第17話 さらわれた姫様

 巨大怪獣撃退は大いに国を沸かせた。やはり聖女はこの世界を救ってくれる。そんな感情が一気に国中を駆け巡り、街が破壊された悲しみや怒り以上に国民や城の人たちは騒いでいた。ちょっとしたお祭りムードになったことに私としては違和感バリバリなのだけど、ラミネが言うには何でもいいので『士気』を上げたいが為に行っているということだ。


 流石に、大げさなお祭りというわけにはいかない為にちょっと夜遅くまで酒を飲む程度の賑わいだった。まぁ私は飲めないのでどっちにしても関係ないのだけど。

 というより大人たちはお酒を飲む理由を探していただけに見えなくもない。まぁそれについての文句はない。私がどうこう言える義理もないし、今まで命がけで戦ってきた人たちのほんの一息の休息と思えば、それはきっと必要な事なんだろうと思う。


「うー……疲れた」


 とはいえ、私はそうそうにその場から抜け出していた。

 明らかに場違いだったし、お酒が楽しめないんじゃいても意味がない。抜け出す前にそれとなくマリンが手引きしてくれたので、私は誰に咎めれられることもなく会場から抜け出して自分にあてがわれた部屋に戻っていた。


 そこからテラスに抜けると、無数の松明で彩られたガランドの街並みが見える。夜だというのに昼間のように明るい。遠くには怪獣に踏み潰されて壊滅した区画が見え、そこだけがぽっかりと闇に包まれているように暗い。そこを眺めていると、改めて邪王軍の強大さがわかる。同時に私が娯楽として楽しんでいた特撮番組、そこに登場する悪の組織が本当に空想のものだったことに感謝した。この世界の邪王軍ですら、この惨事を齎すのだ。


 何にしてもあいつらはなんとかしないといけない。この世界の人たちが聖女、救いの救世主にすがる気持ちもわからないでもなかった。槍や大砲で倒せない化け物を倒せる存在……それが伝説でも架空でもなんでもいいから、自分たちを助けて欲しい。そういう切なる願いみたいなものがあるんだと。


「あら、やはりここにいらしたのですね」


 ふと後ろからアナの声が聞こえた。

 アナは薄いストールを纏っていて、ほんのり頬が赤らんでいた。


「まさか、お酒飲んだの?」

「はい。王族ですから、舐める程度には飲まないと……それに、成人ですもの」


 とはいうもののアナはどこかふらついている。まさか酔っている? 

 元いた世界でも成人する年齢は様々だったのを知っているがまさかこの世界でもそうだったとは思わなかった。付き合わされるのも大変だなと思うけど……本当に大丈夫かこの子。目がとろんとしているぞ。


「急にいなくなるんですもの。びっくりしましたわ」

「あはは、ごめんごめん。私、あぁいう席は苦手でさ」

「まぁ、楽しいですわよ?」

「かもしれないけど、お酒、飲めないからさ」

「あらそうですの? けど、私もお酒はちょっと好きじゃないんです。王族ゆえに多少はそういう席でも付き合わないといけないのですけど……飲むものじゃありませんわ、あんなの」


 そういいながらアナは火照った体を冷やすように、風に当たりながら、私のすぐ隣に並んだ。二人して街の明かりを眺める。しばしは無言だった。


「聖女様、此度もまた我々をお救いいただき、ありがとうございます」


 唐突にアナはお辞儀をした。


「え? あぁ……まぁ流石にあんな怪獣が暴れてたら放っておくのもね……それに、私にはあぁいう連中を倒すだけの力があるわけで、そしてたくさんの人の悲鳴も聞いちゃったし……だったら戦うしかないんじゃないかなって……そう思っただけだよ」

「やはり、聖女様は凄い方ですよ。それを実践できるのですから」

「やめてよ。もし、私にこんな力がなかったら何もできないわよ」


 ヒーローとしての力があるから、私は戦える。もしそんなものなんてなかったら私はギャーギャーと騒ぐことしかできなかっただろうし。そういう意味ではこういう異世界に召喚されて力を貰うってのも悪くはないと思う。


「そうでしょうか? 聖女様は例え力がなくても、きっと立ち向かっていたと思いますわ。だって、初めて私を助けてくれた時だってそうだったじゃないですか」

「え?」

「あの時、聖女様はラミネがいなくて、あの姿になることもできなかったのに、私の助ける為に駆けつけて、地竜兵たちに立ち向かっていましたわ。それが聖女様の本質なのだと思います」

