第19話 邪王の影
「緊急事態です」
マリンさんのその声に私は叩き起こされた。まだ太陽は登り切っていないのか、うっすらと暗い。早朝だ。ここ暫くゆっくりと眠れていない気がする。
「隣国のフォル王国が消滅しました。その跡地に邪王の城が根付いたようです」
「え?」
いきなりのことで思わず聞き返してしまった私だが、徐々に状況を飲み込んでいく。つまり、敵が先手を打ってきたということだ。
気が付けば外では兵士たちが物々しく戦支度をしているし、部屋の外でも神官やメイドたちがせわしなく動いている。
「フォル王国といえばガランドからそう距離も離れていない国ね……むこうは決戦でも仕掛けてくるつもりかしら」
ラミネは定位置である私の右肩に座っていた。
「王はそうであるとにらんでいます。幸い、兵の再編は完了してましたし、準備もまもなく終了します。恐らく、全面衝突になるかと」
「国民の避難が間に合わないわね。周辺各国にも救援要請は?」
「既に早馬、神官同士の精神感応で行っているようですが、一日そこらで完了するとも思えません」
「遊びは終わりってことね……ふざけたことを」
二人の会話を聞きながら私は聖女衣裳に着替える。物々しい雰囲気からして今まで以上にやばいことになってるのはわかる。
そもそも私が召喚されてからこの国は二度も邪王の侵入を許してしまった。冷静に考えれば相当追いつめられているなんてわかってたようなものだ。
「けど、敵の本拠地が来たってことはそこにアナがいる可能性も高いはずよね」
「多分ね……」
私の質問にラミネは頷いてくれるが、歯切れが悪かった。
何よ、そういうの気になるじゃない。
「昨日もちょっと考えたことだけど……邪王の狙いがよくわからないわ……これだけ強大な力を持ちながら今まで遊びのように国を蹂躙して、本格的な侵攻を行わないし、二度の城内侵入も大きく被害を出すことはなかった……ホームドの街の占領もあっさりと退いたし、なんだか無駄に兵力を使っている気がする……かと思えば今回のように国一つを消滅させるわけで……」
「悪の組織の考えることに理屈を当てはめてもしょうがないわよ。理解なんてできないし、してやる必要もないでしょ。連中が何か小難しいこと言ってきても無関係の人たちを傷つけてる時点でこちとら問答無用よ」
確かにラミネの気にすることもわからなくはない。けれど、悪の組織なんて大体そんなものだ。多くの場合、この手の連中は残虐の限りを尽くすことにこっちの理屈なんて通用しない。遊びであるとか、偉大なる目的の為とか、いろいろと理由や目的はあるんだろうけどその方法として無作為に人々を傷つけることを許しておけるわけがない。
「あんた、変に勇ましいわね」
「鬼畜外道な連中を見てきてるからね。確かに邪王軍は意味不明だけど、私の知る悪の組織は本当に怖い連中ばかりよ。殺戮を遊びとしか考えてなかったり、ただ生命体を滅ぼすことしか考えてなかったり、逆にわかりやすいのじゃ自分たちの支配範囲を広げる為とかもあるけどさ。大抵ろくなもんじゃないわ。そりゃ例外もいるけどね」
「あんたの世界の演劇の話でしょ?」
「例え物語の中でも、そんなことを許してはおけないってなるもんでしょ。それに、私にしてみれば、今はそんな物語の中の悪の組織が実在してる。実在してるんなら、放っておくわけにはいかないでしょ」
色々と思うこともあるけど、今の私は正真正銘『ヒーロー』になってしまってる。形とは言え憧れの姿になって、人々を脅かす存在と戦っている。
まぁちょっといい気になってる部分もあるだろうけどさ。
「頼もしいことじゃありませんか。それだけに頼り切りになってしまう自分たちが不甲斐無くも思いますが……」
いつもマリンさんはさりげないフォローが光る。
「とにかく、今は出陣の準備を進めましょう。今回の動き、既に国民にも伝わっています。王としてはこれを決戦と捉えるでしょう。同盟国の援軍は期待できませんが……聖女召喚の知らせは届いているはず。重い腰を上げることはしてくれましょう」
マリンさんはニコリを笑みを向けてくれた。それは私の緊張をほぐしてくれようとしているのだろう。言葉の中にもいくらか希望を織り交ぜてくれるのはきっとそういうことなんだと思う。
「そうだ、食事はどうします? 既にメイドたちが準備を進めていますので、持ってこさせるだけです。腹ごしらえは必要ですよ。パン、スープ、サラダ、それに肉料理も……」
その刹那だ。
部屋を照らす爆光と轟音が私たちの耳に響いた!
