第18話 決意

 震冥界の影響が途切れ、城内も普段通りの情景に戻る。

 それと同時にアナ誘拐の知らせは瞬く間に広まった。


「おぉ、聖女殿! ご無事でしたか……」

「メッツァさん!」


 城には目立った被害はないように見えた。しかし、あちこちで小規模な破壊はあったようで、通りかかるたびに兵士たちは傷だらけで倒れていた。

 その道中、傷だらけのメッツァが部下に囲まれていた。偉丈夫で、筋骨隆々なはずの彼の肉体にはいくつもの抉れたような傷が走っていた。

 猛獣に噛みつかれたような……とでも言えばいいんだろうか、生々しい傷跡が目に痛い。

 メッツァは数人の神官らしき人達に囲まれながら、回復の魔法みたいなものを受けていた。


「兄上!」


 クールなイメージのあるマリンさんが血相を変えていて、メッツァのそばに付きっ切りだった。


「おのれ、地霊騎士め……不覚と取った」

「地霊騎士に一人で挑んだの? いくらなんでも無謀よ」


 口調では呆れているようだが、ラミネもかなり心配しているのか、メッツァの顔の傍でぺちぺちと鼻を叩いていた。


「蛇の騎士だ……奴め、虎視眈々とこの機会をうかがっていたらしい……」


 蛇の騎士?

 なる程、あのただ者じゃなさそうな奴か……初めて戦った時もそれとなく感じたことだが、あの蛇の地霊騎士は明らかに他とは違った。雰囲気とでもいうんだろうか、とにかく違うんだ。


「奴め……人を喰らい、その皮をかぶってこの城内に侵入していたのだ……メイドの一人に化けていた……」


 傷が痛むのがメッツァは青い顔をしていた。


「閣下と王妃様をお守りすることは出来たが、我が親衛隊のことごとくは壊滅……幸い、閣下には怪我はないが、王妃様が……」


 一瞬、最悪の事態を想定した私たちだったが、どうやら王妃様は心労で倒れてしまったらしい。ホッと胸をなでおろすが、娘がわけのわからん連中に浚われたとなれば倒れるのも当たり前だ。

 ……うちのママはどうだろ? 私も考えてみればいきなりいなくなったわけだけど……

 いや、それは気になるが、今はこの状況だ! アナを浚った邪王軍がどんな連中なのか、私はこの数日で嫌というほど理解したはずだ


「とにかく、今は詳しい話が聞きたいわ。クードゥーは?」


 ラミネも焦りを感じている様子だった。


「謁見の間だ……今、大臣以下、将軍らもお集まりのはずだ……俺は動けんが、防衛の指揮もある……マリン、頼むぞ」

「兄上も無理をなさらずに」


 マリンさんはメッツァの手を軽く取って、自分の額に当てた。

 そして、私たちの方を振り向いて頷く。私もラミネも同じく頷いで駆け出した。


「メッツァ、死ぬんじゃないわよ。マリンが悲しむ」

「妖精に言われるまでもない……早くいけ」


 こんな時でも二人は言い争いができるらしい。よっぽど仲が良いんだろう。

 さておき、謁見の間に着くと既に大勢の偉いさんたちがずらりと並んでいて、あたふたとしていた。玉座に座るクードゥー王は表情こそ気丈だったけど、明らかに顔色は悪い。どことなくげっそりとしているようにも見えた。


「王様!」

「お、おぉ聖女殿!」


 駆け込んだ私を見て、クードゥー王はパァっと表情を明るくして立ち上がった。他の偉いさんたちも私たちの帰還を認めて、「おぉ!」と歓声を上げる。


「閣下。親衛隊長より耳にした話ですが、アナ姫様が……」


 偉いさんたちの声を遮るようにマリンが前に出る。


「既に聞いたか」


 王様はその話題になると露骨に表情が変わる。

 クードゥー王や他の人たちは不安で仕方がないというのがそのまま顔に出ていた。


「王様、アナ様を連れ戻します。連中の居場所を教えてください」


 私は一歩踏み出しながら、訴えかけた。そもそも、アナが浚われた原因は私にある。私が彼女を一人にしたからだ。


「勇ましいことを言ってくださる……そしてなんとありがたいことか……だが、連中の足取りは不明なまま……おおよその拠点はわかっても、果たしてアナがいるかどうか……」

「ですけど、このままじゃアナ様が危険です!」

「メイカ、落ち着いて。アナがどこにいるかわからない以上、闇雲に探すのは危険だし、それこそ手間よ」


 ラミネの言うこともわかるけど、もしもアナが酷い目にあったらと考えるだけで、私は頭の中が真っ白になる。


「落ち着きなさいと言ったわ。連中の目的はどうあれ、その場では殺さず、拉致したというのが気になるわ。ガランドの士気を大いに下げる為ならこの場でアナを殺して、死体を市中に振りまくぐらいはするもの。連中はそういうことを平気でするわ。けど、してない。憶測もあるけど、連中はまだアナを殺さないわ」

