第27話 伝説は終わらない

 邪王落つ。

 その知らせは瞬く間に大陸全土へと広まった。巨大なドラゴンと化した地霊邪王と聖女の死闘はこの世が生まれいでた時に放たれた神の光もかくやという眩い輝きと共に終結を迎えた。

 聖女の操る神々の武器はその後、光となり消え去り、邪王配下の兵士たちも地に飲み込まれるように消えていったという。ガランド国を含めた周辺各国は即座にその伝令を大陸各地へと放った。

 もう邪悪を恐れる必要はない。偉大なる聖女が、再びこの世界に光をもたらしたのだ。


 人々は歓喜し、涙した。

 もう食われることはない。戦に出る必要もない。家族を失う必要もない。そんな当たり前の生活を享受できる日々が再び戻ってきたのだから。

 戦後処理という問題はなおも山積みであったが、人類は、とにかく、確実に得ることの出来た平和という事実をただかみしめるばかりであった。

 ただ一つ、邪王に対抗するトップであったガランド国は喜びと共に、悲しみにも包まれていた。

 邪王との戦いのおり、聖女と精霊、そしてガランド国の姫、アナはついに戻ってくる事はなかった。

 巨大な邪王が光に包まれ、消え去ったその跡地を入念に、くまなく、昼夜問わず捜索を行ったが痕跡の一つすら残されていなかった。


 探索指揮を買って出たマリンという女騎士はその報告を行う度に、国王の表情が疲弊し、疲れ切っていくのを感じていた。それは隣に座り、沈黙を保つ王妃も同じだった。


「……邪王は滅した。それは、何物にも代えがたい僥倖である。聖女殿、ラミネ、そしてアナ……それは必要な犠牲であったと思いたい」

「しかし、閣下……! 私はあきらめきれません。聖女殿はあのような、神々の扱う武具を召喚して見せたお方です。その方が、あの程度のことで死ぬとは到底思えません。もしや我々の知らない何かで、無事に脱出しているやもしれません!」


 それはマリンがそう思いたいだけの願望でしかなかった。しかし、その考えは国王や王妃にすらある。あの不思議な聖女であれば、もしやという希望は心のどこかに残っていた。

 しかし、邪王の消滅と発生した光、そして聖女の召喚した武具の数々がまるで天に召されるように消え去った光景を目の当たりにしてしまうと、彼らの中には三人は天命を全うし、天に還ったのだろうという認識も浮かんでくる。


「国の整備もある。戦後の問題は早々に片付けておかなければ、今度は国同士の諍いとなろう……」


 国王は仕事の忙しさで娘を失ったショックを覆いかぶせようとしていた。その気持ちはマリンには痛い程よく伝わる。


「ですが、閣下。私はやはり諦めきれません」


 マリンはそういって、深々と礼をすると、謁見の間から去っていく。

 そのまま部下を待たせている城門まで移動すると、馬をひかせた。


「探索を続ける。空を飛ぶ機械を召喚した聖女殿だ。もしかしたら天のさらの上まで飛んでいっているかもしれん。その時、目印になるものがなければあの方たちも戻ってこれないだろう。しるしをつけろ」


 その指示を送った後、マリンという女騎士の姿は忽然とガランドから消えたという。

 聖女及び王女護衛の任を果たせなかった責任を感じて自害したとも、当てのない旅に出たとも、囁かれていた。

 マリンの最後の言葉を聞いた部下はのちのこう語る。


『大陸を越えていったのかもしれんな。聖女殿は、遠い場所から来たお方だ。そうであっても不思議ではない』


***


 そこは戦場だった。

 魑魅魍魎の巣くう場所。悪鬼羅刹が集い牙を研ぐ禍根の中。

 しかしてその闇を切り裂くように一つの光が駆け巡る。燦然と輝く光の粒子、煌く鎧を纏い、光の剣で悪魔を次々と切り裂くその姿は戦の天使のようでもあり、猛々しい武人でもあり、勇者でもあった。

