルは、至る所から借金をする事となった。

 悪魔崇拝と美少年趣味もますますエスカレートして、お抱えの魔術師の「悪魔を呼び出すためには少年の生き血を捧げねばならない」という言葉を信じ、領内に溢れていた戦争孤児たちを呼び集めたり、農家を回って子供を買い集めたり…

 足りなくなったら、堂々と誘拐をしたり。

 収集された子供達は、ジルの前で歌を歌わされた後、性的奉仕を強要された挙げ句、無惨に殺されていった。

 連れ去られた子供がどうなるかを知っていた親は、それでも金欲しさに子供を売ったりもしたらしい。

 そして、借金で教会と起こしたトラブルから、聖職者たちによって告発されて、これらの所業が明らかにされ、漸く逮捕される事になる。

 ジルの居城からは二百を超える子供のバラバラ死体が発見され、その被害総数は千五百に及ぶと言われた。

 裁判が始まった当初は、裁判官を悪辣な言葉で罵倒するジルだったが、教会から『破門』を突きつけられると、一転して余りの恐怖に戦慄し、全てを告白。涙ながらに懺悔し、自ら火あぶりにかけられるよう乞うたらしい。

 その姿を見た市民達も、貰い泣きして火刑を支持したこともあり、火刑に処せられた。

 支持した中には、子供を誘拐された親も居たらしい。

 自分の子供を暴行され、殺されたと言うのに、ジルを支持したと言う事になる。

 ある意味、ジルは最後まで、民衆から支持された英雄だと言える。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「そ、そのジル・ド・レがお前だと言うのか!!」

 ヴァチカンの騎士はビビって後退っているが、俺は何故か口元が緩んだ。

「テメェもなかなかの技量のようだな…」

 ジル・ド・レの前に立つ俺。

「貴様こそだ。葛西 亨」

 納めた剣の柄を握るジル・ド・レ。やる気があるのは俺だけじゃねぇようだ。

「だから家の中でやり合うなっつーの。外でやれ、外で」

 北嶋が神崎の持っている菓子折りをヒョイと持ち上げ、更に九尾狐を抱き上げて居間に消える。

 俺もジル・ド・レも、ヴァチカンの騎士達も、場に居る人間は何となく北嶋を目で追った。

 居間のソファーにどっかと座った北嶋は、菓子折りを開け、ナイフを取り、ナポレオンパイをススーッと切り分ける。

 皿に切り分けたパイを九尾狐に与え、自分もモグモグと食い出しやがった!!

「何やってんだテメェ!?」

 流石に場の空気をド無視し過ぎだ。

 俺だけじゃねぇ、ジル・ド・レも突っ込みを入れる。

「貴様!なんだその自分だけの空間は!!」

「大丈夫だ。ちゃんとお前等の分も残しておくから。神崎、コーヒー」

 北嶋は咀嚼しながら、我関せずの態度を崩そうとはしなかった。どんだけ自由なんだこいつは!?

「こ、コーヒーね、わ、解ったわ」

 何故か北嶋に従う神崎。台所に消える。

「ま、まぁ、良人は家の中で暴れるなと言っているようだし、君達も己の技量では、この場に 相応しく無いと感じないかい?」

 顔を伏せて押し黙る騎士達。

「と、取り敢えず、お前等では話にもならない。もっと上の奴等をよこした方がいいんじゃないか?」

 松山って野郎に促されて、ヨロヨロと立ち上がる。

 気絶した騎士を、それぞれ背負い、俺達を一睨み。

「俺達で終わっていれば良かったと後悔する事になる…」

 負け犬の捨て台詞を、俺達に言い放って、ヨロヨロと退散して行く。

「ケッ、つまんねぇなぁ」

 ジル・ド・レもやる気が失せたように頭を振る。

「お前等、話が終わったなら早く食え。無くなるぞ」

 …この一人平和の馬鹿の馬鹿行動で、一応は争いは避けた形となった。

 なったが…

「いずれやり合う連中だろうが?今やっても問題ねぇだろ?」

 北嶋の隣にドッカと座り、北嶋を非難の目で睨む俺。

「だから、やり合っても構わないから。外で、遠い所でやれっつーの!」

 パイを食う事をやめずに、北嶋が微妙に叫ぶ。

 何の事はねえ。北嶋は、家を惨事の状況にしたくないだけだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋 勇によって気絶させられた仲間を後部座席に押し込んで、北嶋の家から猛スピードで『逃げ出す』形となった。

