エピローグ
泥だらけのわたしは病院には入れてもらえなかったから、ここからはわたしが後で耳にした話になる。
ボリスは救出された時、衰弱のあまり一度心臓が止まったのだそうだ。救急車輌の中で心臓マッサージを受けて息を吹き返した彼は、その後、搬入された病院で処置を受け、二日間の入院と点滴の後に仕事に復帰した。なんでも、彼のいない間に、職場が許せない状態になってしまうからなのだそうだけど、ワーカホリック気味のボリスを知ってるから、やっぱりかって思うし、なんだかんだ言ってこの人も結構体力馬鹿の化物なんだ、とも思う。
重い
それにしても、絶望的だと思っていたところに、いきなりたくさんの救助の人たちが現れたのは何故なのか不思議だったのだけど。カギはあの壊れてしまった無線機と、引き返していったジープ、そしてわたしに有ったらしい。
呼びかけても一向に二人からの応答は無く、ただわたしの声だけを拾う無線機に、不審を覚えた作業員が現場を見に来たのが、あのジープだったのだそうだ。見覚えのある泥だらけのわたしと、大きくなっている陥没に、局長もボリスも土砂崩れに巻き込まれたものと判断して、応援と機材を呼びに一旦戻ったのだ、ということだった。
とにもかくにも、平和な日常が戻ってきて、わたしはほっとしている。ヘクサロキアの町はまだところどころ復旧しきれていない場所があるそうだけど、魔道監察局はいつものように動いていて、わたしは昼寝のために局長室にお邪魔しては、時折諦めて退散するという日々を繰り返している。
ヘクサロキアの雨の季節は、まだしばらく続きそうだ。
今夜もわたしは、もぐりこんだ格納庫奥の車輌の荷台に上がり、こんもりとふくらんだシートの下にもぐりこむ。わたしにとって快適なねぐらのひとつ、奇麗に修理された
夜半過ぎには降りやむといわれた雨は、しかししぶとく降り続いて、雨樋からあふれ出した水の音が、眠りに落ちるわたしの耳にいつまでもまといついていた。
*
荷台の揺れに目を覚ましたわたしが、シートの隙間から外を眺めると、町中が大人の脛まである濁った水にとっぷりと浸かっていた。どこかの家から流れ出したブーツの片っぽが、所在無げに視界を通り過ぎていく。なんだかとても見覚えのある光景……。またなの?
わたしはうんと伸び上がると、小さな仕切り窓に顎を載せて、運転席を覗き込む。ハンドルを握るスズメのしっぽみたいなひとつくくりの赤毛と、助手席に座る金色の頭。わーお、予想通りだ。
ねえ、ふたりとも、とわたしは窓越しに彼らに呼びかける。
ぎょっと振り返った局長に、わたしは無邪気な顔で尋ねた。
ねえねえ、局長、これってなんて繰り返しなの?
END
ハードラック 若生竜夜 @kusfune
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