第26話 異世界聖女伝説

 私の目の前には百メートルはゆうに超える巨大なドラゴンと化した地霊邪王が唸り声をあげて、その巨大な翼をはばたかせていた。しかし、地霊邪王という名前の通りに、そのドラゴンの翼では巨体を浮かばせることはかなわないらしく、ドラゴンは仰々しい物音と共に大地へと着陸する。

 その衝撃でとてつもない地震というか地響きが巻き起こり、邪王の周囲の地面は陥没し、土砂が舞い上がる。そして、のそり、のそりと四本の足を踏み出し、雄叫びと共にガランド国を目指していた。


『あれが……邪王の本当の姿!? あなたも体外でたらめだったけど、邪王も邪王ね……それに……』


 ラミネは苦々しい声をあげる。彼女がそうなる理由は邪王の身体のあちこちに出現し始めているクリスタルのせいだろう。漆黒のクリスタルは、最初微細な量が浮かび上がる程度だったのに、今じゃ何十メートルもある巨大なクリスタルが浮かび上がって、ドラゴンと化した邪王の肉体にまとわりついていた。

 それはあたかも邪悪なドラゴンと化したダークメイカーのようにも見える。クリスタルはドラゴンの鎧のように形成され、さらに禍々しい光を放っていた。


「だからなんだってんだ! こっちにだって奥の手はあるのよ! ソウルベース、バトルシステム起動! 全砲門開け!」


 私の号令に従うように、背後に控える巨大な戦闘母艦ソウルベースの各種砲台がピタリと邪王へと向けられる。


「アナがいるかもしれない。狙いは足に絞って……放て!」


 私はまず敵の動きを止める事を重視した。アナのこともあったし、奴の進行方向にはガランド国がある。あそこにはまだたくさんの人々がいる。これ以上こんな馬鹿でかい奴を進ませちゃいけない!

 ソウルベースから放たれるビームは寸分たがわずに邪王の前足へと命中する。しかし、クリスタルの鎧で守られているせいか、思ったよりもダメージが少ない。


「撃て撃て撃てぇ! なんならぶつかれぇ!」


 勢いの止まらない邪王に対して私はもう力押し以外の作戦しかなかった。あれほど流暢に言葉を話して、そしてこちらを挑発していたはずの邪王もあの姿になってからは狂ったような雄叫びしか上げない。

 だけど、それでいい。そっちの方が分かりやすいし、ぶっ飛ばす時の気兼ねもない。実際の所、私は人の姿……三代目聖女様の姿をしていた邪王に対しては心の奥底でためらいがあった。敵は邪王、それは分かっていても、その肉体はかつてこの世界をすくった女の子……それを、私が倒すというのは、勢いでごまかしていても、やっぱりぬぐえないものがある。

 しかし、今はそんなことをはない。敵は邪悪な化け物で、今まさに人々を踏みつぶさんとしている。そして奴の内部にはとらわれのお姫様。ヒーローにとってはまたとないシチュエーションだ。ここで引き下がったらヒーローの名折れ、いえ、人として情けなくなる。


「こうなりゃ本当に、奥の手の奥の手ぇ! ソウルベース! コンバットプログラム!」


 ビームの一斉砲撃を受けても、なおも止まらぬ邪王。

 ならばと、私は攻撃を続けるソウルベースへと新たな指令を送り込む。

 『コンバットプログラム』。それはソウルベースの機能の一つ。戦闘母艦としてのソウルベースは戦艦らしくビームとミサイルによる砲撃、そして艦載機による立体的な戦闘が可能だった。

 しかし、コンバットプログラムを起動させたソウルベースはそれらの機能からがらりと変わる!


