第6話 聖着せよ!

『精霊たる私がなんでこんな姿にぃ!』


 腕に巻きついたブレスレットからは相変わらずラミネの甲高い声が響いている。

 状況は切迫しているというか、むしろ絶賛ピンチなわけなのだが。


「そんなことよりこれどうするのよ! なんで最初の時みたいに『変身』できてないのさ!」

『私が知るか! こんなこと先代様にだって聞いてないわよ!』


 いい加減すぎる!

確かに仕返し紛いで『ソウルメイカー』をイメージしたのは悪かったと思うけれども、それを実現させたのは他ならぬラミネじゃないか! 私はただ『ソウルメイカー』の設定やデザインを細部までこだわってイメージしたに過ぎないんだ。というよりまさか本当にできるなどとは思っていなかった。


 そして今、半ば強引ではあったが、ラミネは聖女の力を発動させるためのトリガーとして『聖着』を行ったという。それがどういうことをもたらすのかはわからなかったが、少なくともこの状況を何とかするだけのことはあると私は思っていたし、恐らく後ろにいるアナも周りの兵士たちも同様のことを考えていたに違いない。


「聖女様……?」


 うっ! アナの不安げな瞳と声が突き刺さる。


「えぇい! 腑抜けるな、剣を取れ!」


 向かい側ではメッツァが指揮を飛ばしている。それにあてられて兵士たちが我を取り戻し、怪人たちへと向かっていくが、同時に連中も視界が元に戻ったのか、頭を振りながら槍を構え、振り回す。

 剣と槍とが交差する……結果は呆気ないものだった。

 兵士たちの剣はいとも簡単に槍に砕かれ、衝撃によって兵士が吹き飛ばされていく。


「嘘でしょ!」


 これには私も驚いた。いくらなんでも力の差がありすぎる。兵士たちは決して軟弱な姿ではなかった。完全に全身を覆うフル装備であるし剣も作り物とは思えない鈍い光と確かな重みを感じさせるものだった。そんな装備に身を包んだ屈強な兵士たちが六人で一斉に斬りかかったというのに、五体の怪人はその場からは一歩も動かずに槍で払うだけで蹴散らせて見せたのだ。

 指揮を執っていたメッツァも目を見開いて狼狽えていた。彼自身が今の状況を認めることができないんじゃないだろうか。


「バカな! 地竜兵がここまで強力だと!」


 地竜兵、それがあの怪人たちの総称か。なる程、翼もあるし爬虫類面だ。言われて見ればドラゴンのようなものとして見ることもできるだろう。

 だが、今はそんなことは脇に置いておく。名前が分かったとしてもこの状況を斬り抜けなければ冥途の土産ってもんだ。


「聖女様……」


 後ろのアナのすがるような声が再び私の鼓膜を揺さぶる。

 その直後に遠くでどーんという爆発音が聞こえてくる。かなり近い。それと同時に国中から響くのであろう、悲鳴が振動と重なって轟く。蹴散らされた兵士たちの痛みに歪むうめき声も、激を飛ばすメッツァの必死の声も、そして怪人、地竜兵の荒い呼吸……

 すべての音が私に届いて来る。


(どうする、私。どうやら私は聖女らしいんだぞ!)


 考えている暇はない。兵士を軽々と撃破した地竜兵はぎょろっとした目を私に向けてくる。彼らを挟んだ向う側ではメッツァたちが青い顔をしていた。

 私はちらっと後ろを振り向く。


「あ……」


 偶然だとは思うが、アナと目があった。不安でどうしようもないというような顔が。よく見れば体は震えているし、涙を我慢しているのもわかる。アナとはさっき出会ったばかりだ。この子のことなんてよくわからないし、元気そうな子というイメージしかない。けれども、私の目の前にいるアナは恐ろしい出来事に対して震えているはかなげな少女だった。

 ジャッと地竜兵が壁の破片を踏み潰し、こちらに迫る音が聞こえる。

 私は深呼吸をしてゆっくりと振り返る。


「あんたら、いい加減にしなよ!」


 覚悟なんてない。今ひねり出した声もどこかうわずっていたと思う。正直、凄く怖い。

 けれどもここで退いたら、アナが危険な目にあう。いや、それ以上に『彼ら』に申し訳がない。私の知る彼らはこんな状況を決して見逃さないし、敢然と立ち向かっていったはずだ。

 『ヒーロー』は平和を守るものだ。人々の笑顔を守るものだ。こんな理不尽を許さない人たちだ。

 それは彼らに力があったからだろうか? ヒーローと呼ばれた者たちは力があるから戦えたのだろうか?


 いいやそれは違う。彼らはたとえ特別な力がなくても、許せない悪があればそれに立ち向かっていたと思う。私がヒーローを好きになったのは見た目や強さじゃない。そんな心に惹かれたからだ。


「ラミネ、私は本当に聖女なんだね!」


 左腕のブレスレットに視線を向ける。ラミネは宝玉を光らせて答えた。


『……そうよ。へんてこな鎧を作ってくれたけど、あんたは正真正銘、世界が選び出した聖女。で、なければ鎧も出てこないし、召喚だってされない』


 だったら、もうやることは決まっている。幸いにも私には力があるらしい。もし私に力がなければそんなことは思いもしなかっただろう。私はまだヒーローのような心は持てない。今でも半信半疑、怖い以上にわけがわからなくて大声で騒ぎそうだ。


 けれども、私は聖女の力を得てしまったんだ。なんとかできるかもしれない力を手に入れてしまっているんだ。

 迷いは吹っ切れていない。力を入れようとする腕や足は自分でもわかるぐらいには震えている。

 私はパシンと頬を叩いた。痛い、ちょっと力を入れ過ぎた。けれどこれで少しはましな顔になっただろう。


「こうなったらやってやるわよ! 女は度胸!」


 私はブレスレットが上になるように、両腕をクロスさせて突き出す。ラミネは聖女の力を与える時にイメージしろと言っていた。そして出来上がったのがソウルメイカーの姿だ。

 だったら、もう私が取るべき行動は決まっている。


「聖着!」


 掛け声とともに私は両腕を大きく回し、そして左腕を天高く掲げた。そのシンプルで大げさなポーズはソウルメイカーの変身プロセスである。掛け声は違うが、聖女の力を発揮するための現象は聖着であるとラミネは言っていた。ならばそれに付き合ってやるまでだ!


