第5話 ピンチだ!

 今、私の目の前に映り込む光景はさながら特撮のワンシーンだ。怪しげなモンスター……怪人とそれに襲われる少女。これがリアルじゃなけりゃ手に汗握る展開ともいえる。

 怪人は二メートルちょっとはある筋肉質な体、両肩や首回りにはいばらのような棘が無数に生えそろっていて、いかにも悪役って感じの鎧を身に着けている。背中から生える翼は大きく広げたならばゆうに四メートルは超えるだろう。その怪人はコウモリのような顔をしていたが、トカゲのようにも見える。爬虫類というべきか、そんな顔だ。


 そんなトカゲとコウモリを混ぜ込んだような怪人は手にした槍で地面を付きながらゆっくりとアナに近寄っている。

 このままではアナが危ない! そう感じた私は咄嗟的に足下の瓦礫を手に取った。ちょうど拳大の手ごろな瓦礫があった。私は躊躇なくそれを怪人に投げつけてやる。けれど瓦礫は思った以上に重たく、放物線を描いて飛んでいく瓦礫は怪人には命中さえず、その手前で落下、むなしい音を響かせるだけだった。


「あ、やば」


 と口にした瞬間。怪人のぎょろっとした瞳が私を捉える。真正面で見ると余計に不細工な奴だ。

 フシュル、フシュルとやたら荒い吐息がこっちにまで伝わってきそうだ。


「聖女だ」

「は?」


 言葉を発した! いや、むしろそれは当然か? こんなファンタジーな世界で鎧を着た怪人がいるのだ。言葉の一つ二つぐらいは口にしてもおかしくはないはずだ。

 しかし、問題なのはこの怪人、私のことを『聖女』だと言った。

 なんでそんなことがわかるんだ? この妙に煽情的な衣裳のせいか? この世界の聖女はそんなものって共通の認識でもあるのか!? などと喚いていると、怪人は指笛を拭いた。


「っ! あぁぁぁ!」

「きゃあぁぁぁ!」


 その瞬間、私とアナは耳を抑え、うずくまった。怪人の放つ指笛はなんというか超音波のようなものらしく、頭の中を掻きまわされそうな音があたりに木霊した。思わず膝をついた私だが、視線だけは怪人に向けている。我慢できない痛みでも、ここで馬鹿正直に倒れたら何をされるか分かったもんじゃない。

 私は歯を食いしばりながらも、何とか意識を保っていた。それはどうやらアナも同じらしく、彼女もまたうずくまりながらも、なんとかしてその場から脱出しようとしている。


 しかし、怪人の指笛はすぐに収まった。苦痛から解放された私は、冷や汗というか脂汗をびっしりと額に浮かべていた。かなりきついし、苦しい。両肩で息をしていても、頭が少しぼーっとする。立ち上がらないといけないのにうまく体に力が入らないのだ。


「聖女だ」


 うるさい、同じ事しかいえんのかおのれは!

 こんな勇ましい言葉も口に出すのも億劫な程に体はダメージを受けているらしい。思った以上に体力がないないことを痛感させられる。こんなことならもっとまじめに体育をしておくんだった。

 とはいえ、このままではまずい。非常にまずい。ともかく私は動くことだけを考える。

 しかし、悪いことというのは連続するらしい。バサッバサッと翼が羽ばたく音が聞こえる。それはいくつもが重なり合っているようにも聞こえてきたのだ。


 嫌な予感と共に私は崩落した壁の方へと視線を向ける。

 怪人と全く同じ姿をした連中が四体、降り立ってきたのだ。これは最悪の状況だ……私は思わず瓦礫を手にしてみるが、さっきだってまともに投げられなかったものを大人数相手に繰り出すのは無謀だ。それでも私は瓦礫を手にした。


 すると、怪人たちは鎧をカタカタと鳴らした。彼らの分厚い喉が上下するのも見える。笑っているのだ、こいつらは。聖女ともあろうものが瓦礫の破片片手に対峙してくる姿が滑稽なのだろうか。

 悪いけれどこっちはなりふりかまってられないんだ!

 私は両腕で瓦礫を抱えながらもう一度放り投げる。群れでいるんだ、一匹ぐらいには当たるだろう。当たったあとのことなどは全く考えてなかった。

 ただ、連中の注目がアナではなく、私に集まればよかった。

 放り投げられた瓦礫を怪人たちは虫でも払うかのように槍で砕いて見せた。そりゃ当然ともいえる。


「やーばい!」


 一斉に視線がこちらに向けられる。わかってはいたがいざそうなるとキツイ。ゾゾッと殺気が私の体を突き刺すようだ。

 じりじりと砂利を踏む音が聞こえた。どうやら無意識に後ろへ下がっていたようだった。

 怪人たちもそれに気が付いているのかじわじわとこちらに寄ってくる。本当は今すぐにでも駆け出したい所だが、それじゃダメだ。連中の矛先がアナに向けられないとも限らないからだ。


「聖女だ」

「あぁーもう! さっきから聞いてれば聖女、聖女って! この世界の連中はそれしかいえないのか! 私は聖女とかそういう身持ちの硬そうな人種じゃないんだ!」


 半ば本気の叫び、半ば挑発だった。

 ここに来てからというもの聖女、聖女、聖女とうんざりだ!


