25 果てのない空

 レッドドラゴン討伐の知らせに、三日三晩王都は歓喜に沸いた。


 世間は元勇者の親父とその仲間のソルさんを功労者として称えている。実を言えば俺も功労者の一席に加えられるところだったが、目立つのは得策じゃないと断った。

 もちろんダンジョンの秘密に関しては仔細を一切公表していない。


 ダンジョン内じゃ、わんこ属性宝箱たちは野放し状態。

 彼らはもう以前の生活には戻れないとでも言うように昼夜関係なく動いている。裏方業務は連日ほとほと疲れるよ。


 翌日にはなんて俺の予想よりは遅かったが、コーデルダンジョンは王都の歓喜が少し下火になった頃の五日後に再開し、通常通り王都の冒険者たちを受け入れている。


 ただ以前よりも魔物は好戦的ではなくなった。


 そのおかけでもう俺がレベリングで困る事はない。


 コーデルダンジョンでも友情交渉が有効になる場合が出てきたからだ。必ずしも成功しないのは他の場所と同じだが。


 カヤとリンクしている限り俺には魔物を討伐できないが、元々倒す気がない身としては支障はない。

 まあ厳密に言えばコーデルダンジョンに限ってはカヤの物は俺の物でもあり、所有物の扱いは所有者の自由ってわけで討伐は可能だが、俺はしない。


 加えて、この先いつになるかはわからないが、カヤとのリンクを解除しても俺はそう簡単には討伐側には回らない。


 不殺の勇者を目指すんだ、なんて言ったら気障だろうか。……うん、気障でしかないな。


 カヤはリンク解除には消極的だ。将来的には俺の意思を尊重してくれるようだが、現時点じゃ思い切り渋られていた。話題に出すだけでも不機嫌になられる。


『俺には魂とかのことはよくわかんねえが、もう少し様子を見てからでもいいんじゃねえのか?』


 なんて無責任にも言って親父がカヤの肩を持ったもんだから、尚更に彼女は現状維持を主張する。

 喧嘩になりそうにもなったから、こっちも今は一歩下がっていたりした。


 それもあって俺は、俺の以前の経験値をまたカヤに預けた。記憶はそのままに。


 下手に彼女の力を使わないようにするための保険でもある。過ぎる力は赤子にナイフみたいなものだし、昨日の今日で急に強さが変わるのは何だか気持ちが馴染めないって言うか、ズルみたいで嫌だったんだよな。


 カレンに言わせれば「損な性分よね」だとさ。まあその通りだよ。


 だからってわけなのかどうかは知らないが、武器は剣からまた棍棒の形に戻っていた。そこだけはちょっとがっかりしたな。

 まあ、とは言え力が必要になった時にはまた剣に変わるんだろう。


 ウォリアーノさんは、何と元々は王女の護衛騎士だったらしいが、今度は国王の参謀の一人として王宮勤めをするようになった。王宮に戻ったって言ってもいい。

 しかし、彼にはコーデル上下物流って大事な会社がある。喫茶店も。放り出すなんてできない。とは言え王宮仕事もあって以前みたいにずっと関わってはいられない。

 だから、彼の代理は主にアシュリーさんにしてもらう運びになった。ウォリアーノさんが王宮勤めになるって聞いた時は会社はどうなるって不安になったが、アシュリーさんなら上手く纏めてくれる。現に今日まで円滑に会社は回っている。


 親父は、嬉しくも勇者の称号をまた与えられるらしい。


 たまたまなのか親父が辞めてからの五年その席は空席のままだった。普通は空けばすぐにでもその席を巡っての決闘が行われるもんだが、それもなかったらしい。

 ……え、まさか、親父が強過ぎて前勇者に見劣りするからと誰も立候補しなかったとかじゃあないよな?