 コールと共にブレスレットの宝玉が輝き、私の周囲を光の奔流が包み込んだ。突風が吹き上がり、細かな瓦礫を巻き上げていく。

 当然のように異変を感じとった地竜兵が狂ったような雄叫びをあげて、槍を振り回し、私へと向かってくる。


『無駄よ!』


 ブレスレットのラミネが言い放つ。その声はどこか自信満々であった。

 地竜兵の槍が振るわれる。その槍先は間違いなく私の脳天を的確に狙っていた。

 が、槍の切っ先は光に阻まれ、弾かれる。地竜兵は大きくよろめき、後続と共倒れになった。


「変身中の妨害? フッ……お約束ね」


 ヒーローの変身の最中に攻撃ですって? 甘いわね、そんな古典的な手法はとっくの昔に対策されてんのよ! 古今東西、変身と合体の妨害は悪役のお決まりよ。世の中のわからず屋には「変身中の攻撃しないなんておかしい」とかなんとか突っ込んでくる人たちもいるけれど、あえて言ってやるわ。

 変身中に攻撃を受けないヒーローの方が少数派なんだと! 


 とはいえ、内心私はバクバクと心臓を鼓動させていた。ラミネが自信ありげにいうものだから乗ってやったが、もしこれが破られでもしたら、私はあの世いきだ。

 そして、そんな恐れの心を払うように私の体の輝きはさらに増して行く。暖かな光があふれ出し、それは粒子となって体を包み込んでいく。


 私は目を見開き、姿勢を正した。

 直後、光の粒子が姿を変える。聖女の衣裳は一瞬にして真っ黒なインナースーツへと変化した。そしてそれを覆うように四肢、胴体を白銀のアーマーが装着されていく。無地の胸部装甲に炎が描かれ、背部のウィングバインダーがガコンと展開される。


 そして最後、頭を包み込むようにヘルメット型のマスクが出現し、変身……否、聖着は完了する!

 聖着はわずか0.0001秒という時間で完了する。これはソウルメイカーの変身所要時間と同じだ。周りには、私の体が光ったと同時に姿を変えたように見えるだろう。テレビならここで解説の一つや二つも入れてやる所だけど、今はカット。

 私は光の渦を斬り裂くように、私は右手で手刀を放った。パンッと破裂するような音と共に渦が消え、その姿が露わになる。


「お、おおぉぉ! あれこそは聖女の鎧!」


 メッツァが叫ぶ。この中で、私の聖女としての姿を知っているのは彼だけだった。そして彼の一言が兵士や敵の地竜兵にまで伝わった。

 私は悠然と一歩を踏み出す。マスク内の専用モニターが逐一情報を更新している。それを読み解くのは中々に骨が折れるが、この演出はまんまテレビの中のソウルメイカーと同じじゃないか! 


「聖女だ……」


 地竜兵は相も変わらず同じ事しかしゃべらない。

 えぇい、この姿で聖女だ聖女だはないだろ! ヒーローの姿だぞ!


「違う!」


 思わず私は叫んでいた。


「我が魂の炎が貴様らを討てと燃えさかる! 光晶(こうしょう)の戦士、ソウルメイカーここに推参!」


 名乗りのキメ台詞を叫んでやった。光晶の戦士とはソウルメイカーの異名の一つである。ソウルメイカーを構築するクリステックアーマーは宇宙で生成される特殊合金『ソウルフルメタル』で作られている。ソウルフルメタルとは金属でありながらクリスタルのように透明で、軽やかな金属なのである。それを圧縮させ、剛性を持たせたことで、透明なソウルフルメタルは銀色に輝くのだ!


 まぁ、この聖女としての力で再現されたソウルメイカーにどこまで公式の設定が当てはまるのかはわからないが、身に着けてわかるこの確かな感触は心強さを私に感じさせてくれる。

 私は同時にファイティングポーズも構える。地竜兵も周りの兵士たちもなにやら唖然としている様子だが、そんなことは構わない。


「ソウルウィング!」


 私はアーマーのウィングバインダーを展開する。背中の翼はまるで私の意思に応えてくれるかのように、起動した。なる程、これも公式の設定だ。ソウルメイカーの各機能はヘルメット及びボディに内臓された高性能チップが使用者の脳波をキャッチして作動するのだ。

 ならば容易い。私にかかればソウルメイカーの全機能そして全ての戦いをはっきり明確に思い描くことができるのだから!


 ソウルウィングを展開した私は槍を振ってきた地竜兵目がけ突進。一瞬にして肉薄し、握りしめた右拳を腹部に叩きつけた。

 ドッ! 豪快な音を立てて、地竜兵が壁を突き抜け吹き飛んでいく。


「ソウルナックル……さぁ、次吹き飛ばされたいのはどいつ!」


 

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