『な、なに! 鉄の船が……』


 ラミネが驚きの声をあげている。そりゃそうだ。この世界の人にしてみれば空飛ぶ機械ですら驚きなのに、その機械が『変形』を始めればそれはもう驚きを通り越してしまうだろう。

 ソウルベースは中腹から艦後部を折り曲げ、二本の足とし、左右舷の装甲が展開され、砲台型の両腕がせせり出てくる。艦首はそのまま胴体となる。変形そのものはこれで完了である。ソウルベースの変形は完全な人型ではなく、中途半端な形となるのだが、これこそがソウルベースの戦闘形態なのだ。


「いっけぇぇぇ! クリスタルパニッシュ!」


 変形したソウルベースは両腕の先端にエネルギーを重点し、機体を加速させ、邪王へと拳を叩きつける!

 超重量級同士の衝突はすさまじい衝撃を放ち、周囲の地面を岩盤ごと抉り取る。

 両者は地上で押し合う形となった。当初は邪王に押され気味だったソウルベースだったが、全身のブースター及びスラスターを全開にしたソウルベースもまた負けてはいない。数歩押し込まれれば、同じ数だけ押し返す。

 その際にも稼働可能な砲台からはビームを撃ちつづけて何とか邪王を食い止めようとしてくれている。

 だが、邪王もただ押し合いをしているわけではなく、長い首をうごめかし、鋭い牙を持った頭部をソウルベースへと突き立てる。

 ソウルベースの装甲が火花を散らし、抉り取られてゆく。


「そのまま、押し込んでてよ!」


 その隙に乗じて、私は邪王の体内めがけて突っ切る。


『メイカ、侵入路を割り出したわ! 私たちが内部から吹き飛ばされた地点! まだそこの傷がふさがっていない!』

「なら速攻ね!」


 迷わず選択する。

 その入り口は邪王の鳩尾の上部に当たる部分であった。その部分にはぽっかりと穴が開いていて、しかし、徐々にだが塞ごうと、クリスタルが湧き上がっていた。

 それらを砕き、切り裂き、撃ち削りながら、私は内部へと侵入していく。外での戦闘のせいか、侵入は困難を極めたが、基本は一本道。そう時間をかけるまでもなく、私は内部への再突入を果たした。


「内部構造はそう変わらない……ならば!」


 邪王の体内は城だった頃のままだ。とはいえ、いつまでその状態で言われるのかは分からない。それにタイムリミットも気がかりだ。

 邪王はアナの命があと三十分とか言っていた。私が気を失って、戦闘を再開して、一体どれぐらいの時間がかかったのか。最悪の事態を想定しておく必要もあった。

 私は骨の通路、そこから繋がる玉座へと急ぎ、視線を向け、飛び立つ。


『いたわ! アナよ!』


 ソウルメイカーのセンサーは破損してほとんど使い物にならない。こうなってくるとラミネの魔力探知能力だけが頼りだった。ラミネの誘導に従い、飛ぶ。


「見えた、無事!?」


 私も同様にアナの姿を確認した。黒いもやからは解除されているのか、アナの身体は玉座の側に倒れ込んでいた。私はすぐさま駆けより、アナを抱きかかえる。


『邪王が取りついている心配はないわね……』


 念の為、ラミネはそんなことを調べてくれていたようだ。確かに、邪王は聖女の肉体を乗っ取っていた。それを考えると、まさかのことも考えなくてはいけない。だが、それは杞憂だったようだ。邪王め、肉体がなくなって相当焦っていたのか、それともそんな気が回らなかったのか……どっちにしろ、邪王はこの馬鹿でかい肉体に掛かりっきりの様子だ。


「うっ……」


 腕の中でアナの小さな身体が身じろぎする。


「気が付いた?」


 囁くように、語りかける。

 うっすらを瞳を開けたアナは私の存在を認めると、小さな笑みを浮かべた。


「聖女様……着てくださったのですね?」

「とーぜんじゃない。とらわれた子どもを助けるのはヒーローの醍醐味よ。さぁ、ここから脱出……」


 その時だった。邪王が大きく揺れる。まさかソウルベースの攻撃がここまで届いているのか?

