第13話 マリン・ビジー

 ガランド国へと召喚され、やっと一夜が明けた。アナ、ラミネと大浴場でさんざん語り合った私はあの後すぐにベッドに埋もれて、熟睡していたらしい。この世界に時計はないようだが、おおよそ朝の九時近くまで眠っていたことは感覚でわかった。

 毛布をめくり、起き上がって背伸びをする。体の筋肉痛はまだ残っているがそれでも昨日よりはだいぶマシだ。


「ん? ラミネがいない……」


 きょろきょろとあたりを見渡してみるが、あの小さな精霊の姿はなかった。少なくとも寝るまでは一緒にいたはずだ。だとすればもう起きてどこかでフラフラしているのだろうか?


「思ったけど、あの子って一体どういう立場にいるのかしら」


 ラミネは聖女を導く精霊であり彼女で百二代目だという。実際に聖女を導いたのは彼女を含め四人、あとは言い伝えや秘術を継承していく伝統的な習わしでしかなかったとか。

 ラミネ自身もまさか自分が聖女を導く役割を担うとは思っていなかったらしい。

 そしてラミネを含めた精霊は初代からずっとこのガランド国に仕えているとのことだった。聖女を導く以外にも時には加護を与え、時には王族の相談相手となり、国のシンボルとして崇められているとかなんとか。

 神聖な立場にいるかと思えばラミネはちょくちょく城下にも進出しているようで、暇さえあれば城の中をふらふらと飛んでは色々と会話をしているらしい。


「身近な神様、精霊様ってわけね」


 お地蔵様みたいなものだろうか? だとすれば随分と可愛らしい地蔵さまだ。

 私は取り敢えずカーテンと窓を開ける。陽は高く、空気は暖かい。そこからは城下町が見下ろせるが、未だ崩れた建物が散見する。火事などは収まり、早くも市場らしきものも開催されているのを見ると、この国の人々は中々にバイタリティにあふれているようだ。

 いや、むしろ大変な目にあったからこそ、努めて平常を保とうとしているのかもしれない。

 そう思いながらぼんやりと城下町を眺めていると、突然ノックの音が聞こえた。メイドさんだろうかと思い、私は特に振り返りもせず「どうぞ」と答えた。


「失礼する」

「……?」


 その声は初めて耳にする女の人の声だった。ガチャリと金属のぶつかる音も聞こえる。メイドさんじゃないと思い、振り返ってみるとそこには長身でこげ茶色の長い髪をストレートに下した美人さんがいた。

 鎧……と言ってもかなり軽装で胸当てと言った方がいいんだろうか? それでもがっちりと胴体を鉄で守っているしっかりとした鎧だった。ゲームとかで見かけるビキニアーマーじゃないことにちょっと驚いたが、いやむしろこれが普通か……しかもよく見れば左側の腰には鞘に納められた剣がある。なんと反対の右には拳銃のようなものあってそれは皮のホルスターに収められていた。


「お目覚めですか聖女殿」

「えと、どうも」


 その人はフッと笑いながら、小さく会釈してくれたので、私も反射的に頭を下げた。


「私はマリン・ビジーと申します。見ての通り、女だてらに騎士などをやっております」

「あ、私は……」

「メイカ……様でよろしいですね? お名前はラミネや兄上より聞き及んでいます」

「兄上?」

「メッツァとかいう大男ですよ」


 マリンはカラカラと笑っていった。それと同時に私の脳裏にはメッツァの強面と彼女の整ったモデルのような顔が交互に映ってしまう。

 兄と妹? この人とあの人が? 似てないとかいうか、その前に親子じゃないのか!?

 朝からとんでもない事実を叩きつけられた私はちょっと眩暈を覚え、こめかみを抑える。するとマリンがまた笑った。


「はっはっは! みな同じ反応をします。ですが、れっきとした兄妹なのは事実ですよ。血の繋がりもありますので」

「そ、そうですか……あいや、失礼なこと」


 本人の目の前であからさまな困惑を見せては流石に失礼だったと思い、私は慌てて謝罪をするのだが、マリンは特に気にした様子もなく笑って済ませた。


「構いませんよ、私も兄もよく互いになぜ似なかったのか話すこともありますから」


 マリンはまた気さくな笑みを浮かべて、「まずは寝ぐせを直しましょう」と言ってくる。その言葉に私は思わず自分の頭に触れた。大爆発だった。


「うわわ!」

「メイドを呼びます、彼女らはそういうの得意ですから」


 そういってマリンは部屋の前で待機していたメイドさんを呼び寄せた。


「聖女殿の身だしなみを。遅い朝食も、な」

「かしこまりました」


 マリンの指示に従って昨日から世話になっているメイドさんがそくさと部屋に入ってきて

櫛とタオル、香料でも混ぜてあるのか整髪料のような液体をてきぱきと用意していく。

 メイドさんの手並みは鮮やかで私の爆発した髪の毛はすぐに収まった。作業を終えたメイドさんがぺこりとお辞儀をして部屋を退出すると同時に別のメイドさんが料理を持ってくる。

