第7話 私がヒーローだ!

 爬虫類顔の地竜兵、五体の内一体は既に『ソウルナックル』でぶっ飛ばした。残り四体の地竜兵はわずかに身を退いたが、すぐさま反撃の構えを取り、駆け出してくる。

 先頭を走る二体は両翼を広げ、飛翔、私の頭上を狙い、残り二体はそのまま突っ込でくる。


 真正面から対峙する形となるが、私もあえて前進した。背中のソウルウィングを展開、地を駆ける二体の地竜兵のみぞおち目がけ両拳を叩き込む。加速は音速の一歩手前を叩きだす。生身であればそれだけで体が千切れ飛ぶだろうが、クリステックアーマーが衝撃から身を守る。

 ソウルウィングによる一瞬の加速に対応できなかった地竜兵は無防備な一撃を受け、潰れたような悲鳴を上げた。地竜兵の鎧は音を立てて砕け散るのだが、肉体は驚く程の弾力性があり、衝撃を吸収していた。


 ダメージが全くないわけじゃないようだが、こいつらはまだ動けるらしい。

 二体の地竜兵は涎をたらしながら、白目をむきだし、それでもなお槍を振るおうとする。


「まだまだぁ!」


 そうはさせまいと、私はえぐりこませるように拳に力を入れ、そのまま上昇する。

 気合の掛け声とともに私は二体の地竜兵を突き上げるようにして投げ飛ばす。放り出された二体は翼を広げ頭上から攻め込もうとしていた残りの地竜兵と激突し、お互いにバランスを崩していた。


 私はすぐさま加速、上昇を行い、奴らへと肉薄。手短な組へとかかと落としを決める。重なり合う二体の地竜兵は廊下の床を幾層も突き破り、落下していく。私は勢いに乗りながら、残り二体へと回し蹴りを放つ。こちらは自分たちが破壊した壁の穴から外に放り出され、隣の棟の壁に激突していた。

 この間わずか二秒。圧倒的だった。


「まさにソウルメイカーの動きじゃない」


 上空に滞空しながら私は自分の体を見渡した。白銀に光る装甲がまぶしいほどだ。ソウルウィングからは煌々と輝く粒子が吐き出され続け、その身を浮かせている。

 ソウルメイカーとなった私は思うがまま、自由自在に攻撃を繰り出していた。それは数えきれない程に脳内で再生されたソウルメイカーの勇姿。私はそれをトレースしながら、体を動かすだけで達人にでもなったかと思うぐらいに攻撃を繰り出せている。


 これは聖女としての力なのか、それとも作りだされたクリステックアーマーの機能なのか、運動も特別得意ではなく、武道を習っていたわけでもない私の体は私が思う以上に豪快な動きをしている。簡単に言ってしまえばポーズの真似事をするだけでアーマーがアシストしてくれるのだ。

 時々、勢いが付き過ぎてバランスを崩しそうになる程に劇的な身体能力の上昇であった。


『空を飛び、徒手空拳で敵を粉砕する聖女なんて聞いたことないわ……』


 感心したような、飽きれたようなラミネの呟きが左腕から発せられる。


「あら? 私のいた世界じゃそういう女の子の活躍する話が結構あるんだけど?」


 ソウルメイカーの後に放送される女の子向けのアニメなんかは大体そんな感じだったと思いだす。下手なバトルアニメよりも激しいアクションを見せるものだから、不覚にも私は燃えてしまうぐらいに見ていた。思えばあれも結構な長寿シリーズだったなぁ。


『あなたの世界、修羅か何かでも奉ってるの?』

「まさか! 故郷日本は平和も平和な国よ」


 アニメや特撮というか、娯楽の概念が全く違うから説明も難しい。愛すべきヒーローたちの活躍を語れと言われれば昼夜問わず、それこと夜通しで語ってやってもいいが、今はそれをする時ではないことぐらい私もわかる。

 上空に飛んでみて改めてわかるのはこのガランド国がとてつもなく広大な土地の上にあり、本来であれば美しい街並みが広がっていたのだろうということだ。そんな国も今は至る所から黒煙が上がり、悲鳴と怒号、爆発音が響いている。

 上空を飛翔する地竜兵はまだ無数にいて、要塞ともいうべき空飛ぶ岩の城はまるで私たちを見下すように空中に座している。


「にゃろ……! 好き勝手暴れてくれてるじゃない!」


 思わず拳を握りしめる。破壊される街並みはそれこそテレビで何度も見てきたが、それらは『娯楽』としての演出にすぎない。だが、ビリビリと空気の振動ともいうべきか、鼓膜を震わせるそれは演出などではない、どこまでもリアルなものだ。

 私はひとまず廊下へと降り立つ。アナが心配だった。多分、怪我はしてないと思うが間近で怖い目にあったのだから、きっと震えているに違いない。

 他にもメッツァが何やら歓喜に沸いたように叫んでいるが、そんなことしている暇があるならさっさと防衛に戻るなりしないか!