 まあ、何であれギルド本部で称号授与式が近々執り行われる予定だ。

 幸い、勇者(再)誕生に目立って反対する者はいなかった。


 そんな親父はラルークス家に戻った。


 戻ると言っても破門取り消しになって伯父と仲直りしたってだけで相変わらず俺の借家に居候してるんだがな。


 その件で親父をラルークス家に連れて行くように頼んできたのはダイスだった。


 もう顔馴染みと言える取り巻き二人と一緒にわざわざまたダンジョンで待ち伏せしてな。

 ダイスは俺の大きな荷物を怪訝そうに見たものの、そこに言及しなかったのは助かったよ。


 あれはドラゴン討伐からおよそ一月経った辺りだったな。


 彼らは少し見ないうちにがらりと印象が変わっていたっけ。


『お前ホントにダイスだよな? 何か心境の大変化でもあったのか?』

『ああ? 単にお前に感化されたからだろ』

『は? 俺? 意味がわからない』


 俺が余程ポカンと呆けた顔をしていたからか、ダイスはばつが悪いのと照れを隠すように視線を外した。


『お前勇敢ですげえなって思って、お前を見習おうと決めて最近は地道に真面目にダンジョン通いしてるんだ。お陰様で今順調にレベルも上がってな、冒険者としてのやり甲斐を感じ始めてる。だからイドには感謝してるぜ』

『ふ、ふうん、そうかよ』


 ダイスたちの瞳にはかつてはあったような荒んだ色は見当たらない。彼らの良い変化を目の当たりにして俺は心から嬉しく思った。何か悔しいから顔には出してやらないが。


『ところで、俺に何か用なんだろ』

『ああそうだった、父上が親子二人で来いってさ。晩餐会するって言ってたぜ』

『え、伯父さんが?』


 意外感を表するとダイスはやや同情的な目になった。


『ジェード叔父貴と積もる話があるんだろ。ぶっちゃけ言うとな、お前は叔父貴を呼ぶための出汁に使われてるだけだ』

『ああ……』

『わかるだろ。そうだ、父上は生粋のブラコンだからな』


 ブラコンに生粋も何もないと思うが、まあ重度のブラコンなのは俺も知っている。破門したのは対外的に公正さを見せる必要があったからで仕方がなかったと言えばそうだ。

 親父は兄のブラコンに全然気付いてないっぽいがなー。まあどこまで行っても結局実の兄弟なのは変えようがないし、切っても切れない仲なんだろう。俺には兄弟がいないから少し羨ましいとこもある。


 そんなわけで親父と伯父は関係修復した。


 何度目かでラルークス家の晩餐に招かれた際、ルンタッタとスキップをしている伯父を偶然廊下で見てしまった事はそっと胸に仕舞っておこうと思っている。


 そういえば、俺も家出の件で親父には謝った。暴言が過ぎたって自覚があったからな。


 そんな俺に親父は、母親は俺を捨てたわけじゃないと話してくれた。

 出て行った日の拒絶は時間がなかったからなんだと。母親は遠い地の生まれで急遽帰らないとならない事情があって、テレポート魔法の関係で俺の手を振り切らないと駄目だったんだとか。


 ……思い切り嘘臭さしかないが、とりあえずはそれで納得してやった。


 真相がどうであれ、俺は今に満足してるんだ。母親なんだし全く気にならないわけじゃないが、母親不在のままで育ってきたから今更わざわざいない相手を気に病んでる暇はないんだよな。

 親父は色々知ってるんだろうが、俺に話してこないのは追究されたくないからだろう。俺としても敢えて困らせたくもない。だから訊かない。

 いつか会うべき時が来れば会えるんじゃないかとも、何となく思うんだ。







 本日は補充業務臨時休業だ。

 ダンジョン塔からとはまた違った方向から王都を一望できる王宮のバルコニーに出て俺は風に当たっていた。因みに俺も既に上級ダンジョンデビューを果たした。ギリギリ行けるレベルまで上がったからだ。

