9限目 2.ファンタジー論 ダーククリスタルと異世界と異種族たち

 はい、それではファンタジー論いきますかー。


 先週、映画『ダーククリスタル』を見ていただきましたが、いかがでしたでしょう。ファンタジーとして、人間がまったく存在しない、完全な異世界というのは昨今あまり見られない世界なので、ちょっと不思議な感じがしたのではないでしょうか。


 ストーリー自体はとても王道といっていいシンプルなものです。邪悪な支配種族に一族を殺された少年。少年を救って育てた優しい賢者の種族。世界を救う使命を負って旅立つ少年。旅の途中で出会う導き手、そしてヒロイン。苦難を乗り越えて邪悪の城に至り、破壊されたクリスタルを癒やして世界の均衡を取り戻し、分離していた二つの種族をもとに戻すことによって一つの時代を終わらせ、新たな時代の主となる、という、まさに神話的原型をストレートに押し出した物語です。

 もっとも、物語がストレートであるからこそ、この人間のいない異世界を心置きなく楽しめるのかもしれません。動植物や自然、住んでいる種族やその文化、暮らし、環境や宗教なども一から制作されたワールドは、ここに複雑な枠組みを持ち込んだら一般的な訴求力を持ち得なかったでしょう。神話的原型というのがいかに強いかの、ひとつの証だと思います。

 映画は1982年の公開ですが、現在でもファンの人気はおとろえておらず、多くのコミックブックや続編小説、フィギュアやアートブックなどが出版され続けており、近々、配信サイトのNetflixで、『THE DARKCRYSTAL AGE OF RESISTANCE』という前日譚が、ネットフリックスオリジナルドラマとして配信される予定のようです。


 世界のコンセプトデザインを担当したブライアン・フラウドは、著名な妖精・ファンタジーアーティストです。彼の画集や絵本は日本でも翻訳されて出ていますが、それらを見ると、創作の種族であるスケクシス族やミスティック族、ゲルフリン族なども、古来からの伝統を引き継いだ上でデザインされているのがわかります。

 スケクシス族は爬虫類をベースにカラスや蜘蛛などを取り入れた刺々しいデザイン、ミスティック族はラクダや亀をモデルに物思わしげな老人の種族に、ゲルフリン族は羊の顔を人間っぽくし、エルフやフェアリー、トールキンのホビットなどを思わせる温和で知的な、物語の主人公にふさわしい造形に仕上げています。


 人間ではない生物を創作する、というのも、ファンタジーの楽しみの一つです。ダーククリスタルほど徹底した異世界でなくても、たとえば竜を自分の作品に出すとして、ではその「竜」とは、いったいどんな動物なのだろうと考えたことはありますか? 

「えっ竜だったら竜じゃん」と思うかもしれませんが、その「竜」、あるいはドラゴンのイメージは、いったいどこから出てきたものでしょうね。

 鱗があって火を噴いて大きくて、あるいは言語を解して知恵があって強力で、というイメージは古典的ではありますが、そもそも「竜」が想像上の動物であり、いま書こうとしている物語がたとえば異世界であるとして、その世界にいる竜が、こちら、現実側の世界で考えられてる、できあいの「竜」のイメージでなければならない理由は、何かありますか?


 ファンタジーを書こうとする人がよく陥ってしまうわなに、「ドワーフって書いたからドワーフ」「オークって書いたからオーク」「ゴブリンって書いたからゴブリン」「竜って書いたから竜」と、前もって世間に広く流布しているイメージに寄りかかり、自分なりの想像に基づく異世界の異種族を描写しようとしない傾向があります。

 もちろん、物語が煩雑になることを避け、読者にストレスなく物語だけを楽しんでもらうという観点からすれば、すでに読者が了解している共通設定に描写をまかせ、作者は楽しいお話を進めることに専念する、というのも、ひとつのやり方ではあるでしょう。


 しかし、ファンタジー書きの端っこにいる人間として、ファンタジーがすべて、世間の共通解におさまってしまうのは、なんだか物足りない。

 竜なら竜でいいです。トロールでもゴブリンでもエルフでもなんでもかまわないんですけど、できれば書き手の人には、前提条件として「わかるでしょ? アレだよアレ」という安易な方法に頼らず、竜なら竜で、独自の、「この話ではこういう役回りなのでこういう外見でこうだ」という、お話のベースにしっかり食い込んだ特別な生き物を出してもらいたいな、と思うのです。


 たとえば、日本風の世界にするか、それともヨーロッパ風の世界に設定するかだけでも竜のイメージは違ってます。べつに日本風だから和風の、洋風だから西欧のドラゴンでなければならない理由はありません。物語が要求するのなら、和風の身体の長い神竜が西欧風異世界の空を舞っていたっていいし、西欧風の四つ足で背中に羽のあるドラゴンが、日本風の異世界の神殿の奥にすわっていたっていいわけです。

 むしろ、そういうちょっとした差違を仕込んで、ほかのたくさんの作品と差をつけることによって、編集者、あるいは読者に、「この人はこういう話を書く」と、覚えてもらえる可能性が高まります。

 

 以前、「竜を仕込んで競馬のように騎乗してレースをさせる」という設定のファンタジーがありましたが、そういう設定であればむろん、その設定にふさわしい、というか、その物語の中で竜が果たす役割にふさわしい位置づけと生物学的設定が必要になってくるわけで、そうなると、「竜だから」の一言で済ますわけにはいかず、あらためて「この世界における〈竜〉ってどんなもの?」と考えるところから、まず始めなければならなくなります。

 それを考えるだけで、物語のイメージをいくつか作り出すことだってできます。既存のイメージにとらわれずに考えることは、それだけ、手持ちのストーリーに新しいバリエーションを生み出すことにもつながります。


 人間が出てこない完全異世界、既存の概念に頼らない完全創作の世界というものが、現代の小説あるいはマンガ、アニメにおいてどれだけ受け入れられるかは正直、あまり自信はありません。先日、編集さんに会って聞いたお話からも、また現在のライトノベル、ネット小説界隈を眺めても、独自のオリジナリティとか設定は、むしろ邪魔なもの、要らないものと考えられているのだろうかと、少し考え込むこともあります。

 しかし、私がファンタジーを好きて書いている理由には、確かに、「ファンタジーでしか書けない独特の世界」「ファンタジーでしか書けない特別な物語」という、欲求があります。ダーククリスタルの映像世界は、そのひとつの頂点です。

 ファンタジーを書くのであれば、その世界、その設定、そのキャラクターでしかありえない独自の世界を、できれば作り出してほしい。SFでもなくミステリでもなく、想像の世界を好きにくり広げられるファンタジーだからこそ、「ファンタジーはこう」「ドラゴンはこう」「ゴブリンはこう」という前提にとらわれないものを、できれば見てみたいと思います。


 どうもこのファンタジー論というのは範囲が大づかみすぎて、ほかの講義に比べてしゃべるテーマを定めづらいというか、ついついあちらへこちらへとフラフラよろめきまわってしまうのですが、どうしたもんかな。

 とりあえずダーククリスタルからのファンタジーと空想生物、異世界と異種族という話をしたので、次はじゃあそういう完全な異世界じゃなくて少し現実世界にもつながりのあるファンタジー、歴史ファンタジーとかスチームパンク世界について話しましょうか。ではでは。

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