 光の戦士が剣を振るう度に闇が切り裂かれる。戦士の腕には一人の少女が抱えられていた。絶望的な闇の中において、その光の戦士の懐は何よりも安心できる場所であった。故に少女の表情には恐怖など一片もなかった。

 戦士もまたそれに応じるように気迫と共に敵を切り裂く。水中に住む軟体の水棲生物の如き騎士がわらわらと地面から湧き上がってくる。無数の触手を蠢かす口中から溶解液を吐き出し、戦士を攻撃するも、その攻撃は戦士の触れることなく、騎士たちは返り討ちに会う。


 その大陸は一変が泥や沼、そして薄汚れた水で侵された場所だった。草木も、街も、人も、動物も全てが水に沈み、腐っていく。

 生命の源たる水が恐怖のものとなって、その大陸を襲っていた。

 その水の奥底からゴポゴポと水泡の破裂するような笑い声が聞こえてくる。その声が響く度に水棲騎士たちは雄叫びを上げ、奇妙な体をくねらせ、剣を、槍を、振るった。

 しかし、それがどうした。そんな大軍を前に戦士は翼を広げ、飛翔する。薄暗い闇夜に燦々と輝く光は太陽のようであった。光は闇の眷属たちを地の底、水の底へと押し返すかのようにさらに輝きを増して行く。

 剣をかざした戦士は高らかに名乗りを上げた。


「ソウルメイカー参上!」


***


 あぁぁぁもう!

 なんでこんな目に合ってるのよ! そもそも地霊邪王を倒したって言うのに、なんでまた変な魔王だか何だかよくわからない連中に襲われなきゃいけないんだぁぁぁ!

 私は邪王との決着がついたのち、光に飲まれた所までははっきりと覚えている。問題なのはその後だ。どうにも記憶が曖昧なのだが、私とラミネ、そしてアナはガランド国とも、どこともしれない森の中で目を覚ました。

 その森はなんか湿気でじめじめしていて、しかもなんか腐った水の臭いが十万していた。

 ラミネは邪王の自爆によって生じたエネルギーが時空の歪みを生じさせて私たちをどこか別の大陸へと転送したのかもしれないという仮説を立てていたが、結局の所はまったくわからなかった。

 どっちにしろガランド国の人たちが心配しているだろうし、アナも家に戻してあげないといけないので、私はソウルメイカーに変身するとマシンを召喚しようとしたのだけど……

 エラーの表示が出てうんともすんともいわなかった。それこそソウルキャリアーですら召喚できないありさまだった。おかしい、邪王と戦っていた時はソウルベースですら召喚出来たのに……なぜなぜと思っているとまたラミネが丁寧に説明してくれた。


『聖女の力は民の祈りよ。その祈りの力を全部使い果たしてしまったのだからあの装備は呼び出せないんじゃない?』


 ってな具合だった。

 うーむそうなると、ささっと帰ることができない。仕方ないと諦めを付けた私たちは取り敢えず近くの村なり街なりを探すことにしたのだけど、その最中、へんてこな海の生物みたいな化け物に襲われてしまった。

 当然のようにこいつらを撃退すると、今度はその増援と相手することになって、なし崩し的に戦いながら離脱していると、そのへんてこ騎士たちと戦う人たちと遭遇した。

 この時、私は直感した。

 あぁ、ここもガランドと同じようなことになってるわ……と。


「はぁ……また、魔王?」

『そうなるわね……地霊邪王の他にもこんな連中がいたなんてね。世界は広いわ』

「ですけど、聖女様ならきっと大丈夫ですよ」


 アナは無邪気な笑みを私に向けてくる。

 あの、それ結構なプレッシャーなんだけど……けど、仕方ない仕方ない。今、私の目の前には悪の軍団がいて、そして私の背後には街があった。人々はその街を守る為に戦っているように見える。

 ならばやることは一つだ。

 正義の味方なんだから、当然よね。


 だって、私は、ソウルメイカー。

 光の戦士だもの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界聖女伝説? そんなことより変身ヒーローだ! 甘味亭太丸 @kanhutomaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