 宝箱たちはダンジョンの上でも下でも相変わらず俺にダイブしてくる。


「イドったらここにいたのね」

「カレン。用事?」

「そういうんじゃないけど、姿が見えないからどこかなって」


 俺の横に並んで王都を眺めるカレン。

 彼女は髪の毛を整えて今はショートにしていた。

 この髪型も似合うよな。

 不躾に見つめていたからか、カレンがちょっと落ち着かなそうに体を動かしつつ訊いてくる。


「公式に王様に対面だなんて緊張するわよね」

「まあ、そりゃな。功績を直接称えたいだなんて律儀だな国王様は」

「ホントよね。最初凄く怖い人かと思っていたけど、話してみたらホント優しくてかえって困惑しちゃったわよ」

「ははは」


 俺は遠い目をした。

 カレンは知らないんだよな。


 自分がその国王様の孫娘なんだって。


 彼の方に明かす気がないらしいから教えていないって聞いた。王家は面倒で複雑だな。

 娘を亡くして久しいのと孫可愛さで国王はカレンにメロメロ。過保護じいちゃんだ。端から見ていてよーくわかる。

 そして何故か俺は国王からよーく睨まれる。

 カレンの相棒だから嫉妬されてるんだろうな。仕事上の関係なんだしそう目くじら立てなくても良くないか? 勘弁してくれって感じだよ。


 そんな国王は、地下での虐殺に関わっていた王族を処罰した。


 本当は彼自らも王冠を脱ぐつもりでいたらしいが、ウォリアーノさんがそれを止めた。


 罪の重さと痛みを知るからこそ王冠に相応しく、国王自身が粉骨砕身でやるべき責務を全うしてこの国をより良い国にした上でなら、いつその王冠を置いても構わないと。


 国王はウォリアーノさん以外にも誠実で公平な臣下たちから慕われているとも聞いた。彼の為人がわかるってもんだ。

 俺も続投には賛成だ。

 このタイミングでの王宮の混乱は望ましくない。

 そうやって償いをして、いつか祖父だってカレンに名乗り出られるよう願うよ。頑張れよ、国王陛下。


「なぁーにを考えてるのよ?」


 くすりと笑う気配がした。

 純粋に心から応援してるのに人知れず国王陛下からメンチを切られるくらいに、俺は今もカレンと組んでダンジョンに入っている。


 カレンは俺に何も訊かない。


 強くなったり弱くなったり、おかしな俺に。

 言うべきだとは思う。

 カレンには。

 全部を話せるわけじゃないが。

 幸か不幸かちょうど今は二人きり。

 もういい加減腹を決めるかな。


「あのさカレン、俺には大きな秘密がある」


 唐突過ぎたかもとは思ったものの、もう取り下げもできなくて反応を待った。


「秘密って、カヤールさんも関係してるの?」

「うん。カヤがいなかったら、今俺はここにいなかった。死んでた」

「……そう」

「その秘密がある限り、これからも俺は魔物を倒せない」


 それはカレンも会社の皆も知っている。

 もう一つ、友情交渉も皆にやっと披露できた。

 ただし、戦闘勝利によって齎される経験値からすると半分以下なのが効率の面から考えるとマイナス要素だとは教えた。

 しかーし、経験値をくれた魔物は体力回復をするように、時間が経てばまた元の経験値に戻るから、長い目で見れば人類としては資源の再利用にも似た環境に優しい経験値の稼ぎ方だと言う事を力説しておいた。


 いつか俺がこのレベリング方法を続けていたら、これが広まって、世界はもっと優しくなるだろうか。


「その秘密がなくならないうちは、共闘してもトドメを刺せずにカレンに面倒な思いをさせるかもしれない。それでもさ、それでもカレンはこの先もずっと――」


 ――俺の相棒でいてくれるか?