「いやぁあれはちょっと自分でも混乱してたからよ。今に思えば本当、考えなさすぎたわね。ラミネが助けに来なかったら二人ともヤバかったわ」

「あはは! 確かに!」


 二人して笑う。こんなことできるのは今、生きているからだ。あの時、どっちかが死んでたらそうはならないだろうし。

 その時、私は城内から、そして街の方角から聞こえる笑い声に耳を傾けた。


 あぁそうか。そうだよね。笑いあい、語り合うこと。これって普通にやってることだけど、この世界の人たちはそうもいかないんだ。明日には死んでるかもしれない。邪王の攻撃でどうなるかわからない世界。だから、聖女が必要なんだ。


 そう考えると色々とつっかえみたいなものが消えていく。

 人々の笑顔を守る。それってヒーローにとって一番大切なことじゃん。

 だから、私は……


「聖女様」

「ん?」

「またお話が聞きたいです。聖女様の大好きな英雄たちのお話……」

「あぁ! そうね、そう……そうだなぁ。じゃ最近の奴だけど……」


 その瞬間。私はぞわりと背筋に嫌な気配を感じた。それと同時に周囲が真っ暗闇に閉ざされる。一瞬にして変わる光景、街から聞こえていた笑い声が途切れ、城内の声もぴたりと止む。

 そこは月と星のない赤い空が広がっていた。空には黒い稲妻のようなものが走っていて、それが時折赤く点滅している。どこからともなく太鼓のようなドコドコという奇妙なリズムがさらに不安を煽るのだ。


「な、に?」


 奇妙な空間。そこに城内が引きずり込まれたような感覚。


「これは……震冥界!」


 アナは震えた声で私に縋りつく。

 震冥界。確か、ラミネが言っていた。邪王軍の力を何倍にも引き上げる結界のようなものだと。私が初めて戦った時は全く違う、本当に異なる空間に迷い込んだような不可思議な光景が広がる。

 さらには城内から悲鳴まで轟く。


「アナは部屋にいて!」

「聖女様!」

「大丈夫だよ! まずはラミネと合流しないと! アナは隠れててよ!」


 半ば無理やりアナをベッドに放り投げると、私は即座に広間へと走った。城内のあちこちから悲鳴と絶叫が響く。


「この! 次から次へと面倒臭い!」


 邪王軍の動きがさっぱり読めない。そもそも、連中はこうしてガランド国の中枢を直接攻撃できるのに、なぜこんな遊んでいるような真似をしているんだ? 何か理由でもあるのだろうか。だけど、今はそれを考えている場合じゃない。

 通路を駆け抜ける。もうワンフロアを過ぎれば広間だ。と、思ったその瞬間、私の目の前に小さな影が現れる。ラミネだ。


「メイカ! 無事だったのね!」

「ラミネ、そっちは!」

「それが奇妙なのよ。こっち、広間には一切の被害はないわ。だけど、どこからともなく悲鳴が響いてて。震冥界の影響で私の魔力感知もうまく働かないの。今、親衛隊たちが中心にあちこちに展開しているのだけど」

「被害がない?」


 そんなはずはない。だって私はテラスからでも聞こえるぐらいの悲鳴を聞いていた。それは多分アナも同じだ。


「もしかしたら他の場所が襲われているんじゃ」

「敵は直接ここを叩けるのよ。そんな遊びみたいな真似……」


 二人してどういうことだと頭を抱えていると、今度は剣戟のぶつかり合う重低音、そして野太い男の絶叫まで響いてきた。それを皮切りに、まるで示し合わせたかのように城内のあちこちで爆発音が響く。


「ちょっとどうなってるのよ!」


 まるでこちらをかく乱させようとしている動きだ。

 すると、今度は少女の悲鳴が響く。この声はアナだ!


「まさか……!」


 嫌な予感が走った。

 急ぎ元来た道を戻る。目的地、私の部屋の近くまでやってくると、周辺に瓦礫が積もっていた。部屋が破壊されているのだ。


「アナ!」


 崩れた入り口を飛び越えて、私は部屋に入る。

 しかし、そこはもぬけの殻だった。何もいない……誰もいない……アナも姿もない。そして、それと同時に震冥界が解除されていく。まるで、もう用はないといわんばかりに、呆気なく、唐突に……

 私は元の世界に戻っていく光景を眺めながら愕然とするしかなかった。


「アナが……浚われた?」

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