第14話 女三人寄れば?
歓迎式というものはやっぱりというか格式ばった堅苦しいもので、神官たちが何やら真言のようなものを唱え、それが開会の宣言となり、上品な衣裳をまとったクードゥーが仰々しい足取りで祭壇に登ればそれだけでも兵士や国民は歓声を上げていた。
私は聖女という立場の為かこの式の主役らしく、クードゥーの隣の席を用意されていた。クードゥーの席の後ろにはドレスを着たアナがいて、その隣には煌びやかな宝石をちりばめた豪奢なドレスに身を包んだ物腰柔らかそうな女性がいた。多分、あの人が王妃様ってわけだ。
なる程、アナと同じ青い髪、利発そうな目をしている。しかし、醸し出される雰囲気は全然違う。アナがすばしっこい子猫だとすれば王妃様はゆったりと落ち着きのある母猫だ。
「今ここに伝説の聖女は召喚された! 諸君らも昨日の戦いは見て、感じたであろう! 諸君らの愛すべき国土を、家族を無残にも蹂躙しつくしてきた邪王の軍勢を聖なる光と共に打ち払った聖女の勇ましさ、壮麗さを! これこそ我がガランド国が邪王を討つという天命であると私は確信した!」
学生が眠くなる代表例である校長先生の長話とは違い、訴えかけるメッセージ性も力強さも違う。これが真に迫る、国を背負う男の言葉なのだと思うと凄味を感じるのだが、心のどこかではちょっと出来過ぎた演劇のようにも見えてしまう。
どこか芝居がかった身振り手振り、口調なのは多分意識してのことだと思うし、それに乗せられて集められた人々は熱狂している。
だけども私はかなり退屈だ。基本的に座っていて、クードゥーに名ざしされればぎこちない笑顔で手を振るぐらいだし。何よりこう、衆目を浴びるのはやっぱり恥ずかしい。いっそソウルメイカーに聖着している方がマシだ。
だというのに、ラミネの姿は今朝から見えない。
全く、あの精霊はどこをウロチョロしてるのやら。
「じき終わりますよ」
私の傍に立つマリンがそう耳打ちしてくれる。彼女は本当に私の警護らしく今朝からずっと一緒だった。
さてこの「じき」というのがあと何分後なのか、私はそればかりが気になっていた。マリン曰く、この手の儀式というのは重要なことなのだという。昨日の出来事で動揺した人々を勇気づけるにはもってこいの手法とのことだ。
その意識向上の為に客寄せパンダみたいなことをさせられてるというのはちょっと気に入らない部分もあるが、ご飯ももらえてお風呂も頂戴してしまった以上、それぐらいは応じてやらないと不義理だよなぁと思う。
あぁ、それにしてもお尻が痛くなってきた。現代科学の粋を極めた低反発、低刺激のクッションの偉大性がわかる。私が座っている椅子だって高級品なのは間違いないんだろうけど、機能性という点を考えるとやっぱり劣る。
それに長時間座っているとキツイ。私はちらっとアナの方を振り向く。彼女は表情一つ変えずににこやかな表情を浮かべていた。
やっぱり、この手の暮らしが長い、慣れてると違うわねぇ……あー疲れた。
ふと思ったけどこういうザ・ファンタジーな世界観でやってるヒーローってあんまりないなぁ。
そんな世界観からやってきたり、映画限定、もしくはストーリーの冒頭なんかだとなくはないんだけど全体を通して見てみると特撮の方面ではあまり見ない。多くはアニメや漫画だろうか?
案外この手の展開はロボットアニメに多いかなぁ?