 悔しさや無念を通り越し、虚無感が我々を支配している。

「リリスの配下も、尋常じゃないぞ…」

「あのドレッドの男もだ…」

 あの場に居た、全ての者達は、我々の力を遥かに凌駕していた。

 化け物とは、まさに奴等の事だ。

 我々の力では、何もできない…

 そんな事を考えていた矢先、フッと辺りが暗くなる。

「何だ?雲でも出て来たか?」

「いや、俺達の頭上だけだな…」

 証拠に、我々の周り以外は、ちゃんと日が照っている。


 ドガン!!


 屋根に衝撃音が響く!

「な、何だ!?」

 急ブレーキを踏み、車を停車させる。

 周りの影が段々と大きくなる…

 我々は、固唾を飲み、真正面を凝視した。


 バサバサバサバサバサバサ!!!


 我々の車の前に巨大な鳥が舞い降りて来た!!

「うわあああああああ!!」

 絶叫するも、何も出来ない。

 我々の頭上から降りて来た巨大な鳥…影の正体はこいつだったのだ。

 続けて2羽、3羽と舞い降りて来る。

「ま、待て!!誰か乗っているぞ!!」

 鳥の背に、人間が乗っていたのだ。白い革のロングジャケットを羽織った人間が。

「ヴァチカンか!?」

 だが、あの鳥は…?

 鳥の背から、一人降りて我々に向かって来る。

「日本の騎士だな?その調子じゃあ、指輪は奪取出来なかったようだな」

 クックッと嘲笑う騎士。

「あ、アンタ等は?」

 もう一人、鳥から降りて近付きながら言う。

「勿論、ヴァチカンの騎士だよ。尤も、お前等は俺達の事は知らないだろうがな」

 こちらもニヤニヤと嘲笑っているようだ。

 そして、最後の一人が降りて近付く。

「敵前逃亡は重罪だ」

 腰に下げている剣を抜きながら…

「こ、この車は防弾使用だぞ!剣で傷一つ付かない…」

 此方の言葉を無視して剣を振り下ろした!!


 ガゴオオオオ!!


「ぎゃああああああああ!!」

 車が真っ二つになったのと同時に、我々は気を失った……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋を挟んで、左が俺、九尾狐、右が神崎。

 そしてテーブルを挟んで、ジル・ド・レ、リリス、松山 主水と、向かい合う形となって座っている。

 睨み合う形となっているのだが、真ん中の馬鹿がパイばかり食って知らん顔だ。当事者だってのに。

「テメェに話があるとやって来た敵だぜ!話くらい聞けよ!」

 能天気な北嶋に苛立って、テーブルをバンと叩いた。

「ふっ、私の用事は神崎だよ葛西 亨。それより、お客様にお茶も出さないのかい?」

 唇に笑みを浮かべながら神崎を見るリリスだが、その眼差しは凍り付くように冷たい。

「ああ、ごめんなさい。うっかりしていたわ」

「神崎、コーヒーおかわり」

 立ち上がる神崎に対して、食うのをやめずにコーヒーのおかわりを要求する北嶋。

「ふっ、本気なのか馬鹿なのか…」

 敵に呆れられた。

「本気で馬鹿に決まっているだろ!!」

 いきり立つ俺をじっと見る北嶋。

「な、なんだよ?」

 凄く深刻そうな北嶋は、やがて徐に口を開いた。

「暑苦しい葛西、それ食わないならくれ」

 北嶋は俺の前に置かれているパイを指差して俺をジーッと見ている!!

