第15話 聖女のお仕事

 さて、昼食の後は自由時間というわけにはいかないようだった。


「人々を勇気づけるのも聖女の務めよ」


 とはラミネの言葉だ。

 慰安訪問と言ってもやることはただ街に出てニコニコと微笑むか、話かけるかぐらい。ただし、私はこの国の広さを、身を持って体験している。それは初めて戦った後の復興処理の手伝いの時だ。あの時はみんなを助けなきゃって勢いだけで動いていたので、思えばゆっくりとこの国を見て回ることは出来なかった。


 ある意味では、これは気分転換にもなるし、私は特に断る理由もないので、快諾したというわけだ。

 慰安訪問そのものは順調に進んでいた。みんな、私の姿を見ればなんというか、ものすごく崇め奉っていて、中には変身していた私が助けた人たちもいて、その人たちはソウルメイカーの正体が私のような女の子だと知ってたいそう驚いていた。

 普段の生活じゃまず受けることのない待遇に私はいささか戸惑いを隠せないでいた。


「いかがですか聖女様。我が国は?」


 しかも、なぜかアナまでついてきている。


「全く、侍女たちはなんでアナを抑えれないのかしら……」


 ラミネは頭を抱えていた。


「あら? 民の様子を見守るのも王女の務めよ?」


 アナはアナでマイペースだ。

 救国の聖女とそして、一国の王女のセット。そんなものがいれば城下はちょっとした騒ぎになるのは当然だった。一目見ようと集まる野次馬も多いし、お近づきになろうなんていう馬鹿な考えを持つ連中もいるみたい。


 そんな連中を追い払うためにマリンとその部下の銃士隊の面々まで引き連れてまた物々しい組み合わせとなってしまった。

 そのせいでいやがおうにも目立ってしまうし、注目を浴びる。簡単にいうとすんごい視線が痛い。突き刺さる。


 しかもだ。アナは私の腕に抱きついて、ルンルン気分で出歩いている。まるで恋人か婚約者か……私が勝手にそう思い込んでいるだけのなのかもしれないけれど、ずっと引っ付いてるので、ちょっと歩きにくい。


「どうしました?」


 とうのアナは理解しているのかしていないのか分からない曖昧な表情を浮かべていていた。


「……いえ」


 なので私も強くは言えなかった。それに周りの人の目もあったし。


「うふふ。聖女様がきてくださったおかげで民の顔にも笑顔が戻っています。みな、聖女様が勇ましく戦い、そして街の者を助けてくださったことを知っています。その姿にどれほどの人たちが勇気づけられたか……」


 アナはまるで恋する乙女のように手を重ねて語っていた。 

 うぅむ。なんだかそこまで言われると恥ずかしいようなむずがゆいような……まぁ悪い気はしないけどね。

 アナははしっこくて街に出るやいなやあっちこっちに足を運んでは人々にその無垢な笑顔を振りまいている。


 彼女が現れる場所では必ず笑顔が起きて、人々もそんなアナの無邪気な姿を見て心を和ませているようだった。

 なんというか訪問というよりはアナのお出かけにみんなでついて行っているような流れだったけど、街の様子を見て回ることが出来たのは良かった。


 やっぱりガランド国の人たちはたくましい。今朝の様子からでもそうだったけど、彼らからは生き抜いてやるという気合が感じられた。

 どんな時でも前向きに進むもうと言う姿は胸がすくようだったし、むしろ私が元気をもらったようなものだ。


「邪王が倒された暁にはぜひとも聖女様を我が国のお祭りに招きたいですわ!」

「そうねぇ……それもいいかもねぇ」


 お祭りは大好きだ。ワイワイ騒げる楽しいことは基本的に大好きだ。

 だけど……


(あーやっぱり家に帰って特撮がみたい……ヒーローがみたい)


 どうしてもこの欲求だけは付きまとうものだ。確かに私は義憤に駆られて戦ったし、こうして異世界の地を踏んでいるわけだけどここで一生を過ごしてやろうなんてことは全く考えていない。