「ほら! その聖女がここにいるぞ! 目的はなんだ! 私を誘拐するつもりか! 酷いことするつもりか! この陰湿爬虫類面め!」


 などと罵倒してみても相手が無反応ではむなしいだけだ。怪人たちは怒るわけでも呆れるわけでもなく、ぞろぞろと槍を構えてこちらににじり寄ってくる。

 が、しかし天命というのは中々に粋なことをしてくれるらしい。


「目ぇつぶって!」


 その声が響いた瞬間、私と怪人の間に突如として光が炸裂した。

 私は声に従い、目を閉じていたおかげで閃光に目を潰されることはなかった。それでも強烈な光だった、瞼を閉じていてもなんかチカチカする。けど見えないって程じゃない。

 炸裂する光をもろにあびた怪人たちは悶絶しながら槍を振り回している。そこに無数の矢が降り注ぐ。矢はカツンと情けない音とともに弾かれていった。


 私はそんな矢が降り注ぐ中、身を低くして走る。目的はアナだ。アナは、先ほどの超音波のせいかうつ伏せにうずくまっていたようで、光に目を潰されなかったらしい。

 駆け寄った私はすぐにアナを抱きかかえた。アナの体は驚く程に軽い。しかも柔らかい。


「だ、大丈夫!?」

「聖女様……?」


 超音波はきつかったのか、アナの顔色は良いとは言えない。それでも呼吸はしっかりしているし、視線も定まっている。さほど心配するほどのものではないようだった。

 私はアナを抱きかかえる。すると、すぐ傍に矢が落ちてきた。


「こらー! 矢を射るならもっと狙えー! こっちには人がいるんだぞー!」


 怒鳴ると矢はぴたりと止んで、数人の兵士たちの威勢が聞こえる。剣を抜き、駆け出す音だ。


「メイカ! 無事ね! アナも!」


 頭上からラミネの声が聞こえる。先ほどの警告は彼女のものだ。

 ラミネは相変わらずツリ目だったが、その表情からは本当に心配していたのだとわかるぐらいに崩れている。


「ラミネ、一体何が起きたっていうの!」


 そうラミネに問いかけながら、私は助けに入った兵士たちの方を見る。やってきたのは六人程の重武装の兵士だ。さらに奥にはメッツァの姿もあった。彼のも厳つい鎧に身を包んでいて、その周りには同じような兵士、騎士がいた。


「侵入者だ! 蹴散らせぇ!」


 メッツァの怒鳴り声が聞こえてくる。なんだか厳つくてちょっと良い印象はなかったが、この時ばかりは頼もしい声に聞こえた。


「地霊邪王の軍勢が奇襲をかけてきたのよ! しかも本拠地ごとね!」


 ピロンと音を鳴らしながら、ラミネは私の右肩に乗って髪を掴んだ。


「奇襲!? なんでまた!」

「知らないわよ! まさかガランド国に乗り込んでくるだなんて思っていなかったもの! 国中好き勝手されちゃってる」

「ここにはどれぐらいの敵が侵入してるのさ!」

「わからない、数えない方がいいかも。今はメッツァたち親衛隊が持ちこたえてるけど、城の外はかなりまずいわ。だからメイカ!」


 ラミネはバッと飛び出し私の眼前に現れる。


「聖着するのよ!」

「は?」


 思わず聞き返したのだが、ラミネは切羽詰まっていたのか、私の返事など聞かずに初めてあった時のような光になって、私の体に吸い込まれていった。


「うわわわ!」


 二回目だというのに、私は自分の中に入っていたラミネを確かめるように胸やお腹を押さえる。


『聖着とは聖女の力を引き出す為に、私のような精霊と融合することよ! さぁメイカ!』


 当然のようにラミネが脳内で語りかけてくる。そんなラミネが私の体内で何かやったのだろう、ぶわっと

 私の体から光がほとばしる。

 それは戦闘を行っている兵士や怪人たちにも気が付かれたようで、全ての視線が私に降り注ぐ。

 そして、光が最高潮まで高まった瞬間……私の左手には赤い宝玉を抱えた女神像を象った彫刻がセットされた涙点型のブレスレットが装備されていた。


『だから、なんで、この形なのよ!』


 ラミネの悲痛そうな叫びは、ちょっとこの空気には合わなかった。

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