 って言葉が中々口から出てこない。俺は何て意気地無しなんだあぁー。

 カレンがふっと笑った。


「必要なトドメならあたしが刺すわよ。だからいいんじゃないそれでも。今回の件で思ったわ。冒険者を育てるここのダンジョンの全てが間違っているとは思わないけど、魔物を虐げていいことにはならない。あたしもイドみたいに魔物と仲良くなれるならなってみたいしね。……今はまだ歩み寄る怖さの方が勝って抵抗が大きいけども」

「カレン……」

「いつか、相棒に負けないくらいにあたしも友情交渉ができるようになるわ。宝箱たちにも懐いてもらいたいし。ね、そしたら最高だと思わない、相棒?」


 彼女はしっかりと自分なりの展望を持っていた。

 相棒と呼んでくれた。


「ねえ、そのうち一緒に冒険に出ない? 外ダンジョンに行ったりクエスト受けたりもして。この世界には知らない場所がたくさんたくさんあるんだもの。そのまだ見ぬ世界っていうのかしら、それを見る時、あたしイドと一緒なら楽しいと思うの」


 どう? とカレンは予想もしない提案をぶつけてきた。

 本当に心底驚いた俺は目を丸くしてしばらく口が利けなかった。反応の薄い俺の様子をどう思ったのか、カレンは珍しく気弱な顔付きになる。


「ごめん無理を言ったわ。あたしはもうしばらくこの王都での仕事を続けるけど、先はわからないしイドの都合もあるわよね。まあだけど……結構本気の誘いだったのよ」


 仕方なし、みたいな落胆の笑みを浮かべるとまた景色を眺め始める彼女に、誤解させてしまったと悟って大慌てで手摺に身を乗り出すようにして顔を覗き込む。


「ちょっと危ないわよイド! 落っこちたらどうするの!」

「悪い違う! ただ驚いて。それって俺と相棒を続けてくれるって意味だろ!?」

「え、ええまあ、そうだけど……って危ないってば!」

「大丈夫落ちないよ。魔法もあるし」

「そっ……うだったわ」


 互いの必死過ぎる剣幕に可笑しくなったのか、カレンは次にはぷっと吹き出した。くすくすとひとしきり笑うとくるりと反転して手摺に背を当て息を吐く。


「もうっ、振られたと思ったじゃない」


 隣に並ぶカレンは風に吹かれる髪に何気なく手をやって、何もない宙を掻いた自分の手に驚き、ややあって小さく苦笑した。そうだったわって嘆息交じりの声が聞こえた。いつもの癖って中々抜けないものだ。


 俺は責任を感じて何だか見ていられなくて……なのに目を離せなかった。


 視線に気付いてこっちを見たカレンは安心したのか、柔らかに破顔すると手を差し出してくる。


「ってことで末長~くよろしく、相棒?」

「――ああ、よろしく、相棒!」


 握手を交わしたところで、のしっと背中に重さが掛かる。


「うちもいるです。よろしくイド、大好きです」


 どこからともなくカヤが現れ俺の背中にのし掛かっている。


「なッちょっとカヤールさんどこから湧いてっ。イドから離れなさいよ!」

「悔しければ、カレンもすればいいです」

「はああ? そんな破廉恥できるわけないでしょ!」

「イドうちら破廉恥、です。ずっと破廉恥でいるです」

「え、ええー?」

「馬鹿言ってないでさっさと離れなさいよ!」


 最近、カレンとカヤはよくこうなる。


「おーいカレン、イド、時間時間」


 謁見時刻が迫り俺たちを捜しに来たアシュリーさんがバルコニーの入口から呼んだ。おおっ天の助け!


 わかりましたと返事をして急いで二人から逃げ出す俺は視線を動かして最後に一度果てのない蒼穹を目に映した。世界は神秘に満ちている。


 俺、絶対強くなるよ。


 この先経験する日々は過酷でめげそうになる日もあるかもしれない。だが俺には仲間がいる。掛け替えのない仲間とならどんな苦難困難も乗り越えて行ける。


 魔物を殺せない勇者がいたっていいと思う。


 裏方業に専念する勇者がいたっていいと思う。


 世界に一人くらいは。


 バルコニーを抜ける風が俺たちの頬を撫で、髪を揺らしていった。

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勇者を育てる裏方業~始まりのダンジョン~ まるめぐ @marumeguro

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