「勝手に食え!!」

 声を荒げてパイを北嶋の前に滑らせた。

「暑苦しい葛西、お前の熱い友情は、確かに受け取ったぜ!」

 俺の滑らせたパイをがっつく北嶋。九尾狐にギャンギャン騒がれているが、全く気にしていない。

「北嶋さん、私のも食べていいわよ」

 お茶を煎れて戻って来た神崎は、カップを各々の前に静かに置いて席に着いた。

「そうか。ダイエットでもしているのか?」

 全く悪びれもせずに、神崎からパイを貰う北嶋。やはり九尾狐がギャンギャン騒いでいる。

「妖狐を黙らせてくれうるさくて話ができん」

 ジル・ド・レが煩わしそうに言う。

「ああ?テメェ等に向かって吠えている訳じゃねぇ。北嶋を叱って吠えてんだ。うるせぇ、話が出来ねぇ、それなら力で来いよ?」

 元より俺はそのつもりだ。無論、九尾狐も。北嶋が許せば、直ぐにでも飛びかかるだろう。

「私もシンプルな方が得意なんだがな」

 チラッとリリスに目を向けるジル・ド・レ。応えるように、リリスが首を横に振る。ジル・ド・レや松山主水はともかく、リリスはやる気が無いようだ。

 それは北嶋が止めたからか?それとも、純粋に話をしに来ただけだからか?

 とにかく、彼方側の頭がやる気が無いのなら、俺達も動くに動けねぇ。

 一呼吸し、リリスが口を開く。

「話と言うのは他でもない。神崎、ソロモンの指輪を私に渡してくれないか?」

 先程の冷たい眼差しを打ち消して、懇願に近い表情になるリリス。

「渡せないのは承知でしょう?」

 毅然とした態度で断る神崎。

 まぁ、当然だ。聞く所によると、リリスは魔界の七王を集めている最中だとか。

 ソロモンの指輪を、その使役に使う事は火を見るよりも明らかだ。

 だが、俺の考えは直ぐ様崩れる事になる。

「君の懸念は理解するよ神崎。だから魔力を君が封じ込めてくれても構わない。何なら、良人が賢者の石で魔力を取り除いてくれたっていい。私は指輪の力が欲しい訳じゃない。指輪が欲しいんだ」

 流石にハッタリだと思った俺は、リリスを見据えた。

 そのリリスは真っ直ぐに神崎を見ている。

「力が欲しい訳じゃないか…嘘じゃないようね…」

 神崎の額から汗が一滴流れる。

 同時に、神崎から動揺した表情が現れた。

 ピクッと九尾狐の耳が動いた。

――ち、また招かれざる客か

「ああ、俺も感じたぜ」

 俺だけじゃない、リリスもジル・ド・レも、松山主水も神崎も察した。

 テメェの気を全面的に放出して存在感を見せ付けている連中が3人。それも、かなりの力の何かと共にやって来る!!

「新手のヴァチカンの騎士だね。全く、無粋な連中だよ」

 苛立ちながら溜め息をつくリリス。神崎との話し合いを邪魔されたのが気に入らないらしい。

「はぁ…また頭が痛くなりそう…」

 テーブルに両肘を付き、手で顔を覆いながら項垂れた。

 ソロモンの指輪の件で、やって来た事は勿論、リリス側と揉める事は、まず確実だからだ。

「リリスにヴァチカンの騎士か…喧嘩相手としちゃ、まぁまぁかな」

 さっき追っ払った騎士より遥かにレベルが高い気を発している。

 ほぼ間違い無く、力付くで奪い取るつもりだろう。

 一人パイを食って平和な家主の代わりに、俺が奴等をぶっ飛ばさなきゃならねぇな。

 俺は密かにワクワクしながら口元を緩めた。


 バサバサバサバサバサバサバサバサバサバサ!!