 しかし、そうではなかった。振動は轟音となり、轟音は咆哮となり、咆哮は怨嗟の声となって周囲に響き渡った。


『おのれ、おのれ聖女め……我が新たな肉体……貴様の強き肉体を……!』

「まさか! あんたまだ女の子の身体狙ってんの!?」


 しゃがれた声が聞こえてくる。それは三代目聖女の肉体を使っていた邪王のものではなく、恐らく本当の声……しゃがれたとは言ってもそれが老人なのか老婆なのか分からない。混濁して、ノイズ混じりの獣の叫び声のようなものだった。

 しっかし、これは呆れた。邪王としてはこの世界で活動するために肉体が欲しいつもりなんだろうけど、はたから見れば変な趣味をこじらせた奴にしか見えない。

 私は思わず苦笑してやった。


『何がおかしいぃ!』


 どうやら私の仕草は筒抜けなようだ。


「うっさい! 人の身体奪おうなんて許せるわけないでしょ。あんたはまた、聖女に負けるのよ」


 返答は轟音と震動で帰って来た。こりゃ相当怒ってるな。

 だけどあんたの怒りなんて知ったこっちゃないわ。あんたたち虐げられてきた人々の方がもっと怖い思いをしてきたんだ。

 そしてこの私も相当怒っている! まさか現実にこんな悪の魔王みたいなのがいて、本当に邪悪なことをしでかしているという事実にね。

 そういうのはテレビの中だけで良かったんだ。


『まずいわ! 邪王の体温が急激に上昇している! 自爆するつもりよ!』

「なんですってぇ!」


 どこまでも自分勝手な奴! 負けると分かったら道ずれ!?

 ある意味ではお約束だけど、こんなお約束は体験したくないっていうのに。私はすぐさまソウルウィングを展開し、アナを強く抱きしめ、上昇する。

 しかし、先ほど通ってきたはずの通路がなくなっている。邪王め、もしかして最初からこのつもりだったのか! 自分の体内におびき寄せてもろとも自爆する算段!


「聖女様!」


 アナがギュッと私に抱きついて来る。私もアナを強く抱き返しながら、どうするべきかを考える。

 答えは単純明快だ。邪王が自爆する前に邪王を倒せばよいし、脱出経路を新たに確保すればいい。


「消えなさい、邪王! ソウルベース!」


 ブレスレットに向かって、叫ぶ。私の指令を受けて、外で邪王の肉体を押しとどめているはずのソウルベースが動き出す。

 まだ倒されていないはず。そう信じて、指令を送り込む。


「邪王の肉体で最も熱く、エネルギーを迸らせている場所を狙え!」


 その指令を送り込んだ直後。まばゆい光と共に炸裂音が響き渡った。

 ソウルベースの拳が邪王の腹を突き破り、そして……


「撃てぇ!」


 『心臓』を掴み、ビームで焼き切る!

 その衝撃波が私たちの所まで届いてきているようだった。私の狙いはある意味で目論見通りになったが、衝撃波のことまでは正直言って考えてなかった!

 大きく吹き飛ばされながらも、私は破壊されただろう心臓、そしてその周辺で突き破られたはずの脱出路を目指す。

 途中、ソウルベースに入り口をこじ開けるように指示を送ったが、うんともすんとも返事が返ってこない。もしかしたらダメージがひどいのかもしれない。


『メイカ! エネルギー上昇中!』

「え?」


 そんな、心臓は潰したはずなのに!


『一歩遅かったみたいよ。もうエネルギーが全身に循環している。最初からそうしていたのよ!』

「だからと言っても、逃げるしかないでしょ! 飛ばすわよ!」


 とは言ってもこれはまずい! 

 早く脱出しないと私はともかく、アナが危険だ!

 脱出路をめざし、最高速度で駆け抜ける。だが、明らかに邪王の肉体に変化が現れる。あちこちが膨張したり、溶けだしたり、ビリビリと火花を散らし始め、さらには妙に白熱化していた。


「あぁもう!」


 しかもどういう作りになっているのか、私たちの脱出を邪魔するように触手のようなものまで伸びてくる。

 それらを切り払いながらも私は駆け抜ける。

 だけど、光が周囲を包み込む。

 私はアナを抱きしめた。アナも私にぎゅっと抱きつく。

 そして……光が走った。

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