もう長い話を聞くのは飽きては私はぼけーっと頭の中でもう何度目になるかわからないヒーロー論議を開催していた。
***
「結局何時間してたのさ……」
歓迎式が終わってすぐ、私は逃げ帰るように部屋に飛び込んだ。ただ座って、笑顔で、手を振っていただけなのに妙に疲れてしまった。きっと慣れない空間にいたせいだ。
思わず脳内ヒーロー論議は今後のヒーローに課せられるテーマ性にまで発展していた。
私はまだぬくもりが残っているふかふかのベッドにダイブすると、「疲れた、疲れた」とばかり連呼していた。だって疲れたもん。
「まぁ、あれでも短い方ですよ」
マリンは今朝から同じような調子で微笑を湛えている。彼女はいつでも動けるようにとあまり腰を降ろさない。それでも休む時は壁にもたれ掛かっているが、それでも全体を見渡せるような場所を常に陣取っている。これはプロ意識の高さをにおわせる。
キャリアウーマンって奴だなうん。私には遠い存在だ。
「軍の会議は夕刻から行うそうです。夕食と共に、そう肩肘張らない形式で行うと兄から聞いているので」
「えーやっぱりそういうの出ないとダメなの?」
「もちろん、聖女はシンボルですが、神輿でもあります。面倒でしょうが、担がれてやってください。それで各々の将軍方の士気も上がる」
ふーん、難しくてややこしいんだなぁ。多分、これは私のような現代っ子と今まさに戦争をしている人たちとの認識というか心持の違いなんだろうなぁというのはなんとなく理解はできていた。
験を担ぐというのだろうか、私という聖女がいることで元気になるならいくらでも笑顔を向けてやるが、それ一つで軍隊というものが強靭になるという考え方は私にはちょっと理解が追いつかない。
「はぁ何だろ。私、軍人さんになったみたい……」
別に訓練も何もしてないし、この世界にきてしたことは変身して風呂に入ったぐらいなんだけども、その後に待ち受ける会議だのなんだのを考えるとそう思わずにはいられなかった。ヒーローたちの中にも案外軍人からヒーローに、そもそも元が軍隊な人たちも多いが、あの人たちも作劇の見えないところではこういう会議とかばかりしてたのかなぁ……
それに、ひそかに期待していた剣と魔法で冒険の旅……みたいなのもなさそうだ。まぁ今の所は良い待遇を受けている手前、多分私はかなり幸運な召喚をされたんだろうけど。
「軍人にはなるものじゃないですよ。兄は栄えある王の親衛隊ですが、あの顔です。未だに嫁の貰い手もいない。それに親衛隊ともなれば色々と縛られる規則や義理もありますし、その妻は常に不安に駆られると言いますので」
「へぇ……あの人も苦労してるんだぁ」
思ったけど私はあのメッツァって人とはあまり話ことがないなぁ。そのはずなのになぜか急に親近感がわいてきた。騎士、親衛隊というとなんだかすごくエリートっぽい響きを感じるけど、マリンの言葉を聞いているとちょっと名称の違うサラリーマンみたいなものじゃないか。
違うとすれば命をかけて戦うことぐらいか……いや、それも大概か。
あれこれとたわいもない話を続けていると部屋の外から慌ただしい声が聞こえる。これは昨日聞いた野太い声の従者だ。
と、いうことはこのパターンはまさか……
「メイカ様!」
やっぱり、アナだ。ノックもせずにバァンッと扉を開けたアナは式の時のドレスではなくワンピースタイプのラフな格好をしていた。その右手にはどういうわけかぐったりとしているラミネがいる。今まで何をしとったんじゃこいつは。
「あら、マリン」
「これはアナ姫」
マリンはきっちりと膝をつき、頭を垂れる。その一連の動作ですら洗練されていた。
「あなたもメイカ様のお話を聞いていたの?」
「話?」
マリンはなんのことだというような表情を向けてくる。
あーアナのいうことはあれだ、昨晩のヒーローの話だ。どうにもアナはこの話題によく食いつく。話す方としては楽しく聞いてくれるアナのような子が嬉しい。私もついつい熱が入ってしまう。
マリンはそれこそ置いてきぼりを食っている感じで、ちょっと驚いたように目を見開いていた。
「昼食を一緒にと思ったのです。昨日の続きも聞きたいですし、マリンも来なさい」
「それは、願ってもない。私だけ、置いてきぼりは嫌ですから。聖女殿のお話、興味がありますよ」
マリンは再びアナに傅く。どうやらここら辺はきっちりとしているらしい。
二日目の異世界はまだ穏やかな空気が残っていた。私は普通なら混乱して騒ぎ立てそうな目に合っているのに、どこか自然体でいられるのはアナやマリンのように親切にしてくれる人がいるからだろうか。
だとすれば、本当に幸運なことだと思う。
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