第16話 進軍の聖女

「ソウルブラスター!」


 ソウルメイカーへと変身した私は即座に銃を構えて戦列する地竜兵を一層する。私の変身と共に身構え、突撃しようとしていた地竜兵たちだけど、奴らは自分たちが迎撃しようとした瞬間には倒されていて混乱しているだろう。

 それもそのはずだ。私は変身と同時にソウルメイカーの能力の一つを発動させていた。


『ソウルフィールド』


 それは光の粒子であるクリステックアーマーに付加された能力だ。光を凝縮し、結晶化したアーマーは同時に光へと分解することも可能である。ようはアーマーと装着者を光にすることが可能なのだ。


 それにより私は、ソウルメイカーは理論上は光の速度で移動することができる。しかし、それには多大な負担がかかる為に発動できる時間はわずか十秒、しかも光の速度を出すと体中が分解され過ぎて元に戻れなくなる。故に音速からその亜光速一歩手前の加速しかできないのだが、それでも十分すぎる程の速度だ。


 この瞬間、私は地竜兵が止まって見えた。そして容易に撃ち抜くことが出来たのだ。

 ソウルフィールドが解除され、時間の流れが通常のものに戻る。すると、バタバタと私の目の前で地竜兵たちが倒れていく。


「戦闘員退治終了! 次は!」


 私は、巨大怪獣を見上げた。奴は足下の地竜兵が倒されたことなど意に介していない。そもそもそれを気にする程の知能があるのかどうかも怪しい。こいつはただ本能に従うまま突き進んでいるようだった。

 試しに頭部や足にソウルブラスターを撃ち込んでみるが、硬い甲殻に加えて巨体であるためか光弾は命中するも大したダメージにはなっていなかった。


「えぇい。ならば! クリスタルシュート!」


 私は両腕をかざしてその間にエネルギーをチャージする。すると、両腕をバレルとして、その間に巨大なクリスタルの弾丸が形成されていく。それを巨大怪獣の頭部目がけて打ち込んでやる!


「あぁもう硬すぎでしょ!」


 クリスタルシュートはソウルメイカーの必殺技の一つなのだが、巨大怪獣にはどうにも効果が薄かった。


『気を付けてメイカ。こいつ、邪王の加護が宿ってるわ!』

「それでこのタフネスに巨体ってわけ?」

『多分ね。それで、どう攻略するつもり? 正直、私は驚いてるわ。邪王め、こんな戦力まで持っていたなんて……』


 ラミネ曰く邪王軍の戦力でこんな巨大な怪獣は今まで確認されていなかったらしい。なるほど、どうやら私を警戒しているのかな?


 だとすればその評価は正しいといえる。同時にそんなに過大な評価をされちゃたまったもんじゃない。こんな巨大な怪獣を送り込んでくるなんて私も予想外だったし、正直迷惑だった。

 いや、一番迷惑なのはこの国、この世界の人々か……


「何が目的なのかは知らないし、興味もないけど……安穏と広がる普通の暮らしを思いつき一つで踏み潰されちゃ敵わないわね」


 私が仮面の内側で巨大怪獣を睨みつけると、怪獣も私に向かって咆哮を放つ。ビリビリとアーマーに振動が伝わる。瓦礫や塵がその声に乗り風に舞う。

 だけど、だからどうした。お前なんか怖くない。いや、やっぱなし、本当は怖い。だけど、今の私はソウルメイカー。憧れのヒーロー、その姿をしている。

 私の大好きなヒーローは例え巨大な敵が相手でも恐れずに立ち向かった。ならば、今、その姿をしている私も、恐れるわけにはいかないのだ。

 少なくとも、ソウルメイカーを名乗っている間だけは、私はただの女子高生じゃいられないのだから。


「巨大な怪獣が相手ならこっちもスーパーマシンで対抗よ!」


 仮面の内側に展開されるモニター。そこにはソウルメイカーの武装、装備の一覧が並べられていた。

 私はその段から一つの兵装を選ぶ。ソウルメイカーの装備は思考によって選択され、転送される設定になっていた。

 二度目の変身、そしてソウルフィールドの展開やソウルブラスターの転送を経て、私は確信していた。理由はさておき、このソウルメイカーは私の知る『設定通り』の強さを誇っている。装備も能力もテレビで見ていたそのままだ。


「だから呼べるはず! 来い! シャイタンク!」


 私が選んだのはソウルメイカーの地上兵装の中でも最強を誇る戦車!

 その名もシャイタンク。堅牢な装甲と圧倒的な火力で敵を粉砕する鋼鉄の要塞! こいつを呼び出せば巨大怪獣の一体や二体……


「ん?」


 あれ?