「な、に?」
「状況、知らせぇい!」
キーンと耳鳴りがする。一瞬だけうずくまった私とラミネとは違い、マリンさんは怒鳴り声を上げながら部屋の前を横切ろうとした神官の一人を掴んだ。
「わかりませんよ! 敵です!」
その神官は否定的な言葉を投げかけながらも、もっともらしい答えを言った。
それはそうだろう。こんな状況で、こんなことをするのは敵しかいない。
「もう! お腹減ってるのに!」
私はラミネを掴んで部屋の外へと駆け出す。
「ちょっと!」
「あと!」
反論するラミネだけど、私のやろうとしてることは理解してくれているのか、抜け出そうとはしない。私は走りながら、ラミネを自分の体に押し込むようにした。
応じるようにラミネも光となって私の体に吸い込まれる。
「聖着!」
掛け声とともに私の体は光に包まれて、クリステックアーマーに包まれる。
一瞬の変身が完了し、ソウルウィングを展開、テラスまで加速する。
「聖女殿!」
その前にマリンさんの声が聞こえたけど、私はあえて無視して先を急いだ。
通路でのいきなりの変身に度肝を抜かれたっぽい城の人たちをしり目に私は城外に躍り出る。
案の定、そこには翼を広げた地竜兵と鳥のような地霊騎士が何体もいた。
「ソウルスコープ!」
私はマスクに右手をあてがって、周辺をスキャンする。驚くことに震冥界は発生していないようだ。する暇がなかったのか、する必要がないのか、それはわからないけどどっちにしろ敵を蹴散らさないとまずい。
すぐ下には民家が広がってるわけだし。
「ソウルブラスター!」
先手は取られたけど、反撃開始よ。
すぐさまソウルブラスターを取り出した私は既にマスクの機能でロックオンを終了している。狙いは隊長格でもある地霊騎士だ。
距離は三百、余裕で命中できる。
ためらいもなく引き金を引く。光弾が発射され、狙い通りに鳥の地霊騎士が翼を撃ち抜かれて墜落していく。
「むっ?」
追撃を仕掛けようとするのだが、その瞬間、背後から砲撃音が聞こえた。振り向くと、それは城から放たれる大砲だった。狙いは群がる地竜兵たち。真っ黒な弾丸が地竜兵を蹴散らしていく。
なる程震冥界がなければ太刀打ちできるってのは嘘でもないようだ。これなら援護も期待できる。
私は地竜兵を後回しにして、墜落していく地霊騎士を追う。
『メイカ、新手よ!』
「えぇい!」
と、行きたい所だったけど、いつの間にやら新たな地霊騎士が出現していたらしい。今度は羽を持った虫のような連中だ。蜂や蝿のような姿をしている。
奴らは手に弩弓を持っていた。それは人間一人だと支えるのがやっとの代物のように見えたが、地霊騎士たちは軽々と片手で持ち上げている。
「ソウルブレード!」
ドゥッ! という豪快な発射音と共に巨大な矢が放たれる!
それと同時に私もまた新たな武器を取り出していた。左手にブレードを構えた私はスーツの機能を最大限に発揮しながら、こちらに向けて発射される矢にむかって前進。ブレードで切り落とす!