「アナ……姫様!」


 思わず呼び捨てしかけてしまった。アナは大きな瞳をもっと大きくするようにこちらを見つめていた。流石に驚きの方が強いのか、アナはぽかんと口をあけている。

 そりゃまぁそうだろう。聖女だと思ったらいきなり見たこともない鎧姿になってついでに空を飛んで見せたのだ。まるでフリフリの可愛い変身ヒロインものかと思って蓋をあけてみたら血みどろで陰鬱なバトルを繰り広げるような……とまではいかないが、予想外なものが出てきてちょっと夢を砕かれたような少女の顔が……


「素晴らしいわ!」


 うん?


「素晴らしい、素晴らしいわ聖女様!」


 アナは先ほどまで恐怖に引きつっていた表情はどこへやら、まるで初めて出会った時のような無垢な笑顔と子猫のようにぴょんぴょんと跳ねまわって私の腕を取った。


「ひんやり! けれども力強く、美しい輝きですね! これが、聖女様の戦鎧ですか? 確かに伝説に聞くものとは違うみたいですけど。まぁ、ラミネにそっくりな彫刻まであるのですね。ですけど、お顔が見えないのはなぜかしら? せっかく綺麗なお顔をしているというのに。ですが、この仮面、私は好きですわ。聖女様は一体どうしてこのようなお姿になられたのです? ところでソウルメイカーとは一体なんですか?」

「あぁえぇと……」


 なんだいきなり! 急に食いついてきたぞ! まさかヒーローの魅力を知ってしまったのか?

 いや、それはない……少し顔が上気している。ソウルメイカーのマスクに搭載されたサーチ機能にはバイタルデータを表示するものがある。それは、ウィングの操作と同じようにそれを使用するように念じることで、機能する。

 そこに表示されるデータを見る限り、たぶん今のアナは極限状態から解放されたことによるちょっとした興奮状態に違いない。


 だが、それでもアナを助けられたことに違いはない。ヒーローは子供の味方であるべきだ。

 私はアナの頭を撫でてやる。


「無事でなにより。さぁ、ここは危ない。兵士たちの下へ」

「はい! 聖女様、どうか国をお救いください!」


 アナは驚く程に素直でぺこりとお辞儀をしてくれた。興奮状態はまだ続いているのか顔は赤い。それでも重篤な状態ではないのはわかる。超音波のせいでまさかどこか危ない怪我でもしたのかとも思ったがどうやらその心配もないようだ。

 けどなぁこの姿の時に聖女様と言われるのはちょっとなぁ……


「兵士さん!」

「メッツァで構いません!」


 手を振り、メッツァを呼ぶと彼も同じように返事を返してきた。


「メッツァさん、アナ姫様を!」


 アナはメッツァとその部下たちの下にたどり着き、こちらを振り向くと微笑みながら手を振ってくれる。私もそれに返しながら、メッツァたちに念を押した。


「承知です! 聖女様は!」

「私は聖女じゃない! ソウルメイカーよ!」


 ソウルウィングを展開、ゆっくりと上昇しながら私は叫んだ。


「街を襲ってる連中を叩く! あんなの見せられて黙ってられる程、冷たい女じゃないのよ私は!」


 ヒーローを愛するものとして、そして今まさに憧れのヒーローの姿を借りるものとして、それは見逃してはいけない、黙っていてはいけないことだ。

 たかが五体の怪人を撃退しただけで調子に乗っているのではないかという自覚はあったが、それ以上にこのソウルメイカーなアーマーは確かに機能を発揮している。それこそテレビの中、架空の存在だったソウルメイカーを忠実に再現した力がここにはある。

 それはもう私に自信を与えるには十分すぎる理由なのだ。

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