「んん?」


 あれぇ?

 来ないぞ? というか何『エラー』って。仮面内のモニターには英語表記で『エラー』と表示されていて、うんともすんとも言わない。なんで召喚されないんだ?


『何してんのよ! 来るわよ!』

「うわわわ!」


 ラミネの悲鳴と共に巨大怪獣の前足が私を踏みつぶそうとしていたので、ソウルウィングを展開し、その場を離脱する。

 ぐしゃりとさっきまで私がいた空間が巨大な前足で踏み潰される。あ、あぶなー!


「なんで転送されないよぉ! えぇいならシャイバード!」


 今度は戦闘機を呼び出そうとするが、それも『エラー』。


「なにぃ! ならソウルベース!」


 次はソウルメイカーの基地でもある戦闘母艦。当然、『エラー』。


「なんで呼び出せないのさぁ! ちょっとラミネ!」

『し、知らないわよ! それより攻撃がくる!』

「だぁぁもう!」


 怪獣がその見た目通りに口中から火球を吐き出す。一発いっぱつが二メートル、三メートルもある火球は轟音と共に飛来してくる。幸いなのはその弾速が遅いことか。ソウルメイカーの機動性であれば難なく避けられる。

 だけど、問題はそれだけじゃなかった。私が避けることが出来ても、火球は物理法則に従って落下していく。何十、何百メートルと飛んでいく火球は目標を失い、そのまま落下してく。その場所にはまだ避難を続けていた人々がいた!


「ま、ず!」

『な、なにを!』


 私は思わず駆け出した。

 火の粉をまき散らしながら火球は人々の頭上へと迫る。そこには、私が助けた女の子の姿があった。人々の顔は絶望に暗んでいる。悲鳴、絶叫、それらが私の鼓膜を響かせる。


「させるかぁ!」


 私は咄嗟に人々の盾になるように火球の前へと躍り出る!

 同時に火球が直撃する。凄まじい衝撃と強烈な熱さが私の全身を襲う。


「熱……くない!」


 確かに熱い。しかも痛い。だけど、耐えられない程じゃない!

 しかし、怪獣の奴は良い気になっているのか、二度、三度と火球を吐き出す。


「このやろー!」

『ちょっと! 考え無しに突っ込まないで!』


 ラミネの怒声が聞こえるが、そんなことよりも私は火球を防ぐことに集中した。二発目はソウルナックルを使って、三発目は少し離れた場所に放たれてしまったので、クリスタルシュートで迎撃する。


「うおぉぉぉ!」


 火球を防ぎながら、私は隙を伺っていた。そして、発射のわずかなタイムラグ。それは一秒、二秒という時間だったけど、その隙を突くのはソウルメイカーなら容易い。

 私はソウルナックルを構えて、怪獣の横っ面をぶん殴る!

 右拳が分厚い甲殻を砕く! 私なんてぺろりと飲み込んでしまうそうな巨大な顔が揺れ、怪獣が一瞬だけ膝をつく。

 しかし、怪獣もまた反撃を行っていた。倒れる勢いを利用するようにして、巨体全てを使ったローリング。一瞬にして私の視界に怪獣の肉体が迫る。巨山の如き躯体が押し寄せ、全てを潰そうとする。


「させるかぁ!」


 そんなことは許さない。腰に力を入れ、歯を食いしばり、腹の底から気合を入れる。両腕を突き出し、迫りくる巨体を受け止める!

 体格差は絶望的だ。受け止める私はゴリゴリと地面を削りながら、押し出されていく。だけどそれ以上はさせない。それ以上はいけない。私の後ろには沢山の人達がいる。その人たちを危険な目に合わせるわけにはいかない!


「うおぉぉぉ! ソウルウィング最大出力!」


 背部のウィングが炎を吐き出す。キィィィンと甲高い音は限界以上の出力を放出している証拠だ。それをもってしても怪獣のローリングは止まらない。このままでは押しつぶされる。


「うぅぅぅ! 何かないの!」


 人々の絶叫を背中に受けながら、私は兵装欄をでたらめに選択していく。『エラー』、『エラー』、『エラー』、どれもこれも転送できない、具現化できない。この状況を打破する何かを私は求めた。魔法でもいいし、伝説の武器でもいい。ファンタジーの世界なんだからそれぐらいはあってもいいだろ!


『何かが高速で接近してくる……なにこれ、速すぎるわ!』


 激震に揺られる中、またラミネの悲鳴が聞こえる。何かが来る? 何かって何よ!