「けど……!」


 そうは言っても心配だし不安だ。それにラミネの言葉が本当だとすれば、連中は人の命なんて何とも思っていないも同然じゃないか。


「どちらにせよ、あんたは少し休みなさい。体調なんて万全じゃないに決まってるわ。つい最近、筋肉痛を起こしてくせに」


 言われて気が付く。確かに私の体はかなり疲弊してる。

 そりゃそうだ。聖女だヒーローだいう前に私は元はただの女子高生。特別体を鍛えていたわけじゃないし、しかもここは住み慣れた国じゃない。休みなしで連続で戦い続けている。

 私ってば殆ど気が昂っていて、一瞬それに気が付いていなかったようだった。


「ラミネの言う通りだ。進軍に次ぐ進軍は判断を鈍らせる。幸い、兵の再編は進んでいる。親衛隊のダメージは深刻だが、補完は出来よう」


 ゆっくりと、感情を吐き出すようにクードゥー王は溜息をつきながら各々へと指示を送る。それを受けて大臣や将軍たちは謁見の間から出て行き、廊下がにわかに騒がしくなった。

 残ったのは私とラミネ、マリンだけだ。


「冷たい父親であると思うかね、聖女殿」

「いえ……それは……」


 そんなわけない。顔色を見ればわかる。クードゥー王はストレスでげっそりしている。本当は自分が先陣を切ってアナを探しにいきたいはずだ。

 だけどそれは王様って立場である以上できない。私的に軍隊を動かすことはできないんだ。彼には国を守るという大きな役割があるから。


「私もラミネの言う通り、連中はそうやすやすとアナを殺すことはしないと思っている。僅かな可能性に賭けたいのだが……それは同時に、アナに恐怖を強いることになる」


 その独白はまるで自分に言い聞かせる言い訳にも聞こえた。今にも飛び出しそうな自分を抑えるため……そう理屈をつけて自分を縫い付けている。


「初代国王の代に仕えた二代目聖女と勇者……この二人の子孫はその後、三代目国王の代につがいとなり、今日に至るまで、その血筋が保たれてきた。我が王家には偉大なる初代国王と聖女、勇者の血が受け継がれているのだ」


 なんというハイブリッド。それは流石に私も驚きだ。

 というか、そんな話、初めて聞いたぞ。


「まぁ何千年も前の話、殆どが伝説だ。多少、誇張され、作られた部分もあろうと思ってな。殆ど、王家の中でも信じるものはおらん。箔が付くということで、そのようには名乗ってはいるがな……しかし、もしも、この伝説が偽りではなく、真であった場合……邪王軍がアナを浚った理由もわかる」


 王様と聖女と勇者の血。いくら疎い私でもそれとなく想像はつく。この王家にはとんでもない力が秘められてるかもしれないってわけだ。

 ん? だけど待てよ。理屈はわかるが何かがおかしい。


「かもしれないってだけで……こんな大袈裟な作戦をとるんでしょうか?」


 私という聖女がいる時点で『かもしれない』わけがない可能性の方が高いけど、それでもやっぱり何か納得できない。


「そうだ。例外もあるかもしれんが、アナには特別大きな力を有しているわけではない。偉大なる血筋に連なる者とはいってもまだ子どもだ……もしも連中が、何らかの手段でアナから力を引き出すような術を持っているとも考えられるが……おぞましことだ」


 結局、なぜアナが浚われたのかはわからないままだ。

 私たちはその後、謁見の間から出ると、いつぞやの部屋に戻った。こんな状況でも、ベッドメイキングは完璧で、フルーツも盛られている。そして部屋にはメイドさんの姿……あれ?


「前の人と違う?」


 そこにいたメイドさんは若いことを除けば、以前この部屋にいたメイドさんとは違った。

 新しいメイドさんはぺこりと頭を下げ、顔色を青くしながら、「前任者は地霊騎士に……」と声を詰まらせた。


「あ……ごめん、もういいよ。ありがとう」


 私はメイドさんを下がらせて、取り敢えずベッドに腰掛けた。ラミネは私の右肩、マリンさんは入口の傍に立っていた。


「わかってはいたけど、最低な連中ね、邪王軍ってのは……」


 感情のままに呟く。自分でも驚く程に低い声だった。


「一発ぶん殴るだけじゃすまないわ」


 やっぱり決意というにはほど遠い。

 私の胸中に渦巻くのは怒りの感情だ。


「私、戦うよ。聖女だろうがなんだろうが関係ないわ。連中は許してはおけない……私がそう決めたもの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る