 何かが羽ばたきながら、庭に着陸する音がした。

 その気配は3つ。

「騎士も3人なら、運んで来た鳥も3匹か」

――鳥?成程、翼と頭は鷲のようだな

 ベースが鷲…キメラか。

 俺達は玄関に目を向ける。

 段々と近付いてくる3つの気…

 それはやがて玄関前までやって来て、歩みを止める。

 現れるであろう、敵を待つように玄関を見詰める俺。


 ピンポ~ン


「拍子抜けだぜ!!てっきり蹴破って入って来るかと思っていたのによ!!」

 俺だけじゃねぇ、リリスも神崎もガクッとしていた。

「はぁ…なかなか意表をつかれたわ…解っているからどうぞ」

 神崎の声の後、玄関が開く。

「…これは驚いたな…まさかヴァチカンの三銃士が来るとは…」

 リリスが冷笑を見せながら一滴の汗を流す。

「三銃士だ?」

「ヴァチカン最強の騎士よ。特に最後尾に居る騎士は、切り札とまで呼ばれているわ…」

 俺の問いに答えた神崎も戦慄を隠しきれていなかった。

「日本にしては、なかなかの広さの家だな。上がっていいか?」

 一番前にいる騎士が訊ねる。

「ちゃんと靴は脱いで来いよ」

 パイばかり食っていて、騎士をまともに見ようとしない北嶋!つかまだ食っていたのかよ!!

「ありがとう。お邪魔するよ」

 騎士達は安全靴のようなブーツを脱ぎ、居間に向かって歩いて来る。

 俺達の真正面にズラリと並ぶ騎士。そして恭しく頭を下げる。

「初めまして。リチャード・ディと言う。一応、こいつ等のリーダーをやらせて貰っている」

 金髪をオールバックにし、後ろに束ねているこいつがリーダーか…

「レオノア・クルックス。お土産を持って来た。口に合えば幸いだ」

 黒髪のソフトモヒカンが、北嶋に菓子折りを差し出す。

「ああ、わざわざどうも」

 ニヤニヤしながら受け取る北嶋。

「バームクーヘンだ」

 ニカッと笑顔で親指を立てて返す。

「その後ろの無表情は?」

 北嶋が最後尾にいる金髪のウェーブの髪の男に指を差す。

「こいつはアーサー・クランク。ヴァチカン最強の騎士だ」

 ヴァチカン最強と言われた騎士は、全く表情を崩さないまま、黙って北嶋を見ている。

「テメェ等だけじゃねぇだろう?何を連れて来た?」

 リーダーのリチャードって野郎を睨み付けながら玄関先に指を差す俺。

「ああ、見てみるかい?」

 口元に軽い笑みを浮かべながら、玄関を開ける。

「…ほぉ」

「成程、羽ばたき音の正体はこれか…」

「何何何?何があるんだ?」

 鏡を掛けていない北嶋はキョロキョロと探しているが、俺達にはバッチリ見える。

 そこには、獅子の胴体に鷲の頭部と翼を持つ巨大な生物が三体。鋭い目を此方に向けて佇んでいる。

「グリフォンかよ」

「その通り!ヴァチカンの騎士の中でも、上位騎士にのみ使役が許される聖獣さ!」

 誇らしげに俺達を『見下ろす』形を取る。

 グリフォンは、キリスト教で聖なる象徴とされる獅子や鷲の類似性から、神聖な動物とみなされる。

 中世以降のヨーロッパの王侯貴族等が『王』や『知恵』のシンボルとして紋章として用いられるようになったらしい。

「そのグリフォンが三体もかよ…」

 奴の話だと、上位騎士が使役を許されるらしいから、実際はもっと居るのだろうが、俺達に脅威を与えるには充分な数だ。

「は、はははははっ!!」

 いきなりリリスが笑い出す。

「何が可笑しいんだいリリス」

 リチャードって野郎が目を細めながらリリスに詰め寄るが、刹那、ジル・ド・レと松山 主水がソファーから立ち上がる。

 レオノア・クルックスって野郎がリチャードの前に押さえるよう、腕を出して制した。

 やらねえって事か。つうか、それをするのがリーダーだろうに。逆に押さえられてどうするんだよ?