 そう聞き返そうとした瞬間、ぐらっと怪獣の巨体が真横に吹っ飛ばされる。いくつもの建物を破壊しながらではあるが、怪獣のローリングは止まった。

 同時に私はドルドルッというエンジン音を耳にしていた。私は特別バイクや車には詳しくない。プロであればエンジン音を聞けばどの車種なのかを判別できるらしいけれど。だけど、私にだって一つだけエンジン音で理解できるものがある。


「まさか……ソウルキャリアー?」


 エンジン音を辿ってその正体を目の当たりにした私は驚き、そして、歓喜した。そこには白銀のバイクが輝かしい装甲を煌かせ、主を待っていた。フロント部分は結晶化したエネルギーが集中しており、鋭角的な装甲を作り出し、後部は飛行用のジェットパック、両サイドにはビーム砲を装備した戦闘支援用のバイク『ソウルキャリアー』だ。


 まさか、転送に成功したのか? けど理由を考えている場合じゃない。これは百人力の援護が来たも同然だ。恐らく怪獣が吹っ飛んだのはソウルキャリアーのおかげだ。こいつの体当たり攻撃はその加速度も相まってすさまじい破壊力を秘めている。その証拠に分厚く、硬い怪獣の甲殻がバラバラと音を立てて崩れている。


『鉄騎? なんでそんなものまで』


 ラミネにはバイクが鉄の戦車か何かに見えているのだろう。ある意味でその表現は正しい。本当なら詳しく説明したい所だけど、そんな暇もないようだ。

 怪獣が向くりと起き上がる。ふらついている様子だけど、まだまだ動けるようだ。本当にしぶとい……だけど、ソウルキャリアーが来たからにはもうおしまいよ。


 私はすかさずソウルキャリアーへと搭乗する。バイクの動かし方なんて知らないけれど、ソウルメイカーと基本は同じだ。ある程度の脳波コントロールでサポートしてくれるし、ソウルキャリア―には人工知能が搭載されている。私が乗り込むと同時にソウルキャリアーは音を立てて唸る。小刻みに伝わるエンジンの衝撃、わかった風に言うならご機嫌だということか。


 ハンドルグリップを握りしめて、怪獣を見据える。巨大な口を大きく開けて私を飲み込もうとしているようだけど、いいわ、相手になってやる。マシンを一気に前進させ、真っ向から挑む。ラミネは『馬鹿、やめなさい!』と怒鳴っていたけど、まぁ安心なさい。このマシンの力を見せつけてやる。


 加速すると共に私たちの周りにエネルギーフィールドが展開される。それは次第に結晶化し、一つの弾丸となる。


「クリスタルブレイク!」


 ソウルキャリアーによる突撃戦法。いかなる強固な壁であろうと粉砕する必殺技だ。私たちはそのまま怪獣のどてっぱらに突っ込み、貫通する。空中に飛翔し、ターンを決めて、状況を確認する。私たちに穿たれて出来た穴は徐々に結晶化が進んでいた。それはこの技が通用しているという証拠だ。

 だけど、まだだ。怪獣のタフネスさは異常なぐらい。あの一撃でもまだ息がある。だから、あと一撃、そう本当必殺技を繰り出す必要がある。


「ソウルブレード……!」


 ソウルキャリアーから飛び降り、ウィングを展開、同時に掛け声と共に私の右手に一振りの剣が具現化する。それはクリスタル状の透明な刀身を持った輝く剣『ソウルブレード』だ。数々の難敵を屠ってきたソウルメイカー最強にして最も信頼できる武器。


「クリスタルチャージ!」


 刀身を撫でるように左手を滑らせる。それにそってソウルブレードの刀身にさらなる輝きが宿り、リミッターが解除されていく。刀身からほとばしる光の粒子が太陽すらも超える光量を溢れさせる。


「ソウル・ブレイク!」


 一閃。縦一文字に振り下ろす!

 その瞬間、怪獣は断末魔の叫びをあげることなく、真っ二つに切り裂かれ、そして肉体が結晶に包まれていく。

 再びブレードを振るう。今度は横一文字。クリスタルに包まれた怪獣の肉体が十字に切り裂かれていく。そしてその肉体は眩い光と共にさらさらと砕け、風に乗って消えてゆく……


「完全勝利!」


 勝利に余韻が心地よい。なにより、幼い頃から憧れていたワンシーンを自分が、自分の手で再現できた。その高揚感はなにものにも代えられない幸福感を私に与えていた。

 そして、背後から響き渡る人々の歓声……あぁ、これは良い。とても、良い。


「やっぱりヒーローは最高ね!」

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