すぐさま右手に構えたブラスターを放とうとするが、それよりも前に地霊騎士は後方に下がっていた。当たらなくもないが、ちょっと拍子抜けだ。
「なに? 逃げてるの?」
『メイカ、注意して。また新しい地霊騎士よ。なにこれ、反応が増大してるわ」
言われて私も気が付く。センサーには今も地竜兵の反応がわんさかあって確認しにくいけど、それよりも大きな地霊騎士の反応がぽつ、ぽつと増えている。そのどれもが私に向かってきているのだ。
「まずいかも……」
『……えぇ。一度、後退した方がいいかもね』
私たちはなんとなく嫌な予感がしていた。
いくらなんでも敵の侵攻が緩すぎるのだ。私はもちろん、軍事的な動きは素人だ。戦略とか戦術とかは全くわからない。けれども、この異様な気分はなんとなく察しがつく。
だから、一先ずは後退。城や街の防衛もあるし、降下した連中も気になる。
「いや、もう遅い」
「……ッ!」
そのゾクりとする冷たい声は突如として私の真後ろから聞こえた。
振り向きざまにブレードを振るうが、それよりも前に私の左手首が掴まれ、次に全身を『尾』で拘束される!
こ、この尻尾は……!」
「お前は……!」
「久しいな、聖女よ。貴様と再び会いまみえて嬉しいぞ」
蛇の地霊騎士! なんでこいつ、空にいるんだ!
私の疑問に答えるようにバサッバサッと翼のはためく音が聞こえる。それはこの蛇の地霊騎士からだ。
「あんた、蛇じゃないのか!」
「はっはっは! お前たちが勝手にそう思っていただけだ。えぇ? 地竜兵を見れば、わかる話だろう?」
こいつは、蛇なんかじゃない。
竜だったんだ! 言われて見れば戦闘員な地竜兵も蛇ような顔にコウモリのような翼を持って空を飛んでいた。その特徴はこいつにも当てはまる! こいつも顔は蛇……翼を閉じていただけなんだ!
「クフフ、勘が良い聖女だったが、正義感が先走ったな? 既に貴様は我らが術中よ」
「ふざけんな。こんな尻尾、引きちぎってやるわよ!」
「そうかい」
力を入れた瞬間、蛇、いや竜の地霊騎士は驚く程あっさりと拘束を解いた。力が空まわりして、その場で二転、三転とするが、すぐさま姿勢制御。即座に竜の地霊騎士と対峙する。
奴は余裕でも見せつけるように尻尾の形をした腕を撫でている。むかつく!
「クフフ、もう無駄だよ。お前は囚われた」
「はぁ?」
『メイカ、緊急離脱よ!』
ラミネの悲鳴と同時に再び私は全身を拘束される。今度は黒いもやのようなものが私を包んでいた。それは実態がないはずなのに、がっちりと私を掴んでいて、私が動く度に形状を変えてくる。どれだけ力をいれても引きちぎれないし、抜け出せないのだ。
「うっ……この……!」
ダメージはない。本当に動きを阻害されるだけのものだ。
正面では相変わらず気味の悪い笑みを浮かべた地霊騎士がいる。むこうもこちらに何かをするつもりはないらしいが、それがまた奇妙だ。
「遅かれ早かれ、聖女を得た人間どもは我らに攻勢を仕掛ける。ならば、こちらから聖女殿をお招きしようと思ってな。王の娘を浚えば、正義感にあふれる貴様は真っ先に飛んでくると思っていたよ。あの小さな町を助けに現れた時のようにな」
「なんだとぅ!」
『天敵ともいえる聖女を本拠地に招くですって? そっちの親玉は自殺でもしたいのかしら?』
ラミネの強がりに竜の地霊騎士はまた笑った。
「はっはっはっ! こちらには姫君がいることを忘れるな。まぁ楽しいパーティーといこうじゃないか!」
「うるさい、黙れ! あんたらは一発ぶん殴ってやる!」
「それもあとの楽しみとして取っておくとしよう。では、後程」
奴はうやうやしくお辞儀をすると、スーッと消えていった。
それと同時に私の周囲も暗く、闇に閉ざされていく。もやが広がっているのだ。しかもなんだかすいこまれていくような感覚に襲われる。
「うわぁぁぁぁ!」
ソウルウィングを全開にしてもその吸引には抗えない!
私はそのまま、闇の奥底へと吸い込まれていくのだった。
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