「いや何、グリフォンを聖獣と位置付ける君達ヴァチカンの身勝手さに、つい笑ってしまっただけさ。気を悪くしないでくれ」

「気を悪くするような笑い方をしたのは君だろう。無礼な女だな」

 レオノアって野郎、一応毒付きはするんだな。安心したぜ。

「無礼なのは貴様等だろう」

 一触即発になるリリスと騎士。

「ヤベェ…ワクワクしてきたぜ北嶋…」

 俺も交ざりたくてウズウズしてきた。

「なんでグリフォンが聖獣だと駄目なんだ?」

 この一触即発の空気に、呑気な質問をする北嶋。リリスは北嶋にニッコリと微笑みながら説明をし出した。

「良人、グリフォンは元々傲慢を司る魔王、ルシファーの姿として描かれていたのです。また、初めのうちは、上空から人間に襲い掛かかり、鋭い爪で人間を捕らえて巣へ運び去る、悪魔のような怪物として恐れられていたのですよ」

 リリスの嫌味に近い説明を、ただ眉根を寄せて聞いているしかない騎士。

 まぁ、元々カトリックの伝承は、都合良く変えられたりしているから、あまり当てには出来ないのは本当だ。

「…まぁいい。ところで北嶋、我々は君に頼みがあってやって来たんだが」

 矛盾を指摘されたらキリが無いと思ったか、リチャードが本題に入る。

「バームクーヘンの礼だ。話くらいは聞こう」

 偉そうにソファーにふんぞり返る北嶋。

「テメェは食い物貰ったら心を許すのかよ!!」

「話くらいはって言っただろうが暑苦しい葛西。後でお前にもちゃんと分けてやるから心配するな」

「誰がバームクーヘンを分けて欲しいっつったよ馬鹿野郎!!」

 掴み掛かるが、ヒョイと身を翻し、躱す北嶋。こいつ、マジで可愛げがねえな!!

「有り難い。話と言うのは、先日君が見つけたソロモンの指輪の事だ。申し訳無いがアレは我々ヴァチカンの宝なんだ。渡してくれないか?無論、相応の対価は渡すよ」

 一応、丁寧に交渉しているつもりだろうが、渡す事を前提に話を切り出している感がある。

「駄目だよ。アレは私が貰うんだからね。人様が見つけ出した物を、自分達の物の如く言うものじゃない」

 リリスが瞳に冷たさを宿して、ソファーから立ち上がった。

「リリス、その点に関しては、君も大差無いように感じるのは、私の気のせいなのかな?」

 再び一触即発になるリリスと騎士。

 リチャードって野郎は、リーダーな筈だが、意外と短気なようだ。リーダーらしく感じねぇのは気のせいか?

「ふーん…よく解らんが、解った。銀髪は指輪が欲しい。バカチンは指輪の力が欲しい。合ってる?」

 立ち上がって一触即発状態の両者が同時に頷く。

「んで、神崎は指輪がレア過ぎるから受け取る事に躊躇している。合ってる?」

 いきなり振られた神崎は目をパチクリさせた。

「そうじゃないけど、まぁ、それも理由の一つかな…」

 まさか婚約指輪だから躊躇しているとは、面と向かっては言えないだろう。

 北嶋はパンと両膝を手のひらで叩きながら立ち上がる。

「よし解った。この北嶋 勇がお前等の望みを全て叶えよう!」

「ほら見ろ!テメェ等がゴタゴタしやがったから、北嶋がキレやがったぜ!ハッハッハって、おおおいっ!?」

 思わず仰け反る俺。リリスは冷たい眼差しを忘れたが如く目を張り、リチャードは顔の半分以上口を開け、神崎は目をパチクリさせたまま北嶋を見て固まっていた。

「おいおいおいおいおいおいおいおいっ!!テメェ何考えてんだ!!指輪は一つしか無ぇんだぜ!?」

 神崎の件は兎も角、リリスには指輪、ヴァチカンには指輪の力をやろうとは、どうやってだ!?