 パンとスープ、それとちょっとした野菜だ。かなり軽めの朝食であった。部屋の中央に用意されたテーブルに並べてくれると、そのまま部屋の前で待機する。


「すまない、聖女殿があまりにも熟睡していたのでね、朝食をどうするかわからなかったのだ。軽いものですまないが」


 入れ替わるようにしてマリンが部屋に入ってくる。彼女は座りもせず、私に朝食を促してくれる。

 言われるままに私はパンをかじった。出来立てではないが、かなりおいしい。バターもたっぷり使ってあるようだ。

 半分ほどかじったところで、私はなんでマリンがここにいるのかが気になった。まさか顔を見に来たわけじゃあるまいし。


「あの、もしかして、私何かやっちゃいました?」

「あぁ、いやそうじゃない。ただまぁ、もうじき会議もあるし、歓迎式もある。聖女殿にはそれらに顔をだしてもらう必要はあるかな」

「え、それじゃやっぱり急いだほうが!」

「構わないよ。かくいう私も実はまだ朝食をとっていない」


 マリンが言い終えるとタイミングよくノックがされ、メイドが同じ内容の料理を運んでくる。マリンはそれを受け取ると、「ご同席良いかな?」というので、私はパンをかじるのを止めて無言で頷いた。

 そのままマリンはナプキンを広げながら、パンを豪快にかじった。それは美人さんなマリンにはちょっと意外な姿だったが、メッツァの妹というだけはあるのかもしれないと不思議な納得はあった。


「今はどこもかしくもドタバタしてる。昨日の今日だし、昼過ぎからでもいいのさ。昨日は兵たちも家族の下に帰らずに動いてくれていた。多少、時間を与えるぐらいの器量はうちの王も持っている。それに、聖女殿は精力的に民を助けてくれたしな。少しの我儘は誰も気にはとめないよ」


 二口目でパンを完食したマリンは流石に咀嚼しながら話すということはない。

 きちんと飲み込んだうえで言ってくれる。


「それに、私個人があなたに興味があった。騎士でも兵士でもないのに鎧を着て、真っ向から敵とぶつかる。並の人間じゃ早々出来んことだよ」

「それ、昨日お姫様にも言われましたけど、私としてはちょっとテンションが上がっていたというか……」

「それでも十分だ。士気が低いとそれだけで武人も弱兵になる。その逆もまた然りって奴だな」


 何やらうまいこと持ち上げられてるだけな気がしないでもない。だけど悪い気はしない。

 が、ここでなぜか妙な沈黙が流れる。これはあれだ、いきなり会話が途切れるって奴だ。別に気まずさは感じない。どうやらマリンは私のペースに合わせてくれているようで、食事にはあまり手を付けていない。

 私はそれとなく食事の速さをあげながら、折角の会話の機会と思い、今度は私が色々と聞いて見たいと思った。


「あの、私は昨日ここにきて戦えーなんていわれて、その通りに勢いに流されたんですけど、その……地霊邪王ってのはどういう奴らなんですか」


 敵を知ればなんとやらというわけではないが、私は敵の事もこの世界のこともよく知らない。何かと説明を受けたのは聖女伝説の話ぐらいだ。その質問は単純に好奇心もあったし、私自身もなんとか順応しなきゃという変な使命感もあった。


「地霊邪王か……実の所我々もよくわからん。連中め、半年前に突然現れたのだ。最初は国境沿いに展開していたのだが、そこに駐留していた我らの軍が数分と経たずに壊滅した。それからというもの周りを囲むように周辺の国や街を襲った」


 マリンの説明はどこか淡々としていて、ちょっと私には実感というものがわかなかったが、食器を握る手がカタカタと震えているのを見てしまうと、かなり感情を抑えているのだというのが分かった。


「我らの国は相応に巨大でな、結果的に連中に対抗する中央になったのはいいが、昨日のあれだ。連中は中枢である我らに直接攻撃を加えてきた。兵も国民もあれのせいで弱っている。今はなんとか空元気で保っている状況だな」


 マリンは言い終えると、ぐいっとスープを飲み干した。心なしか、具材だけではなく、色んな感情を飲み干すように見えた。


「地霊邪王という名の通り、奴らの首魁は地底の奥底で眠っていた邪王、かつての聖女に封印された闇の一端ではないかという話もあった。連中の戦力は見ただろう? 獣を兵士にしたてあげ、珍妙な空間を作りだし、我らの攻撃は一切通用しない。あれがなければまだやりようはあるのだが……」


 腕を組み、ううむと唸るマリン。

 が、すぐに腕を解き、肩をすくめて笑った。


「ま、邪悪な敵ということだけは確実だよ。人間が相手じゃない分、こちらも加減をしてやる必要はない。あとくされがないのは良いことだな」


 どうやらこの人はサバサバしている以上に物事の割り切りが速いようだ。女傑というべきか、かっこいい女の人だ。これはこれでちょっと憧れるかもしれない……ヒーローたちの中にはもちろん女性のヒーローもいるが女傑のような人というな中々存在しない。やはりどこか優しさや物腰の軽さを演出している。まぁそれが嫌いというわけでもない。優しさと強さを表現するのならばそれは最適な描写だし。

 けれども私はマリンという騎士の筋の通った姿に羨望の眼差しを向けていた。

 

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