 確かに、この世界を脅かす危機やそれにさいなまれる人々を救いたいって気持ちはあるけど、それとこれとはまた別問題だ。


 とはいえ、私の現状の目的に邪王を倒すことは想定されている。というのも、たいていこういう選ばれしナントカってのは目標となる相手を倒せば自動的に戻れるような仕組みになっているという不確かな根拠があった。


 本当にそんなことが出来るのかとか、そもそも何を根拠に、という問題も付きまとってくるけど、『何もしない』という選択肢よりはまだ建設的でいいんじゃないかな?


「そうだ。見晴のよい展望台があるのです。そこへ案内しますわ。私が国で一番好きな場所なんですのよ。国を一望出来て、風がとても心地よいのです」

「へぇ、そりゃ楽しみだな」


 にこにこと楽しそうなアナ。彼女は私の手を引いて、走りだろうとしていた。

 そんな楽しい散策も突如として終わりを告げる。

 それは、激震と轟音と共に現れた。鳴り響く警鐘、轟く咆哮、そして人々の悲鳴。

 次第に大砲の音まで聞こえてくると、いくら鈍い私でも状況をはっきりと理解する。


「邪王軍が来たって言うの!」


 そんなことが出来るのは邪王軍のみ。私の直感はほぼ間違いなかった。


「姫様は城へ! お前たち、頼むぞ!」


 護衛に着いていたラミネさんがテキパキと指示を送る。


「あぁもう!」


 本当に空気の読めない連中だな!


「行くよ、ラミネ!」


 私はラミネを伴ってその咆哮の下へと駈け出そうとする。


「聖女様!」


 その矢先、マリンの部下に連れられて避難しようとしていたアナがその場で立ち止まり、私を呼ぶ。


「お願いします! 民と国を、どうかお守りください」


 アナは祈るように両手を重ねた。


「当然」


 私はニコリと笑みを向けた。


「だって、私、ヒーローだからね」


 そして今度こそ駆け出す。


「私が言うのもなんだけど、そんな安請け合いしていいの?」


 逃げ惑う人々の波をかき分けながら突き進む途中、並走するラミネがぽつりと一言。


「そうねえ……正直な所をいうと私個人もまだふわふわしてるけどさ……」


 走る中、私の視界に転ぶ子供が目に映った。女の子だった

 私は彼女の下へと駆け寄り、体を起こしてあげる。少女は膝をすりむいていて、涙を浮かべていた。

 私は彼女の頭をぽんぽんと撫でてあげながら、「立てるね?」と声をかける。少女は、私が聖女であることを理解したのか、少し緊張した面持ちを浮かべ、小さく頷いた。


「さぁ、早く逃げて。あなたたちは、この私が守るわ」


 そういって少女の背中を押す。駆け出していく少女の背中を見送りながら、私は再び咆哮の聞こえる方角へと振り向く。


「少なくとも、こんなことは放っておけないでしょ?」


 前方を見据える私。咆哮と共に轟音と振動が近づいて来る。

 それを見上げた時、私は全身が震えそうになったけど、なんとか耐えた。

 そいつは十メートルはあろうかという巨大な獣だった。四足歩行で、硬い甲殻を持つ姿は亀にも似ていたけど、牛やヤギのようにも見える。あえていうなら地を這う竜とでもいうべきか。

 そんな巨大な怪獣が我が物顔で街を破壊しながら突き進んでくる。その足下には地竜兵が槍を構えて整列、突き進んできていた。


「怪人の次は巨大怪獣? ハンッ! 私としては好みのシチュエーションよ。ラミネ!」

「えぇ!」


 私の掛け声に応じて、ラミネが私の体に吸い込まれていく。刹那、左腕に熱いものを感じた。光が瞬くと女神像のブレスレットが収まっている。私はそれを天に掲げて叫んだ。


「聖着!」

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