「あー?楽勝だ、んな事」

 北嶋は万界の鏡を掛けた。

「それが万界の鏡かい…」

 唾を飲み込み、喉を鳴らすレオノア。

「物欲しそうな顔すんなよ。これはやらないからな」

 牽制するように言い放つ。

「そ、そんなつもりじゃないよ」

 手を翳して首を振るも、北嶋、いや、万界の鏡には通じない。

「お前を視ているのは、全てを知る事が出来る万界の鏡なんだよ。お前が何を考えているのかもな?」

 レオノアは押し黙って顔を赤く染める。

「すまない…あわよくば力付くで奪おうなどと考えてしまって」

 反省するレオノアの肩をパンパン叩く北嶋。

「まぁ、人間には欲はあるものだ。気にすんな」

 レオノアはやけに恐縮した感じで頭を下げた。

「しかし、魔力と指輪をどうやって分ける?」

 質問するリチャードに、うるさそうにリリスが口を挟む。

「大人しく良人のやる事を見ていたらどうだい?」

「いちいち君に注意されたくはないな!!」

「あー!うるせーなぁ!終わるまで黙ってろよ!!」

 北嶋の叱咤に黙る二人。何はともあれ、北嶋の行動には興味があるのだろう。

「この指輪の文字に力があるようだな」

 指輪に刻印されている神の名の事か。

 北嶋は草薙を喚ぶ。

「皇刀草薙…」

「テメェ、まさか?」

 神崎から指輪を受け取った北嶋は、それを高く宙に放る。

「薄皮一枚だ」

 北嶋の居合いが指輪を捉える。場に居る全員が固唾を飲んだ


 …コォォォォン…


 指輪が床に落ちた。

 それをヒョイと拾い上げ、リリスに渡した。

「ほら銀髪。パイの礼だ。ただの鉄と真鍮の指輪だぞ」

 震える手で指輪を受け取るリリス。

「良人…!!」

 うっすらと涙まで溜めているリリス。

 そして再び床に何かを取る為に屈む北嶋。

「おー、あった。ペラッペラの鉄の紙みたいになっているが、成功だ」

 そう言って、リチャードに紙の如く揺らいでいる、神の名が書かれた、いや、刻印された部分を渡した。

「ソロモンの指輪の力が、これに!?」

 此方も震える手のひらで息を吹けば飛ぶようなそれを持って興奮するリチャード。

「神崎には後でちゃんとしたヤツを贈るぜ」

 ニカッと神崎を見て笑う北嶋。

「は、はぁ…」

 何と返していいか解らない様子の神崎。

「ありがとう北嶋!!君がこれほど物分かりが良い男だとは思わなかったよ!!」

 北嶋は握手を求めるレオノアに対して握手で応える。

「いやいや、バームクーヘンの礼だよ。ところで少々注意点があるんだが」

「ん?何だい?」

「ソロモンの指輪の魔力っての?あれは指輪に刻印されている状態で押さえているんだよ。指輪から刻印を斬り離した訳だから…」

 訳だから?

 嫌な予感が俺達を支配した。

 その時!ゾクッとする悪寒が背中を走ったかと思ったら!!

「うわあああああ!!」

 いきなり絶叫したリチャードに目を向け、俺も絶叫する寸前になった!!

 リチャードの手のひらから、ドス黒い魔力が炎のように燃え上がっていたのだ!!

「き、北嶋!!ありゃどういう事だ!?」

 俺は慌てながら北嶋に訊ねる。

「だから、押さえ込む物が無くなって、魔力が漏れ捲ってんだよ」

 事も無げに言い放つ北嶋。そして満面の笑みでこう言った。

「良かったなお前等。全員が全員、希望通りだ!!」

 その笑みは、『全員の希望を叶えた素晴らしい俺』と言わんばかりに輝いていた!!

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